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道路土工構造物技術基準の制定について
宮武裕昭

キーワード:土工構造物、技術基準、道路構造物

はじめに
平成27年3月31日付けで、道路の新設・改築に関する技術基準としては、平成13年の舗装の構造に関する技術基準の制定以来14年振りに『道路土工構造物技術基準』が新たに制定された。
道路土工については、ながらく日本道路協会の出版する『道路土工指針』が、事実上の技術基準として利用されてきた。道路土工指針は、昭和31 年に「道路工法叢書」の1パートとして発刊されたことに端を発するが、当時は設計というよりは、施工方法に重きをおいて、指針が作られていたといえる。
また、道路の構造物設計の基礎となる道路構造令においても、道路土工構造物は、鋼もしくはコンクリートが主体となる防護施設などの構造物については、構造令に位置づけられているが、土が主体となる盛土・切土については道路構造令に位置づけの記述が見られず、これらは構造物とは見なされていなかったようである。
しかしながら、近年、施工や設計の技術が進展するにともない、道路土工構造物においても、大規模かつ技術的に高度な構造物が建設されるようになり、構造物として重要な要素を占めるようになってきた。こうしたことから、今般、道路土工構造物を新設・改築する際の技術基準を定めることとしたものである。

1.技術基準制定の必要性
今般の道路土工構造物技術基準の制定には、技術の進展、損傷の傾向、使用材料の変化等の様々な理由があり、具体には次のとおりである。

①設計・施工技術の進展
従来、道路土工構造物は、標準切土勾配の設定に見られるように、経験的に得られた知見により設計・施工管理がなされてきた一方で、信頼できる定量的な設計方法が確立されておらず、これが基準を制定できない一因となっていた。しかし、技術の進展により、盛土設計における変位解析や沈下解析技術等、定量的な設計が可能となってきた。
また、設計・施工技術の進展にともない、高盛土や補強土を使った垂直盛土、橋梁近い機能を併せ持つアーチカルバート等、従来は建設できなかった道路土工構造物が現場に多く導入されるようになってきた。

②新しい損傷形態の増加
その一方で、地震時に土中の水が適切に排水できないことによる盛土崩落など、排水設計等の不良が原因となる損傷の発生では、盛土の規模の大型化により広範囲に被害が及ぶ事例が見られたり、現場への導入が進む補強土やアーチカルバート等の新しいタイプの道路土工構造物が損傷し、容易に復旧できず、長期間にわたり道路の通行が規制される事例が発生したりするなど、従来、あまりみられなかった新しい形態の損傷が増加している。

③構造物相互の性能の不整合
東海地震や首都直下地震等の大規模地震への備えが進むにともない地震時における道路の輸送路としての役割が、初動対応として重要とされるな
か、橋梁の取り付け部分の盛土に代表されるように、構造物相互の性能の違いにより、損傷形態に差が生じ、道路としての機能に支障が出るケースが発生している。

④使用材料の変化
環境意識の高まりにともない、建設発生土の再利用は、直轄工事では再利用率が9割を超えるなど、従来は盛土材料としての使用が適さなかった粘性土等の難透水性の土をセメントや石灰を添加して改良して利用するケースが増加している。
このような背景のもとで、現場では、透水性の高い良質土が必ずしも利用されることとならなくなったにも関わらず、適切な排水設計を行わないことが原因となる、降雨や凍上、地震動による崩落等の事例が増加している。

