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佐賀市内に現存する石橋

佐賀大学 理工学部
都市工学部門 講師
根 上 武 仁

キーワード:石桁橋、佐賀市

1.はじめに
土木学会では、土木遺産の顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的とし、平成12年に土木学会選奨土木遺産の認定制度を設けている1)。これまでに496件の構造物や施設群が選奨土木遺産に認定されている。九州では、これまで53件の構造物や施設群が選奨土木遺産に認定されており、令和4年度は福岡県と大分県にまたがる山国橋(1934年竣工)と、鹿児島県の赤尾木港の岸岐(1781年)・築島(1862年)の2件が認定された。
佐賀県では、これまでに若津港導流堤(デレイケ堤)、東与賀地区大搦堤防・授産社搦堤防、栴檀橋、蛤水道、馬の頭水利施設、湯野田橋が認定されているが、本稿では、佐賀市内の石桁橋について述べる。

2.佐賀市内にのこる石橋
(1)与賀神社の萬歳橋まんざいばし
日本における橋の技術史は、江戸時代末期までの第一期、以降の1945年までの第二期の近代、1945年以降の第三期の近代に区分される2)。江戸時代末期までの第一期では、木橋が多かったようで、馬場3)によれば建久9(1198)年築造と考えられている旧・相模川橋脚(神奈川県茅ヶ崎市)の遺構があり、史跡名勝天然記念物に指定されている4)。また、石桁橋については、室町後期1498年築造の旧円覚寺放生橋(沖縄県那覇市)が現存しており、国宝・重要文化財に指定されている3)、4)。やや時代は下るが、写真- 1 に示す佐賀市に現存する与賀神社(佐賀市与賀町)の萬歳橋は、慶長11(1606)年に建造され、国宝・重要文化財(建造物)に指定されている3)、4)。佐賀藩祖・鍋島直茂が与賀神社に寄進した橋であり、完形で残る沖縄以外で国内最古の可能性のある石桁橋ともいわれる。長さ10.5m、幅3.15m であり、7径間の円弧桁橋である。保存状態は良く、現在も使用されている。

写真1 与賀神社の萬歳橋

(2)護国神社の参道橋さんどうきょう
佐賀縣護国神社(佐賀市川原町)は、明治3年(1870年)、旧佐賀藩主・鍋島直大によって建立された。同神社の北側から東側には多布施川があり、この多布施川に参道橋(写真- 2)が架かっている。現在は通行止めになっており、これより南側にかかる参道橋が使用されている。神社が建立された際に架けられたようで、円柱形の橋脚で5径間の円弧桁橋である。円筒形多布施川の上流にある石井樋からの船下りの終着所でもあったようである。神社側から橋に向かって左側には石の階段があり、水遊び場になっている。

写真2 護国神社の参道橋

(3)善左衛門橋ぜんじゃあばし
佐賀縣護国神社の敷地を添うように北側から東側へさらに南側に向かって多布施川が流れているが、同神社の北西部に写真- 3 に示す善左衛門橋(伊勢町)が南北にまたがって架かっている。この橋が架けられる以前には土橋が架けられており、洪水のたびに流されていたようである。鹿島藩士の宇野善左衛門が出資し、明和元(1764)年に架設された5径間桁橋である。明治33(1900)年に一部補修されているようであるが、北東側には親柱も現存しており現役の石橋である。

写真3 善左衛門橋

(4)栴檀橋せんだんばし
栴檀橋は多布施川に架かる橋長17.5m、橋幅5.4mの6径間桁橋である(写真- 4)。土木学会5)によれば、佐賀藩別邸が佐賀市に寄付されて神野公園として市民に開放された翌年の大正13(1924)年に、同公園の東側を流れる多布施川に架けられた。現在は、歩いて渡ることはできるが車両の通行はできない。橋の名は、当時河岸に多く生えていた栴檀の木に由来するとのことだが、多布施川沿いには多くの桜も植樹されており、人々の目を楽しませている。佐賀市史によれば6)、第二次世界大戦後の高度成長期を迎えて自動車交通量も増え、多布施川に架かる橋も木橋や石橋から永久橋への架け替えが進んだ。昭和54年には栴檀橋の下流側20mほどに、南北に走る国道264号線と208号線を東西間でつなぐ新栴檀橋が架けられた。昭和51年当時で、佐賀市には約1,213の橋梁があり、そのうち975が永久橋であった。
石井樋から南へ多布施川は流れ、佐賀城内を通りながら東へと流れを変えて、最終的には八田江川に流れ込んでいる。栴檀橋は石井樋から直線で下流側へ約4km、善左衛門橋や護国神社の参道橋までは約6km、与賀神社萬歳橋までは約6.4kmである。萬歳橋については、多布施川から分岐したクリークに架かっている。

写真4 栴檀橋

(5)柳橋やなぎばし
写真- 5に示す柳橋(東佐賀町)は、大正4(1915)年に架けられたRC 充腹アーチ橋である。選奨土木遺産2800 選では、Cランクに分類されている。写真右手側にレンガの壁があり、二本の水管の切断面が確認できる。数年前までは、左手側の対岸にもレンガ製の函があり、双方を繋ぐ二本の水管があったが、現在は失われている。親柱は現存している。

