阿蘇大橋地区大規模崩壊斜面の対応について
野村真一
キーワード:阿蘇大橋、斜面崩壊、無人化施工
1.はじめに
平成28 年4 月16 日の熊本地震(本震)により阿蘇大橋地区で大規模な斜面崩壊が発生した。この大規模な崩壊は長さ約700m、幅約200m、崩壊土砂量は約50 万m3にもおよび、国道57 号、JR 豊肥本線と国道325 号阿蘇大橋を押し流す大災害となった(図ー1)。
崩壊斜面の上部には至る所に開口亀裂や段差が発生、滑落斜面は切り立ち急傾斜の斜面となっており、降雨や余震などにより更なる崩壊の危険性があった(写真ー1、2)。
これを受けて、国土交通省では『直轄砂防災害関連緊急事業』として斜面上部に残る多量の不安定土砂の崩落による二次災害を防ぐための緊急的な対策工事に平成28 年5月5 日に着手した。
崩壊した斜面の安定化と交通インフラの復旧に向けた対策を検討するにあたり、専門家、砂防・道路・鉄道関係者からなる「阿蘇大橋地区復旧技術検討会」を設置し、技術的対応について検討・助言を得ながら右の施工の流れに基づき復旧工事を進めている(図ー2)。
2.観測・監視体制の整備
施工に先立ち、余震や降雨による不安定土砂の挙動を把握するため、地震計・雨量計の設置に加え、崩壊斜面の周囲に伸縮計・地盤傾斜計等を設置し計測データによる監視を行うとともに、定点カメラによる視覚的監視を行っている。
なお、地震動や雨量、各観測計器に基準値を設け、基準値超過時の作業中止基準を定め運用している。
3.崩壊地内の無人化機械による施工
崩壊斜面上部に残る不安定土砂の崩落による二次災害を防止するため、崩壊地内での復旧作業は全て無人化施工により実施している。
施工現場周辺では、本崩壊斜面に限らず多数の斜面崩壊が発生しており、降雨や余震に伴い更なる崩壊の拡大等が懸念されたことや、周辺一帯に避難指示が発令されていたことから、無人化操作作業の安全性確保や緊急時に素早く退避できる場所へ遠隔操作室を設ける必要があったため、崩壊地から約1km 離れた場所へ『超遠隔操作室』を設置し、安全な作業環境を確保した。
施工者である㈱熊谷組が開発した『ネットワーク対応型無人化施工システム』は、伝送量が大きく、画像データやGNSS(衛星測位システム)などの情報データを一括して送受信することが可能で、各現場に即した体制を構築することができるシステムである(図ー3)。
当施工地域で使用可能な無線局のうち、①連続送信が可能であること。②映像伝送が可能な周波数帯域であること。③ローミング(無線基地局と子局の接続を切り替えること)が可能なこと。を満たす無線局を最大限利用し、光ケーブルや高速無線アクセスシステム、各種無線LAN を組み合わせることで、施工箇所より約1㎞離れた場所に『超遠隔操作室』を設置し、安全な操作環境を整えるとともに、崩壊地内で作業する無人化機械14 台の稼働を可能とした(写真ー3、4)。
4.崩壊地内への工事用道路の整備
5 月5 日の工事着手とともに先行したのは、崩壊斜面頭部に残る不安定土砂の崩落による二次災害を防止するために設置する土留盛土の施工箇所である崩壊斜面中腹への工事用道路の整備である。
阿蘇地域は年間降水量が約3,200mm と全国平均の約2 倍の多雨地域であることや、崩壊地内は“ 黒ボク土” と呼ばれる比較的新しい火山灰質粘性土が多く含まれている崩壊土砂であり、降雨等により水分を含むと泥濘化し重機足場が不安定になること、濃霧による視界不良など、着手から梅雨明けまでの間の稼働率は5 割以下と困難を極めた(写真ー5、6)。
無人化施工により重機足場を改良し、崩壊土砂に含まれる岩塊や倒木を除去しながらの施工であったが、無人化施工技術の開発当初(雲仙普賢岳)から様々な無人化施工現場に携わったオペレーターの『経験と技』により困難を乗りこえている。
5.崩壊斜面中腹への土留盛土の施工
工事用道路の設置に続き5 月23 日に着手したのが、崩壊斜面中腹に設置する上下2 段、長さ約200m の土留盛土である。
