水害に強い矢部川をめざして
~平成24年7月九州北部豪雨災害への対応~
~平成24年7月九州北部豪雨災害への対応~
岡本徹
永尾豪也
永尾豪也
キーワード:九州北部豪雨、河川激甚災害対策特別緊急事業、河川大規模災害関連事業
1. はじめに
平成24年7月11日~ 14日に九州北部を襲った梅雨前線の豪雨(以下「九州北部豪雨」)により、矢部川本川で1 箇所の堤防決壊を含め、18箇所で被害が発生し、派川沖端川(福岡県管理区間)においても2箇所で越水による堤防決壊が発生した。この甚大な災害を受けて矢部川では、堤防の質的強化対策等を行う矢部川激甚災害対策特別緊急事業(以下「激特事業」)と、洪水位の低減のための河積拡大(引堤等)を行う河川大規模災害関連事業(以下「大規模事業」)を概ね5ヶ年間で緊急的に実施しており、その両事業の実施状況について報告する。
矢部川は、福岡県南部に位置し中流部で沖端川に分派し、下流部で飯江川・楠田川と合流し有明海に注ぐ、流域面積647km2、幹川流路延長61㎞の1 級河川である(図-1)。
2.出水の概要
(降雨状況)
九州北部豪雨は、平成24年7月11日から14日にかけて梅雨前線が本州付近に停滞し、14日の未明から昼頃にかけて、北部九州に強い雨域がかかり(図-2)、矢部川上流域の黒木雨量観測所では、時間雨量が94㎜を記録するなど短時間に記録的な雨量となったことが特徴である。流域の黒木(くろぎ)、杠葉(ゆずりは)の各雨量観測所では1、3、6、9 時間のいずれの降水量も観測史上最大を記録した(図-3)。
(水位状況)
矢部川の基準地点(船小屋)にある船小屋水位観測所では九州北部豪雨により、これまで既往最高水位を記録した平成2年の水位を約2m上回る9.76m の観測史上最高水位を記録し、はん濫危険水位を上回る水位が5時間以上続いた(図-4)。
(被害状況)
矢部川の堤防被災は、直轄管理区間の全18箇所(護岸崩壊等の河道での被災を除く)で生じており、被災内容は堤防決壊1箇所、亀裂等堤体変状5 箇所、漏水17箇所であった(重複有り)。また支川沖端川でも堤防決壊が2箇所で発生した。家屋等の浸水被害状況については、堤防決壊(本川矢部川1箇所、支川沖端川2箇所)と内水氾濫による影響で、浸水面積が約2,579 ..、浸水被害戸数が1,808 戸(床上697戸、床下1,111戸)となった(図-5)。
3.堤防決壊の要因・メカニズム
これらの堤防決壊の原因究明等については、平成24年8月2日に設置した「矢部川堤防調査委員会」にて、現地調査を含めて計4回審議された。堤防決壊が生じた右岸7.3k付近の堤防は、以下に示す様々な要因が複合的に重なった事により、基礎地盤からのパイピング現象が発生したことが主たる決壊原因と判断した。
(要因①)
堤防決壊箇所において、計画高水位(HWL)を約1.1m超過し、5時間以上も計画高水位を超える水位が継続したことが、堤防に負荷を与えた(図-6)。
(要因②)
表層の礫層と砂層(As層)が連続しており、河川水が砂層(As層)に浸透しやすい状況であった。
また、砂層(As層)が河岸際まで連続していたことが要因となった(図-7)。
(要因③)
基礎地盤の比較的上部に河川水が浸透しやすい砂層(As層)が、1.0m ~ 1.5m程度厚さで堤防を横断して分布していた(図- 7)。
(要因④)
砂層(As層)が、宅地側で行き止まりになっており、川側から砂層(As層)内を浸透してきた河川水が塞き止められパイピング現象を助長した形となっていた(図-7)。
