平成9年度技術士試験をかえりみて
(建設部門出題傾向と解答例)
(建設部門出題傾向と解答例)
日本技術士会 九州地方技術士センター 普及啓発委員会 専門委員
総 括 矢 野 友 厚
土質および基礎 野 林 輝 生
鋼構造およびコンクリート 是 石 俊 英
河川砂防および海岸 中 島 義 明
道 路 牛 草 陽 一
建 設 環 境 竹 内 良 治
平成9年度技術士第2次試験の筆記試験は,昨年8月27日および28日に福岡市ほか8箇所の試験場で実施され,筆記試験合格者に対する面接口頭試験は,同年12月3日から12月16日までの間に東京で実施された。技術士試験の指定試験機関である㈳日本技術士会の発表では,9年度の技術士第2次試験の受験申込者総数は27,796名で,前年度に比し1,629名(+6.2%)の増で,3万人の大台に近づいたほか,10年前の昭和62年度の申込数11,046人に対して2.5倍強,合格者数総もまた,昨年度を1.7%上回る2,154名に達したと報じている。
なお,平成10年度の受験申込者総数は30,504名(建設部門20,149名)に達し,うち福岡試験場での受験申込者数は2,440名(建設部門1,693名)である。
また,昨9年度の建設部門の受験申込者総数は全部門申込者総数の65.4%にあたる18,183名で,このうち筆記試験受験者数は9,551名,最終合格者数は1,239名で,合格率は筆記試験受験者数に対して13.0%,受験申込者総数に対して6.8%で,国家資格としてますます評価が高まるなか,これまでどおり試験合格は相当に厳しく狭き門であることを示している。
なお,合格者について分析した結果は
(1)年代別試験結果でのその占用率は
20代…1.0%,30代…37.1%,40代…41.6%,50代…17.8%,60代…2.4%,70代…0.1%
合格者の平均年令は42.9歳となっている。
(2)合格者勤務先別試験結果
国立機関…6.3%,地方自治体…7.6%,大学…0.4%,公社公団等…3.6%,民間…81.1%,自営…0.4%,無職…0.6%となっている。
(3)最終学歴では
大学…88.1%,新旧高専…4.4%,短大…1.1%,その他…6.2%である。
一方,平成9年度の筆記試験ならびに面接口頭試験の試験科目と設問傾向には殆ど変化はなく具体例をあげてその概要を記述すると次のとおりである。
まず,筆記試験選択科目Ⅰ-1(午前9時~12時の3時間で解答記述)の問題は,受験者がこれまで体験してきた技術士にふさわしい業務をいくつか具体的に示させ,その業務における技術的問題点と,それに対して受験者が採った技術的解決策を具体的に記述させ,その業務の技術的特色を明らかにさせる仕組みとしている。このⅠ-1の問題は,建設部門の11種類の専門科目の全てにおいてこの20年間余,問題設問文章の文言に多少の変化はあるものの本質的に内容として同性質の設問形式をとっている。ここに一例として河川砂防および海岸Ⅰ-1,このほか道路Ⅰ-1および建設環境Ⅰ-1の問題全文を示して,受験における考え方を説明する。
選択科目(9-4) 河川砂防および海岸 9~12時
Ⅰ-1 次の問題について解答せよ。(答案用紙5枚以内にまとめよ。)
あなたが受験申込書に記入した「専門とする事項」について,技術的責任者として実際に行った業務のうちから一例を挙げ,その業務の概要とあなたの果たした役割および工夫した点について説明し,現時点での評価と反省,改善すべき事項および将来に対する展望を述べよ。
選択科目(9-7) 道 路 9時~12時
Ⅰ-1 次の問題について解答せよ。(答案用紙5枚以内にまとめよ。)
あなたが受験申込書に記入した「専門とする事項」について,技術的責任者として行った業務の中で,技術士にふさわしいと考えられるものを3つ略記せよ。
さらに,その中の1つについて,業務内容,あなたの役割および得られた成果について述べるとともに,現在の技術水準からみた評価,改善すべき点および今後の改善の方向について詳述せよ。
