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佐賀平野大規模浸水危機管理計画について
九州地方整備局 穴井利明
1 はじめに

近年、大雨や台風の影響による集中豪雨が増加傾向にあり、IPCC第4次評価報告書においても今後気候変化による海面水位の上昇や豪雨・台風の強度の一層の上昇、それに伴う浸水リスクの増大が指摘されている。
また、治水施設の整備については、時間がかかる一方、予算が減少傾向にあるため、整備途上に被災を受けて、被災後災害復旧整備しており、予防的対策を十分とることができない現状である。
さらに、水防団(消防団)の高齢化やサラリーマン団員の増加、隣近所の付き合いが希薄になっていること等により地域の防災力は低下している。
このような状況を踏まえ、洪水氾濫等の災害を発生させない対策に加えて、災害が発生しても被害を最小化する対策を強化していく必要がある。
洪水や高潮により低平地である佐賀平野において大河川が氾濫した場合、広域かつ大規模な浸水が想定される。そこで大規模浸水時の被害最小化を目的として、住民の避難、河川・道路等公共土木施設の緊急復旧、住民への情報提供など、県、市町、民間及び国が連携して取り組む危機管理対策を平成19年5月に「佐賀平野大規模浸水危機管理計画」として策定し、各施策の推進を図っているところである。ここでは、危機管理計画策定に向けた取り組みと各機関が連携して実施する施策内容及び実施状況について紹介する。

2 佐賀平野大規模浸水危機管理計画策定の背景
2.1 佐賀平野の特徴
佐賀平野は、干拓等で形成された低平地である。また、日本一の干満差(最大約6m)を持つ有明海に面しており、満潮時には地面が海面より低くなることから高潮被害の危険性を有している。
さらに平野の中で河川が高い位置にあり、一度河川が氾濫すると甚大な被害になるほか、潮の影響で水はけが悪く大規模な浸水が生じやすいという特徴を有している。(図-1)


図-1 佐賀平野の特徴

2.2 近年の災害
佐賀平野では平成2年7月総雨量500㎜にも及ぶ集中豪雨となり、外水と内水で佐賀県の平地部面積の約半分が浸水し、多数の床上床下浸水被害が発生した。また道路、鉄道など交通網が途絶し、それに伴う復旧作業車両の現地到着の大幅な遅れなどが生じたり、電話の通信網等のライフラインが麻痺したり、生活や社会活動に大きな影響を及ぼした。(図-2、写真-1)


図-2 平成2年7月出水の浸水範囲


写真-1 平成2年7月出水の浸水状況

3 国、県、市町、民間の枠を超えた取り組み
3.1 佐賀平野大規模浸水危機管理対策検討会
このような洪水、高潮による大規模浸水の危険を有する佐賀平野の危機管理対策を検討するため、”危機管理は連携が重要である”との共通認識のもと、国土交通省(武雄河川事務所、佐賀国道事務所、佐賀河川総合開発工事事務所、筑後川河川事務所)、佐賀県、佐賀市、白石町、西日本高速道路㈱九州支社、自衛隊第4特科連隊、NHK佐賀放送局(オブザーバー)で平成18年12月「佐賀平野大規模浸水危機管理対策検討会」を設置した。

3.2 佐賀平野大規模浸水危機管理計画
検討会では大規模浸水時に生じる課題を抽出するため、平成2年7月洪水で生じた課題について県、市町に対しアンケート調査を実施した。アンケート結果は表-1のとおりであり、情報収集・伝達、避難路、避難場所、地域のつながりに関する課題が挙げられた。


表-1 佐賀県、佐賀市、伊万里市、白石町へのアンケート結果(一部抜粋)


検討会ではこれらの課題をもとに大規模浸水時に必要となる危機管理対策についての議論が行われた。その結果、大規模浸水時の被害最小化を図るため、まず「できることをやる」との考えで表-2に示す『情報収集・伝達』、『広域応援・緊急輸送路ネットワーク』、『連携強化』を3本柱とした18項目の施策からなる「佐賀平野大規模浸水危機管理計画」を平成19年5月に策定した。


表-2 佐賀平野大規模浸水危機管理計画・各機関による施策一覧

3.3 実務者連絡会
施策の推進のため、検討会の下部組織として、関係する市町、警察、九州電力、NTT、NPO法人等により実務者連絡会を設置し、それぞれの施策をどの機関が担当するかを決めたので、それに基づき具体的に推進を図っているところである。

4 水防演習・総合防災訓練での危機管 理計画の実践

平成20年5月11日、九州では初の試みとして、九州地方整備局が主催する「水防演習」と佐賀県が主催する「総合防災訓練」を共同開催した。 水防演習・総合防災訓練は、「みんなで広げよう防災ネットワーク」をテーマに図-3のように3つのポイントを定め嘉瀬川河川敷をメイン会場として実施した。
さらに全県の住民や防災機関、行政他関係機関の総合的な参加を促すため、六角川、松浦川流域等の県下6箇所にサテライト会場を設置し演習をおこなった。(図-4)
演習参加機関は佐賀県、自衛隊、各消防局、県警、九州電力㈱、医師会、地元の高校・小学校・幼稚園・自治会など57機関で、それに来場者をあわせると約3,500人にものぼった。
その演習の中で危機管理計画の施策を実践したので以下に事例を紹介する。


