超軟弱地盤との戦い「直轄有明海岸」50年の歩み
九州地方整備局 野村真一
1.はじめに
有明海は、九州西部に位置し、長崎、佐賀、福岡、熊本の4県に囲まれた内海でノリの養殖地として名高い。有明海岸の背後地には日本有数の穀倉地帯である筑後及び佐賀平野が広がり、柳川市、大川市、佐賀市をはじめとする都市や主要道路、鉄道等を有している。両平野は極めて低平であり、台風の常襲地帯に位置することから、たびたび高潮被害が発生している。
有明海岸直轄海岸保全施設整備事業は高潮被害から有明海沿岸地区を守るため、安全で丈夫な海岸堤防等の海岸構造物を築く事業である。また、有明海沿岸は低い強度、高い鋭敏比や圧縮性といった特性をもつ超軟弱な粘性土地盤に覆われており、地盤掘削や盛土あるいは構造物構築により容易に変形しやすい条件下にある。
本稿は、これらの条件下のもと、平成21年3月をもって直轄海岸事業としての完成を迎えたこれまでの過程で、地盤調査、設計、施工において多くの調査・研究を重ね、より安全な工事と構造物の機能維持を目指して取組んできた本事業の内容と、高度な施工技術について紹介するものである。
図-1 有明海岸の位置
図-2 有明海岸と佐賀平野
2.有明海岸直轄海岸保全施設整備事業
1)概要
有明海岸は有明海の最大約6mにも及ぶ大干満差と筑後川や六角川等からの流入土砂及び潮流作用による海岸域の浅海化が特色であり、干潮時においては沖合約6kmにわたって干潟が形成される。このため、古くから干拓が行われ、干拓によって海岸線は延びてきた。干拓が一つの事業として行われるようになったのは、今からおよそ300年から400年前の藩政時代からで、その事業は営々として受け継がれ、我が国有数の干拓地となっている(写真-1)。
写真-1 空から見た有明海岸
一方、九州は台風常襲地域であり有明海岸においても台風による高潮が頻繁に発生し、幾度となく大きな被害を受けてきた。昭和31年8月の台風9号、昭和34年9月の台風14号をはじめ、近年でも昭和60年8月の台風13号による高潮により佐賀県において死者行方不明者3人、重軽傷者10人、住家半壊24戸、住家一部損壊326戸、床上浸水131戸、床下浸水451戸、船舶の破損1,057隻、干拓堤防欠損43ヶ所等の被害が発生している(写真-2、3)。
写真-2 S31.8 台風9 号 芦刈海岸の破堤
写真-3 S68.8 台風13 号 芦刈海岸の高潮被害
海岸事業は、昭和34年9月の伊勢湾台風を契機として、昭和35年4月に筑後川河口右岸より鹿島地区海岸に至る海岸保全区域61.5kmのうち25.1km を直轄海岸事業区域に指定して事業を推進してきた。その後、事業の進捗に伴い平成7年3月に二線堤の廃止を行い直轄海岸事業区域を22.2kmに変更した(図-3)。また、平成16年4月には一部区域の完了により8.76kmに変更し、海岸堤防の嵩上げ補強及び内水排除施設等の事業を実施してきた。
図-3 有明海岸における直轄海岸事業区域
また近年では、防災機能の向上だけでなく、人間と自然との調和と共生を目的に、平成7年3月「有明海岸環境基本計画」を策定し自然と共生する海岸、安全な海岸、親しまれる海岸整備を進めてきたところであり、直轄海岸としての事業が平成21年3月をもって完成した。
2)直轄海岸保全施設整備計画
有明海岸は、昭和35年に直轄海岸保全施設整備区域に指定され、国の直轄事業として海岸堤防の整備が佐賀県より引き継がれた。
海岸堤防の計画堤防高は、当時の既往最大台風である昭和34年の伊勢湾台風と同規模程度の台風が有明海に対し西側を北上した場合を想定し、朔望平均満潮位に気圧低下による海面上昇と吹き寄せによる上昇の偏差を加えた計画潮位に計画波高等を加えT.P+7.50m とされた。表―1に計画諸元を示す。
表-1 計画諸元
(1)計画高潮位
計画高潮位=朔望平均満潮位+計画偏差T.P.+5.08m =T.P.+ 2.72m+2.36m朔望平均満潮位は、昭和25年~昭和61年の紅粉屋における台風期(6月~10月)の朔望平均満潮位としている。また、計画偏差は、気圧低下による海面上昇と風の吹き寄せによる海面上昇を計画台風(昭和34年9月 台風14号)により推算。
(2)計画波高及び周期
計画台風の規模を、有明海近傍を通過した台風の中で、最も大きい昭和34年9月台風14号を採用し、有明海岸の高潮被害が起きる最も危険なコースを想定。
計画波高は、有義波高を採用。沖波最大波高2.32mを計画波高とし、周期5.13secと算定。
(3)計画堤防高
計画高潮位T.P.+5.08mに計画波高2.32m及び余裕高0.10mを加えて算定。
(4)堤防構造諸元
堤防はコンクリートで三面張構造とし、表法勾配1:0.5、裏法勾配1:2.5としている。
