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上尾トンネルの計画と施工
一般国道10号戸次犬飼拡幅事業

建設省大分工事事務所
 所長
菅 原 信 二

建設省大分工事事務所
 副所長
桃 坂  繁

建設省大分工事事務所課
 建設監督官
島 原 政 則

大林組上尾トンネル工事事務所
 所長
長 峰 秋 吉

1 はじめに
一般国道10号は,北九州市を起点に大分市,宮崎市などを経由して鹿児島市に至る東九州地域を南北に縦貫する延長約450kmの重要な幹線道路である。(図ー1)
特に,大分市を中心とする大分都市圏においては,大分新産都市をはじめとして種々の事業が計画実施されており,近年のモータリゼーションの進展と相まって交通混雑がますます著しくなっており,幹線道路としての機能の低下や地域発展の障害となっている。
戸次犬飼拡輻は,起点側を大分南バイパス,終点側を犬飼バイパスと接続する延長7.1kmの4車線拡輻事業で,この道路整備により,交通渋滞や道路災害,交通事故などが解消されるとともに,沿道環境の向上においておおいに寄与すると考えられる。
上尾トンネルは戸次犬飼拡幅の上尾地区において,現国道の代替トンネルとして計画された約700m,上下それぞれ2車線の双設トンネルである。
今回,下り線が完成,供用したので,その計画と施工について報告するものである。

2 トンネルの計画
国道10号上尾地区の現道は,大野川右岸部の急斜面下沿いに位置しているが,斜面は比高50~100m,傾斜40~50度の急崖であり,浮石,転石が多く認められる災害指定区域ランク1の危険斜面となっている。
昭和61年7月には梅雨による土砂崩れが発生し,既設防災トンネルを破壊し(写真ー1),交通が遮断され,北九州と南九州を結ぶ交通に多大な影讐を及ぼし,復旧対策として崩壊部に吹付けコンクリート工,国道部にロックシェッド(上尾洞門)が施工された。

また,平成2年7月の梅雨前線に伴う豪雨により大野川の水位が上昇し,河川沿いの上尾地区においては,国道が約2m水没した。
このようなことから,本トンネルは上述の危険斜面下を避け,斜面山体内を2本のトンネルによって迂回するよう計画したものである。(図ー2)

3 上尾トンネル下り線の工事概要
トンネル延長 691m
掘削断面 92m2~116m2

4 下り線トンネルの施工計画
(1)周辺環境
① 踏査により確認したところ,上尾トンネル施工影響調査報告書1)に示すとおり,過去に発生したと見られる地滑り跡が至る所に認められ,洞門上の斜面には滑落崖が数段あり,また,いつ落ちてもおかしくないような浮石・転石が無数に存在している。(写真ー2,3)

② 昭和61年7月の大規模な斜面崩壊は7/4~7/14間の累計降雨量232mm,当日降雨量1mm程度で発生している。(写真一1参照)
③ トンネル12~14m上部には大分地区1700ha灌漑用の昭和井路(断面5m2)が2カ所で交差している。(図ー2参照)
④ 終点側坑口(犬飼側)には240m付近に集落が存在する。
⑤ 終点側坑口(掘削開始側)は,元砕石採取跡地で急崖となり,坑口付近は崩積土である。
⑥ 断面区分は地質縦断面図に示す。(図ー3参照)

(2)施工上の問題点と対策
① トンネルを掘削する場合,斜面崩壊や転石落下を誘発する可能性があり,振動について十分留意した工法が望ましい。
② 斜面の崩壊や落石は日常の降雨等の自然現象で発生する事があり,国道に対する安全対策として,自然現象にも配慮する必要がある。
③ 騒音・低周波音にも配慮する必要がある。
(3)施工方法
前項(1),(2)を参考に
① 振動抑制には,機械掘削と制御発破工法の掘削区域で対処し,自然現象には斜面の動態観測で対処する事にした。
② 上記に先だって,国道10号側斜面を再点検し,落石防護柵・防護ネットを補強し新設した。
③ 坑口部の対策工としてはパイプルーフと押さえ盛土とした。
以下,実施した機械掘削工法,制御発破工法,動態観測について述べる。

5 機械掘削工法(ロードヘッダーS300)
この工法については,国道10号上尾トンネルの機械掘削工法について2),また,日本トンネル技術協会で1994.12月大型自由断面掘削機による硬質砂岩トンネルの施工に発表しているので参考にされたい。

