古代の森復元のための植栽工法
国土交通省 九州地方整備局
国営吉野ヶ里歴史公園事務所 所長
国営吉野ヶ里歴史公園事務所 所長
髙 橋 克 茂
1 はじめに
吉野ヶ里歴史公園は、工場団地造成のための埋蔵文化財調査により発見され、国の特別史跡に指定された「吉野ヶ里遺跡」の保存と活用を目的とし、特別史跡指定区域と佐賀県史跡指定区域を含む約54haの国営公園区域と、それを補完・保護し周囲の自然景観と一体となった整備を行う県営公園区域の約63haからなる総面積約117haの歴史公園である。
公園の整備に当たっては、「入り口ゾーン」「環壕集落ゾーン」「古代の原ゾーン」「古代の森ゾーン」の4つにゾーニングし整備を進めており、「古代の森ゾーン」を除き概成している。
現在、整備を進めている「古代の森ゾーン」は公園の最北部に位置し、弥生の時代、木の実を収穫し、薪を拾い、家などを造る木材を切り出すなど弥生の生活を連想させ、吉野ヶ里のクニを再現するための重要な場所である。
「背振山系から繋がる常緑広葉林,常落混交林」、「人の手が加えられた常緑萌芽林,草地」など、約10haを再現し体験学習やレクレーションの場として活用する事としている。
今回、弥生時代の本物の森に限りなく近い「古代の森」を復元するために植栽手法に新技術「生態移植」を用いたので、施工工法及び当該工法により、確実な移植が出来るかを検証するための追跡調査結果(現在までの)を報告する。
2 「古代の森」の整備方針
2.1「古代の森」づくりの目標
再現に当たっては、『多様で自然性の高い森の早期復元』つまり、地域性が高い樹種や地元産の樹木での樹林で、林床においても土壌動物等が活発に成育している森を目標に整備を進める。
2.2 樹林の構成及び樹種
樹林の構成及び樹種は、遺跡の出土物や花粉、木の実などの分析や現在の吉野ヶ里周辺の現存植生データ等を踏まえ、また、人の干渉度合いに応じ次のような樹林を目指す。
○樹林構成
「常緑樹林」,「常落混交林」,「常緑萌芽林」,「落葉樹林」,「草地」
○樹種
【常緑樹林】
スダジイ林,アカガシ林,ウラジロガシ林,アラカシ林,等
スダジイ林,アカガシ林,ウラジロガシ林,アラカシ林,等
【常落混交林】
スダジイ萌芽林,アラカシ萌芽林,ウラジロガシ萌芽林,等
スダジイ萌芽林,アラカシ萌芽林,ウラジロガシ萌芽林,等
【常緑萌芽林】
シイを中心とした常緑樹に、ムクノキ,エノキ,クリ,コナラ,等の落葉樹が混じる林
シイを中心とした常緑樹に、ムクノキ,エノキ,クリ,コナラ,等の落葉樹が混じる林
【落葉樹林】
コナラ林,クヌギ林,等
コナラ林,クヌギ林,等
【草地】
草地,ススキ,竹林,クワ畑,等
草地,ススキ,竹林,クワ畑,等
2.3 復元手法の方針
古代の森整備方針で、森の復元は『多様で自然性の高い森の早期復元』を目標としており、通常の緑化手法(苗畑で育成され、一般的に流通がある樹木を植栽)は利用できる樹種が限定される。
また、自然度を早期に向上させるための種子、菌類、土壌生物、などを供給する多様で自然性の高い地域の樹林(以下.自然林)は公園に隣接しないため、目標としている森の早期復元は困難である。
そのため、近隣地域の自然林を活用した森づくりに取り組むこととした。地域の自然林の活用は、地域の遺伝子の保全にも有効であり、近年注目されている地域性種苗の活用にもつながるものである。
しかし、「古代の森」全体に利用することは採取地の確保が不可能であるため、各樹林構成のエリアに地域の自然林を利用し「核となる小面積の多様で自然性の高い森」を復元し、種子、胞子等による植物の拡散や、土壌生物等の移動により、周囲の通常手法で整備した森の多様性を高めていくこととした。
3 近隣地域の自然林の確保
自然林の確保の当たっては、近隣地域で開発等が進められている事業を抽出し対象箇所を調査した結果、本公園より北西に約30km離れた佐賀市富士町で進められている嘉瀬川ダム事業を選定した。
嘉瀬川ダムは、昭和63年度より事業を開始し平成18年度からダム本体に着手し平成22年度に試験たん水を予定している。ダム事業推進に当たっては、環境保全にも十分な配慮がなされており、稀少植物の保護など積極的に対応されている。
今回、自然林採取の協議を行った結果、嘉瀬川ダム事業における森林の保護の観点から環境保全にも貢献できることから全面的な協力が得られ、自然林の確保が可能となった。
4 手法(工法)の検討
『多様で自然性の高い森の早期復元』のための、
地域の自然林を活用した森づくりには、「生態移植」,「根株移植」,「表土移植+地域性種苗」,「種子等による苗木育成」等の手法がある。
