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令和3年8月出水を踏まえた六角川水系での取り組みについて
~令和元年からわずか2年後の浸水被害を踏まえて~

国土交通省 九州地方整備局
武雄河川事務所 技術副所長
小 野 朋 次

キーワード:浸水被害、令和3年8月出水、流域治水プロジェクト

1.はじめに
六角川水系は、佐賀県の白石平野を流れる低平地河川であり、干拓の拡大によって形成された低平地があることから、浸水被害が発生し易い地形的な特徴を有している。
これまでに幾度となく浸水被害を被った六角川では、特に昭和55年出水、平成2年出水及び令和元年出水で甚大な浸水被害となった。令和元年出水は地域にとって30年ぶりの大出水となったが、わずか2年後の令和3年8月に、再び同規模の出水が発生し、甚大な浸水被害が生じている。
これまで、昭和55年、平成2年の出水に際し2度の河川激甚災害対策特別緊急事業(以下、「激特事業」)等の治水対策を行うことによって、着実に浸水被害を軽減し地域の安全度の向上に努めてきたところである。令和元年8月の出水後、12月には3度目となる激特事業に採択されている。また、流域市町と関係機関が共同し、「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」を立ち上げ、浸水被害軽減のため緊急的な対応に取り組んでいる中、令和3年8月の出水は発生した。
このようにわずか2年のうちに大規模な浸水被害が発生した状況を踏まえ、緊急かつ抜本的な治水対策への取り組みが、地域から求められている。本稿では、浸水被害の発生状況と治水対策の取り組みについて紹介する。

2.令和3年8月出水の概要
令和3年8月11日から19日にかけて、前線が九州付近に停滞し、六角川流域では、11日から14日にかけて断続的に激しい雨が降り、14日2時15分には佐賀県に大雨特別警報が発表されるなど記録的な大雨となった(図- 1)。

図1 8月14日2時の気象レーダー

図2 六角川流域の等雨量線図

六角川流域では、本川上流の矢筈雨量観測所(武雄市)において、4日間の累加降雨量が1,083㎜を観測し、同観測所の年間平均降雨量(2,186㎜)の約半分にあたる量を、わずか4日間で観測するなど記録的な降雨となった。また、六角川流域で発生した、近年の主要洪水(平成2年、令和元年)と比較すると、特に72時間雨量が顕著に多い特徴であった(図- 2)。
その降雨により、六角川及び牛津川の主要な4箇所の水位観測所では、軒並み計画高水位を超過する出水となった。また、六角川の潮見橋水位観測所(以下、「潮見橋」)、新橋水位観測所(以下、「新橋」)では、既往最高水位を記録し、かつ新橋では、累計約11時間、潮見橋では約6時間の長時間に渡り計画高水位を超過する状況となった。長時間に渡り高い水位が継続したことによって、堤防の決壊など重大な災害の発生が懸念されたが、幸いにも堤防の決壊は発生しなかった(写真- 1、図- 3)。

真1 出水時の新橋の状況

図3 出水時の新橋における水位図

また、六角川本川左岸29k 付近では、約1時間半の間越水が発生し、左岸30k 付近では約2時間の溢水が発生した。小規模な越水・溢水であったこと、危機管理ハード対策を実施していたこともあり、堤防の決壊等の重大な被害には至らなかった。外水氾濫による浸水範囲も小規模であり、住居等への浸水は無く、外水被害の影響は限定的であった。
しかし、記録的な降雨であったことから、六角川流域では、甚大な内水被害が生じている。浸水面積約5,400ha、浸水家屋は約3,300 戸で、令和元年出水とほぼ同規模の浸水被害となり、主要道路の冠水や鉄道線路の冠水による交通網の途絶も発生している(写真- 2、表- 1、図- 4)。

写真2 武雄市北方の浸水状況

表1 令和元年・3年の浸水戸数

図4 令和元年・3年の浸水状況

また、令和元年出水は、支川の牛津川の沿川において浸水戸数が多かったが、令和3年出水では、六角川本川の沿川での浸水戸数が多く、特に武雄市においては、令和元年出水時よりも浸水深も深くなった地区もあった。

3.排水ポンプの運転調整の実施状況
六角川流域では、河川改修の進捗とともに、昭和50年代から河川事業、農林関係事業、鉱害復旧事業等により、排水ポンプが設置され内水対策が実施されてきた。現在、国及び自治体等で合計60 箇所の排水ポンプ場が設置され、これらの排水能力を合計すると約360m3 / 秒の能力があり、河川への影響も無視できない。出水時において計画高水位を超過した場合、河川氾濫による甚大な被害を回避するため、排水ポンプの運転を停止する運転調整を行うこととしている(図- 5)。

図5 ポンプ位置図

令和3年出水では、河川水位が計画高水位を超過する出水となったことから、令和元年出水に引き続き運転調整を実施している。六角川では新橋上流の7機場で合計8時間30分、牛津川では六角川合流地点から5㎞より上流の17機場で合計5 時間の運転調整を実施した。なお、令和元年出水時は、六角川では3時間10分、牛津川では5時間の運転調整であった(図- 6、図- 7)。

図6 新橋水位図

図7 砥川大橋水位図

令和3年出水では、長期間降雨が継続したこと、また、潮位の影響もあったことから、河川水位が高い状態が長く続き、排水樋管等からの自然排水が困難な状況であった。流域内の排水ポンプの稼働も、これまでに経験したことが無いような長時間に渡ることとなり、高橋排水機場では連続運転が85時間を超え、5日間に渡り稼働するなど、厳しい状況下の中、地域の内水被害の軽減への対応を行っている。
しかし、相当の降雨があったことから、排水ポンプの施設能力を上回り、運転停止する以前から、既に内水被害は発生していたものの、ポンプの運転停止が内水被害の拡大の一因となっていることも事実である。
一方で、内水排除の効果的な手段が、現状では、ポンプ排水以外に有効な方策が無いことから、ポンプの運転調整の回避につながる河川整備の推進には、地域からの期待も大きく早急な対応が求められている。

