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鹿屋分水路トンネルの設計と問題点
(地下水位下しらすのトンネル掘削)

建設省大隅工事事務所長
吉 田 三 郎

飛島・熊谷共同企業体
鹿屋分水路作業所長
橋 詰 順 一

基礎地盤コンサルタント(株)
福岡支社技術課長
松 雪 清 人

1 まえがき
肝属川は,その源を鹿児島県大隅半島西部に連なる高隈山系に発し,しらす台地を貫流しながら志布志湾に注ぐ,流域面積485㎢,幹線流路延長34kmの1級河川である。
この肝属川の上流に人口75,000人の鹿屋市が位置し,本川はその市街地中心部を流下している。市街地中の本川は,計画流量400m3/sに対し,現況は120m3/s程度の流下能力しかなく,洪水の度に危険にさらされている。そこで洪水防止のため,現河道改修,分水路計画等が検討され,鹿屋分水路で200m3/sを分水することとなった。(図ー1)
分水路は,肝属川19K750付近から15K900付近までを開水路及びトンネルにて洪水時に分流する施設であり,本川の流量が30m3/sになった時に分水路に分流する構造となっている。分水路の総延長は2,639mであるが,そのうちの1,609mはしらす層を掘削するトンネルが計画されている(図ー2)。
このトンネルは,標高50~60mのしらす台地(笠野原台地)下を貫通する大断面トンネル(断面積約100m2)であるが,全線にわたって水に対して弱いと言われる地下水位下のしらすを掘削対象とするとともに,一部区画においては高透水性(k=1×10-1cm/s)で極めて豊富な滞水層である降下軽石層(通称ぼら層)に近接して施工されるため,その地下水問題に関してはさまざまな角度から調査検討がなされてきた。
以上のように本トンネルは,地下水位下のしらすや降下軽石層を対象とした土木工学的にも未経験でかつ問題の多い工事であるため,昭和54年度より有識者による『鹿屋分水路工法検討委員会』が組織され,その討議結果に基づいて設計が進められてきた。

2 トンネル部の地質
図ー3に示すように,笠野原台地には新生代第4紀の火山噴出物が主に分布する。火山噴出物としては,阿多軽石流(主に溶結凝灰岩よりなる)や姶良火山の噴出物と考えられる大隅降下軽石層(ぼら層),大隅軽石流(一次しらす)が主体をなす。
トンネルは,一次しらす層中に計画されているが,一部の区間では降下軽石層に近接した形となる。地下水位は,トンネルクラウン付近に位置している。しらす層は,φ30~50mmの軽石礫を含んだ火山灰質砂よりなり,30m以上の層厚で台地の主体を構成する。降下軽石層は,層厚3~10m程度で台地全域に複雑な起伏を有して分布するが,φ2~50mmの軽石礫の集合体で間隙が大きく豊富な滞水層をなしており,台地緑部から自然湧水している箇所が認められる。

3 試掘坑工事の結果
本トンネルは,地下水位下のしらすを掘削するというこれまでに例のないトンネル工事となるため,昭和53~54年にかけて小断面トンネル(断面積約10m2)で試験工事が実施された。この試掘坑は、主として地下水対策に関する知見を得るために行われたもので,以下のような成果が得られた。
① トンネルが降下軽石層に遭遇した場合多量の湧水のため掘削は困難である。
② 釜場排水等の重力排水工法ではしらす層中の地下水位は低下しにくく,切羽崩壊や支保工沈下が生じやすい。
③ 切羽斜め前方に打設したウェルポイントがしらす層中の地下水低下に極めて有効である。
④ ディープウェル工法は,広範囲の水位低下が困難なため多数設置する必要があり効率が悪い。
⑤ 薬液注入工法は,懸濁型と溶液型の複合注入が有効であるが,注入率が70%にも達し,工費や工期の点で問題がある。
以上の結果から,トンネルルートは極力降下軽石層から離す必要があること,また地下水低下工法としてはウェルポイント工法が有効であると判断された。

4 しらすの侵食崩壊特性
しらすの具体的な特殊性の一つとして,地山(一次しらす)あるいは盛土のいかんを問わず異常に侵食されやすいことが挙げられる。このような特殊性は古くから知られているにもかかわらず,土質力学的なメカニズムは今のところ未解明で,研究の遅れている分野である。とくに,乱さない一次しらすの侵食特性についてはこれまで検証されていない。
本トンネルは,地下水位下のしらすを掘削するため,しらすの侵食崩壊に対する安全性の観点からの検討が必要と考えられた。このため,特殊な三重管タイプの大孔径サンプラー(削孔径φ300mm,試料径φ200mm)を試作し,トンネルルート付近の地下水位下の一次しらすの乱さない試料を採取して,室内浸透実験1)を行った。表ー1に試験試料の物性値を,図ー4に実験結果のうち動水勾配と平均実流速の関係を示した。動水勾配iの増加に伴い,i=1~3付近で噴気孔と思われる部分からピンホール状のパイピングが発生する。

