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環境ホルモン対策の現状

建設省 土木研究所下水道部
 水質研究室長
田 中 宏 明

建設省 土木研究所下水道部
 水質研究室 研究員
白 﨑  亮

建設省 土木研究所下水道部
 水質研究室 研究員
東 谷  忠

1 はじめに
内分泌撹乱物質,いわゆる環境ホルモンの問題が顕在化してきた当初から,下水処理施設がその放流先河川の魚類に対し,生殖に関わる生態影響を及ぼしている可能性が示されている。
一方,現在の河川と下水道の関係をみると,下水処理技術の進歩が河川水質の改善に寄与するにとどまらず,処理水の再利用による河川の流況改善が期待されるなど,下水道が河川流域の水循環系を構成する重要な径路の一つとしてとらえられている。
環境ホルモン問題は,下水道が健全な水循環系を構成し,その役割を果たしていくためには,早急に対処しなければならない問題である。
まず,河川や下水道における内分泌撹乱物質の分布状況を把握し,水循環系の中でどのような挙動を示しているのかを明らかにする必要がある。さらに,それぞれの内分泌撹乱物質が,人や生物に対しどれほどの生態影響を有しているのかを評価できるように,流域のリスク管理に向けた取り組みをはじめなければならない。
ここでは,内分泌撹乱物質の発生源と疑われた下水処理施設の事例を振り返り,平成10年夏期に建設省が行った河川・下水道での実態調査結果を踏まえ,環境ホルモン対策の現状について整理する。

2 河川・下水道と内分泌撹乱物質
(1)魚類に表われた生態影響
イギリスにおけるローチやニジマスの事例や,アメリカにおけるコイの事例では,特に下水処理施設の下流側において,雄の個体に雌特異的な卵黄前駆物質ビテロジェニンが過剰に合成されたことが確認されている。ビテロジェニンは,通常雌においてエストロゲン(女性ホルモン)の働きにより肝臓で合成されるため,下水処理施設から何らかのエストロゲン様物質,つまり内分泌撹乱物質が放出され,雄にまで影響を与えたものと考えられている。
これまでのところ,原因物質として疑われているのは,下水処理施設からのエチニルエストラジオールと,羊毛洗浄工場からのノニルフェノールである。
エチニルエストラジオールは合成エストロゲンの一つで,ピルの成分として使われており,ノニルフェノールは界面活性剤ノニルフェノールエトキシレートの原科として使われている。
なお,日本では,多摩川のコイで同様の現象が確認された際に,同時にノニルフェノールが検出されている。
これらのエストロゲン作用については,エチニルエストラジオールは当然ながら,ノニルフェノールでも濃度依存的にエストロゲン作用をもつことがニジマスを用いた実験で確認されている。
しかしながら,自然界においてこれらの物質が内分泌攪乱作用をおこしたという確証は得られておらず,これらの因果関係については未だ解明されていない。
重要なことは,複数のエストロゲン様物質による相加作用も疑われており,個々の化学物質は単独ではエストロゲン作用を及ぼすほどの濃度ではないにせよ,複合すればエストロゲン活性を示すようになる可能性があるということである。原因物質が特定されていない事例が多いのは,この可能性を示しているものと考えられる。

(2)下水処理と内分泌撹乱物質の挙動
エチニルエストラジオールとノニルフェノールについては,下水処理過程における生分解が明らかとなっている。
エストロゲンは,天然,合成にかかわらず主として肝臓において代謝を受け,抱合型エストロゲンとなって尿中に排泄される。しかしながら,下水処理過程を経た処理水においては,活性型のエストロゲンとして遊離している。
また,ノニルフェノールは,下水処理の硝化過程においてノニルフェノールエトキシレートが嫌気分解されることによって生成してくることが確認されている。なお下水処理によってより毒性の高いノニルフェノールが生じてしまうため,スイスではノニルフェノールエトキシレートの使用は禁止されており,ドイツでも規制されている。
このように,魚類に内分泌撹乱を生じさせたと疑われている物質が,両者とも,下水処理によって活性化されているらしい。
わが国でも河川・下水道における内分泌撹乱物質の分布状況と挙動について,早急に把握する必要がある。

3 建設省の取り組み
建設省では,「流域水環境研究会」(座長:楠田哲也九州大学教授)および「下水道における環境ホルモン対策検討委員会」(委員長:松尾友矩東京大学教授)における検討結果を踏まえ,河川部局と下水道部局が連携し,全国の一級河川と,主要河川の主な下水処理場を対象として実態調査に着手した。
なお,今年度は,河川の流況が時期的に変化することや,全国規模で初めて実施する「環境ホルモン」調査であることから,7月の前期調査(水質調査のみの概況調査)と11月の後期調査(底質調査,魚類調査,処理場調査を加えた実態調査)に分けて行うこととした。

(1)河川・下水道での前期実態調査
① 調査対象河川および調査地点
本調査は,全国109の一級水系のすべてを対象として実施した。このうち,地域ブロックを代表する河川として選定した16水系については,調査地点を複数選定し,物質分布を縦断的に把握できるように調査することとした。これら代表河川の調査地点は147地点(ダム28地点を含む)であり,その他の河川では109地点(ダム11地点を含む),下水処理場は10地点であり,合わせて266地点で実施した。
② 調査対象物質
調査対象物質は,内分泌攪乱作用を有すると疑われている67物質の中から,産業系および生活系に由来する化学物質で,年間生産量が多いこと,環境中での検出記録があることなどを勘案してノニルフェノール,フタル酸エステル類,ビスフェノールA,スチレンなどの8物質を選定した。また,天然の女性ホルモンのひとつで,女性ホルモンとして最も活性の高い17β-エストラジオールを加え,合わせて9物質とした。

