霧島山(新燃岳)噴火に伴う土砂災害対策への取り組み
下村慎一郎
キーワード:新燃岳、砂防、土砂災害防止法に基づく緊急調査
1.霧島山(新燃岳)噴火の概要
(1)噴火の経緯
平成23 年1 月19 日、宮崎県と鹿児島県の県境に位置する霧島連山の新燃岳で小規模な噴火が発生した。
その後、1 月26 日に本格的なマグマ噴火が始まり、翌27 日には昭和34 年以来52 年ぶりとなる爆発的噴火が発生(写真ー1)し、気象庁は、26 日に火口周辺警報を発表して、それまでの噴火警戒レベル2(火口周辺規制)から噴火警戒レベル3(入山規制)へ警戒のレベルを引き上げた。また、警戒範囲は、31 日には火口内に蓄積された溶岩の拡大により、火口から2㎞を3㎞へ、2 月1 日には噴石の飛散が3㎞を超えたために火口から4㎞へと拡大された。
その後も噴火が繰り返され、3 月1 日までに13 回の爆発的噴火が発生し、平成23 年9 月7日まで断続的に噴火が継続した。
(2)噴火に伴う影響
新燃岳の噴火活動により噴出した多量の火山灰は、当時の風向きにより南東方向へ流され、新燃岳から約60㎞離れている宮崎県日南市でも堆積が確認される等、宮崎県及び鹿児島県の広い範囲で降灰が確認された。平成23 年2 月3 日に開催された霧島山(新燃岳)の火山活動に関する火山噴火予知連絡会拡大幹事会の報告によると「これまでの噴出物量は約4 千万~8 千万トン程度と推定」された。
宮崎県都城市、高原町をはじめとする新燃岳周辺の市街地では特に多量の降灰があり、道路上への火山灰の堆積による車のスリップ事故をはじめ、噴石による車両の窓ガラスの破損や空振による家屋の窓ガラスの破損等の被害が発生した。
また、山腹斜面には多量の火山灰等が堆積し、降水が地中に浸透しにくくなり、地表流が発生しやすい状態となったため、従来よりも少ない降雨で土石流が発生する可能性が高まったと考えられた。
このため、国土交通省では、火山噴火に起因する土石流対策として、緊急調査の実施及び対策工事に着手した。
2.土砂災害防止法に基づく緊急調査の実施
(1) 緊急調査への着手
平成23 年1 月27 日、火山噴火による山腹斜面への降灰等の堆積により土石流が発生するおそれがあるとして、独立行政法人土木研究所の技術的支援を受けて緊急調査に着手した。
噴火直後の初動期の調査としては、火山灰等の堆積している範囲や量を把握するため、ヘリコプターによる上空からの調査及び地上調査を実施した。ヘリコプターにより確認した降灰範囲において、約1㎞~2㎞間隔に区切ったメッシュ図面から抽出した128 地点にて地上調査を実施し、降灰の堆積厚を計測した。堆積厚の計測にあたっては、土石流発生の急迫性が高まった渓流を抽出する際の判断材料とするために、25㎝四方に堆積している火山灰を採取し、その重さを計測して火山灰の単位体積重量から平均本積厚を算出した(写真ー2)。
上空及び地上調査の結果から、火山灰等が堆積している範囲及び堆積厚を推定し、渓流面積の概ね5 割以上に厚さ1cm 以上の火山灰が堆積していると推定された土石流危険渓流を土石流発生の危険性が高まった渓流として抽出した(図ー2)。
降灰量調査結果を基に抽出された35 渓流を対象として、降雨後には国土交通省と宮崎県で分担して各危険渓流の想定氾濫開始地点において土石流発生の有無を確認するための調査を実施している。
また、上流域での土砂移動を確認するための渓流点検や、新燃岳山頂付近の状況を確認するためのヘリ調査等を実施し、土石流発生の危険性について調査してきた。
なお、これらの調査は後に施行される「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律の一部を改正する法律」(以下、「改正土砂災害防止法」という)による緊急調査に準じた手法で実施しており、平成23 年5 月の同法施行後は、同法第27 条に基づく緊急調査として実施している。
(2)土石流氾濫シミュレーション
土石流の危険性が高まったとされる35 渓流において、数値氾濫シミュレーションを実施し、土石流の氾濫により被害が生じるおそれのある区域を設定した(図ー3) 。
火山灰等の堆積した斜面では浸透能が極端に低下し表面流として流出するので、氾濫シミュレーションでは、上流域は分布型流出計算を行い、氾濫開始地点より下流では二次元氾濫計算により土石流氾濫想定区域の解析を行った。