この土留盛土は、崩壊斜面上部に残る不安定土砂の崩壊による二次災害を防止するものであり、落石シミュレーションによる落石の跳躍等を考慮し、盛土高は3m とするとともに、盛土より斜面上部に堆積(崩壊)した土砂の除石作業が可能なよう幅員5m を確保しており、上段の盛土は8月31 日、下段は10 月22 日に施工が完了している。
なお、土留盛土は崩壊した土砂の上に設置するもので、先に述べた“ 黒ボク土” が多く含まれている脆弱な地質のため、崩壊土砂を改良し基盤造成等を行った(写真ー7 ~ 9)。
6.斜面頭部への作業機械の空輸
土留盛土(上段)の完成に合わせて開始した頭部不安定土砂の除去において、崩壊斜面頭部へのアクセス道路は地震により寸断されるなど、作業機械や資材の搬入が不可能なことから、斜面下から山頂部までの標高差約400m 間をヘリにて空輸している。
ヘリは最大重量3.0t までの空輸が可能であり、先行して単体で空輸可能なBH0.1m3級を2 台空輸し、頭部に25m 四方のヘリポートを造成。その後、九州地方整備局保有の分解組立式BH1.0m3を12 パーツに、高所法面掘削機(3 台)を各々6 ~ 8 パーツに分解・空輸を行うことで、頭部不安定土砂の除去作業の体制を整えた(写真ー10~ 14)。
なお、頭部で稼働する高所法面掘削機等のオペレーターは、最大傾斜45 度の崩壊地周辺斜面をモノレールにより片道約30 分で登頂可能とした(写真ー15)。
7.斜面頭部の不安定土砂の除去
土留盛土(上段)の整備が完了したことを受け、8 月31 日より斜面頭部の不安定土砂の除去(以下、ラウンディングという。)に着手した。ラウンディングの範囲は、滑落崖周辺の地形的に凸部となる表層(黒ボク)や土砂化した岩屑堆積物、浮石、転石を対象とし、周辺の地質調査やUAV 計測の結果から、緊急的に除去する範囲を決定した。
施工は高所法面掘削機の空輸(分解組立)が可能で施工時に横方向への移動が可能な利点を持つ『セーフティクライマー工法』を採用し、ワイヤーで急斜面に吊り下げた3 台の高所法面掘削機を斜面頭部から遠隔で操作。しかし、崩壊斜面頭部は竹笹の草地のため、ワイヤーを巻いた丸太を土中に埋設する「土中埋込みアンカー方式」とし、約40 箇所に設置した(図ー4、5 写真ー16)。
今回、ラウンディング作業が広範囲であることから、3 台の高所法面掘削機(0.25m3級× 1 台、0.15m3級× 2 台)を空輸(分解組立)し、各掘削機に移動を制御するウィンチを組み合わせて実施している。
また、オペレーターは安全な場所から目視可能となるよう命綱を装着し、目視及び重機に車載したカメラの映像を基に操作している(写真ー17)。
本施工では3 台の高所法面掘削機で施工しており、ラウンディング着手から約70 日間で除去を完了させ、除去前後のUAV 差分解析から除去した不安定土砂量は約17,000m3となっている(写真ー18 ~ 21)。
8.豪雨により発達したガリー浸食部の対策
震災後2 ヶ月が経過した6 月18 日~ 21 日にかけて連続雨量432.0㎜、最大時間雨量87.5㎜の降雨により、崩壊斜面上部の縁辺部にて軟弱な表層の流出、ガリー浸食の拡大が発生した。
ガリー浸食部の頭部には不安点な岩塊や凝灰角礫岩の風化部が露出(写真ー22、23)し、崩壊による二次災害の危険性が高いことから緊急的な除去作業を実施した(写真ー24)。
なお、施工においては斜面下部への垂直方向の作業であることや斜面頭部への重機進入路が整備されたことを受け『ロッククライミング工法』を採用し、BH0.45.級のロッククライミングマシーンにて除去作業を行った(写真ー25)。
9.総合的なi-Construction の導入
今回、調査・設計・施工・管理の全ての段階において崩壊地内に立ち入ることなく、安全かつ迅速に実施することが求められ、過去に類例のない環境下で緊急災害対応を実施した。