この科目は,平成6年度からスタートしたが,
選択科目(9-11) 建設環境 9~12時
Ⅰ-1 次の問題について解答せよ。(答案用紙5枚以内にまとめよ。)
あなたが経験した建設環境に関する業務について,次の設問に答えよ。
(1) 技術士の業務としてふさわしいものを3つ挙げ,それぞれについて業務の意義と技術的内容,およびあなたの立場と果たした役割を簡潔に記せ。
(2) (1)に挙げた業務の中から1つを選び,技術的な課題について詳しく述べるとともに,あなたが採った技術的解決策と,あなたがその解決策を選んだ理由を記述せよ。
(3) (2)項の内容について,現時点での技術的な評価および今後の課題について述べよ。
〔1〕テーマ選定の基本
テーマ選定の基本を全く誤解している人が意外と多い。例えば①大規模な事業に従事したこと,②有名なプロジェクトに関与したこと,③目新しい仕事をなしたこと等,全く必要ではない。どこにでも見受けられるような平凡な仕事であっても「自分の頭で考えて創意工夫を生み出した」という中味なのである。自分自身の体験業務を選定することのみが試験官の要求している内容で,必ず理解しておかねばならない不可欠事項である。
なお,体験論文を仮に他人に書いてもらって筆記試験をパスしても,口頭試験の際の厳しい設問において,必ず化けの皮がはがされる運命をたどるので,絶対に自己の体験業務であること。
〔2〕テーマ表現の良否の事例
試験官が始めからその気持になって論文を見てもらうことが合格の第一ポイントである。即ち,業務の背景をうたい込み業務の中に施した自分の働きを表現した特色を出すことが重要である。
悪い事例 △△の橋の設計,道路の計画
テーマが漠然としているからである。
良い事例 路線選定を伴う山岳道路橋の調査,計画と評価
〔3〕体験論文作成上の具体的配慮
① 受験申込書に記入した「専門とする事項」に整合していること→意外と忘れた人がいる。
② 専門的応用能力を発揮した内容であること。
③ 社会性,経済性,地域性に富む内容であること。最近は地球環境に及ぼす影響を付加する。
④ 施工性に対する検討がなされていること。
〔4〕論文の流れの基本
一般に「起・承・転・結」換言すれば「序論・本論・結論」という文章構成が必要である。
論文構成の概要は,①はじめに ②問題点 ③技術的対応 ④現時点からの批判 ⑤おわりに
のようにまとめたら書きやすい。
ここに文章構成の全体の流れを有する形態を紹介する。
“この事象の原因を〇〇〇方法で調査した。特に留意した事項は△△△であり,得られたデータを□□□の方法で分析したところ〇〇〇であることが判った。したがって原因は△△△であるとし,対策の検討を行った。設計にあたっては,□□□のような点に留意し,いろいろなことを比較検討してこのような計画を立てた。結果も大変良好であった。"
以上の流れ要旨は,論文をドラマチックに盛りあげるよい方法であると思われる。
〔5〕「現時点での評価」記載の1ポイント
三年前には阪神・淡路大震災が発生し,国土,建造物は大災害を受け,一昨年もまた,北海道の道路トンネル大崩壊に直面し,昨年は鹿児島県南土石流による大災害等,地球環境に関する諸問題はますます重要度を加えている。
したがって,体験論文が構造物であれば,その安全性と環境に及ぼす影響の二点から,反省評価を付記することを忘れてはならない。
〔6〕体験論文合格が全試験合格の第一ハードル
筆記試験は,午前の部として体験論文,午後の部には選択科目の必須問題と専門問題の解答を要求されるが,結果的に午後の部がいくら良くできても,午前の部の判定結果が合格ラインに達していなければ全体での合格に対しては失格となる。
その理由は,午後の部の問題は知識を問う傾向が強く,技術士合格の補完的役割を演じているためである。したがって,まず体験論文作成に全力を投入されたい。
