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市房ダムにおけるアユ陸封化について

建設省川辺川工事事務所
調査設計課長
光 成 政 和

1 はじめに
アユ(plecoglossus altivelis altivelis)は,サケ目キュウリウオ科の魚で,満1年で成熟し,産卵後はへい死する年魚である。アユには,ふ化した仔魚が直ちに海に下り,翌春まで仔稚魚期を海で送り,河川を遡上する海産アユ(両側回遊型)と湖を海の代用にして一生を淡水域で送る湖産アユ(陸封型)が知られている。後者の例では琵琶湖のコアユが有名であるが,近年各地の人工湖からもアユの陸封化が報告されている。
熊本県市房ダム湖においても,平成4年度から5年度の現地調査によって,産卵場,産卵行動,越冬仔アユ,遡上稚アユが確認され,陸封アユの存在が確実となった。
本報告では,市房ダムの陸封アユの現況と球磨川支川である川辺川に建設中の川辺川ダム湖におけるアユの陸封化の可能性について述べる。

2 調査場所・方法
(1)調査場所
市房ダムは,球磨川水系球磨川上流の熊本県球磨郡水上村にあって,集水面積157.8km2,湛水面積1.65km2,常時満水位279mの重力式コンクリートダムである。ダム湖には,球磨川本流と湯山川が流入しており,周囲はスギ―ヒノキ植林やシイ・カシ萌芽林となっている。湖内でアユの産卵が可能な場所は,河川流入部であるため,各流入部に調査区間を設定した(図ー1)。

(2)調査方法
① 産卵確認調査
産卵適地である河川流入部において,10~11月にかけて潜水調査を行い,アユの分布状況,遊泳状況及び体色変化(婚姻色の発現)等の観察を行い,産卵期のしぼり込みを試みた。確認された産卵行動はビデオカメラで撮影し,産卵場の位置,大きさ,水深,流速,水温,構成礫の状況について測定・記録した。
② アユ卵ふ化確認調査
確認されたアユ卵の発生状態を,現地および室内にて写真およびビデオにより撮影・記録した。
③ 湖内仔アユ確認調査
ダム湖内の8地点(図ー1)において,2月上旬頃集魚灯に誘導されてくる仔アユをタモ網により採捕した。
④ 遡上稚アユ確認調査
ダム湖の河川流入部において,4月上旬に遡上してくる稚アユを潜水観察により確認し,網により採捕した。

3 調査結果
(1)産卵確認調査
① 産卵の確認
a.球磨川流入部
10月上旬~中旬にかけて,砂防ダム下の淵および早瀬に群れアユやなわばりアユがみられ,下流の石礫にも多くの“はみあと’’が認められた。10月下旬~11月上旬にかけては,中央部の早瀬下流(産卵適地)で群れを作るようになったが,産卵前にみられる婚姻色(サビ)の発現は全体の一割程度の個体にしか認められなかった。しかし,11月3日の潜水観察により産卵床を確認し,産卵行動も11月6日午後6時20分(日没後)に確認した。当河川での産卵は,一級河川の産卵群(5~数十尾)に比べ4~6尾と小規模で,産卵も近傍の他の瀬(産卵環境は最適と思われる)では行なわれず,当地点の非常に狭い範囲(約16m2)に限られていた。
b.湯山川流入部
10月上旬~中旬にかけて,調査区間中央の沈み橋周辺でアユが散見され,“はみあと’’もみられたが,10月下旬以降11月中旬まで,産卵行動および産卵床は確認できなかった。
② 産卵場
産卵場は,球磨川調査区間の下流部中洲の右岸側分流の流れ込み瀬に形成されていた(図ー2)。

産卵場の面積は,約16m2と狭く、産卵床は重複して形成されていた。しかも,卵の産着状態は一様でなく,流速及び底質の状態によって,多い部分(A)と少ない部分(B)とが認められた(図ー3)。各々の環境条件は,表ー1に示すとおりAの部分は,表面流速が0.8m/s未満,底層流速が0.5m/s未満で,表面流速が1.0m/sを越えているBの部分に比べ,流速が比較的緩やかで,それに伴い底質の小礫の構成比が大きくなっていた。
アユは一般に1cm未満の小礫を産卵基物として利用することが知られており,当産卵場でも構成礫が小さい部分の方が,産着卵数も多い結果を得た。
なお,Aの部分の水深は0.3m以浅で,Bの部分に比べてやや浅いが,大きな差はみられない。

(2)アユ卵ふ化確認調査
11月3日に確認した産卵床の卵の発生状況は,桑実期(受精後14時間後)および体節期(受精後約2~3日)が認められた。その後,11月10日には桑実期から,最も発生が進んだものとしてグアニンが沈着した発眼卵を確認した。これは,受精後約14日前後経っているものと考えられ,翌日からふ化が始まった。アユ卵のふ化には,水温15℃では,約14~17日要することから産卵期は10月25日~28日頃から始まったものと考えられる。

(3)湖内仔アユ確認調査
2月7日~8日にかけて,湖内での越冬仔アユ(シラス型仔アユ)の確認調査を実施した。この時期の仔アユは,遊泳力も比較的強くなって,昼間は表層,夜間は底層という日周鉛直移動を行う。
従って,この頃の仔アユを採捕するには,夜間に灯火で誘引することが有効である。
① 分布状況
湖内に均等に選定した8地点において,採捕を実施して単位漁獲努力量(1地点20分間2人の採捕)当たりの採捕数により比較した。その結果は図ー4に示すとおり,球磨川筋の流入部近傍にのみ採捕された。
従って,湖内の仔アユ分布は,産卵床が確認された球磨川流入部周辺に集中しているものと考えられる。