写真5 柳橋

(6)思案橋しあんばし
思案橋(柳町)は、柳橋の南側に架かる5径間桁橋(写真- 6)で、明治23(1890)年に架けられた。なお、昭和58(1983)年に高欄の改修工事が行われている。選奨土木遺産2800 選では、B ランクに区分されている。思案橋は長崎街道の近傍でもあることから、江戸中期から明治期にかけて荷揚げ場としてにぎわっていたようである7)、8)。また、平成31(2019)年2月、長崎街道沿いの思案橋周辺で、江戸時代中頃~後期及び幕末~明治期のものとみられる石垣護岸、船着き場や荷揚げ場等に造られる石段である雁木(がんぎ)、建物の礎石(そせき)などが発見され9)、令和4(2022)年1月に佐賀市により遺構の保全と整備が行われた(写真- 7)。
江戸時代から続いた荷揚げ場の遺構としては、佐賀城下では初めての発見であり、江戸時代から続いた商家町に紺屋川を介して舟運が行われていたことを示すものとして価値がある9)

写真6 思案橋

写真7 思案橋遺跡(江戸期の荷揚げ場遺構)

(7)いちはし
一の橋(写真- 8)があるのは、佐賀市材木1丁目である。有明海へは、裏十間川~佐賀江川~城原川~筑後川を経ることになるが、裏十間川の材木町の最北部に架けられた一番目の橋で、明治30(1897)年に架けられた7)。橋長は7.0m、橋幅5.5m で4径間桁橋である。有に令和2(2020)年に、上部工の補修が行われている。現在も車両や人の交通があり、現役の橋である。柳橋や思案橋からも近く、近傍には旧古賀銀行や南里邸などがあり、歴史的な街並みとなっている。

写真8 一の橋

(8)循誘橋じゅんゆうばし
循誘橋は、橋長3.1m、橋幅6.2m の単径間桁橋で架設は大正14(1925)年である。写真-9 に示すように、親柱は4 本とも残っているが、一部は傾斜しており、さらに親柱の下部はアスファルトの下に埋もれている。

写真9 循誘橋

(9)高木町南橋たかぎまちみなみばし追手橋おってばし
写真-10 は、高木町南橋(追手橋)(高木町)である。橋長5.4m、橋幅2.5m、3径間桁橋で、現在も使用されている。筆者が数年前に確認した際には、石造りの低い欄干が設置されていた。写真- 10 の橋の両側に残る白い痕跡は、おそらく欄干を撤去した際のものであろう。橋幅が比較的狭く、近くの小学校への通学路にもなっているため、転落防止のために新たに防護柵を付けたものと思われる。前述した栴檀橋、柳橋、思案橋、一の端、循誘橋も同様であるが、上部工にアスファルト舗装が使用されている場合、一見して石橋とは気が付かない場合もありそうである。

写真10 高木町南橋(追手橋)

(10)成就院橋じょうじゅいんばし
写真-11 は、成就院橋(柳町、八坂神社南側)である。ふるさと循誘7)によれば、承応3(1654)年の絵図には橋が記載されているようである。3径間桁橋であるが、元来はもっと川幅が広い状態のときに架けられていた。現在の橋は明治33(1900)年に架け替えられたものである。
架設後120年以上経過しているが、現在も使用されている。

写真11 成就院橋

3.さいごに
本稿では、特に多布施川沿いと、歴史的な街並みが残る柳町周辺に残る石橋について述べた。調べてみると、明治から大正、昭和にかけて架設された石橋が多く残っていることが分かった。萬歳や参道橋などの神社や寺院に付随する石橋については、国や自治体の文化遺産の認定を受けてることが多く、架設時の姿を保っているようである。一方で、架設時の姿をほぼ留めながら現役のものや、親柱や欄干が失われたもの、上部工の設置によって橋面はアスファルトのものも存在することが分かった。

参考文献
1)土木学会:土木学会選奨土木遺産選考委員会ホームページ(http://committees.jsce.or.jp/doboku_isan/、参照 2023-05-21)
2)島田静雄:道路と橋の技術史(https://www.nakanihon.co.jp/gijyutsu/Shimada/bridgestory/BrEngHistory.pdf、参照 2023-05-21)
3)馬場俊介:近代以前の土木・産業遺産(https://www.kinsei-izen.com/、参照2023-5-21)
4)文化庁:国指定文化財等データベース(https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index、参照 2023-05-28)
5)土木学会選奨土木遺産委員会:土木学会HP(https://committees.jsce.or.jp/heritage/node/484、参照 2023-05-25)
6)佐賀市史編さん委員会 編:佐賀市史第5 巻(現代編)、佐賀市、p.915、1981.
7)循誘校区自治会編:ふるさと循誘(佐賀市循誘校区の今昔記録)、p .198、1996.
8)佐賀新聞:思案橋荷揚げ場跡、牛嶋口跡 市史跡指定へ佐賀市長に答申、2023/02/11(https://www.saga-s.co.jp/articles/-/988918、参照 2023-06-10)
9)佐賀市HP、https://www.city.saga.lg.jp/main/78236.html(参照 2023-06-10)

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