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次に,筆記試験選択科目Ⅰ-2(午後1時~5時の間に,Ⅱの問題と一緒に出題)の問題は,各選択専門科目ごとに,各専門技術分野における最近の技術動向をふまえ,各専門的事項について解答論述させるもので,設問内容は本稿の次頁以降に土質および基礎鋼構造およびコンクリート,河川砂防および海岸,道路,建設環境の5科目についてそれぞれ1例を示したように,比較的各技術分野の基礎的技術にかかわるものが主体となっている。
Ⅰ-2の問題と一緒に出題される筆記試験必須科目,Ⅱの問題は,建設部門全体に共通する事項で例年2題出題し,いずれか1題を解答させる方式で,平成9年度の問題は次のとおりである。
必須科目(9) 建設一般 1時~5時
Ⅱ 次の2問題のうち1問題を選んで建設部門全体の問題として解答せよ。(茶色の答案用紙を使用し,解答問題番号を明記し,4枚以内にまとめよ。)
Ⅱ-1 財政構造改革が進められる中で,建設事業におけるコスト縮減の課題について述べるとともに,今後の社会資本整備のあり方について,あなたの意見を述べよ。
Ⅱ-2 環境保全の観点から,わが国の建設事業の現状について述べるとともに,建設技術の果たすべき役割について,あなたの意見を述べよ。
Ⅱの問題に対応する勉強の方法としては,当年の建設白書の熟読,最近のトピックス,最近発生した建設関連の重大事象等について資料集成の上解答を用意しておくことが肝要である。
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以上のⅠ-1,Ⅰ-2,Ⅱの3科目の問題のうち,Ⅰ-1は前述のとおり問題設問文章が本質的に固定化に近い状況のため,予定答案をあらかじめ作成し,完全に丸暗記して試験に臨むことが可能であり,3時間の解答時間で制限文字数一杯の解答を書くのが普通である。しかし,Ⅰ-2およびⅡの午後からの科目問題に対しては,受験者自身の筆記速度を考慮し,各問題に対しバランスのとれた時間配分を行うことが肝要で,以降頁の解答例に付記しているような留意が必要である。
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筆記試験合格者に対して行われる面接口頭試験における設問事項にも,これまでと異なった傾向は殆ど認められず,平成9年度試験においても設問項目は次の3項目に分類要約できるようである。
① 受験者の技術的体験を主眼とする経歴の内容と応用能力を問う。
② 必須科目および選択科目に関する,技術士として必要な専門知識と見識を問う。
③ 技術士としての適格性および一般的知識を問う。
以上が平成9年度技術士試験の概要と出題傾向であるが,以下に同年度筆記試験選択科目の5問を選定し,当普及啓発委員会の技術士に解答の執筆を求め,模範解答例として参考のため例示する。当技術士センターの普及啓発委員会は,例年技術士試験受験者のための総合受験対策講座を継続的に実施し,九州地域受験者の受験対策に役立ってきており,技術士資格取得を目指す技術者は,気軽に当センターに相談されるようお奨めする。
土質および基礎 平成9年度
Ⅰ-2 次の10問題のうち4問題を選んで解答せよ。ただし,Aグループから2問題,Bグループから2問題を選択すること。(緑色の答案用紙を使用し,問題ごとに用紙を替えて解答問題番号を明記し,Aグループについては1問題1枚以内,Bグループについては1問題2枚以内にまとめよ。)
ここではBグループの1問について解答例を示すこととする。
Ⅰ-2-10(B) 20年前に動きが停止したと判断された古い地すべり地に,下図に示すような切土構造による道路が計画されており,崩積土層内に大規模な地すべりを誘発する可能性がある。計画どおりの道路建設を実施するためには,地すべりに対しての対策が必要である。このことを踏まえて,以下の設問に答えよ。
(1) 地すべりの規模や機構を把握するために必要な調査を挙げ,それぞれの調査結果を評価する上での留意点を述べよ。
