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九州の交通の課題と展望

(前)国土交通省 九州運輸局
 交通環境部 部長
国土交通省 政策統括官付
 政策評価官付 政策評価企画官
尾 本 和 彦

1 はじめに
平成13年に建設省と運輸省が合併し国土交通省となってから3年が経過し,統合の効果を目に見える形で出すことが求められている中で,九州技報の編集委員会から「国土交通行政建設(ハード)と運輸(ソフト)の融合に対する課題」というテーマについて執筆のご依頼があり,僭越ながらご依頼をお受けさせていただきました。ご依頼の趣旨に沿うべく「より良い交通」の実現に向けての課題と将来展望を述べさせていただきます。

2 九州の交通の状況
九州の交通の状況を一言で述べれば「車社会」であるということになります。自家用車の分担率は,最近では80%を超えるようになりました(図ー1)。

図ー1中の昭和62年以前のデータには軽自動車を含んでいませんので10%程度分担率が低くなっています。軽自動車を含んだ自動車の分担率は昭和55年度は63%程度であったと見積もられますので,自動車の分担率は約20年間で20%程度上昇したことになります。一方,九州の鉄道の利用者は平成8年度をピークに減少しています(図ー2)。また,バスの利用者は,昭和44年度をピークに減少しています(図ー3)。鉄道,バスとも下げ止まりの傾向はみられません。全トリップ数は減少していないなかで,鉄道,バスの利用者数が減少しているということは,鉄道,バスから自家用車への移転が現在もなお進んでいることを表しています。

3 各県の交通の状況
各県別に交通の状況をみると,福岡県の自家用車の分担率は69%と比較的低い一方,宮崎県は92.8%と非常に高い割合になっています(図ー4)。宮崎県の平成13年度の分担率は,全国で最も高い数値でした(表ー1)。自家用車の分担率は長らく群馬県が最も高かったのですが,平成13年度に初めて宮崎県が全国一という「栄えある地位」を得ました。九州各県の順位をみると,佐賀県も全国11位と順位が高くなっています。宮崎県も佐賀県も,平野の中にゆったりと街が形成されていて,自動車向きの街となっています。一方,福岡市,北九州市と2つの政令指定都市がある福岡県は39位となっています。40位以下は,いずれも関東,近畿圏内の都府県であり,福岡県は大都市圏以外では比較的公共交通機関が利用されているといえます。特筆すべきは35位の長崎県です。36位以下は大都市圏か,又は政令指定都市が所在する都道府県であり,それ以外の県では最も公共交通機関が利用されていることになります。長崎市,佐世保市とも,平地が少ない場所であるにもかかわらず造船業の発展に伴い街が形成されたことから,狭い場所に家が建て込んでいて,車の利用がしづらい街になっています。そのため,路面電車やバスの利用者が多くなっています。長崎県民の1年間のバスの平均乗車回数は66.6回と九州で最も多くなっています(図ー5)。

これは,東京の75.6回,京都の73.4回に次いで全国第3位の数字です。福岡の57.3回は,全国第5位です。一方,宮崎県の平均乗車回数は全国第37位の12.2回と低い数値となっています。ヨーロッパを中心に,「自動車での移動を少なくするまとまりのある土地利用密度の高いまちづくり」を意味する「コンパクトシティ」の実現を目指す都市が増えているといわれていますが,長崎市はまさに地形的制約下でかたちづくられたコンパクトシティであるといえるのではないでしょうか。自動車の分担率が高くなると,郊外型の大規模商業施設は賑わいますが,中心市街地の衰退に一役買ってしまうことが指摘されています。商店街の中でシャッターが閉まっている店舗が増えている「空き店舗」が全国的に問題になっていますが,長崎市の商店街の空き店舗率は5.0%(平成12年)で,全国平均の8.5%を下回っています(なお,長崎県全体では8.3%)。

4 自動車の普及と自家用車の分担率の関係
なぜ,これほどまで車社会化が進んだのでしょうか。答は簡単で,車が急速に普及したからです。平成15年12月末には,全国の自動車保有台数は,7758万台となりました。我が国を代表する大衆車であるカローラ,サニーが発売された昭和41年度,人口千人当たりの自動車の車両数は,全国で97台,九州では77台でしたが,平成14年度には全国で603台,九州では654台と急速に普及が進みました(図ー6)。この普及率と自家用車の分担率とをプロットすると,相関関係が認められます(図ー7)。図ー7は,全国の自動車の普及台数と自家用車の分担率を昭和62年から平成13年度までプロットしたものです。この普及台数と分担率の相関関係は,各県別のデータからも見て取れます。図ー8は,各県別の自動車の普及台数と自家用車の分担率をプロットしたもので,自家用車の普及率が高い都道府県ほど旅客流動に占める自家用車のシェアも高くなっています。