パイピングの発生が確認されたときの平均実流速は約3×10-3cm/sであり,図ー5に示したしらすの土粒子と限界実流速の実験結果2)における0.07mm程度の粒子の限界実流速とほぼ一致する。しかし,土塊としての供試体は,かなり大きな噴砂孔は発達はするものの,平均実流速が約3×10-2cm/s以上となっても決定的な侵食崩壊は認められない。
これ等の結果から,乱さない状態の一次しらすの侵食抵抗は,乱したしらすに比較してかなり大きく,限界実流速で3×10-2cm/s以上となる。これは,力学的な特性を支配する溶結効果やインターロッキング効果が,侵食特性にも大きく影響しているためといえる。また,動水勾配に対する土塊としての抵抗性は大きい反面,土粒子比重が極端に小さいため,小規模な内部侵食崩壊が急激に進行し,かつ拡大する危険性は高いと考えられる3)

5 しらすの内部侵食崩壊事例
トンネル工事に先立ち,坑口付近の用水路で開削工事が行われたが,たまたましらすの内部侵食による崩壊を経験して多くの知見を得た。
図ー6に平面図を示すが,工事は約10m深さの掘削予定で,オーガー建込み鋼矢板による締切り内を重力排水しつつ施工された。深さ約9m(地下水低下量約7m)の掘削時点で,締切部より約15m離れた民家の敷地で突然陥没が生じた。当初は,直径約2m,深さ6m程度の規模であったが次第に崩壊が拡大して一時間後には最終的に直径約10m,深さ5m程度の陥没孔となった。締切り内の水位は約3m上昇したが,矢板や切梁には何ら変状は生じなかった。図ー7に調査の結果判明した陥没孔を含む地質断面を示すが,掘削は降下軽石層に近接して施工されており,陥没孔に近い矢板はほほ降下軽石層に達する深さまで根入されていた。また,この付近の矢板に沿って土砂が噴出した形跡があり,その土量は約230m3であった。
以上の現象を考察すると,陥没の発生原因としては,締切り内の地下水低下によって降下軽石層に近接した矢板に沿ってボイリングが発生し,その進行に伴って降下軽石層内にしらすの限界流速以上の地下水流速が生じたため,しらすが内部侵食を受けて崩壊が拡大したものと推定される。
対策工としては,降下軽石層中に発生する流速を小さくするという観点から,施工性や経済性を考慮して噴射撹拌工法で底面に遮水盤を打設することとした。掘削工事は,慎重な計測管理のもとで再開され,昭和61年3月に無事終了した4)
この事例は,同じ地質条件で施工するトンネル部の掘削工事に対し,多くの教訓を与えている。即ち,軽石層に近接した地下水位下のしらすの掘削においては,しらすの内部侵食による崩壊に対して充分な検討と対策が必要であることを実証している。

6 トンネルルートの検討
試掘工事の結果から,トンネルルートとしては豊富な地下水を有する降下軽石層を回避することが,安全性や工費の面からみて必要条件とされた。
その観点から,数案のルートが比較・検討されたが,その際に降下軽石層に直接遭遇しない場合でも,その距離が近過ぎると前述したようなボイリングが発生する危険性があると考えられたため,内部侵食に対する安全性の点からルートの妥当性についても検討を行った。
図ー8は,二次元FEM浸透流解析によって得られたトンネル掘削時の地下水低下に伴って発生する流速の分布を示している。この場合,トンネル断面と降下軽石層の最短距離は20mであり,発生する最大流速は降下軽石層で2.7×10-8cm/sである。この結果を図ー4に示す室内浸透試験結果と対比すると,侵食崩壊に対する安全率は10以上となる。この種の問題における必要安全率に関して確定したものはないがTerzaghiの提案値(Fs=8~12)等と,しらすの不均一性や噴気孔の存在も考慮すると,安全率としては少なくとも10以上見込むのが妥当と判断した。したがって,トンネルと降下軽石層の距離は,少なくとも20m以上確保する必要があると判断してルートを選定した。

7 トンネル工法の検討
試掘工事の結果から判断して,地下水位下のしらすを掘削する本トンネルの場合,何らかの地下水対策を併用しない限り,切羽の自立性の点からいって掘削が極めて困難である。
地下水対策工法として,重力排水工法,ディープウェル工法,ウェルボイント工法等の地下水低下工法や,圧気工法,薬液注入工法,凍結工法等の止水工法について比較検討を行ったが試掘工事においてその有効性が確認され,かつトンネル内から施工できるウェルポイント工法が安全性,施工性,経済性の面から最も適していると判断した。
本トンネルにおけるウェルポイント工法は,切羽斜め前方に打設する形となるため,従来のウェルポイント工法の適用は困難である。そこで本トンネルでは,通常のトンネルでしばしば用いられる水抜きボーリングにバキューム効果を併用する形とした。図ー9に浸透流解析の結果を用いて決定したウェルボイントの配置状況を示す。