(2) 考えられる地すべり対策工法を列記し,それぞれの適用に当たっての留意点を述べよ。
1 調査および調査結果の評価における留意点
当該斜面では,年月の経過とともに地滑り発生時に生じた断崖は崩壊し崩積土層で覆われているが,斜面頭部および斜面下の窪地に湧水が見られることから,典型的な地滑り地形と考えられる。このような地形に道路建設を実施した場合,斜面に新たな極限平衡状態が生じる可能性がある。更に降雨・融雪等が供給源となる地下水が当該斜面を浸透して,斜面を構成する土塊を軟弱化させるとともに,既に存在する滑り面に達し,更に滑り面付近の含水層を増大させ,土質強度を低下させることによって地滑りの再活動を促すことが考えられる。このような観点から,当該斜面の地滑り規模および機構を把握するために地下水調査・滑り面調査は不可欠と考えられる。
(1)地下水調査
地下水が地滑りの再活動を促す誘因であると考えられることから,地滑り調査のうちで最も主要な調査であると言える。主として,地下水の分布状態の把握・地下水の排水量の検討・地下水の流動状況の推定・地下水位の変動による地滑り予知の解明,等の調査目的のために,①地下水位観測,②間隙水圧測定,③地下水追跡試験,④地下水検層,等が一般的に実施されている。当該斜面の地滑り規模および機構を把握するために,明らかにしなければならない事項は地下水の起源であると考えられる。すなわち,地下水がどのような経路で流入し,また流出して行くかである。これらが明確にされることによって,地下水の影響範囲が推定でき,更に地滑りの原因となる地下水の合理的な処理工法の検討を行うことが可能となる。
(2)滑り面調査
斜面の地滑り解析を実施する上で,滑り面の位置・形状,等の調査は不可欠である。一般に地滑り地の地質は複雑な場合が多く,斜面を構成する地層の性質や状態に支配される場合が多いため,極めで慎重な調査が必要である。調査方法として①ボーリング調査,②地中歪計による測定,③物理探査等が挙げられるが,当該斜面は20年前に斜面の動きが停止したと判断されていることから,地滑りによる移動量の観測は不適当と判断される。このため,直接地滑りの物性確認が可能なボーリング調査を併用した物性探査により,できるだけ広範囲な調査が必要であると考えられる。
2 地滑り対策工法および適用における留意点
(1)地表排水工
雨水の浸透や湧水の再浸透により地滑りが誘発されやすいため,雨水の浸透防止と地表水の地域外への排除を目的として,地滑り区域内に集水路・排水路,等を設置する工法である。集水路は,地滑りに伴う崩壊や変動により閉塞・破壊が生じ,漏水する可能性があることから補強可能な構造形式を考慮する必要がある。
(2)地下水排除工
地滑り面内に分布する地下水を誘導排水し,滑り面付近の含水比・間隙水圧,等を低下させて,斜面のセン断応力を減少させるとともにセン断抵抗力を増加させる工法であり,水平ボーリングによる排水孔を設置する工法が多用されている。排水孔は孔口閉塞を防止する目的から,蛇籠やコンクリー卜壁で保護する等の対策を検討する必要がある。
(3)抑止工
地滑り斜面内に抑止構造物を設置して,斜面のセン断抵抗力を増加させる工法であり,杭工・シャフト工,等が挙げられる。一般に地滑り全滑動力とバランスする柳止構造物を設置することは不経済であると考えられることから,部分的で且つニ次的な小規模地滑り抑止対策として検討すべきであると考える。
コンクリート Ⅰ-2-17(D) 平成9年度
コンクリート分野における資源の有効利用の現状と課題を記し,今後の展望について,あなたの意見を述べよ。
1 有効利用の現状
(1)高炉水砕スラグ微粉末
溶鉱炉で銑鉄と同時に生成する溶融状態の高炉スラグを水によって急冷し,乾燥破砕したもの。またはこれに石膏を添加したものである。潜在水硬性を持ち,主として高炉セメントの原料として使用されている。
(2)高炉スラグ骨材