これらの相関関係は何を意味しているのでしょうか。「車を使いたいから車を購入して実際に使った」ということと,「車が手元にあるから車を使った」という両方の側面があるのではないでしょうか。前者は,学生時代は通学に車を使えなかったが卒業し就職する際に通勤に車が必要となったから車を購入し実際に通勤に使うようになったというようなケースが考えられます。後者は,歩いて10分程度のコンビニに車ででかけるとか,バスで通勤することができるのにマイカーのほうが楽だということでマイカーで通勤してしまうケースが考えられます。問題は後者のケースで,公共交通機関を使うことができるのについついマイカーを使ってしまう行動様式には問題があります。確かに,自動車はドアトウドアの大変便利な乗り物として我々の生活を豊かにしてくれる文明の利器であります。しかし,地球温暖化の問題や進行しつつある高齢化社会の問題を考えるならば,都市部などでは自家用車の利用を抑制し,公共交通機関の利用を促進する取組が必要となります。

5 地球温暖化の問題
運輸部門は,我が国の二酸化炭素排出量の22%を占めており,2001年の排出量は約2億6700万トンでした。京都議定書は我が国に2010年の二酸化炭素排出量を1990年比で6%削減することを求めています。その京都議定書の義務を達成するために策定された国の地球温暖化対策推進大綱では,運輸部門の二酸化炭素排出量を2010年に2億5000万トンまで減らすことが求められています(図ー9)。1990年には2億1700万トンであったものが,主として自家用車からの排出量の増加のため,既に2010年の目標を上回っています。自家用車からの排出量の抑制なくして,2010年の目標を達成することはできません。
図ー10は,一人を1km運ぶときの交通機関別の二酸化炭素排出量です。自家用車はバスの2倍,鉄道の11倍であり,二酸化炭素の排出量をこれ以上増加させないためには,自家用車から公共交通機関の転換が不可欠となっています。

6 高齢化社会への対応
我が国はこれから本格的な超高齢化社会を迎えます。2015年には4人に1人が高齢者となります。また,2020年には75歳以上の後期高齢者が前期高齢者を上回り,2025年には2000万人を上回ると推計されています(図ー11)。これは,自ら自家用車を運転することができなくなる高齢者が急速に増加することを意味します。道路交通法は,70歳以上の高齢者が運転免許を更新するときは,自動車の運転適性や身体の機能の検査及び検査結果に基づく指導などを行う高齢者講習の受講を義務づけています。この講習結果を受け,自主的に運転免許を返納するドライバーもいます。高齢者が自宅に引きこもることなく,のびのびとした社会生活を送るためには,公共交通機関の利用可能性が確保されていることが重要です。

7 自家用車の抑制策
公共交通機関のサービス水準が低い地域では自家用車の利便性を活用せざるを得ないでしょうが,公共交通機関が整備されている各県の県庁所在地クラスの街では,自家用車の利用を抑制し公共交通機関の利用を促進することが求められています。現在,渋滞を減らし自家用車から公共交通機関への転換を目指した「実証実験」が各地で行われています。知恵・趣向をこらしたユニークな取組も多いのですが,自家用車の抑制に顕著な効果が出ているものは少ないのが現実です。それは,公共交通機関の利用促進に関する取組が主で,自家用車の利用抑制策とセットとなっているものが少ないためであると考えられます。公共交通機関の利便性を多少向上させたとしても,自家用車の利便性を上回ることにはならないため,公共交通機関への転換に成果をあげていないと考えられます。自家用車から公共交通機関への転換には,自家用車の利便性を減ずることが不可欠です。手元に自家用車があってもそれを使わないという意志決定をドライバーにさせるには,自家用車の利用に相当の障害を設ける必要があります。公共交通機関の魅カアップと自家用車の利用抑制策とをセットにして検討する必要があります。

8 混雑課金
自家用車の利用の抑制は,渋滞が発生している地域では,経済活動における便益を増加させることになります。我が国では渋滞により年間12兆円の損失が出ていると推計されています。旅客・物流の需要を鉄道,バス等他の交通機関でカバーしつつ,自動車の走行台数を減らし渋滞を解消することができれば,それだけ経済的厚生を高めることができます。実際,ロンドンでは,渋滞による経済的損失を解消しつつ,その収益を公共交通機関の改善に充てるため,昨年2月混雑課金(Congestion Charge)を開始しました。我が国では混雑課金というと,東京都が前向きに検討したことから,大気汚染対策が主目的ととらえられがちですが,ロンドンの混雑課金は,自動車走行の定時性,道路交通の効率性を向上させ,経済活動における便益を増加させるとともに,収入を公共交通機関の施設改善に充てることを主目的としています。ロンドンの混雑課金は,都心部に入るには5ポンド(約千円)を納入しなければならないというものです。導入後1年が経過しましたが,その結果,課金区域に入る交通量は18%減少しました。特に,乗用車は30%減少しました。一方,課金の対象外であるバス・タクシーの利用者は20%増加しました。渋滞が緩和されたことによる経済的便益は年間360億円,運営のための費用が260億円,差引100億円の純便益となると見積もられています。ロンドンでは混雑課金の成功に気をよくし,対象エリアを拡大する提案を行っています。ロンドンでの成功により,今後混雑課金を導入する都市が増えることが予想されます。渋滞が激しい我が国においても,混雑課金制度を導入する都市が数多く出てくることが望まれます。東京都は,混雑課金について行った検討の中で,混雑課金を導入するとした場合山手線の内側のエリアで実施することが最も望ましいとしましたが,かなり広範囲になり影響が大きいことからゆえ本格的に導入するという段階には至っていません。

