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九州技報 第41号 随想

田舎に住む

社団法人九州建設技術管理協会 吉原匠
朝、目を覚ますと外はまだ仄暗い。愛犬が決まったように、時間になるとガサゴソと音をたて日課となった朝の散歩に合図を送ってくる。こうして毎日、私の一日が始まる。
丁度、一年前の春、二十年近く生活し、住み慣れた北九州小倉から「蓬莱の里」とも「仏の里」とも言われる大分県国東半島の山村に縁あって暮らす事となった。
この地は、小高い山々に囲まれて、細長く延びる小さな盆地に昔からの伝説や伝統を大切に受け継ぎながら十数軒が、まばらに点在して生活している。「人里離れた…」と言っても過言ではない。街では欲しいものを欲しい時に求めることができるが、ここでは店と言うものが全く見当たらない。一番近いところに小さな「スーパーマーケット」があるが、それも6km先の遠く離れた場所に一軒あるのみだ。
今の若者世代では、「コンビニエンスストアー」が生活必需品の一つにもなっているようだ。…結婚や仕事などで街から離れた田舎に住むには「コンビニ」が近くにあるかどうかが最低条件の一つにもなっていると聞く。
今更、負け惜しみではないが、たしかに私の周りには「コンビニ」もなければ何もない。数十年も昔にタイムスリップしたようにも思える。
しかし、田舎に住んでみると生活が単純化して、規則に縛られず、街にない良いところがたくさんある事にあらためて気がつく。
まず、空気が甘く、水(地下水)が旨い。人が健康に過ごすための源がここにはある。
四季折々には季節ごとの移り変わりが鮮やかに変化していくのがよく解る。春には新芽が芽吹き、色々な鳥がさえずり始め、同時に虫達も動きだす。夏になると道を隔てた川縁に蛍が飛びかい、漆黒の空にはそれこそ宝石箱をひっくり返したように星が輝きを放っているのが素晴らしい。この時期になると、春先、小さな菜園に植え付けた瑞々しいトマトやキュウリの収穫が始まり食卓を自然の恵みがいっぱいにさせてくれる。秋ともなれば周囲の山々が紅葉で染まり、これまでのような大混雑の中を疲れながら見物に出かけることもなく、落葉までの間、家にいて毎日色の変化を存分に堪能することができるのだ。冬になると豊前海の地魚や車エビなどが旬を迎え冬野菜とともに鍋料理に舌鼓を打つことができる。
とは言え、冬の寒さは厳しく過酷な面もある。特にイノシシには悩まされる。禁猟となる3月の啓蟄頃から12月までの間、毎日のように寝入り端であったり早朝にかけて家の周りに数頭が群れをなして出没してくる。そのたびに愛犬(番犬)が狂ったように吠えるが一向に動じない。やむなく起きあがり懐中電灯を片手に、庭先から追っ払わなくてはならない。
そのせいか、昨夏は睡眠不足もたたり一時期、体調に変化をきたしたこともあった。それでも私にとってプラス面のほうがマイナス面より多いように思える。
今、田舎に住み、早朝から車と電車を乗り継いでの通勤も一年を超えたばかりである。田舎と街を結ぶ電車の車窓からは田畑が広がり、遙か向こうに山々が連なり、川があり、波静かな豊前海の海岸線を走り、日々変化する車窓からの光景を眺めるうちに、いつしか寝入ってしまう。まさに至福の時だ。この生活パターンも満更ではない。
田舎に住んでまだ一年。外から移り住んだ自分が今、地域の人々にどのように映っているのだろう…ここには石窟、石仏をはじめ寺社仏閣に重要な文化遺産が数多く残る。これらの保存も地域の一員として大きな役割と責任があると思う。

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