粗骨材は溶融スラグを除冷した後に破砕し粒度調整したもので,絶乾燥比重2.4以上のものは一般の砕石とほぼ同等に扱われている。細骨材は溶融スラグを水・空気などによって急冷,軟破砕した後に,粒度調整したものである。
天然細骨材の粒度の改善や海砂への混合による塩化物含割合の低減などに使用される。
(3)フライアッシュ
火力発電所の微粉炭燃焼ボイラーの煙道ガスから電気集塵器で補集される微粒子である。適切に用いれば,流動性の改善,水和熱の低減,長期強度の増大といった性能向上が図られることから,主にマスコンクリートの混和材として使用されている。
(4)シリカフューム
金属シリコン,フェロシリコンの製造時に発生する非晶質のSiO2を主成分とする球形の超微粒子で,比表面積は10m2/g以上である。設計基準強度800kgf/cm2以上の超高強度コンクリートには不可欠な材料となっている。
(5)再生骨材
適切に破砕,磨砕,選別,水洗などの工程を経て製造された再生骨材は,主として路盤材として利用されている。施工性・支持力とも十分で一層の利用拡大が期待されている。今後は建築躯体コンクリートヘの利用に向けての調査研究が急務である。
(6)フェロニッケルスラグ細骨材および銅スラグ細骨材
フェロニッケルスラグは電気炉などでフェロニッケルを精錬する際の副産物で,銅スラグは反射炉などで銅を精錬する際の副産物である。いずれも比重が大きくガラス質で吸水率が小さいという特徴がある。単位容積質量の確保が重要なコンクリートにおいて,普通細骨材に混合使用すると品質改善に有効なことから使用量が増加している。
(7)打込み型枠
コンクリート関連では年間1億枚にも及ぶラワン合板を型枠材として使用している。これに代わる,より省力化・工業化の図れる合理的な型枠工法として打込み型枠などが開発・使用されている。
(8)その他
排煙脱硫石膏はセメント製造の原料として,パルプ廃液はコンクリート混和剤として有効利用されている。
2 課 題
(1)法律の整備
材料の特性に合った副産物処理の利用について合理的な法体系を整備すること。
(2)示方書類の整備
未だ十分なデータがない材料もあり,示方書類が整備されていない。現状の公共事業の発注体制や建築の法体系のもとで活用するためには,品質基準や施工基準など示方書類の整備を急がなければならない。
(3)流通の整備
副産物を有効利用しようとした場合には,流通体系が大きなネックになる。情報体系を整備して有効な打開策を講じなければならない。
(4)経済性の向上
発生源が限られ,品質変動もあり,処理に手間がかかり,再利用コストが嵩む。処理技術の開発,流通体系の工夫等で経済性を向上させねばならない。
3 今後の展望
12月の温暖化防止京都会議では,CO2排出量について厳しい削減と着実な実施が迫られた。コンクリート関連分野では,混合セメントの利用拡大,完全リサイクルコンクリート開発などで資源有効利用を図るとともに,コンクリートの超寿命化の実現を図るべきである。
河川砂防および海岸 平成9年度
Ⅰ-2-3(B)
河川護岸についてその主要な被災原因を列挙するとともに,設計施工に当たって留意すべき事項を述べよ。
1 はじめに(護岸の構造)
護岸は,堤防や河岸を洪水の侵食作用から保護することを主たる目的として設置される河川工作物である。
その構造はのり面を保護する「のり覆工」と天端を保護する「天端工」,「のり覆工」を支える「基礎工(のり留工)」および基礎部の河床洗掘を防止する「根固工」とで構成され,その設計にあたっては被災原因を十分に把握して,設置箇所の自然条件,外力,過去の被災履歴などの要因に配慮して構造を決定する必要がある。
2 護岸の被災原因(破壊現象)
護岸の被災原因について,その被災形態についてみると,次のような原因があげられる。
① 侵食,洗掘などの河床掘削による被災
② 掃流力や揚圧などの流体力による被災
③ 背面土砂の吸出しなどによる被災
④ 転石や流木の衝撃力による被災
⑤ 構成材料の劣化,老化による被災
