嘉瀬川ダムの近況
国土交通省 九州地方整備局
嘉瀬川ダム工事事務所 副所長
嘉瀬川ダム工事事務所 副所長
田 中 勇 一
1 嘉瀬川ダムの概要
嘉瀬川は,佐賀県の脊振山(標高1,055m)を水源とし有明海に流れる流域面積368㎢,幹線流路延長57㎞の河川である。流域には佐賀市をはじめ9市町村の都市を抱え,また有明海に開けた佐賀平野や白石平野は稲作を中心とした穀倉地帯でもある。
嘉瀬川ダムは,嘉瀬川の河口より上流約30㎞の佐賀県佐賀郡富士町に建設される重力式コンクリートダムである。高さ97m,総貯水容量約71,000千m3,有効貯水容量約68,000千m3で洪水調節・流水の正常な機能の維持・灌漑用水及び都市用水の供給と発電を目的とした多目的ダムである。
嘉瀬川ダムは,天井河川となっている下流域の洪水被害の軽減はもとより,水環境の改善,農業用水の地下水から転換による地盤沈下防止等の面から早期の事業完成が求められているダムである。また,過疎化・高齢化が進む地元富士町にあっては嘉瀬川ダムを新たな地域資源と捉え,恵まれた自然や温泉資源と併せた地域活性化の起爆剤としての期待も大きい。
現在の進捗状況は,本年2月に仮排水路トンネルにより本川の切り替えを終え,秋口からの本格的な本体工事に向け,付替道路等の整備を急いでいるところである。
ここでは,本格的なダム工事の着工を控えた種々の取り組みを概括的に紹介し,個々詳細の技術文は別稿に譲らせていただく。
2 事業の経緯
事業の主要な経緯は,つぎのとおりである。
昭和28年6月 西日本大水害
昭和48年3月 嘉瀬川水系工事実施基本計画策定
昭和48年4月 実施計画調査開始
昭和59年4月 嘉瀬川ダム対策基金設立
昭和63年4月 建設事業着手
平成2年4月 環境影響評価書公告・縦覧
平成4年1月 基本計画告示
平成4年12月 工事用道路工事に着手
平成5年3月 水源地域対策特別措置法に基づく「水源地域整備計画」決定
平成6年3月 付替道路工事に着手
平成7年1月 損失補償基準妥結調印
平成8年7月 代替地造成工事に着手
平成13年4月 代替地7カ所完成
平成15年3月 内水面漁業補償調印
平成16年3月 基本計画変更告示
平成17年2月 河川の転流 本体工事,骨材製造工事の契約
3 嘉瀬川ダム事業における取り組み姿勢
ダム事業は,事業範囲が広く地域社会環境並びに自然環境に与える影響が大きい。また,工期の短縮と事業費の節減も喫緊の課題であり,次の事項をダム事業者としての取り組み姿勢としている。
① 総合的なコスト縮減
② 景観と環境への配慮
③ 地域との対話の推進
これらの取り組みを通して,早期の事業効果の発現を目指すとともに,水源地域にとってもダムが新しい地域資源となることを事業の目的と捉えている。
4 総合的なコスト縮減
1)本体工事でのコスト縮減
本体コンクリートは工期・コスト面から標準工法ともなっているRCD工法を採用するが,平成14年度にダム技術の専門家による「嘉瀬川ダム設計・施工VE検討会」でコスト縮減策を提案頂き,さらに平成15年度には「嘉瀬川ダム施工計画評価委員会」ではその具体化を提言をいただいた。その主な項目はつぎのような内容である。
① コンクリートの打設可能日の精査による工期短縮
② 打設工法と施工設備の精査
③ 基礎掘削線の精査
④ コンクリート用原石の精査と原石掘削形状の見直し
⑤ 基礎処理計画の見直し
⑥ 堤内構造物のプレキャスト化
⑦ 建設副産物の有効利用
等である。
実施工にあたっては,これらの着実な実施と更なる多面的なVE提案を求め,総合的なコスト縮減を図ることとしている。
2)施工計画を評価した入札方式
従来,骨材製造設備やコンクリート打設設備等の仮設備は発注者側で準備する,いわゆる「官持ち」方式が主流であった。近年の技術革新やコストバフォーマンスの追求などの社会背景を受けて,嘉瀬川ダムでは仮設備計画や施工計画は企業の技術力を最大限に引き出せるよう,仮設備は標準(案)を示さない施工計画審査型の総合評価落札方式を採用した。
この方法は,地形・地質,水文,用地,道路,関連工事等の施工環境の一般的条件の明示とともに,全体工程,骨材,本体打設,仮設備等の技術的条件を付して参加企業の施工計画提案を求め,審査を経て入札契約手続きを行うものである。
5 景観と環境への配慮
1)これまでの環境保全の取り組み
嘉瀬川ダムでは,昭和59年に閣議決定された環境影響評価実施要綱(閣議アセス)に基づき,平成2年3月に「嘉瀬川ダム建設事業環境影響評価書」を公告している。その後,ダム建設に伴う環境の変化を継続的に把握するために,学識経験者からなる「嘉瀬川ダム環境対策懇談会」を平成5年3月に設立し,平成13年10月にその調査検討結果を「嘉瀬川ダム事業における動植物の環境保全への取り組み」としてとりまとめ公表している。また,平成8年からは「環境巡視員」を設置し,工事箇所の環境変化の把握や保全箇所のモニタリング等を実施し施工現場へ反映させている。