これらの要因により解明された堤防決壊のメカニズムとしては、河川水位が上昇し、川裏法尻部で基盤漏水(パイピング)により砂層(As層)の細粒分が流出することで、堤防直下の空隙・空洞化が進行し堤体を支持することができなくなり、堤体が沈下・陥没した結果、そこから河川水が集中して流れ出すとともに堤体を洗掘し、決壊に至ったものと推察される(図-8)。
また、不定流解析より得られた河川水位及び浸透流解析から得られた圧力水頭・G / Wの経時変化、目撃証言等により決壊時刻との関係図を示す(図-9)。
4.再び災害が発生しないための取り組み
甚大な被害を受けた矢部川では再度災害防止・軽減を図るため、「河川激甚災害対策特別緊急事業」及び「河川大規模災害関連事業」が採択され、概ね5ヶ年間で緊急的な河川整備を実施することとしている。激特事業では、堤防の拡幅及び質的強化対策を行い、堤防決壊リスクの軽減を図り、大規模事業では、堤防法線是正(引堤)を行い、洪水時の水位を低減させることとしている(図-10)。
5.激特事業の対策工法
激特事業における堤防の強化対策は、既存堤防の安全性について地質調査結果等を踏まえた数値解析(浸透流解析)を行い、安全性が不足する箇所においては、様々な被災形態・事象(パイピング、浸透、浸食等)に応じた堤防強化工法を選定し施工を実施している。
(川表遮水工法)
基盤からの河川水の侵入を防ぐため、堤防の川側に鋼製の板(矢板)を連続的に打設し、堤防下の基礎地盤からの漏水を原因とするパイピング破壊を防止する工法である。
(断面拡大工法)
堤防の断面を大きくすることにより、雨水や河川水の浸透による堤防強度低下を防止する工法である。
(表法面被覆工法)
堤防の川側に水を通しにくい材料(土、遮水シート等)で覆うことにより、洪水時における河川水の堤防への浸透を軽減することにより、浸潤面を低下させ浸透破壊を防止する工法である。
(法覆護岸工法)
洪水流により堤防が浸食・洗掘され決壊する恐れのある区間について、堤防洗掘を防止するためにコンクリートブロックで堤防川表を保護する工法である。
(堤防法一枚法化)
堤防小段は雨水の堤体への浸透を助長するため、堤防のり面を一枚のり化で施工することで、耐浸透機能を高めより信頼性の高い堤防に向けた整備を行うものである。また、改良芝を用いることで、除草に係る維持管理コスト縮減も図る。
6.大規模事業の対策工法
計画高水位を大幅に超過した区間に対して、再度災害防止を図るため、被災の要因である洪水位を低減させるため、特に川幅が狭い矢部川5.0㎞~7.0㎞付近の堤防法線是正(引堤)、高水敷掘削を行うとともに、本川水位に影響を与えている飯江川の合流形状是正を行う(図-12)。
7.おわりに
近年、短時間降雨の発生が増加し、全国各地で毎年のように甚大な水害が発生しており、さらに地球温暖化に伴う気候変動の影響により、施設能力を大幅に上回る大規模な洪水が発生する懸念が高まっている。そこで、堤防整備等のハード対策に加え、人的被害や社会経済被害を軽減するためのソフト対策が重要となってくる。
今年度より矢部川流域おいて各関係機関が連携・協力して減災のための目標を共有し、ハード対策・ソフト対策の一体的かつ計画的に推進するために「減災対策協議会」を設立したところである。地域と一体となった矢部川の水害に強い地域づくりを目指すために、避難計画や水防体制の強化(自主防災組織等)、防災意識の向上のための教育・訓練等にも取り組んでいく。
最後に、筑後川河川事務所では、堤防決壊の原因及び復旧工法等を審議することを目的に「矢部川堤防調査委員会(委員長 秋山 壽一郎 九州工業大学大学院工学研究院教授)」を設置した。本論文は、委員会報告書を基に作成したものであり、秋山委員長はじめ委員の方々に深甚の謝意を表するものである。