護岸の被災原因の最も顕著なものとしては河床が洗掘され基礎部の崩壊からのり覆工の滑落へと被害が拡大していく例が多い。また根固め工や「空積み」タイプのり覆工では重量が不足すると掃流力や揚力によって使用材が流出することがある。
その他には,のり覆工の背面土の吸出しや,転石,流木の衝整力による破壊,あるいは経年的な洪水履歴による護岸の構成材料の劣化,老化に起因する被災などがある。
3 設計施工上の留意事項
護岸の設計施工にあたっては,その被災原因をふまえた上で,堤防や河岸を保護する構造とする必要があり,次のような事項に留意しておく必要がある。
(1)のり覆工
のり覆工は流体力に抗するため,ブロックや石などの使用材料を胴込めコンクリートで一体化する「練り」タイプと,単体として流水に抵抗する「空」タイプのものがあり,コンクリートブロック,石張り,ふとん篭,連節ブロック,柳枝工などがある。水際の生態系の生息場を確保するためにはできる限り多孔質な材質を使用し,かつ流体力に対して安全な構造とする必要がある。
(2)甚礎工
基礎工の設計にあたっては根入れ高の決定が重要であり,過去の河床変動の実績などから最深河床高を評価し,根入れ深さを決定する必要がある。根入れが深くなり過ぎて施工上の問題がある場合には根固め工の規模を大きくしたり,基礎矢板を打設するなどの方法で基礎工を浅くすることがある。
(3)根固め工
根固め工の設計にあたっては,洪水の流体力に耐える重量であること,基礎工前面に洗掘を生じさせない敷設幅であること,河床の変化に追随できる屈とう性のある構造とすることなどに留意し,力学的な安定と河川の生態系へ配慮して適切に設計する必要がある。
(4)天端工
天端工は低水護岸の天端部分を洪水による侵食から保護する目的で設置するものであり,のり覆工と同様に流水の流体力に対して安全な構造とする必要がある。また天端工端部のめくりを防止するため巻止工を設置するなどの配慮をしておく必要がある。
4 まとめ
護岸の設計施工にあたっては,まずその破壊機構(被災原因)を知ることが必要であり,そこに自然と共生しながら,河岸,堤防を保護する対策の手がかりを知ることができる。
さらには,河川環境の保全やコスト縮減などの視点から,経済的投資効果にも配慮して,より合理的な護岸構造を検討していくことが望まれる。
選択科目(9-7) 道 路
Ⅰ-2-6
山岳地域に計画する道路について,道路防災上の観点から考慮すべき事項を述べよ。
1 はじめに
わが国の高規格道路の整備状況は,総延長14,000kmのうち6,768kmであり48.3%に過ぎず,国土を縦貰する路線を重点的に整備されている。
また,平成6年の道路統計年表によれば,国県道の総延長176,840kmの整備率は49.7%である。
したがって,国土を横断する幹線道路の整備はこれからであり,各地域から早期整備を強く望まれている。
また一方,過疎化が著しい中山間地域の活性化に向けて,都市地域と中山間地域の連携を図る道路整備も急がれる。
2 考慮すべき事項
山岳地域の道路計画で考慮すべき事項は,次のとおりである。
(1)地形と地質
地形の起伏および活断層と断層,地滑り,軟弱層,脆弱な地質や特異な土質,湧水等。
(2)気象等
積雪や凍結,斜面の向き。
(3)環 境
自然環境の保全
(4)道路の利便性と代替機能
地域の拠点や他の道路とのアクセス
3 道路計画における留意点
山岳地域の道路計画の基本は,地形に順応して自然に優しいことである。
自然に優しい道路は,災害に強く,安全で,環境を保全し,建設費と維持管理費を含めたトータルコストの縮減になる。
次に,道路計画上考慮すべき事項の留意点について述べる。
(1)地質と地形
ルートは地形に適合する平面・縦断線形を計画し,斜面部においては上下線分離を検討するなど,土工量と構造物を少なくする。
また,地質的に大きな問題がある地滑り地帯・軟弱地盤・脆弱な地質を避けて計画する。
地質的に問題がある地域にルートを選定せざるを得ない場合,トンネル坑口や橋梁・擁壁等の基碇は良好な地盤を選定する。