6 発破掘削工事
(1)管理目標値
発破掘削工事に伴う振動による斜面と昭和井路への影響と騒音や低周波音による付近民家への影響を防止するために以下の検討から管理目標値を決定した。(表ー1)

(2) 現況斜面の振動管理目標値
建設サイトの斜面における危険の抽出は,降雨や地震等の自然災害に対する対策のために使用されている針面の崩壊地・落石危険度調査票によるランク分けと上尾トンネル施工影響調査報告書1)(表ー2)および現地踏査によって行った。抽出した危険箇所の斜面や岩塊・浮石での発破振動の振動管理目標値はその推定方法が現在確立していないが,以下に示す種々の方法で求めた限界振動量を安全率5で割った許容振動量の内,下限値を目標値とした。(0.4cm/sec)

① 過去の地震履歴から推定する方法
対象箇所の斜面が受けた地震履歴の最大振動速度値を,振動数や継続時間および斜面の振動状態が異なるが,発破振動による斜面の限界振動速度値とするもので,許容振動量は0.4cm/secと算定され,上尾トンネル施工影響調査報告書1)もこの様になっている。
② 過去の地震による斜面の災害事例から推定する方法
表ー3は地震時に鉄道トンネル坑口付近の落石や坑口の破損および地滑り等が発生した斜面災害事例の推定震度を示したもので,斜面の許容振動速度値はこの表の値から0.8~2.5cm/secとなる。

③ 類似工事で設定された限界振動量とする方法
表ー5を用いて,構造物のタイプとしてA「力学的に弱い工作物」の露出の岩石で,岩盤のP波速度2~3km/sec(上尾トンネル地質報告書)より誰定すると許容振動速度値は0.5cm/secとなる。

④ 斜面の地滑り安定計算による方法
許容振動速度値を安定計算に用いられる(1)式により求める方法である。

まず,現状の滑り面のφを「落石対策便覧」の表より風化岩地滑り運動中止中の値Fs=1.05として求める。
次に,水平加速度αが作用した振動時を仮定し,
Fs=0.9 , T=W(sinθ+α/g・cosθ) , N=W(cosθ+α/g・cosθ)
としてαを算定する。αから表ー2の振動速度を求める。
得られた限界振動速度は0.5cm/secとなる。
⑤ 岩塊・浮石の破壊強度から推定する方法
表層の岩盤の崩壊は破壊強度(引張許容強度)を振動による引張応力が上回って基岩と表層の岩盤の間で発生するとし,(2)式を用いて振動速度値を算定すると0.8~2.5cm/secとなる。
算定に用いた表層の岩盤のVpは地質調査結果の値としσta,EdはVpと一軸圧縮強度および変形係数より推定した値を用いた。

(3)昭和井路の振動管理目標値
既設トンネルライニングコンクリートの許容振動速度量は上記(2)式で算定した。振動管理目標値は類似工事(日本トンネル技術協会資料)での許容振動量2.5~7cm/secと同程度の2.5cm/secとした。
(4)民家の騒音等管理目標値
低周波騒音レベルの管理目標値は,図ー4より,20Hzで窓や戸のガタツキ限界の音圧レベルが,80dBとなる事から,図の単周波数との相違(5~6dB高い)を考慮して85dBとした。
騒音レベルの管理目標値は大分市条例の一般建設業の基準値から70dBA(昼)55dBA(夜)とした。

7 制御発破工法
(1)試験発破と計測
制御発破工法としては,①断面分割発破,②進行長分割発破,③多段分割発破が考えられる。
当現場ではこの3項目の内,③には電子遅延式電気雷管(EDD)があるが発破器が未開発のため従来のMS,DS電気雷管による③の多段分割発破を採用する事にした。多段分割発破による振動制御の効果は,2回の試験発破により確認した。
試験位置を図ー2に示す。第1回の試験発破は,発破区間に入る前の機械掘削区間で実施し,芯抜き発破パターンの選択を行った。薬量は0.2kg/孔,芯助は0.3kg/孔で2~7段の4パターン実施,第2回の試験発破は,芯抜き発破の振動より低くなるように各段の薬量と孔数の調整を行った。上半発破は総孔数135孔,総薬量39.5kgとした。(岩盤の一軸圧縮強度2000kgf/cm2弱で,弾性波速度5km/sec程度の場合である)
(2)測定位置と使用計器
振動速度の測定点は図ー2,5に示す。昭和井路と斜面および斜面上の転石各一カ所とし,それぞれの測点に水平・鉛直方向の圧電型加速度計(前置増幅器付)を設置した。また,転石と安定した岩盤(固定点)の間には斜面の地滑り動態観測に用いた地滑り計(インバー線変位計)と同じセンサーを取り付けた。加速度計の信号は振動速度に積分して変位計の出力と共にデータレコーダーに収録した。測定後,波形は記録計に再生し,発破各段毎の最大振動速度値を読み取った。
騒音計と低周波騒音計および公害振動計の測定点は坑口から距離240~430m離れた3カ所の民家の庭に設置した。
これらの測定器の出力はレベルレコーダーに記録し最大値を読み取った。
読み取った騒音・低周波音・振動速度の値を整理しそれぞれの減衰式を求めた。

