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松浦川の霞堤

第一工科大学 工学部 
自然環境工学科 准教授
寺 村  淳

キーワード:松浦川、霞堤、伝統的河川施設

1.はじめに
近年多発する大規模水害は国内だけの現象ではなく、世界的に見てもヨーロッパの豪雨災害、ハリケーンやサイクロンによる被害など各地で多発している。
九州においても、2 回の九州北部豪雨、西日本豪雨、球磨川の大水害など毎年のように大きな被害が発生している。
そのような中で、流域治水やグリーンインフラがにわかに注目されるようになり、田んぼダムや遊水地、浸透、雨庭など、河川区域外の選択肢が治水の手法として挙げられるようになった。
この様な中で、霞堤は流域治水の代表的な選択肢の一つとして挙げられ、グリーンインフラとしても扱われている。
霞堤自体は昔から日本全国の河川に普遍的に見られる不連続堤の総称となっている。しかしながら、明治時代に初めて霞堤の名称が使われ始めた直後から、様々な河川の不連続堤が一括して霞堤としてひとくくりにされ、機能的に混同したものが霞堤として扱われており、機能に対する理解が十分に進まないまま霞堤がツールとして注目されていることには不安を覚える。一方で、近年のシミュレーション技術の発展は霞堤の役割を再発見することに寄与していて、興味深い研究も各所で進められている。
九州でも霞堤は各河川にそれぞれに見られ、特に各河川の特性に合わせた形状や特徴を持っていて非常に興味深い。

写真1 福岡市内の雨庭:デッキの下には雨水貯留
タンク、浸透性の高い庭、流出0の家

2. 二つの霞堤
一般的に霞堤と呼ばれる不連続堤は、機能・地形条件・成り立ちから大きく二つに分類することができる。さらに細分化できる可能性もあるが、ここでは便宜上、二つの霞堤について簡単に整理する。
そもそも霞堤は、武田信玄が釜無川に設けた不連続堤が始まりとされているが、名称の初見は明治24 年、常願寺川改修に伴う新聞記者西師意の論説からであった1)
常願寺川や釜無川は大規模な扇状地を伴う急流河川で、これらの河川は川幅が広く、洪水の度に河道が移動しやすい。そのため、河道のコントロールが重要であったことから、河川や時代によって規模に違いがあるものの、水制型の堤防が重ねて造られた。これが扇状地に見られる霞堤の原型である。扇状地の河川の治水で最も重要なことは河道の固定であった。
加え、重ねて堤防を造ることによって、氾濫流の河道還元や内水排除、氾濫流の減勢効果などが得られるようになったと考えられる。
この扇状地などの急流河川で多く見られる霞堤をここでは「扇状地霞堤」とする。

図1 扇状地霞堤

図2 氾濫原霞堤

扇状地霞堤の特徴としては、重複幅が狭く、直線的で、複数の堤防が連続して重なっている例が多いことなどが挙げられる。
一方で扇状地でない河川でも不連続堤は見られる。沖積平野の河川は河床勾配も緩く、周辺地形も比較的平坦で扇状地とは様相が大きく異なる。
沖積平野は洪水の際に川から水が溢れだすため、氾濫原とも言うが、平坦な地形で水資源の確保が容易で土の養分も豊富なため、大規模農地などの土地利用に適している。この様な氾濫原の活用のためには、洪水を「どこに」「どの様に」溢れさせるかが重要となる。
この、「どこに」「どの様に」溢れさせるかをコントロールするための仕組みが沖積平野に見られる霞堤の最も基本的な形で、氾濫原としての本来の自然地形の機能を活用していることから、ここでは「氾濫原霞堤」とする。
洪水は破堤などによって、上流から溢れると農地や宅地に大きな被害を与える。一方で下流から溢れてくる場合は、流速が極めて遅く、上流からの氾濫に比べ被害は少ない。このために、堤防を不連続にして、開口部から洪水の逆流を促す仕組みが氾濫原霞堤である。
また、氾濫原霞堤は、支川合流点に設けられることが多い。支川合流点は、洪水時に本川の水位の影響を大きく受け、内水氾濫や本川からの逆流がおこりやすい。合流点処理は治水的な課題として対処が大変難しく、現代でも本質的な解決案はない。氾濫原霞堤は、この様なもともと湛水しやすい場所に緩やかに洪水を流し込むことで、安全に水を溢れさせる仕組みとなっている。
氾濫原霞堤の機能は、洪水の貯留による下流の洪水被害の軽減、逆流湛水による洪水氾濫被害の軽減、湛水箇所の確定、田畑への土壌の追加、流木確保などが期待され、各氾濫原霞堤によってその効果の度合いは異なると考えられるが、多面的な機能を有している。