土工部は,大きな切土や盛土を避けるとともに,落石防止や雪崩対策等十分な防災構造を備えることが不可欠である。
法面は安定勾配を考慮して決定するが,裸地の状態では降雨等により侵食されるため,植生工により緑化をする必要がある。
緑化は法面を保護するだけでなく,生態系を保全し,良好な景観を創造する。
(2)気象等
積雪と路面凍結は,山地の標高と斜面の向きが大きく影響する。地元の市町村や警察署の協力を得て,積雪や路面凍結の情報を入手し,適切な道路の標高を決定するとともに,ルートは日当たりが良く暖かい南側の斜面を決定し,冬季の交通の安全と円滑化を図る。
(3)環 境
山岳地域の自然環境を保全する道路計画とは,自然の水系や動植物の生態系を生かすことであり,自然環境を損なわない道路が災害に強い道路であると考える。
したがって,山岳地域の道路計画は,地形に合わせたルートを選定し,切土と盛土の土量と法面積を小さくし,トンネル・橋梁・擁壁等の構造物を極力少なく計画すべきである。
(4)道路の利便性
計画する道路は,地域にとって安全で使いやすい道路でなければならない。
これは地域の拠点となる行政・業務・商業・医療・教育等の機能や施設にアクセスし,他の道路と効率的なネットワークを形成することである。
このような道路は,災害が発生した場合,避難・救助活動を円滑に行えるとともに,他の道路の災害に対して代替機能を発揮することができる。
4 おわりに
わが国の経済情勢が低迷し,公共事業の抑制が叫ばれ,道路事業の伸びが懸念される。
主要幹線道路の整備は,交通需要が高い都市圏等の大都市と太平洋沿岸を中心に国土を縦断する形で進められたため,国土を横断する道路整備が遅れている。
わが国における各地域の均衡ある発展と,過疎化で活力が低下している中山間地域の活性化を図るため,国土を横断する山岳地域の道路整備を急ぐべきである。
選択科目(9-11) 建設環境
Ⅰ-2-4(B) あなたの得意とする建設分野において,水質の改善のための対策を体系的に整理し,具体的な例を1つ挙げ,その効果と適用に当たって留意すべき点を述べよ。
1 はじめに
環境白書によると,わが国の公共用水域の水質環境は決して楽観できるものではない。各水域を有機汚濁指数(COD,BOD)の環境基準達成率でみると,河川,ダム・湖沼,海域がそれぞれ75%,40%,75%とよこばいで推移している。
特に,ダム・湖沼の達成率が低いのは,汚濁形態が河川と異なり,極微量の窒素・リンなどの栄養塩を用いて有機物が生産(光合成)される形態であること,富栄養化対策が遅れているためである。
また,貴重な水資源の三割を占める地下水についてもトリクロロエチレンなどの発癌物質や農地からの硝酸性窒素等による汚染が進んでいる。
これらの水質改善は水資源確保の観点からも最重要課題のひとつであり,国際的にはアジェンダ21(18章),国内では環境基本法,水源二法の制定や河川法の改正などにより水環境保全に努めている。次世紀の資源は水と土壌といわれており,我々建設技術者も水質改善の責務を負っている。
私は建設技術者の立場で,河川,ダムの水質改善策について題意にしたがって述べる。
2 水質改善対策
水質汚濁の主因は一般家庭から排出される生活排水(雑排水+し尿)といわれており,生活排水対策が水質改善の最も有効な施策といわれている。
2-1 発生源対策
汚濁の原因物質となるものを公共水域に排出しないこと,または削減することが抜本的な対策となる。ここで,公共用水域が河川の場合,対象は有機物でよいが,ダムや堰の場合,有機物と窒素リンを考慮しなければならない。
生活排水対策として,下水道整備がある。建設省は第八次五箇年計画を進捗中であり,そのほか,農水省は農村・漁村集落排水処理施設,厚生省は合併処理浄化槽の普及を進めている。
今まで,下水道の普及は臨海大都市を中心に実施されてきた。従来,都市河川に流入していた生活雑排水が下水道により海に放流されるようになったため都市河川の水質改善は著しいものがある。