(3)距離減衰式の設定
① 振動速度の距離減衰式の設定
斜面と転石および昭和井路を対象とし求める減衰式の形をV=K・Wm・Ln(V:各段の最大振動速度量,W:発破に使用した各段の薬量,L:発破点と測定点までの距離,K:係数,m,n:乗数)とした。
得られた上半掘削時の発破の減衰式の内,各測点での係数Kが最も大きくなる芯抜き発破の減衰式は次式となる。

求めた振動減衰式の内,昭和井路の減衰式(3)は他の減衰式の係数Kに比べ著しく低い値であった。その理由としては測定器を設置した覆工コンクリートとその背面の岩盤の間に空隙があり,井路のトンネルが発破点と測定点の間にあるためと考えられた。そこで,昭和井路の減衰式は安全を考慮して(4)式を用いる事にした。

② 低周波音の距離減衰式の設定
得られた段発発破時の低周波音(中位置)の減衰式は次式となる。(単位:dB)

③ 騒音の距離減衰式の設定
騒音レベルは測定位置による変動が大きい次式となった。(単位:dBA)

(4)制御発破の考察
実施した制御発破工法により,騒音と低波音は管理目標値より,やや大きいものの防音扉対策により苦情も治まり工事を続行することができた。
また,発破振動対策では,試験発破で得られた減衰式を基に昭和井路と斜面に近づく区間を機械掘削区間を設ける事により,斜面には全く影響なかったが,昭和井路には若干の亀裂が発生した。亀裂箇所を調査して見ると構造的に脆弱部であった。よって,減衰式は妥当なものと判断する。

8 地滑り・斜面崩壊の遠隔地自動計測管理システム
(1)システムの概要
地滑りや斜面崩壊などの土砂災害では,その崩壊過程において必ず地山の変形や亀裂の発生,あるいは地下水位上昇や間隙水圧の増加等の前兆現象が現れる。このため,これらの土砂災害を事前に予知・予測する方法として各種計器を用いた斜面の動態観測が有効なものとなる。この様な斜面の計測を自動化するために開発したシステムの構成を図ー6に示す。

9 上尾トンネルヘの適用
(1)計測管理目的
本動態観測においては,①トンネル工事の斜面への影響把握,②現国道上部斜面(崩壊危険斜面)の安定管理の2つを主目的に,斜面の挙動の計測を実施する。当工事のように斜面近傍で発破などを伴うトンネル工事を行う場合には,その影響によって斜面の落石・崩壊が引き起こされ現道交通に被害を及ぼす懸念があるので,第3者への影響を考慮した組織的な管理体制とリアルタイム計測による斜面の安定評価を行う必要がある。このために本遠隔地自動計測管理システムを採用し,斜面安定管理を行った。
当該斜面の地質は,中世代白亜紀の大野川層群犬飼層に属する砂岩,レキ岩,頁岩から構成されている。図ー7に示すように,上位から砂質シルト~レキ混じりシルト質砂から成る移動層,多亀裂状態の中位~粗粒砂岩からなる漸移帯および細粒砂岩からなる不動層とに区分される。

(2)計測概要
① 計測項目と管理基準値
動態観測工の計測項目と計測機器を表ー6に示す。
計測対象斜面が広範囲なので,特に危険が高いと判断される場所を主測線(4測線)とし計器を配置した。その内,主測線のひとつであるNo.1測線センターの計器配置例を図ー8に示す。