調査・設計・施工・管理の一連のプロセスで最新技術によるi-Construction を総合的に取り入れることにより、安全を確保しつつ効率性を追求した。
まず、航空レーザー計測やUAV を駆使し崩壊地の3 次元地形データを取得した。これに基づき崩壊地の凹凸や斜面勾配を反映した土留盛土の3 次元モデルを作成し、頭部の不安定土砂(浮き石)の崩壊による影響を把握するための落石シミュレーションを行うとともに、無人化施工による施工性を考慮した土留盛土の最適な配置・形状の設計を行った(図ー6)。
前述した『ネットワーク対応型無人化施工システム』は、雲仙普賢岳等の無人化施工実績を基に改善・高度化したものである。
従来型の無人化施工では、①無線環境の設定に時間を要す。②無線局の切り替え対応が困難。③無線相互の混信・干渉により稼働が不安定。等により、迅速性を要し、広範囲な重機稼働や多数の無人化機械の集中投入が必要な本施工には対応困難であった。
このため、無線LAN で情報を集約するネットワーク対応型とすることにより、①操作室の配置が自由かつ容易。②多様な接続機器の接続が可能。③大容量高速伝送が容易に中継可能。となり、無人化機械の制御に加え、画像データやGNSS(衛星測位システム)等の情報を集中管理することで安定した操作環境を整えた(図ー7、写真ー26)。
なお、無人化施工機械には高精度GNSS 受信機(2 台)と複数のセンサを搭載し、位置情報・ICT施工データと3 次元設計データをコントロールボックス内で一元管理できるマシンガイダンスを導入することにより操作性を向上させ、高精度な施工管理を実現した(図ー8)。
また、軟弱な地盤上での無人化施工機械の安定性確保のため重機の重心を視覚で確認可能とするなど様々な創意工夫を行っている(図ー9)。
水を含めば直ちに泥濘と化す特殊土壌が分布する急斜面において、全ての作業を無人化施工により迅速に実施するため、調査・設計・施工を同時並行的に進め、現場での施工実態等の評価を行い改善するなど、総合的なi-Construction に取り組むことにより迅速かつ機動的な事業マネジメントを実現させた(図ー10)。
なお、この取り組みは『高度な無人化施工技術を核とした総合的なi-Construction による緊急災害対応』として、平成28 年度土木学会技術賞(Iグループ)注1 を受賞注2 している。
10.斜面下部での有人作業と現在の施工況
更なる崩壊による二次災害を防止するため、緊急的に対策が必要であった頭部の不安定土砂及びガリー浸食部岩塊等の除去が完了したことを受け、昨年12 月26 日に「阿蘇大橋地区技術復旧検討会」委員長(北園芳人熊本大学名誉教授)及び委員により、頭部不安定土砂除去の完了や有人施工時の作業中止基準の設定などの有人施工に向けた作業環境が整ったことを現地で確認頂いた。
これにより、土留盛土(下段)より下部での有人施工が可能となり、今年1 月より有人区域内での地質調査や崩壊土砂の除去作業を実施している(写真ー27、28)。
また、崩壊斜面の上部では恒久的な斜面安定化対策の準備工事として、崩壊地上部への進入路の整備(無人化施工)や頭部への資機材搬入に向けた工事用道路の整備を進めている。
11.おわりに
今回、大規模斜面の対策検討においては、発注者・受注者(工事・コンサル)の三者による会議を毎週実施し、逐次判明する被災状況や調査結果に応じた対応方策の議論を重ねるなど、試行錯誤しながら進めてきた。
これにより、災害対応に求められる迅速さと、柔軟な施工への最新技術の適用など、多方面からの英知を集め進捗を図ってきた。
今後、斜面の恒久的な安定化に向けた作業に着手するが『より安全に、より早く』を基本理念に一日も早く斜面安定化を図り、地域の復旧・復興に向け努力して参りたい。
注1 : 技術賞(I グループ)とは、土木技術の発展に顕著な貢献をなし、社会の発展に寄与したと認められる計画、設計、施工または維持管理等の画期的な個別事業を対象とする。
注2 : 国土交通省 九州地方整備局と㈱熊谷組の連名で受賞