現在,内陸部の中小都市に下水道が普及しつつあるが,放流先は河川となる場合が多い。そのため,流況の悪い河川においては,渇水期,下水道放流水が汚濁源となるケースが見られるようになってきた(京都市・桂川,淀川)。
したがって,内陸に建設される下水道は臨海大都市の下水道よりも高度な処理施設が求められている。
また,昭和30年代から全国に建設されたし尿処理施設が水道利水にとってアンモニアの大きな汚濁源となっている。逐一,高度処理に更新されているものの,財政事情の苦しい自治体においては,老朽施設の過負荷運転を強いられ,たれ流しに近い状態で汚濁水を放流している。私見では,この老朽施設の更新は,河川や内海の水質改善に大きく寄与すると確信している。また,その費用も,下水道事業1年分の数兆円ですむ。
2-2 水域内での対策
汚濁小河川が本川に合流する前に汚濁水を礫間浄化法などで浄化してから本川に放流する施設が河川管理者などで進められている。
近年,河川の生態系を多様化することによって,環境整備とともに水質浄化を進める施策がなされるようになってきた。これは,河川水路の複雑化,護岸の多孔質化,堤防植樹などを図ることにより,豊かな動植物を棲息させ,複雑な食物連鎖により有機物を動植物の体内に取り込もうとするものである。
そのほか汚濁の単位mg/ℓの分母を大きくする手法,すなわち導水による流況の改善なども有効な施策である。
3 2-2の具体例,ダム湖の水質改善
ダム湖と天然湖沼の最大の違いは,多くの場合ダム湖の堰堤が最深部でかつ任意の深度の水を放流できることである。北九州市の水道水源であるます渕ダム貯水池はこの例に漏れず,さらに深度別7ゲートを有する水道専用取水塔から直接取水できる。
ダム湖の汚濁の要因の一つに成層期に底層水の嫌気化により,底泥から溶出した窒素,リンが循環期に有光層に供給され,藻類繁殖を助長する現象が挙げられる。
この対策として,前述のます渕ダムの構造に着目し,完全循環期から最深取水ゲートからの取水を行った。これにより成層期に入っても,取水水質は嫌気化する前であり,表層に棲息する藻類の影響も受けないものとなっている。また,順次冷水が取水されるため,中層の水温が上昇し,梅雨期の水温(16~17℃)と等しくなる。したがって,出水期の水塊を密度流に従って,光の届かない中層に導き,そのまま取水される。有光層には栄養塩を含んだ流入水が供給されないため藻類の繁殖が抑えられた。
このような水質改善の効果として,本ダムは昭和47年湛水以来,かび臭発生もなく,平均総リン濃度0.01mg/ℓのⅡ類型を保つことができ,さらに,取水でわさび,ヤマメを育てることが可能となった。
本法を適用するにあたっての留意すべき点は,底層水が嫌気化する前に取水することおよび直接取水することが必須条件である。直接取水の理由は灌漑用水の水温低下を防ぐためである。
4 おわりに
わが国の水行政は多くの省庁間にまたがっているため,一貫した政策が行いにくいといわれている。その弊害を少なくするため,流域全体を視野においた動きがみられる。安田善憲先生の九頭竜川でのドラゴンプロジェクトもそのひとつである。
かつての山紫水明を取り戻すためにも,近い将来,行政の垣根を越えた山から海まで見通したホリスティックな流域経営が不可欠なものと考える。
付記
解答要旨はB-5版の横書き・左綴じで,一行あたり25字を表面に14行,裏面に18行を配した800字詰めの答案用紙である。答案の作成にあたっては次の諸点に留意する必要がある。
① 筆記速度を養成し,Ⅰ-1以外の全問題答案への指定枚数の80%以上が埋められること。
② 設問文の意図内容を充分に把握したうえ,なるべく多くの事柄が盛り込まれること。
③ 報告文ではない形の論文となるためには,自分の意見・見解が述べられること。
④ 記載順序を体系づけて,論文の展開へ配慮し,主張内容は一本の筋が通されること。
⑤ 多義的に読める曖昧な表現を避け,一義的にしか読まれない文章が書かれていること。