斜面長が長いので地滑り計を斜面上部から下部へ6基直線上に配置し,滑落崖が認められる地点の下方に埋設型傾斜計および地下水位計を1基ずつ配置した。埋設型傾斜計においては前述の移動層(4基),漸移帯(8基),および不動層(1基)にそれぞれ計器を配置している。
計測頻度については常時1~3回/日の定時の計測とした。ただし,トンネル発破時および以下に示す管理基準値を超えた場合には頻度を高めるものとした。(表ー6)
今回採用した管理基準値を表ー7に示すが,これは日本道路公団および㈶高速道路調査会が提案している管理基準値の内「維持管理段階の管理基準値」である。ただし,日々の管理を行う上で具体的な目安となるように一部を日変化量に換算して適用した。

② 計測管理方法
計測管理は,日々の計測結果と事前に設定した管理基準値とを比較して斜面の動向を確認する日常管理と共に,週間および月間管理を行った。週間および月間管理とは,計測データの経時変化図から変動が累積方向にあるか否かを判断し,その計測結果について評価した。

(3) 代表断面の計測結果
図ー9~11に比較的顕著な変動が見られる計測結果を紹介する。
① 地滑り計
地滑り計については図ー9に示す様に,当地の最大崩壊跡地上部の滑落崖に認められるNo.2測線R側で,平成6年7月末日までに上部地滑り計で累積変位量が7mmに逹している。下部地滑り計では殆ど変動が見られない事により上部地滑り計の設置区間にある滑落崖(0.5m)が変位しているものと考えられる。現地踏査結果からは地表面の変状は確認されなかったが,僅かに変位が累積傾向を示すので管理上は要注意箇所とした。

② 埋設型傾斜計
埋設型傾斜計については,図ー10に深度方向の変位図,図ー11に代表深度の経時変化図を示す。計測開始後から毎月の月間変位量が1.0~2.0mm/月程度,全計器において認められ,平成6年7月末日現在までの累積変位量が5.0~20.0mmに達している。このことから,変位量は管理基準値未満であるが,漸移帯と不動層の境界部付近に潜在的な滑り面があるものと考えられる。

③ 地下水位計
地下水位計については,No.4測線で降雨に連動して最大5mの地下水位の上昇が観測されたが,他の測線では漸移帯までの水位上昇は殆ど観測されなかった。
④ 観測結果
観測結果では,各測線近くでのトンネル切羽工事や発破使用の際にも変位速度に変化が見られない事から,トンネル掘削が斜面の挙動に影響を及ぼしていない事を確認する事ができた。さらに,平成6年7月末日までの変位量で管理基準値をオーバーするものはないが,明瞭に変動の累積傾向が観測されるNo.1測線センターについては地形,地質的に潜在的な変位が進んでいることも考えられるので,供用にあわせて,動態観測を平成8年3月まで計測した。
本システムを使用する事により遠隔地から十分な計測管理を行う事ができ,幸い当工事では大きな変動もなく無事に下り線トンネルを貫通させる事ができた。
⑤ 考察
自動計測は初期投資が大きくなるため,敬遠されがちであるが,計測時の人件費の削減,リアルタイムでの計測,計測密度の高さなど,メリットも大きい。また,このシステムはここで紹介した基本的な機能の他にデータのスムージング機能,地滑りの変動ランク判定機能等を持っており,施工工程や設計の見直しといった情報化施工にも極めて有効である。

10 おわりに
工事に当たり最も心配したのは,発破等による斜面崩壊や浮石・転石落下による現国道への影響であったが,無事完成にいたり平成8年6月供用開始にこぎつけた。
これは,制御発破工法や機械掘削工法による振動制御工法で克服し,動態観測により安全を確認しつつ工事を進めた賜物であった。
この工事に当たり,ご指導ご協力頂いた関係諸氏に深く感謝の意を表します。

参考文献
1)戸次犬飼拡輻上尾トンネル施工影響調査報告書:九地建大分工事1992.4
2)国道10号上尾トンネルの機械掘削工法:平成5年度土質学会大分セミナー
3)発破振動による落石の危険:応用地質22巻3号1981
4)発破振動により生じる落石について:第20回土質工学研究発表会
5)パソコン支援によるトンネル発破振動管理の情報・省力化:こうえいフォーラム創刊号 1992.11
6)発破振動公害予測マニュアル(案):大林組技術研究所
7)入門超低周波音工学:技術書院 1981.9

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