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沿道における大気環境の現状とその対策について

国土交通省 国土技術政策総合研究所
 環境研究部 道路環境研究室
 研究官
大 城  温

1 はじめに
我が国においては,最大の大気汚染物質排出源であった工場・発電所等の固定発生源対策が進むにつれ,自動車による大気汚染問題がクローズアップされてきた。そのため,様々な施策の実施や対策技術の開発が進められ,大気質は徐々に改善されてきており,今後もさらに改善される見込みである。一方で,環境基準を超過する大気汚染が依然として残っている。
本稿では,日本における大気環境の現状,道路交通に係る大気環境対策やその適用事例を紹介する。また,今後の大気環境の見通しについても述べる。

2 日本における大気環境の現状
日本国内で問題となっている主な大気汚染物質には,一酸化炭素(CO),炭化水素(HC),窒素酸化物(NOx),オキシダント(Ox),粒子状物質(PM),二酸化硫黄(SO)などがある。
(1)窒素酸化物(NOx
① 物質の概要
大気環境問題では,窒素酸化物(NOx)とは一般的に一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)を合わせたものを指す。自動車からは,エンジンにおける燃焼の際に空気中の窒素が酸化されて生成する。自動車から排出されるNOxの多くはNOが占めるが,大気中のOxによりNO2に酸化される。NOは毒性が弱いが,NO2は呼吸器毒性が強いため,NO2のみ環境基準が設定されている。

② 環境基準の達成状況
NO2の環境基準の長期的評価では,日平均値の年間98%値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内,又はそれ以下である場合を環境基準の達成としている。
近年の環境基準の達成率をみると,平成10年度までは一般環境大気測定局(一般局)で95%程度,自動車排出ガス測定局(自排局)で60~70%程度であったが,11年度以降は一般局で約99%,自排局で約80%程度まで改善された(図1参照)。
「自動車から排出される窒素酸化物及び粒子状物質の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法」(通称「自動車NOx・PM法」)の対策地域内の環境基準の達成率は,平成10年度までは一般局で80%台,自排局で30%台であったが,11年度以降は一般局で約95%,自排局で60%台まで改善されている。環境基準の非達成局は,首都圏及び大阪府を中心に,南関東,東海,京阪神,山陽,北部九州の各地方に分布している。

(2)粒子状物質(PM)
① 物質の概要
粒子状物質(PM)は,固体・液体からなる粒子の総称である。発生源としては,摩耗や破砕に伴うものや物質の燃焼に伴うすすなどの人工発生源の他に,土壊や海塩などの自然発生源も多い。また,大気中の物理的・化学的反応により二次的に生成される粒子も含まれる。自動車からは,特にディーゼル車の燃料の燃焼に伴い排気管からSPMが多く排出され,他にタイヤやブレーキの摩耗によるものや,自動車の走行に伴う土壌粒子の巻き上げなどもあるとされている。
PMのうち粒径10µm以下の粒子は,浮遊粒子状物質(SPM…Suspended Particulate Matter)と呼ばれ,これに環境基準が設定されている。また,より粒径の小さい粒子は,呼吸器の奥深くに達しやすく人工発生源からの粒子が多いため,人体への影響が大きいとされることから,2.5µm以下の粒子はPM2.5と呼ばれ注目を集めている。

② 環境基準の達成状況
SPMの長期的評価では,日平均値の年間2%除外値が0.10mg/m3以下であり,かつ年間を通じて日平均値が0.10mg/m3を超える日が2日以上連続しない場合を環境基準に適合するものとしている。
長期的評価に基づく平成13年度の環境基準の達成率は,一般局で66.6%,自排局で47.3%であった(図2参照)。11~12年度と比較すると,かなり達成率が悪化しているが,これは3月下旬の黄砂の降下現象による影響があるものと考えられ,全体的にはNO2と同様,11年度以降は改善傾向にあると考えられる。環境基準の非達成局は,NO2の項で挙げた地域に加え,平成13年度では群馬県等の首都圏内陸部や北海道・九州・中国・四国の各地方にも分布している。これは黄砂の影響によるものと考えられる。また,首都圏内陸部の高濃度については,首都圏で生成したSPMの原因物質が海風で運ばれることが一因と考えられている。
自動車NOx・PM法の対策地域内の環境基準の達成率は,平成10年度までは一般局で15~40%程度,自排局では5~16%程度であったが,平成11年度以降は一般局で80%前後,自排局でも60%前後と大幅に改善された。