2.議論の経緯
①土工ワーキングよる議論
こうした背景を踏まえ、平成25 年7月に、国土交通省道路局国道・防災課道路防災対策室と(独)土木研究所が主体となり、大阪大学大学院工学研究科の常田賢一教授、高知大学教育研究部の笹原克夫教授を招き、学識経験者及び行政担当者による勉強会として土工ワーキングを設置し、道路土工構造物技術基準の制定に向け議論を開始した。土工ワーキングでは、主に次のような議論を経て、技術基準の素案がとりまとめられた。
ア)基本的認識の共有
道路土工構造物の特徴である、対策工事および点検を繰り返し安全度を向上させる「スパイラル
アップ」の考え方や、補強土壁・アーチカルバートといった新しい形態の構造物が損傷した場合の修復方法が確立されていないことが、現場における大きな課題となっていること等が共有された。
イ)各道路土工構造物の設計の整合
基準制定を目指す上で、用語の定義、設計で考慮する作用の整理が必須であることから、これらの事項を中心に議論が行われた。これらの整理は、「道路土工指針」の各編の書きぶりを横並びすることにより行われた。
a . 用語・定義の整理
  「道路土工指針」の各編における用語の定義について統一を図るとともに、「斜面対策工」など、工事と設置施設について同じ名称を用いているものは、行為を表現するものと、施設の名称を表現するものを、「斜面安定工」と「斜面安定施設」のように明確に分け、整理を行った。
b . 作用の検討
  設計において考慮する作用についても、道路土工指針の各編において整合がとれておらず、特に地震動の取り扱いについては、道路土工構造物の各分野の担当者の意見の隔たりは大きかった。
  結局、土工ワーキングにおいては、作用の大きさを基準に位置づけることは見送られ、今まで通り、道路土工指針において解説として記載することとした。
ウ)基準案の構成
土工ワーキングの案としては、道路土工指針の枠囲いの記載をベースに、基本的考え方を絞り込み基準として位置づけることとした。
構成は、「共通編」「切土・斜面安定工編」「盛土工編」「カルバート工編」「擁壁工編」とし、各編の構成は、「基本方針」「調査計画」「設計」「各構成要素の設計」「施工」「維持管理」とすることとし、土工ワーキングとしての基準の素案(以下、第1次案)をとりまとめた。
②第1回道路技術小委員会による議論
平成26年12月に、社会資本整備審議会道路分科会の「道路メンテナンス技術小委員会」が、「道路技術小委員会」に改組され、新設・改築を含む道路構造物に関する技術基準を審議する組織となった。
平成26年12月17日に第1回の道路技術小委員会が開催され、「道路土工構造物技術基準」について、新規制定を目指し議論を進めることが了承された。
一方で、各委員より、「基準制定にあたっては、橋梁と盛土といった異なる構造物の取り合いについて配慮した基準とすること」「橋梁やトンネルといった他の分野の視点から意見を踏まえること」等の意見が示された。
③国土技術政策総合研究所、(独)土木研究所における議論
道路技術小委員会における意見を踏まえ、本省道路防災対策室・国総研・土研合同で、橋梁・トンネル・舗装・土工等の道路関係の主要な分野の研究官により分野横断の道路土工構造物技術基準検討チームを編成し、分野別会議に示す基準案の作成及び検討を行うこととした。
ア)各分野のメンバーからの意見
平成25年度の土工ワーキングで作成した第1次案に対して、各分野のメンバーより「作用、要求性能を明確に示されていないものは技術基準として成立しない」、「各編に書いている内容は、同じような内容が多いので集約すべき」等、厳しい意見が示され、全面的に修正することとなった。
イ)第1次案の修正
修正の大きな柱は、土工ワーキングにおいて、道路土工指針で解説するといわば棚上げ処理した
「作用」と「要求性能」を、どのように基準に位置づけるかということであった。
a . 作用の検討
  「作用」については、降雨等による水が土の強度に大きく影響を与えること、また、災害による損傷要因から、地震を除外して設計することはあり得ないことから、「①常時」「②降雨」「③地震動」を設計において考慮すべき作用と位置づけることとした。
b . 要求性能の検討