また、シミュレーションで再現しきれていない現地地形の細部を確認するための現地調査を実施し、シミュレーションで算出した土石流氾濫想定区域について必要に応じて見直しを行い精度の向上を図った。
(3)雨量基準の設定
新燃岳の噴火により土石流発生のおそれが高まったと判断された渓流において、自治体が避難勧告等を発令する際に参考となる雨量基準を設定した(表ー1)。
新燃岳では降灰後の土石流と雨量の関係が明らかになっていなかったことから、噴火直後は平成12 年の三宅島噴火後の土石流発生事例を参考として、時間当たり4mm の降雨を土石流災害が想定される時期の目安とした。その後、新燃岳周辺の降雨実績に応じて順次雨量基準の見直しを行っていき、改正土砂災害防止法施行後の平成23 年5 月2 日に通知した土砂災害緊急情報第1 号では、高千穂峰周辺の14 渓流で時間当たり15㎜、その他丘陵地の21 渓流で時間当たり20㎜としている。
また、平成23 年10 月末までに土砂災害警戒情報が都城市で計3 回、高原町で計2 回発表されたが、幸い下流域に被害を及ぼすような土石流の発生は確認されなかったため、平成23 年11月2 日の土砂災害緊急情報第4 号の通知にあたっては、行政機関、土木研究所、学識者が参加する「霧島山(新燃岳)における今後の土砂災害警戒避難に関する検討会」を開催し、それまで実施した調査結果を踏まえて今後の対応や警戒避難について検討したうえで、土砂災害が想定される時期を「土砂災害警戒情報が発表されたとき」へ変更している。
(4)土砂災害緊急情報の通知
「改正土砂災害防止法」施行後は、法第29 条に基づく土砂災害緊急情報として、土砂災害が想定される区域(想定氾濫区域)と時期(雨量基準)について通知することで技術的支援を行うとともに、インターネットを通じて一般への周知も行ってきた。また、流域の土砂移動の状況等を把握するために出水期前後等に実施している調査の結果についても随時情報提供している。
(5) 緊急調査の終了
平成25 年10 月22 日に新燃岳の噴火警戒レベルが平成23 年1 月の噴火前と同じレベル2(火口周辺規制)に戻ったこと及び最新の緊急調査の結果により土砂災害の危険が急迫したものではないと認められたため、平成25 年10 月24 日をもって改正土砂災害防止法に基づく緊急調査を終了した。
3.緊急的な土砂災害対策の実施
(1) 監視体制の強化
新燃岳噴火以前から、直轄砂防事業を推進していた高崎川流域には土石流の発生状況を迅速に確認できるように土石流検知センサー及び渓流監視カメラが設置されていたが、噴火に伴う降灰の影響で土石流発生の危険性がより高まったことから、センサー及びカメラを増設するとともに、隣接する庄内川流域でも土石流による被害のおそれが高まったため、土石流検知センサー及び渓流監視カメラを新設し、監視体制を強化した。
また、監視カメラの映像については、宮崎県を通して都城市、高原町へも情報提供するとともに、土石流検知センサーの情報については、現地に設置したワイヤーセンサーが切断されると自動的に関係機関にメール配信にて周知する体制を整備し、情報共有による連携の強化を図ってきた。
(2) 緊急対策工事の実施
新燃岳の噴火を受け、土石流の発生する可能性が高まった渓流においては、噴火直後の平成23年2 月1 日から出水期前の5 月31 日までの4 ヶ月間で、緊急的に既設砂防堰堤の除石工事(写真ー3)や、ブロック積みによる既設砂防堰堤のかさ上げ及び仮設導流堤の設置(写真ー4)を行い、土石流を捕捉するための砂防施設の空き容量をできる限り確保した。
これらの緊急対策工事は、宮崎県と連携し既存施設を有効活用することで短期間・低コストでの施工が可能となり、コンクリートブロック約2,200 個を用いた荒襲川における仮設導流堤も、3 ヶ月半(H23.2.10 ~ H23.5.31)の工期で完成させることができた。
また、新燃岳の噴火活動が活発な状況の中での作業であったため、山の状況が見通せる場所への火山監視員の配置、噴石や熱風等に対する緊急的な避難壕の設置等により、工事中の安全確保に努めた。
除石後の空き容量に平成23 年出水で流出した土砂を捕捉する等、緊急対策工事は早速効果を発揮し、満砂となった砂防堰堤等(写真ー5)では、下流域の安全確保のため、追加の除石工事を実施した。