(3)一酸化炭素(CO)
① 物質の概要
COは,炭素を含む物質が不完全燃焼を起こす際に生成する物質で,血液中の酸素運搬機能を阻害し,酸欠状態を引き起こす物質である。
② 環境基準の達成状況
COの環境基準は,日平均値が10ppm以下とされており,平成4年度より全測定局で環境基準を達成している。

(4)二酸化硫黄(SO2
① 物質の概要
SO2は亜硫酸ガスとも呼ばれ,ぜん息や酸性雨の原因物質の1つである。主に硫黄を含む物質の燃焼により発生する。
② 環境基準の達成状況
SO2の環境基準は,日平均値が0.04ppm以下とされている。
長期的評価に基づく環境基準の達成率は,桜島や三宅島等の火山ガスの影響を受けた測定局を除けば100%と言える状況にある。

(5)オキシダント(Ox
① 物質の概要
Oxは,光化学スモッグの原因物質で,光化学反応等により生成される酸化性物質の総称であり,ほとんどがオゾンである。OxからNO2を除いたものが「光化学オキシダント」と呼ばれ,環境基準が設定されている。
② 環境基準の達成状況
環境基準では,1時間値が0.06ppm以下であることとされているが,近年においても達成率は全測定局の1%未満と改善が見られない。

(6)炭化水素(HC)
① 物質の概要
炭素と水素の化合物の総称であり,主成分はメタンである。炭化水素のうちメタンを除いた,非メタン炭化水素(NMHC)は,光化学オキシダント生成の原因である。炭化水素には,ベンゼン等の有害性や発ガン性を持つものが含まれている。そのため,ベンゼンには環境基準が設定されている。
② 環境基準の達成状況
ベンゼンの環境基準達成率は,平成9~10年度の50%強に対して,11年度以降は80%前後と大きく改善されている。

3 道路交通に係る大気汚染対策
大気汚染対策は,自動車での対策,道路での対策,道路利用者への啓発の大きく3種類に分類できる。これらの対策の概要及び現状について以下に述べる。

(1)自動車への対策
① ガソリン車・ディーゼル車等の低公害化
我が国の自動車排出ガス規制は,大気汚染防止法に基づき,「自動車排出ガスの量の許容限度」が設定され,これと整合するように道路運送車両法に基づく「道路運送車両の保安基準」により車両に対する規制値が設定されている。
規制対象の大気汚染物質は,CO,HC,NOx,PMであり,PM中の黒煙についても規制されている。規制対象車種は,四輪車(軽自動車を含む),二輪車のほか,平成15年には,ディーゼル大型・小型特殊自動車の一部についても規制が開始される。
今後は,平成14年に中央環境審議会(中環審)「今後の自動車排出ガス低減対策のあり方について(第5次答申)」において,新たな自動車排出ガス規制のあり方について答申され,平成17年末(ガソリン軽貨物車は平成19年末)までにPMの規制を大幅に強化するとともにNOxも低減される予定である。特に,重量車(車両総重量3.5t超)では,PMをより大幅に低減するという,世界で最も厳しい排出ガス規制が導入される見込みである。(図3,42)参照)。

自動車NOx・PM法では,NO2及びSPMによる汚染が著しい特定の地域(首都圏,大阪・兵庫圏及び愛知・三重圏)について,特定地域に使用の本拠の位置を有する自動車(特定自動車)に対して「特定自動車排出基準」を満たさない自動車は,一定の猶予期間の後に特定地域内で登録を禁止している。このことにより,古い排出ガス規制が適用されている自動車の新車への転換を促している。