  「要求性能」については、意見の集約が容易でなく困難を極めた。その理由の一つは、道路土工構造物は、様々な構造物が集合体として機能して、初めて目的の機能を発揮することにある。例えば、斜面安定対策として、一つの斜面に「法面吹付け」「グランドアンカー」「法枠」「擁壁」等の対策を行った場合、それぞれの施設が機能を発揮することにより、はじめて斜面を安定させることができる。この例からわかるように、個々の構造物に働く作用に対して、それぞれの構造物の性能を評価しても、斜面安定対策の性能評価を行うことはできない。
  こうした特徴を踏まえた議論の結果、道路土工構造物の要求性能は、災害等の外部要因に対して、道路の通行機能をどの程度確保することができるかという尺度で定義できるのではないかという考えに意見が集約された。また、道路の通行機能の確保は、損傷の程度のみならず、その修復性にも大きく支配されるため、要求性能は、道路土工構造物の損傷による道路の機能への影響および修復性で性能を段階的に区分し、定義することとした。
  さらに、橋梁等の道路土工構造物と相互に影響を与える構造物との関係については、「連続又は隣接する構造物」への配慮事項を明示することとした。
ウ)基準案の構成
基準案は「総則」「用語の定義」「基本的事項」「設計」「各構造物の設計」「施工」「記録保存」の章立てで構成し、分量についても、第1次案のA4サイズ14枚に対して3枚と最小限に絞り込み、分野別会議に提示する技術基準案(以下、第2次案)がとりまとめられた。
④道路土工構造物分野別会議による議論
平成27年2月20日に、道路土工構造物分野別会議が開催された。メンバーは、平成25年度の土工ワーキングとほぼ同じメンバーに、橋梁の専門家を加え、大阪大学大学院工学研究科の常田賢一教授を座長とし、事務局から示した第2次案をたたき台に議論が行われた。
会議では、「作用」「要求性能」「各構造物の設計配慮事項」「維持管理の記載」等が、主な議論となった。
「作用」については、特に「降雨の作用」における「通常経験する降雨」の解釈が議論となり、「異常降雨時には道路管理者が通行規制により対応し、雨量履歴等から通常経験する降雨を想定し設計を行う。」と概念を整理することとされた。
「要求性能」については、連続する構造物との調整の規定については、他の分野の基準を制定ま
たは改訂する際に、同様に調整の規定を位置づけることを働きかけることとされた。
「各構造物の設計配慮事項」としては、盛土およびカルバートの基礎地盤に関する記載の追加、排水設計の書きぶりに対する意見が出され、追加
および修正を行うこととされた。
「維持管理の記載」については、本基準は、道路法第29 条および第30 条に基づく、新設・改築の基準であるため、維持管理行為そのものの記載は削除することとしたものの、設計における基本事項には維持管理の方法を考慮すること、記録保存には維持管理に対して必要となる記録の保存を明記することとし、設計及び施工段階から維持管理に配慮することを明確にすることとされた。
こうした議論を踏まえ、事務局において第2次案を修正し、各委員の了解を得て、道路技術小委員会に提示する道路土工構造物技術基準案(以下、第3次案)がとりまとめられた。
⑤第2回道路技術小委員会による議論
平成27年3月24日に、第2回道路技術小委員会が開催され、事務局より道路土工構造物技術基準案が提示された。基準案に対しては、三木千壽委員長をはじめ、各委員から、連続又は隣接する構造物と要求性能の整合を図るという概念を位置づけることに対して、評価する肯定的意見が出された。
一方で、今後、現場で基準を適用し、実際に設計を行う上で直面する様々な課題については、一歩一歩解決していく必要があることが意見として出された。
また、基準として使用する文言の表現や趣旨が分かりにくい表現の修正の必要性についても意見が出されたが、こうした表現の修正を前提として基準案は了承された。
⑥各道路管理者への通知
道路技術小委員会の意見を踏まえ、法令担当の確認により、基準の条文等を修正し、平成27年3月31 日に、都市局長・道路局長から各道路管理者に対して、道路土工構造物技術基準は通知された。
道路土工構造物技術基準は、橋梁等の新設・改築の技術と同様に、高速道路および一般国道に対しては義務づけであるが、都道府県道および市町村道については、自治事務のため技術的助言の扱いとしている。