2)環境レポート
嘉瀬川ダム事業は,法アセスの適用を受けるものではないが,平成14年10月に「嘉瀬川ダム環境検討委員会」を設置し,「生物の多様性」,「水環境」,「地域社会環境」などの環境影響評価法に沿った検討を行った。また,独自の取り組みとして地域の方々の「思い入れの場・物」についても言及し「環境レポート」としてとりまとめた。
環境レポートは,委員会報告書と事務所報告書の2分冊で構成している。
委員会報告書の第一部は委員会の立場から,環境に対する自然の捉え方(半自然)や基本的な考え方(畏敬の念)を述べて頂き,ダム事業者の環境に対する取り組み姿勢について示唆を頂いている。第二部は,事務所の取り組み姿勢を述べている。
環境予測の結果や環境保全措置の効果には,常に不確実性が伴う。この不確実性がいわゆる環境レポートの想定と異なる場合,つまり,不測の事態が起こる場合に備えては,モニタリングを継続し,湛水開始前にフォローアップを行い,一層適切なダム管理に反映させることとしている。
3)ダムの景観設計
「嘉瀬川ダム堤体景観検討委員会」を設置し,景観設計を行っている。
ダム堤体と周辺環境との一体性に着目して,設計のコンセプトを次のとおり設定した。
① ダム堤体は,可能な限りシンプルな構造とし,自然の中にひっそりと佇む質実かつ控えめな印象のダムを目指す。
② ダム堤体と周辺の自然環境とが,一つのまとまりある風景として感じられるように,空間の関わりや境界部の収まり等に配慮する。
堤体,天端施設,周辺施設等について模型を駆使し,議論と設計を並行しながらの作業を進めている。
6 地域との対話の推進
ダムに限らず,公共事業には地域の方々の理解と協力が不可欠である。施工にあたっても現場をオープンにし,地域との対話を図る取り組みが求められている。いわゆる「地域連携=アカウンタビリティーの発揮」が円滑な事業推進につながる。
1)事務所の取り組み
① 事業説明会と広報紙
年度初めには,ダム周辺の各地区に出向いて当該年度の事業内容を説明し協力を求めるとともに,事業への意見・苦情等を伺って事業に反映させている。
また,広報紙「嘉瀬川ダムナイスディ」を四半期に1回各世帯に配り,事業の進捗状況等を配信している。
② 地域づくりリーダーとの意見交換
地域づくりに熱心な若手リーダーと懇談会を開催し,地域の現状を見つめ将来を語り,地域づくり先例地の視察を実施している。地域と一緒になって水源地域のビジョン策定にも備えるものである。ワカ者・バカ者・ヨソ者の三位一体が地域づくりの礎と考える。
③ 地域イベントヘの積極的参加
歴史と伝統のある地域であり,古来からの地域行事や比較的新しいイベントが多い。これらに招待あるいは参加する中で,地域との連帯感が深まる。
地区主催の夏祭り,神社の祭り,レンゲソウまつりや町主催の健康マラソン,産業祭などへの参加,NPO活動の植樹やグリーンツーリズム活動への参加・支援などの交流は「ダム造り=地域づくり」の元肥であると考える。
2)嘉瀬川ダム安全協力会の取り組み
施工中の業者(常時30余社)で構成する協力会活動として,地域から喜ばれるものづくりと社会貢献土木のイメージアップの観点から様々な自主活動が展開されている。
① 現場見学会
付替道路の現場は,現道からは見えない。トンネルと橋梁などの現場の見学会を開催し,工事への理解と協力を求めている。
② 地域に回覧板「カジカガエル新聞」
毎月,現場のトピックスや工事担当者の横顔のほか,地域の歴史や風物,工事現場や生活を詠った川柳なども紹介し,地域とのコミュニケーションを図っている。ヘルメットを脱いだお付き合いで,工事現場を身近に感じてもらっている。
③ リサイクルバザー
塩ビ管や鉄筋・コンパネの端物,テストピース・・・現場では廃棄物だけど,家庭ではいろんな使い道があるのでは,と産業祭で「ご自由にどうぞ」。
④ その他
道路河川清掃,献血,保育園生と一緒に交通安全の呼びかけ,感謝と迷惑のお詫びを込めた餅つき大会,などなど。
7 おわりに
嘉瀬川ダムの本格的工事を秋口に控え,今回はコスト縮減,環境配慮,地域連携について,その取り組み状況を紹介した。
地域の方々の多大なご理解とご協力のもとに順調に進捗している嘉瀬川ダム事業である。事業者としては地域並びに施工業者と一体となった事業展開の重要性を痛感しているところである。
豊かな自然環境と地域社会環境に調和した嘉瀬川ダムが,佐賀の土と水を拓き,地域の振興・活性化の新たな地域資源として活躍する日を目指して,一層の努力を重ねる所存である。