また,掘削工法については,地山を緩ませずかつ復水後に水みちとなるような地山と覆工の間に空隙を生じさせないという観点から,しらす地盤という特性を考慮しつつ,できるだけNATMの発想をとり入れることを重視して比較検討を行った。検討の結果,従来多く採用されてきた矢板工法は,地山と覆工の間に空隙が生じやすいため問題が多く,NATM及び矢板なしの直巻工法が適していると判断した。矢板なしの直巻工法は,在来の矢板工法とNATM工法の中間的工法であり,矢板を使用せずに支保工建込み直後に型枠を用いて,地山に密着した一次覆工を行う工法である。
NATM工法と型枠使用の直巻工法を比較した場合,NATM工法で用いられるロックボルトは,試験工事において施工性の悪いことが判明し,復水後に水みちとなる可能性が大きいと考えられたため,用いないこととした。また吹付コンクリートについては,地下水位下のしらすに対しての実績がなく,天端部での密着性に不安があるため,型枠使用の直巻工法がより適していると現時点では判断しているが,今後,再検討することも考えている。
掘削方式については,主としてウェルポイント工法の適用性の面を重視して検討を行った。即ちベンチカット方式や底設導坑先進方式では,ウェルポイントの段取り変えやそれに伴う作業の中断等の効率的な面と,ウェルポイント数の増加等で問題が多い。この点では,サイロット方式の場合,両サイドの交互作業で排水と掘削の同時作業が可能であり,この点で最も有利と判断した。
以上のように,鹿屋分水路トンネルの基本的なトンネル工法は,ウェルボイント併用のサイロット方式とした。
図ー10にトンネルの加背割図を示す。

8 降下軽石層近接区間の地下水対策工
前述したように,鹿屋分水路トンネルは降下軽石層との離れを20m以上確保できるような形でルートが決定された。しかし,下流側坑口付近の約175m区間においては,ルート線形及び用地上の問題から,降下軽石層と20m以下での近接が避けられず,最短距離で5mという厳しい条件下での施工となる。このため,凍結工法も有力な対策工法として検討されたが,室内実験の結果から,凍結膨張によって溶結効果が弱められ,侵食抵抗も半減することが確められた。また薬液注入工法もこれまでの実績から確実性や施工性の点で問題が多い。したがって最終的には,トンネル両側の地下水位上に作業坑を設けこの作業坑より降下軽石層中の地下水を遮断するための地下連続壁を打設する工法(図ー11)が採用され,昭和61年6月より工事を開始した。この地下連続壁の打設範囲はトンネルと降下軽石雇の距離が20m以下となる区間に適用するとともに,打設方怯は作業坑内からの打設となるため,BW掘削機による泥水固化方式を採用した。

9 あとがき
これまで,地下水位下のしらすを掘削対象とした大断面トンネル工事は皆無であり,トンネル工法の決定に当っては,多くの試験工事や調査解析を行って,地下水位下しらすの特性を明らかにしつつ検討を行ってきた。とくに,透水性の大きい降下軽石層が関与した場合,地盤陥没の発生に見られるように,侵食崩壊の問題が重要であり,本トンネルではその観点からもルートや地下水対策工等の工法検討を行ってきた。そのため,本トンネルではウェルボイント工法や地下連続壁工法といった,他のトンネルではあまり例を見ない工法を採用している。
工事は,昭和61年3月より本格的に開始され現在下流側坑口付近の地下連続壁打設が終了した段階である。トンネル掘削は,昭和62年7月より開始する予定であるが,種々の計測等により安全性を確認しつつ,初めての地下水位下しらすトンネルの工事を無事に終了させる所存である。
なお,本トンネルの計面・設計にあたっては九州産業大学,山内豊聡教授を始めとする『鹿屋分水路工法検討委員会』の方々に懇切なる御指導を頂いた。ここに厚く御礼を申し上げる次第である。

参考文献
1)林・斉藤・松雪:乱さない一次しらすの浸透崩壊特性,第20回土質工学研究発表会講演集,1985.
2)山内・林:しらすの限界流速と浸透崩壊問題への適用,日本応用地質学会昭和59年度研究発表会予稿隻,1984.
3)山内・林・巻内・緒方:しらすの侵食特性,九州大学工学集報,Vol.56,No.5,1983.
4)脇・山根・斉藤・松雪・夏目:地下水位下しらすの掘削における計測管理,第4回日本応用地質学会九州支部研究発表会予稿集,1986.
5)脇・山根・斉藤・松雪・調:しらすトンネルにおける浸透崩壊問題の解析,第3回日本応用地質学会九州支部研究発表会予稿集,1985.
6)林・斉藤・松雪:凍結した一次しらすの浸透崩壊特性,第21回土質工学研究発表会講演集,1986.

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