3.松浦川の霞堤
松浦川は佐賀県北部唐津湾に流れ出る1 級河川で、流域面積446km2、幹線流路延長47㎞、武雄市・伊万里市・唐津市を流れる3)。最下流部の唐津市街以外は、大規模な開発はなく、近世の土地利用に準じた集落の分布が見られる。
松浦川流域は伊万里市桃川と大川野の間にある大黒井堰付近で上流が佐賀藩、下流が唐津藩となっていた。松浦川流域の霞堤はいずれの地域にも点在しているが、特に大川野付近では左右岸に連続して見られた。また、大川野宿の集落は古い街道沿いの宿場町であるが、旧来より集落周辺を輪中堤で囲っており、現在でもさらに嵩上げされた輪中堤で囲まれている。

図3 松浦川流域と大川野霞堤の位置

(1)大川野の霞堤
大川野宿の下流にも霞堤が見られ、周辺の河床勾配(1/1200 程度)、輪中堤、河岸段丘などとセットに、氾濫原霞堤としての松浦川の霞堤の特徴をよく示している。
大川野の霞堤は、写真- 2 の様に、松浦川の右岸、城野川(a)の合流点が開口部(A)となっており、開口部の直下流は小さな丘陵(H)で、山付きの霞堤となっている。また、河岸段丘(E)も見られ、大川野宿の輪中堤と本川の堤防と共に閉鎖的な遊水地を形成している。霞堤内の遊水地(D)はすべて水田で家屋は見られない。集落は大川野宿(G)の輪中の中と河岸段丘の上に形成されている。ただし、河岸段丘上の集落は古い時代には見られず、鉄道の開通と前後して形成された。
大川野の霞堤がいつ頃つくられたかは定かではないが、大川野宿が近世の塚崎道の街道筋で、それ以降集落の位置が変化していないことから、近世にはその原型があったと考えられる。

写真2 大川野霞堤

(2)2019年8月27日~28日の豪雨
2019 年8 月末の豪雨は隣の六角川で大きな被害が発生したが、松浦川流域でも各所で氾濫が発生した。
大川野の霞堤では平成2(1990)年以降、約30 年ぶりに最深部(C の輪中堤)まで洪水が流入した。この洪水によって、ゴミ等の流入があり、田んぼに小さな流木などが入ったが、稲の倒屈などは見られず、地元住民への聞取りにおいても、大きな被害はなかった。
さらに、地元住民への聞取りの中で、霞堤への流入があると、イモチ病等の発生の可能性があるため、消毒が必要になるが、翌年の収量が増えることが見込まれ客土効果があること、特に松浦川では洪水時の泥が少ないため、稲の葉にこびり付くなどして生育不良になることがないこと、昔は出水時に霞堤内で漁をしていたことなどが明らかになった。
この洪水で、大川野の霞堤は洪水を貯留する役割を果たしたが、発災直後の現地の状況、聞き取りの結果、シミュレーション結果などを合わせると、大川野の氾濫原霞堤は、下流の治水目的のみの施設とは言い難いことがわかる4)
大川野の氾濫原霞堤では、洪水の流入が発生したが、稲の倒屈は見られなかった。ゴミの流入はあったが、大きな流木の流入などはなく、洪水の流入が緩やかであったことがわかる。
シミュレーションでも流入の流速は極めて遅く、横方向の流れより、縦方向の水位差として表されていた4)
また、支川城野川の合流点にでもあるが、霞堤でこの支川からの洪水の流入も受け止めている。本川の水位が高い場合の排水不良も柔軟に受け止めることができ、破堤や越流にならないため、農地の被害もない。
さらに、大川野の霞堤は、周辺を河岸段丘、輪中堤、本堤で囲まれているため、限定的な遊水地となっており、宅地は輪中内か河岸段丘の上に設けられているため、霞堤の洪水流入とは隔離されている。
加え、仮に霞堤以外の場所が越流・破堤しても、霞堤内に湛水した水は氾濫を減勢し農地などの被害の軽減につながることが想定される。
現在は行われていないようであるが、洪水流入時に魚獲りをしたことなどは、食料提供の機会となったり、生物の緊急避難場所としての役割があることも示している。
つまり、大川野の氾濫原霞堤は下流に対する治水効果をさておいたとしても、多面的な機能で大川野地域に貢献している地域のための河川施設であることがわかる5)