(2)前期調査結果
① 河川調査
調査対象物質のうち,フタル酸ジ-2-エチルヘキシル,アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル,ビスフェノールA,ノニルフェノールの4物質が比較的多くの地点で検出されており,4-オクチルフェノール,フタル酸ブチルベンジル,スチレンモノマーはほとんど検出されなかった。また,17β-エストラジオールは半数以上の地点で検出された。
② 下水道調査
下水道放流水については,河川と同じく4物質と17β-エストラジオールが多くの処理場から検出された。
また,分析方法を検討するため試行的に実施した流入水については,上記物質に加え,4-t-オクチルフェノールとフタル酸ジ-n-ブチルが多くの処理場から検出された。
流入水と放流水の濃度を比較すると,放流水のほうが低くなっており,下水処理場がこれらの物質の分離-除去に一定の機能を発揮していることが推察される。

(3)流域水環境研究会の意見
今回の前期調査結果を受けて,流域水環境研究会の委員から,次のような意見が出されている。
【調査実施について】
大規模かつ困難な調査を順調に終え,貴重なデータを収集したことは高く評価できる。調査対象物質の分布状況をほぼ把握できるものであるが,さらに調査を継続し,状況の把握を一層進める必要がある。
【採水地点・時期について】
河川や下水の水質は,時期,時間により大きく変動する。今後は代表的な値を示す採水時期,時間(頻度),地点を検討する必要がある。
【精度管理について】
微最物質に対し,調査分析方法が十分に確立されているとはいえない。調査全体にわたる精度管理が極めて重要である。また,広域調査に対応した採水方法,採水機器,資料輸送方法,分析手法,分析精度の統一化が欠かせない。
資料の採取から測量までのさまざまなプロセスでコンタミネーションを受ける可能性がある。どのプロセスで汚染を受けるのかを検討し,それをできるかぎり少なくする必要がある。
さらに同一地点の資料を少なくとも2回測定し,平均値で表現するべきである。
【調査結果の評価について】
現時点では検出された濃度でその当該物質がいかなる作用を及ぼすかは不明であり,いかなる対応をとるべきか科学的に示し得ない。早急に解明すべく対応が必要である。
【関係機関における調査の連携について】
いくつかの機関によって類似の調査がなされるので,調査の重複を避け,連携化,効率化を図る必要がある。
【結果の公表について】
国民が広く関心を抱いているので,調査結果がまとまり次第結果を公表し,広く意見を聴取することが重要である。
【流域水環境の総合的保全と管理について】
流域水環境の総合的な保全と管理のために,代表的な河川において各々の物質収支を検討し,主要な発生源を特定できるような調査を実施し,発生源対策に結びつけることが望ましい。

4 土木研究所の調査・研究
内分泌撹乱物質の調査としては,河川や下水道における分布調査に加え,それらが人の健康や生体に対し,どのような生態影響を及ぼす恐れがあるのかを評価する必要がある。生物に与える影響をみるためには,in vitro(試験管内の意)とin vivo(生体内の意)の両面からアプローチが必要となる。これは,大豆などに含まれる植物エストロゲンの例からも判るように,単独では環境ホルモン作用を有しているが,それが生態に悪影響を及ぼしているのかどうかは不明なためである。
そこで,土木研究所では内分泌撹乱物質の生態影響を評価するため,組換え酵母やd-rR系ヒメダカを用いたバイオアッセイにも着手している。

(1)in vitro試験
① 組換え酵母法
組換え酵母法に用いる酵母には,ヒトのエストロゲン受容体遺伝子が人工的に組み込まれている。試料中のエストロゲン様物質と受容体が結合すると,β-ガラクトシダーゼが発現し,培養液中の発色基質と反応するしくみであり,この発色の濃淡でエストロゲン様物質の総量が定量できる。
また,総量を17β-エストラジオール換算することで,ELISA法による17β-エストラジオールの定量結果と比較することができる。
② ELISA法
特異抗体を用いた酵素免疫測定法であり,特定の酵素タンパクを定量する分析法である。コイのビテロジェニンや17β-エストラジオールのELISA法が知られている。

(2)in vivo試験
① d-rR系ヒメダカを用いたバイオアッセイ
d-rR系ヒメダカは,遺伝的に雌雄で体色が異なっており,雄が緋色,雌が白色である。雌雄とも二次性徴による外部形態の変化は通常のメダカと同じように発現するため,これらが性転換した場合には,体色によってその転換の有無が判断できる。
② 魚類のケージ飼育
これはニジマスをケージにいれて川に漬け,魚の変化を調べたイギリスの事例にある方法である。ニジマスでは3週間漬けておいた。

5 今後の課題
河川・下水道における環境ホルモンの調査・研究は,まさに着手したばかりである。今後は,流域水循環系という大きな視野をもった検討が求められるため,水道や工業,農業などの水循環に関わる行政部局と連携していくことが求められる。
また,下水道に関係したこれまでの環境間題と考え合わせると,内分泌撹乱物質のモニタリングのあり方や,リスク管理の面から制御すべきレベルの確立など課題は山積みである。建設省の着手した実態調在は,これらの課題を検討していくため,㈶河川環境管理財団,㈶下水道新技術推進機構の協力を得て進めている。
なお,魚類の性転換は以前から知られた現象であり,ニジマスやメダカでも実験的に確認されている。水産増殖業では,ヒラメなどで効率的な生産性を求めて性統御が行われている。性の転換と生態影響などについて水産学の専門家とも協議していきたい。

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