② 仔アユの大きさ
採捕された仔アユの大きさは,大きいもので全長37.5mm(体長34.8mm),小さいもので全長19.5mm(体長18.7mm)と大きな差がみられた。これは,産卵期の差(ふ化時期の差)および栄養状態の差(摂餌量の差)が要因と考えられる(写真ー4)。

(4)遡上稚アユ確認調査
当ダム湖上流水域には,漁協による稚アユ放流が行われており,この放流前に湖内から流入河川ヘ遡上してくる稚アユを確認することは,アユの陸封化の証明に重要である。
稚アユ放流直前である4月4日~5日に,球磨川および湯山川各流入部において,潜水調査,投網及び刺網による捕獲調査を行ったが,稚アユを確認したのは湯山川流入部で2尾のみであった。
稚アユは全長67~73mmであり,確認した場所は,水位が低下して遡上不可能となった堰の直下に形成された淵の淵尻から平瀬につながる部分で,水深は20cm程度の浅瀬であった。
産卵床や仔アユが確認された球磨川本流流入部では,稚アユは認められず,水位低下により落差が増した沈み堰下にオオクチバス(ブラックバス)の群が確認されたのみであった。

4 考 察
(1)市房ダムの陸封アユの現況
今回の調査により,市房ダム湖河川流入部において,産卵床,産着卵,シラス型仔アユ及び遡上稚アユを確認した。産卵床およびシラス型仔アユの分布が球磨川流入部のみに確認されたことから,市房ダム湖内におけるアユの主な産卵場は球磨川流入部であることが推定される。
しかし,市房ダム湖でのアユの生息状況(産卵場の位置孵化率,稚アユ遡上量など)は,ダム湖の水位変動及び捕食者であるオオクチバス(ブラックバス)やウグイの生息状況により,かなり年変動が大きいものと考えられる。すなわち,球磨川及び湯山川の各流入部にはアユが遡上不可能な堰が存在しているため,ダムの水位変動,特に水位の上昇はアユの生育場や産卵場である瀬を減少させるし,アユの捕食者であるブラックバスの瀬への侵入も容易にしている。逆に水位の下降も各バックウォーター付近に残された堰(沈み堰)により,水位の落差を生じさせ,稚アユが上流の瀬へ遡上することを阻害し,その結果,堰直下に生息するブラックバスに捕食されているものと考えられる。
今回確認された産卵場の下流場には,アユの産卵に最適と思われる,表面流速0.6~1.0m/s,底層流速0.3~0.5m/s,水深0.4~0.5m,底質の礫径が1cm前後のザクザクした“浮き石”状態の瀬が広く分布しているにもかかわらず,アユは,より条件の悪い当水域を産卵場として選択している。このことは,アユの産卵場所選択に物理的条件だけではなく捕食者の存在等の生物的条件が大きく関与しているものと考えられる。
従って,市房ダムにおける陸封アユの存続にとってアユの生活史とダム水位の変動が,アユに対し有利に合致することが必要である。現在のところ,アユの湖内産卵は行われているものの,陸封アユの資源量(生息数)自体は少なく,毎年ダム上流で実施されるアユ種苗放流に負うところが大きい(放流アユの産卵群加入の可能性がある)と考えられる。また,市房ダム湖の場合,各流入部に遡上不可能な堰があることも陸封アユの増加に圧力をかけている大きな原因となっている(図ー5)。

(2)川辺川ダム湖におけるアユ陸封化の可能性
アユには,両側回避型と陸封型が知られており,陸封型の代表としては琵琶湖のコアユが有名であり,生態,形態および遺伝的にも両側回避型とは違いが知られている。
その他の天然湖沼では,鹿児島県池田湖の陸封アユが有名であり,大正6年に近傍の鰻池にアユ卵が移植され陸封化が認められた。その他山梨県西湖,河口湖,本栖湖,宮崎県御池にも陸封アユの定着が認められた。
一方,人工湖では昭和3年に韓国の雲岩貯水池で陸封が確認され,その後も山口県豊田湖(1957),神奈川県相模湖(1970),広島県椋梨ダム(1974),宮崎県一ッ瀬湖(1974,1975),大分県芹川湖(1976),鹿児島県鶴田湖(1979),神奈川県奥多摩湖(1985),大分県梅林湖(1989),香川県満濃池,山口県小野湖,鹿児島県大隅湖など関東以西の各地,特に九州からアユの陸封化が報告されており,現在では20以上の天然湖沼および人工湖に陸封アユが生息している。
これら陸封アユのできる湖沼の条件としては,最低水温が4℃以上,面積1km2以上,最大水深20 m以上,肢節量4以上,標高400m以下などであるといわれている(全国内水面漁業協同組合連合会1982)。
このアユ陸封化の条件と市房ダム湖および川辺川ダム湖を比較すると表ー2に示すとおり条件的には,湛水面積,最大水深,肢節量(湖岸形状の複雑さを示す量で,湖岸線延長とその湖と同面積の円の円周との比で表わす)について,川辺川ダム湖の方がより条件を満たしている。
なお最近,これら人工湖での陸封アユ資源は陸封型のコアユよりも両側回遊型が元になっている場合が多いとされている。本市房ダム湖においても,上流に放流されている種苗は鹿児島県産(天降川産)であり,産着卵の卵径,ふ化仔魚の大きさからみても,確かに両側回遊型のアユと考えられる。
以上のことから,河川流入部に早瀬が形成されるように河川環境が整備され,更にダム湖流入河川に海産アユ種苗の放流が,ある一定期間継続された場合,川辺川ダム湖におけるアユの陸封化および陸封アユの増加・定着の可能性は高いものと考えられる。

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