図-3 実施のポイント


図-4 水防演習・防災訓練模式図

4.1 ラジオによる情報伝達
ラジオによる情報伝達は、『情報収集・伝達』における施策の一つであり、長時間にわたる停電等が発生しても利用可能なラジオによる情報伝達体制を整備するというものである。
今回の演習では、図-5のように電話会議システムによりメイン会場内に仮設置したラジオ局と九州電力、佐賀ガス、NTT西日本のライフライン各社、及び当事務所を結び、被害状況の広報訓練を実施した。
災害により長時間にわたる停電が生じた場合、具体的にどのような情報がラジオで収集できるのかを来場者に示せたのではないかと考える。


図-5 ラジオによる情報伝達イメージ

4.2 ヘリテレによる画像の生中継
ヘリテレによる画像の生中継も、『情報収集・伝達』における施策の一つであり、九州地方整備局の災害対策用ヘリコプター「はるかぜ」により被災地上空から生中継画像を県、市町の災害対策本部へ送信し、情報の共有化、迅速な災害対策に役立てるものである。
今回の演習ではサテライト会場を被災地と想定し、メイン会場に設置した大型テレビへ画像を転送し、その映像を佐賀県のHP、ケーブルテレビを通して各家庭へも配信した。(図-6)
はるかぜは遠景だけではなく、水防団の作業状況がわかる程に近景も捉え中継することができた。県や市町に災害が発生した際の情報収集方法としてヘリテレによる画像中継が有効であることを具体的に実践できたと考える。


図-6 ヘリテレからのサテライト会場中継状況


4.3 広域応援・緊急輸送路ネットワーク
『広域応援・緊急輸送路ネットワーク』は危機管理計画の3本柱の1つであり、大規模浸水時には現状の道路ネットワークでは迅速な広域支援は困難であると予測されるため、道路高の比較的高い地域高規格道路等及びそのSA・PAと一般道や河川堤防を接続し、大規模浸水においても広域応援や緊急輸送が可能なネットワークを構築するというものである。(図-7)
これらの緊急輸送路を相互に結びつけるとともに、河川管理者が整備する防災ステーションとの連結、迅速な避難誘導、食料等の物資支援の強化も図っていくものである。 (図-8)
今回の演習では、西日本高速道路㈱、陸上自衛隊が被災した地域以外から高速道路を利用し、救援物資を輸送する訓練を行った。(写真-2)
現在、佐賀県が整備する有明海沿岸道路の佐賀福富道路と嘉瀬川の河川堤防の接続に向け、関係機関と調整を行っている。



図-7 広域応援・緊急輸送路ネットワ-ク



図-8 防災ステーション等の整備



写真-2 救援物資輸送訓練

4.4 防災まちづくり
防災まちづくりは、『連携強化』の施策の一つとして、洪水ハザードマップを活用し、地域住民が自ら「マイ防災マップ」作成に取組むことで一人一人の防災意識を高め、さらには地域防災力の向上を図るものである。(写真-3、図-9)


写真-3 マイ防災マップ作成状況


図-9 マイ防災マップ


当事務所では河川や防災に関する情報の提供、マップ作成手法や検討会などの活動に関する支援を行っている。
今回の演習では、地域住民が作成した「マイ防災マップ」を活用して避難訓練を実践した。嘉瀬地区での避難訓練参加者にはマップを作成した自治会の方々をはじめ、地元小学校、幼稚園の先生や園児も参加した。(写真-4)
 図-10は演習の一般来場者に対して実施したハザードマップに関するアンケート結果である。来場者はある程度防災に対する関心が高い方々であると考えられるが、ハザードマップの存在を知っているのは約5割、その中で実際に家に所有しているのは3割以下という結果であった。現在、防災まちづくりをおこなっている地域の方は過去に災害を経験された比較的高年齢の方々が中心であり、過去の経験の継承という面からも今回避難訓練に参加した小学生や幼稚園児にも防災まちづくりの輪が広がるように支援を行っていきたい。


写真-4 避難訓練状況


図-10 アンケート結果(一部抜粋)

4.5 水防演習・総合防災訓練の教訓
今回、九州初の取り組みである水防演習・総合防災訓練の共同開催に向け、地域の方々や関係機関と様々な調整をおこなった。九州初の取り組み、各機関の立場の違いから調整はかなり難航したが、この取り組みを通して地域や各機関との連携を強められたと実感した。来場者に対するアンケートにも”関係各機関、各部署との相互連携が見事だった”との回答があったことからも各機関が連携した取り組みを十分アピールできたのではないだろうか。

5 おわりに

今後も、”危機管理は連携が重要である”との認識のもと実務者連絡会を通して大規模浸水危機管理計画の推進・実行に向け連携を強めていきたい。 また新たに、大規模な河川堤防の破堤や高潮による被害を定量的に算定し、死者数、孤立者数、浸水継続時間等具体的な被害像を示すことで危機管理体制や意識の向上を図っていきたいと考えている。

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