② 低公害車の普及促進
低公害車とは,広義には大気汚染物質の排出量が少ない自動車を指すが,狭義にはガソリン車やディーゼル車以外の電気自動車,天然ガス自動車(CNG自動車),メタノール自動車,ハイブリッド自動車,燃料電池自動車,ディーゼル車の代替を目的としたLPG自動車等(又はこれらの低公害車に低燃費かつ低排出ガス認定車を加えたもの)を指す。これらの低公害車はコストや航続距離,燃料供給の点でガソリン車やディーゼル車に及ばないため普及が進んでいなかったが,近年は通常のガソリン車と同等以上の性能を持つハイブリッド自動車が発売され,ハイブリッド自動車の普及が進みつつある(図5)。
低公害車の普及に向けて,経済産業省国土交通省及び環境省の3省により「低公害車開発普及アクションプラン」が平成13年に発表されている。プランに基づき現在実施されている普及促進策としては,低公害車取得及び燃料供給施設整備への補助,自動車取得税や自動車税の軽減事業者による低公害車の取得に対する法人税等の優遇措置などがある。また,国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリーン購入法)により,国,独立行政法人及び特殊法人が自動車を購入する場合,原則として低公害車を購入することが定められている。

③ 燃料の改善
自動車の燃料には,有害物質やその原因物質が含まれていることも大気汚染の一因であるため,平成7年に大気汚染防止法が一部改正され,自動車燃料品質に係る許容限度がガソリン及び軽油について設定された。これに基づき平成8年から自動車燃料品質規制が開始された。それ以前もJISによりガソリン,軽油及びLPGの規格が定められており,現在は大気汚染防止法に基づく自動車燃料品質に係る許容限度及び揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則との整合が図られている。
燃料中の硫黄は,SO2やPMの発生源となることや,排ガス浄化装置の触媒の活性を低下させることから,可能な限り含まれないことが望ましいが,日本で使われる石油の大半は硫黄分の多い中東産であるため,費用・技術面で課題があった。
そのため,硫黄含有量の上限値は数度にわたり徐々に引き下げられ,平成9年に当初の1/20以下の500ppmまで引き下げられた。その結果,自動車からの影響が卓越すると考えられるトンネル換気ガスで規制強化前後を比較すると,換気ガス中のSO2濃度が大幅に低減した(図6)4)。今後,中央環境審議会の答申を受けて平成16年末までに,軽油及びガソリンの硫黄分が50ppmまで引き下げられる予定である。
有害物質であるベンゼンはガソリンに含まれており,平成12年よりガソリン中のベンゼンの許容限度が5体積%から1体積%に引き下げられている。

(2)道路での対策
① 道路構造による対策
自動車排出ガスは移流,拡散によって道路から離れるほど濃度が低くなる。このため,環境施設帯や植樹帯を設置することによって,沿道の住宅と車道の距離をできるだけ大きくするとよい。また,遮音壁や環境施設帯・植樹帯の設置は,大気の流れが持ち上げられることにより,実質的な排出源高さが高くなり地表付近の濃度を低減する効果を持つ5)(図7)。ただし,この場合は高層住宅に対しては逆効果になる場合があるので,注意が必要である。さらに,多少ではあるが,植物が大気汚染物質を吸着する効果もある。

② 交通の円滑化
自動車からの単位距離あたり大気汚染物質排出量(排出係数という)は,60~80km/hで最も小さくなるため,一般道路では交通の円滑化が大気汚染対策としても有効である。例えば,環状道路,バイパス等を環境保全に配慮しつつ整備することや交差点及び踏切の改良,交通需要マネジメント(TDM),ETCの導入等は交通の円滑化だけでなく環境対策としても有効であるといえる。