3.技術基準のポイント
道路土工構造物技術基準のポイントをまとめると次のとおりである。
①適用範囲
道路構造令をはじめ橋梁やトンネル等、道路の主要構造物の技術基準と整合を図り、道路土工構
造物を新設・改築する際に適用することとし、他の新設・改築基準と同様に、災害等における応急復旧および既に建設されている道路土工構造物は、適用除外とした。
②作用を定義
作用は、死荷重、活荷重、降雨、地震動、その他必要とされる作用と明確化した。
降雨の作用は、地域の降雨特性を踏まえ、供用期間中に通常想定される降雨量を想定することとした。
通常を超える異常降雨に対しては、通行止め等の通行規制により対応することとした。
地震動は、橋梁の設計に整合を図り、「供用期間中に発生する確率が高い地震動(レベル1)」「供用期間中に発生する確率は低いが大きな強度をもつ地震動(レベル2)」の2種類を規定した。

③要求性能を定義
道路の重要度に応じ、道路土工構造物の損傷が、道路の機能に与える影響の度合い、および機能回復の早さ等の修復性に応じて要求性能を3段階に定義した。
性能の設定に際しては、橋梁等の連続又は隣接する構造物の性能を考慮することとした。

④排水施設
道路土工構造物は、土中の水を適切に排除しないと、その強度が大きく損なわれるという特性を踏まえ、排水施設の設計実施を明確化した。
⑤設計条件との適合
施工時における設計条件との適合を規定し、建設発生土の利用等により設計条件と異なる土質を使用する場合は、設計照査を行うことを明確化した。
⑥記録の保存
維持管理に必要となる設計・施工時の記録保存を明確化した。

4.基準制定の効果
第1の効果としては、道路土工構造物を設計する際の、基本的枠組みができたことにある。今般、基準が制定されたことにより、設計に必要とされる技術の方向性が明確になり、具体の設計や施工手法に関する技術開発の効率的進展に資すると考えている。
第2の効果としては、道路を新設又は改築する際の設計における作用及び要求性能を明確にするとともに連続する構造物の性能に配慮することとしたことである。
今回の基準制定により、路線または区間といった単位で、橋梁等他の構造物を含め、統一した性能で設計が行われるようになり、将来的には、路線または区間として、道路の性能を評価できるようになると考えている。

第3の効果としては、要求性能に修復性を明確にしたことである。東日本大震災の発生後の災害初動期において行われた道路啓開(くしの歯作戦)のように、大規模災害時に、応急復旧などにより、道路の通行を一刻も早く確保することは人命救助・被害拡大防止のため極めて重要である。そういった意味で、新築及び改築時から、修復性を考慮した要求性能を設定することとしたことは、災害時の緊急輸送路確保の観点から大きな効果があると考えている。

おわりに
今般の道路土工構造物技術基準の制定は、橋梁をはじめ、各分野の専門家が検討段階から積極的に参加したということに大きな特徴があった。
同じ分野のメンバーのみで議論すると、今回の「要求性能」の議論のようにどうしても突破できない壁に直面してしまう。そういった意味で、『他流試合』を行い、議論に「新しい風」を入れることは非常に重要なことと感じた。
今後、道路土工のみならず別の分野の基準も、いずれ改訂されることとなると思うが、『他流試合』の取り組みが継続されることを願ってやまない。
また、道路土工構造物は調査から設計、施工維持管理に至るまで、材料やメカニズムなどに多くの不確実性を含むものであり、現場における様々な実務上の経験を蓄積することが重要である。今後は、本基準の解説と現場実務における資料となる土工指針の改訂を進めることが必要である。
本稿に関係する資料は、国土交通省のホームページ(「道路」>「道路構造」>「道路技術基準の体系」>「土工」)
http://www.mlit.go.jp/road/sign/kijyun/taikei01.html からダウンロードできるので、参照されたい。
最後に、大阪大学大学院の常田先生、高知大学の笹原先生をはじめ、道路土工構造物技術基準制定にご尽力頂いた関係各位に感謝申し上げたい。

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