4.氾濫原霞堤を応用した「アザメの瀬」
松浦川中流域、大川野の霞堤の下流、佐里地区には、自然再生事業で造成された湿地「アザメの瀬」がある。アザメの瀬は掘りこまれた湿地によって洪水貯留などの治水効果も期待できる、最新のグリーンインフラでありEco-DRR の代表的事例である。さらに、事業の進め方としても地域住民との100回以上のワークショップなど注目すべき点が多いことで知られているが、アザメの瀬は氾濫原霞堤の技術が応用されている。
アザメの瀬は、堤内地の水田跡を掘りこみ、レベルの異なる湿地を設け、洪水の流入頻度によって湿地の攪乱頻度を変えるデザインがなされている。この洪水の流入口はアザメの瀬の最下流部にあり、逆流によって洪水が流入する形となっている。さらにアザメの瀬と松浦川の間の堤防は、対岸に比べやや低く設けられており、大規模洪水時にはこの堤防を越流して洪水がアザメの瀬に流入する形となっている5)
氾濫原霞堤の逆流によって洪水が流入する仕組みを活用して、攪乱強度を抑え、アザメの瀬が出水時の魚類や昆虫などの避難場所として利用される仕組みである。

写真4 2019年8月出水直後のアザメの瀬

5.おわりに
松浦川、大川野地区の霞堤は、遊水地としての機能を持つ氾濫原霞堤で、現在でも十分にその機能を果たしている。加え、大川野地域は、かつての宿場町は輪中堤の中、新しい宅地は河岸段丘の上に広がり、霞堤内は水田として利用されており、災害リスクに応じた土地利用がなされている。さらに、治水だけでなく、農地にとっては極力災害の被害を小さくしつつ、客土や魚とりなどの恵みも得られるシステムとなっていた。
大川野の霞堤は地域の地形・地質・生業に合わせた土地利用・住まい方の知恵として形成された土木遺産と言える。
今後、流域治水が大いに促進されることは、流域社会にとって、多様な方法論、選択肢が得られ有益なことであると思われるが、ともすれば下流のための上流の犠牲というダム闘争の構造を描きかねない懸念がある。大川野の霞堤の様に、その地に住まう人々が豊かな生活を得られるような柔軟で多面的な機能を流域治水には求めたい。

【参考文献】
1)大熊孝. 霞堤の機能と語源に関する考察. 日本土木史研究発表会論文集,1987, pp.259-266.
2)作図:寺村・島谷
3)高橋裕編,川の百科事典,p.605,丸善,2009.
4)寺村淳; 北村圭太; 島谷幸宏. 松浦川大川野地区における霞堤の機能評価. 土木学会論文集B1 (水工学), 2020, 76.2: I_445-I_450.
5)TERAMURA, Jun; SHIMATANI, Yukihiro.Advantages of the Open Levee( Kasumi-Tei),a Traditional Japanese River Technology on the Matsuura River, from an Ecosystem-Based Disaster Risk Reduction Perspective.Water, 2021, 13.4: 480.  

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