この中で当公園の森づくりに適合する「生態移植」と「表土移植+地域性種苗」を比較検討した。
下記により、確実性、早期復元の観点から、「生態移植」に決定した。
「植生移植」に用いる工法はエコ・ユニット工法(NETIS番号:QS010009)を利用した。
5 復元状況の追跡調査
移植に伴い、樹木や林床生物へのダメージが生じるため、復活状況を把握するためコドラート(調査区域)を設定し、移植林が目標とする樹林に成長しているか継続的追跡調査を行った。
なお、コドラートの区域は樹林毎に植生調査における基準面積の最低値である100m2とした。
5.1 追跡調査の内容
累 計
○植生調査
樹高1.3m以上の樹木を対象に毎木(樹種,形状,本数)調査を行い、樹林構成の決定、及び移植によるダメージ及び復活状況を確認する。
また、林床植物について種類数,被土等を調査し、移植による林床の変化に伴う影響及び推移を調査する。特に、林床への光の入り具合等により侵入種が出現するため、林床の変化を調査するには侵入種の確認は重要となる。
○土壌動物調査
調査対象区域において、リター層(落葉・落枝)および土壌動物の活動が活発な土層に生息する土壌動物を採取・分析し、「32群の動物群による評価の基準」による「自然性の豊かさ」の診断を行い、移植林の復元状況を把握する。
〈参考〉
■「自然の豊かさ」の診断に用いる32の動物群と、それらのA・B・C3グループへの区分
■32群の動物群による評価の基準
○林内環境調査(相対照度調査)
コドラート内の9カ所に定点を設け、地表高20㎝及び130㎝の位置で測定した照度と、上空が開放された位置の照度と比較する。
林内が暗いと数値が低くなり枝葉の繁茂が順調であることを示す。
しかし、落葉樹が混入している樹林の冬季調査には不向きである。
○林内環境調査(林冠開空度調査)
相対照度測定箇所と同位置において地表高130㎝で魚眼レンズを装着したデジタルカメラで撮影を行い、画像の開空面積の比率を出す。
林内が暗いと数値が低くなり枝葉が繁茂順調であることを示す。
しかし、落葉樹が混入している樹林の冬季調査には不向きである。
【常落混交林の例】
5.2 追跡調査のスケジュール
調査は、前記内容を下記の時点で行う。
ただし、移植時期(冬季)等で本来の調査結果が期待できない調査内容は行わない。
調査スケジュールフロー
移植前(採取地)→ 移植直後(移植地)
→ 移植1年後(移植地)→ 移植2年後(移植地)
→ 移植3年後(移植地)→ 移植5年後(移植地)
以降、5年間隔で調査を行う(移植地)
5.3 追跡調査の結果
■生態移植(常緑萌芽林)工事前後の調査結果概要
《常緑萌芽林の評価》
移植時期が冬季まで及び、枯損木が多かった。その結果、1年目の調査では、相対照度の値も大幅に上昇し、林内環境が大きく変わり、林床に多種の侵入種が出現し、土壌動物による自然度の評価は下がった。しかし、2年目に入り樹冠が回復し、林床の侵入種の多くも消失するなど移植前の環境に戻りつつあり、順調な経過と言える。
■生態移植(常落混交林)工事前後の調査結果概要
《常落混交林の評価》
移植時期が春期から初夏となり、移植のダメージは常緑萌芽林よりも少なかった。それでも移植直後は、林内は非常に明るくなり、土壌動物による自然度の評価は大幅に下がった。1年目には、林床植生は変化し、侵入種は先駆植物、外来種を中心に20種類以上を数えた。しかし、移植直後より、相対照度はかなり下がり、土壌動物による自然度の評価が上がってきており、樹林の回復傾向である。
■生態移植(常緑樹林)工事前後の調査結果概要
《常緑樹林の評価》
移植は晩秋には終了し、枯損木は常緑萌芽林よりも少なかった。しかし、1年目の調査における土壌動物による自然度の評価は下がり、常落混交林と同様に移植直後には大幅に下がったものの回復しつつあると予想される。侵入種についても1年目で多く確認されているが、今後侵入種は種類数、個体数ともに減少し、樹林は回復すると予測される。ただし、林床には、樹林の生育を阻害する植物の中でも、特に脅威となる竹(ハチク)が出現しており、今後モニタリングによる監視を続け、必要に応じて対策を検討する必要がある。
6 まとめ
植生移植は、現在までの追跡調査の結果から「古代の森」づくりの目標である『多様で自然性の高い森の早期復元』に適していると考える。
今回、公園整備での施工であったが、大規模な土地開発事業や道路改良事業などの工事において保存すべき自然林が存在する場合は、他の造成地の緑地整備(九州大学新キャンパスなどで実績あり)や盛土法面の緑化などに本手法を利用すれば、地域の生態系保護や早期緑化などの観点から有効に活用出来ると思われる。