③ 他の交通機関への転換促進等
鉄道やバス等の公共交通機関や自転車道の整備,これらの交通機関の利便性向上等により自家用乗用車利用の抑制を図る人流対策,自家用トラックから輸送効率のよい営業用トラックヘの転換や共同輸配送等による物資輸送の効率化によりトラック走行量の抑制を図る物流対策が必要である。
また,都市部では,交通の集中による大気汚染の問題があるため,市街地を避けてバイパスや環状道路に道路交通を誘導し,現道における道路交通を分散・移行することも有効である。首都高速道路や阪神高速道路では,市街地を通る路線と住宅地から離れた臨海部を通る路線が並行する区間で臨海部の路線の料金を下げることにより,臨海部の路線へ交通を誘導する「環境ロードプライシング」が試行されている(図8)。

④ 大気浄化施設の設置
一度排出された大気汚染物質を大気から除去することは,水に落としたインクを回収するのと同様困難かつ非効率である。しかし,局地的に著しい大気汚染が生じている箇所で,他の対策によっても解決できない場合には,大気汚染物質の除去技術を導入することが考えられる。そのためトンネル換気塔における窒素酸化物や粒子状物質の除去装置や沿道における大気浄化技術の開発が進められている。
トンネル換気ガスの浄化装置については,首都高速道路湾岸線の空港北トンネルにおいて実用化に向けてパイロット実験が進められている。
沿道の大気浄化技術としては,光触媒による大気浄化技術(図9)が大阪市西淀川区や名古屋市守山区等で,土壌による大気浄化技術(図10)が大阪府吹田市や川崎市川崎区,兵庫県尼崎市等で試験的に施工されている。これらの対策は,沿道の大気汚染物質濃度の低減までは至らないものの,一定の大気浄化効果が確認されている。

(3)道路利用者への啓発
必ずしも効果は明確でないが,道路利用者に対しても,短距離の自動車利用の自粛やアイドリング・ストップ及びエコ・ドライブの励行を呼びかけることも対策の1つである。
例えば,交差点の信号待ちの際に,全ての車両がアイドリング・ストップを実施したと仮定した場合,NOx排出量で平均6.6%,排気管から一次的に排出されるNOx排出量で平均18.2%の削減効果があるという推計が示されている6)

4 今後の沿道大気環境の見通し
今後中央環境審議会の第4次答申までに示された自動車排出ガス規制の強化が実施されることにより,規制に対応した自動車が普及する今後10~20年程度で大幅に大気汚染が改善される見込みである。これにより,NO2の環境基準はほぼ達成されると予想される(図11)7)。さらに,平成14年の第5次答申に沿った規制が実施されることにより,一層の大気質の改善が期待される。

5 おわりに
本稿では,日本における大気環境の現状と沿道大気汚染対策を紹介した。拙稿が読者の皆様の参考になれば幸いである。

参考文献
1)環境省環境管理局大気環境課・自動車環境対策課:「平成13年度大気汚染状況について」,環境省報道発表資料,平成14年9月26日
2)㈳日本自動車工業会:「排出ガスの低減とJCAP(Japan Clean Air Program)」,JAMAレポート,No.92,2002.
3)㈳日本自動車工業会:「クリーンエネルギー車ガイドブック2002」,p.6,2002.
4)大城温,大西博文:「トンネル換気ガス中のSO2農度変化について」,大気環境学会年会講渾要旨集,Vol.39,1998.
5)石田稔,稲沢太志:「植物の沿道大気(NOx)改善効果について」,土木技術資料,Vol,35,No.11,pp.10-11,1993.
6)横田久司,飯田靖雄:「交差点におけるアイドリング・ストッフ・シミュレーション」,東京都環境科学研究所年報,pp,176-185,1997.
7)大城温,松下雅行,並河良治:「将来の自動車排出ガス規制による大気質改善効果の予測」,土木計画学研究・講演集,Vol.25,2002.

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