前面堤は、計画波高が当該地まで減衰せず襲来すると考えられる箇所であり計画堤防高T.P.+7.50mとしている。
側面堤は、計画波高が地形等により摩擦及び反射により減衰すると考えられる箇所であり計画堤防高T.P.+7.50m~T.P.6.10mとしている。図-5に海岸堤防代表断面図を示す。
図-4 計画堤防高の考え方
図-5 海岸堤防代表断面図
3.海岸整備における高度施工技術
有明粘土は、自然含水比がw n=100%を越える場合が多く、Ip=60%超の高塑性粘土を含み、他の各種粘土に比べて非常に軟化しやすい性質を持っている。また、一軸圧縮強度qu=20kN/m2以下、圧縮指数Cc=1.5超となることもあり極めて軟弱かつ圧縮性が高く、施工条件が厳しくかつ工事に伴う周辺への影響が大きいことがわかる。
有明海岸湾奥には、その有明粘土が広く分布しているため、海岸堤防の築堤工事等に際しては、これまで種々の地盤改良工事が行われてきた。表-2に海岸事業における軟弱地盤処理工法の変遷を示す。この表に示すように、昭和55年までは緩速盛土載荷工法が主体であったが、昭和55年以降早期に築堤工事を進めるため、それまで試験的に実施していたサンドコンパクションパイル工法や深層混合処理工法が本格的に採用されるようになった。
以下に、本海岸事業で施工された、軟弱地盤処理工法の概要を記す。
(1)緩速載荷工法
盛土を徐々に施工しながら地盤の強度を高めて、盛り立てていく工法。
(2)プレローディング工法
建設する構造物の荷重に相当する上載圧を予め盛土して、地盤の強度を高めておいて、除荷後、本施工を行う工法。
(3)サンドコンパクションパイル工法
地盤内に締め固めた砂杭を打設して地盤を改良する工法。堤体直下の基礎地盤全体にわたって施工し、緩速載荷工法を併用することが多い。
(4)押え盛土工法
押え盛土工法は、カウンタウェイトによる抵抗モーメントの増加で盛土の安定を図る工法で、堤外側において捨石工法による施工実績が多く、有明海岸堤防の標準断面を構成している(図-6)、(写真-4)。
図-6 押え盛土説明図
写真-4 有明海岸堤防の捨石工法
(5)機械式攪拌工法(粉体噴射攪拌工法:DJM)
粉体噴射攪拌工はセメント系、石灰系などの粉粒体のまま圧縮空気で攪拌軸中空部を経由して圧送し、攪拌翼の付け根部分から半径方向に噴射させることによって均等にまき出し、地中の原位置で攪拌翼により軟弱土と混合して、固結パイルを造成する工法で、単軸式と二軸式の施工機械がある(表-2)(写真-5)。
本工法は、有明粘土において昭和50年代後半より採用されはじめ有明海岸での実績も多い。ただし、砂層や腐植土層では良質な改良体が得られにくいことや、施工機械が大型で比較的広い施工足場を要する等の制約もある。
表-2 海岸事業における軟弱地盤処理工法の変遷
(6)高圧噴射攪拌工法
高圧噴射攪拌工法は、水または硬化材を高圧高速で一定方向に送り出すことによって超高圧の噴射流を作り、地中の原位置で地盤を破壊し切削すると同時に、硬化材と原位置地盤を置き換えるか、もしくは混合し硬化させ円柱上の固結体を造る工法で、単軸方式が一般的である。(表-2)、(写真-6)
写真-6 高圧噴射攪拌機
なお、この工法のデメリットとしては改良径が不安定(深さや場所で変化しやすい)となること,高圧注入のため周辺地盤を押し出して近接構造物等や地下水などに影響を与えることがあるが、有明海岸においては捨石や支障物があり機械式攪拌工法が使用できない場合、施工足場の確保が困難な場合などで高圧噴射攪拌工(改良径φ800,φ1000の実績が多い)による施工が行われてきた。
4.まとめ
有明沿岸は軟弱な粘性土地盤に覆われており、その低い強度、高い鋭敏比や圧縮性といった特性のため,地盤掘削や盛土あるいは構造物構築により容易に変形しやすい条件下にある。それゆえ、これまでの海岸工事および工事後において、法面すべりや地盤変形に伴う近隣家屋の変状、地盤沈下による構造物の機能低下などが問題となってきた。これらの問題に対して、地盤調査や設計、施工において多くの工夫や研究を重ね、より安全な工事と構造物の機能維持を目指して取組んできた。その結果、地盤調査や設計・施工において新たな知見や技術開発が行われてきた。
直轄における有明海岸事業は平成21年3月をもって完成したが、今後も有明海沿岸での構造物設計・施工においては、これらの動向も参考していただき、技術の伝承を期待するところである。
最後に、本報告にあたりご協力いただいた関係の皆様、そして何よりも長きにわたり直轄海岸整備にあたりご尽力いただきました国土交通省諸先輩方、関係各位にこの場をおかりしてお礼申し上げます。