4.令和元年出水後の対応状況について
六角川流域では、令和元年出水を踏まえて、令和元年12月に「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」を策定し、国、県、市町等が連携して洪水被害の軽減を目指す流域治水の取り組みを行っている。本プロジェクトは、①河川における対策、②流域における対策、③まちづくり、ソフト施策の3 本柱で構成されている(図- 8)。

図8 プロジェクト概念図

「河川における対策」については、河川大規模災害関連事業や激特事業にて、被害の軽減に向けた治水対策を加速化し推進を図ることとしている。その中で、国土交通省では、河道掘削、築堤(引堤)、排水ポンプの増強、遊水地整備等を概ね5年で実施することとしている(図- 9)。
また、激特事業では、令和元年出水と同規模の出水に対し、外水氾濫の防止、及びポンプ運転調整の回避を実現するため、ポンプ運転調整の基準観測所となる六角川の新橋及び牛津川の砥川大橋の水位を、計画高水位以下まで低下させることを目標としている。
激特事業等は、令和6年度末までに完了することを目標に事業計画を立てており、令和3年8月出水発生時点では、事業実施途中の段階であった。河川整備のメニューとして多くの対策があるが、用地取得や地元調整等も必要であり、進捗を図るにはある程度時間を要する対策もある。全体的に事業メニューの進捗を図る一方、特に効果の発現が早い、河道掘削の進捗が図れるよう先行して取り組んでいる。
令和3年8月時点での河道掘削の実施状況は、全体で約80%(約29 万m3完了、全体予定量約37 万m3)の進捗であった。六角川では予定掘削量を完了しており、令和元年出水を対象とした場合、新橋水位観測所付近で約60㎝から70㎝程度の水位低減効果があると見込んでいる。
また、令和3年8月出水においては、河道掘削の効果として、新橋付近で約36㎝の水位低減効果があったものと推定しており、堤防決壊の回避やポンプ運転調整時間の短縮につながり、内水被害の軽減にも寄与したものと考えている。

図9 河川激甚災害対策特別緊急事業位置図

5.令和3年8月出水後の対応について
今後の抜本的な対策の検討にあたり、令和元年出水及び令和3年出水を対象に内水氾濫解析を実施し、激特事業完了後の床上浸水家屋の減少数について検証した。激特事業を完了することにより、同規模の出水に対し、河川からの外水氾濫及びポンプの運転調整の回避は可能となるが、河川における対策のみでは、床上浸水家屋数は半減するにとどまる結果となった。地域の浸水被害の軽減のためには、関係者が一丸となった、更なる内水や外水への対策の推進が必要である。
その中で、佐賀県においては、8月の出水後、9月7日に「佐賀県内水対策プロジェクト(プロジェクトIF)」を新たに発足させ、内水対策について自治体や関係機関と連携して取り組みを進めることとしている。
武雄河川事務所では、流域の抜本的な治水対策に取り組んでいくため、現在、六角川水系流域治水協議会の中で、佐賀県の内水対策プロジェクトと連携しながら、流域自治体及び関係機関と対策について議論を進めている(図- 10)。

図10 プロジェクトIFとの連携<

流域治水に関する取り組みは、まちづくりと一体不可分であることから、各市町の意向が極めて重要であり、将来を見据えて、各地域のあるべき姿や取り組み方針について議論を重ねることとしている。その議論を踏まえ、令和元年の出水を受け策定したプロジェクトを基本として、令和3年8月出水対応として新たに必要となる対策や、流域治水に関する新たな取組を加えて再編成した流域治水対策の全体構想を「新・六角川水系流域治水プロジェクト(仮称)」として、令和4年3月末までに取りまとめる予定である(写真- 3)。

写真3 流域治水協議会の様子

また、抜本的な流域対策について議論を進める一方で、早急な対応も求められていることから、流域の自治体及び関係機関では、次期出水に向けた(または短期的に)緊急的な対策にも取り組んで行くこととしている。
現在は、激特事業を推進するとともに、令和3年8月出水を踏まえた緊急対策として、次期出水を目標に、河川の水位低減を行うための追加河道掘削やヨシ育成抑制対策を新たに実施する予定である。なお、ヨシ育成抑制対策とは、高水敷に小型の湛水池を新たに設け、高水敷に繁茂するヨシの育成を抑制し、河道の粗度を低減させる対策である(図- 11)。この取り組みにより、六角川では令和3年8月出水と同規模の出水が発生しても、ポンプの運転調整を回避できるものと考えている。また、更なる治水対策の推進に向け、遊水地等の追加など、河川整備計画の変更も視野に入れた検討に着手する予定である。

図11 ヨシ生育抑制のための湛水池<

6.おわりに
六角川流域では、令和元年の出水を受け、関係機関が連携し「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」をとりまとめ取り組みを実施してきた。しかし、わずか2年の間に令和3年8月の大規模な出水が起き、再び甚大な浸水被害に見舞われた。これまでの取り組みにて一定の効果を発揮したものの、浸水被害の防止・軽減に繋がる更なる内水や外水への対策が求められている。緊急的な対策に取り組むとともに、地域のあるべき姿の実現に向けた流域治水対策の在り方について議論を進め、関係機関と連携して地域の安全・安心の確保に取り組んでいきたい。

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