一方,福岡市は,平成11年度の道路交通センサスによると,県庁所在地の都市の中では全国で5番目に渋滞がひどい状況にあります。混雑課金を導入する場合でも,そのエリアを広範囲に設定することなく限定されたエリアで導入することで相当の効果を上げることができると考えられます。最も混雑にひどい渡辺通りだけで実施するだけでも相当の効果があがることが期待できます。是非とも我が国で最初に混雑課金を導入する街になるよう関係者一同前向きな対応をお願いしたいところです。

9 駐車場の立地規制
「自動車での移動を少なくするまとまりのある土地利用密度の高いまちづくり」を意味する「コンパクトシティ」を実現するには,街の中心部では自家用車を抑制する取組が欠かせません。その方策としては,トランジットモールのような流入規制・通行規制等のほかに,駐車場の設置の抑制が考えられます。これは,街の中心部には駐車場を作らないという施策で,オランダで実際に行われています(“ABC location policy”)。オランダでは,公共交通機関へのアクセスが良い地区をA地区,公共交通機関・自動車両方へのアクセスが良い地区をB地区,自動車のみへのアクセスが良い地区をC地区として,建築物を設置する際には,A地区では従業員10人に対し駐車場の設置上限を1台に,B地区では従業員5人に対し駐車場の設置上限を1台に制限しています。C地区には駐車場の設置上限は設定されていません。一方,我が国では,商業施設を設置する場合,駐車場を設けることが求められています。駐車場は立体的に作り土地を高度利用することができますが,そこにアクセスする道路は立体的に造るといっても限界があります。福岡市天神のように高度に集積が進み道路容量の拡大が困難な個所では,駐車場を新設することは渋滞をさらに激しくし,経済的損失を益々大きくすることになります。駐車場に関する施策としては,立地規制のほかに課税することで駐車料金を上げることも考えられます。駐車場の新設抑制と駐車場に対する課税とをミックスして運用することができれば,より効果が上がるものと考えられます。この場合,違法駐車の取り締まりの強化や駐車場に入構するために路上で並んで待つことを禁止すること(東京の吉祥寺に例がある)が前提となりましょう。

10 路面電車
近年,ヨーロッパやアメリカでは路面電車が復権し,一度廃止された路面電車を復活させた都市が増えています。なかでも,トランジットモールという形で自家用車を排除した形で路面電車を復活している街もあります。欧米の動きに触発されて,我が国でも路面電車復活の気運が高まっています。富山では,廃止の瀬戸際にあった地方鉄道が,市民グループのサポートもあって路面電車として維持されました。その一方で,岐阜では現在路面電車が廃止の方向で調整が進められています。岐阜の路面電車は,軌道に車が入ることができるため定時性が確保できないことも,利用者が減少する一因となっています。
路面電車は道路という公共の空間を利用することから,どのように公共空間を使うかという問題について市民のコンセンサスを得ることが前提となります。長崎や熊本では,路面電車の延伸の構想がありますが,市民レベルで大いに議論をして,公共空間を路面電車に使おうという気運が高まることを期待します。なかでも100円で乗ることができる長崎の路面電車は,世界一の鉄軌道事業者といえます。長崎の街は,路面電車あっての街です。路面電車を生かして長崎の街が衰退することなく活力を維持していくという戦略を立てることが有効であると考えます。

11 市町村の役割
自家用車の利用は地域によって多様であるゆえ,どのような利用抑制策が最も負担が少なく,かつ効果を大きくすることができるかは,地域によって大きく異なります。よって,自家用車の利用抑制策を企画し,実施する場合には,最も住民に近い行政主体である市町村が中心となる必要があります。いずれの市町村においても行財政改革の中で組織の新設や人員の増強は不可能でありましょうが,既存の組織・人員をやりくりをして,「総合的な交通政策」を立案し実施するための部署を充実し,強化されることを期待します。

12 まとめ
九州においてよりよい交通をつくっていくには,公共交通機関と自家用車とが各々の長所を存分に生かすことができるよう適切に機能分担をすることが欠かせません。しかし,現状をみると幾分自家用車に頼りすぎているのではと考えられます。少なくとも,県庁所在地クラスの都市では,公共交通機関から自家用車へのシフトの動きをストップし,公共交通機関の利用を促進する必要があります。そのためには,混雑課金制度や駐車場の立地規制といった新たな取組と公共交通機関の利用促進策をセットで実施していくことが有効です。数年後の「九州技報」に,混雑課金等の自家用車の抑制策を実施したことの経済効果は〇〇億円であったというようなレポートが掲載されることを期待します。

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