また、平成24 年度も引き続きコンクリートブロックによる仮設の砂防堰堤を設置し、恒久施設が完成するまでの対応として各渓流の安全度の向上を図ってきた。
4.自治体への対応
(1) 連絡体制の整備
関係機関との情報共有を図り迅速な支援を行うことを目的とし、噴火直後の平成23 年1 月26日より職員を情報連絡員(リエゾン)として宮崎県や鹿児島県、都城市、高原町、霧島市へ派遣した。
また、火山活動や防災対策に関する情報交換を目的として、宮崎県・鹿児島県・関係市町・学識経験者等が参加する霧島火山防災連絡会を開催し、連携強化を図るとともに、土石流や泥流の発生に備えた対応策について、国、県、市町による情報共有を強化するための土砂災害対策現地連絡会を平成23 年2 月から6 月末までの間で計50回開催した。
(2) 避難勧告等への技術的支援
平成23 年1 月28 日には新燃岳の火口内に溶岩ドームが確認され、その後最大直径は約600mにも成長し爆発すれば火砕流発生の恐れがあるとして、高原町は、1 月30 日23 時50 分に町内の513 世帯1158 人に避難勧告を発令した。この時は、夜中にもかかわらず多くの住民が避難所に避難した。
2 月4 日に九州地方整備局が雨量基準を設定後、各自治体はそれを参考として避難勧告発令基準を設定し、基準を上回る降雨が予想された場合には、消防団による住民への避難準備の呼びかけ等を実施した。
(3) 防災訓練の実施
平成23 年12 月には、新燃岳の再噴火を想定して関係自治体と連携した初動訓練を実施した。本訓練では、新燃岳噴火(中規模噴火)レベル4 を想定し、防災情報のリアルタイムでの共有や、被災自治体支援のための情報連絡員(リエゾン)や災害対策用機械が迅速に派遣できるよう実践的な訓練を行った。
また、住民説明会や地元の小中学校を対象とした出前講座等を通じて、火山噴火に伴う土砂災害の危険性等を説明することで、地域住民に対し情報の周知と防災意識の啓発を図ってきた(写真ー6)。
5.霧島山における今後の土砂災害対策
(1) 恒久対策工事の実施
降灰に起因して発生する土石流に対して噴火直後から緊急対策工事により被害軽減のための対策を実施してきたが、平成23 年度より恒久対策として砂防堰堤等の工事に本格着手した。平成25年5 月末現在、都城市内の2 箇所の土石流危険渓流(中山谷・望原谷)に砂防堰堤が完成しており、今後も鋭意砂防堰堤等の整備を推進する予定である(写真ー7)(写真ー8)。
なお、これらの砂防堰堤の完成にあたっては、降灰の影響を受けて他校での就学を強いられたり、降雨のたびに避難する等の影響を受けた御池小学校の生徒に銘板を作成していただくとともに、地元住民や関係機関の皆様への施設の概要説明を兼ねた完成報告会を開催した。
また、望原谷第1 砂防堰堤の堰長275.5m は、宮崎県内で最大の長さを誇るものである。
(2) 監視体制の継続
改正土砂災害防止法に基づく緊急調査は終了したが、今後も大雨の際には土石流の発生が十分に考えられるので、土砂移動状況や土石流発生の危険性について把握するために必要な調査を継続するとともに、土石流検知センサー及び渓流監視カメラによる監視体制を継続する。
(3) 緊急減災対策砂防計画
霧島山の噴火時に想定される被害をできる限り軽減(減災)するための平常時の準備や緊急時の対策について、平成21 年度に関係機関や学識者とともに「霧島火山緊急減災対策砂防計画(案)」を作成した。その後、新燃岳噴火での実際の緊急対応を踏まえ計画の見直しを行い、平成24 年度に「霧島火山緊急減災砂防計画《新燃岳・御鉢》」を策定した。今後は、《えびの高原、大幡池周辺》の計画について検討を進めるとともに、計画に基づき緊急時により迅速で的確な対応ができるよう、関係機関との更なる連携強化や、緊急対策工事用の資機材等の整備を進めていく。
6.おわりに
霧島山(新燃岳)では、平成23 年1 月の噴火直後のように、少ない雨でも土石流が発生する恐れがある状態ではなくなったものの、近年、日本各地で大規模土砂災害が頻発していることからもわかるように、霧島山でも大雨の際には土石流が発生する可能性が十分に考えられる。
今後も引き続き、住民の皆様の生命・財産を守り、安全で安心して暮らせる地域づくりを目指し、霧島山におけるハード・ソフト両面からの土砂災害対策を推進して参りたい。