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防災気象学のすすめ

佐世保市 助役
松 嶋 憲 昭

災害の思い出
建設省の鹿児島国道工事事務所長をしていた1993年8月6日,鹿児島市で集中豪雨があり,市内の国道3号小山田,国道10号竜ケ水付近で何力所もの土砂崩れが起き,死者49人,負傷者64人という大きな被害がでました。
この事務所は鹿児島県内の国道3号,10号等の幹線国道の改築と管理を行う事務所で,それまでは大きな災害もなく,道路管理に関しては比較的楽な事務所と思われていました。国道が寸断され,復旧が大変だったこともさることながら,職員宿舎が氾濫した甲突川に近かったこともあって,職員の約4分の1,30名が浸水被害に遭い,その対応にも追われました。私の宿舎で床上1.3mだったように記憶しています。
当時,気象情報に関しては,気象台から警報等の情報がファックスで送られてくる程度だったと思います。記憶が曖昧ですが,災害発生から何日かたった頃,担当者の卓上に気象台からの資料があるのに気づきました。地図一面に黒い点が並び,何時間後かの予想というタイトルがついていたので,「降水短時間予報」だったと思います。気象台から臨時に送ってきたのだと思います。恥ずかしいことですが,それまで,気象庁が数時間先の降雨予想をこのような形で公表していたことを知りませんでした。その資料を見たとき,一瞬,頭の中が白くなったことを記憶しています。
その資料を入手した時間は?,定期的に資料が送られてきていたのか?,それを見てどう判断したのか?。担当者に聞いてみたいことはたくさんあったのですが,怖くて何も聞けませんでした。過去に災害の時,細かいミスを気にして,自殺に追い込まれた職員の話を聞いていたからです。仮に,災害発生の前にその資料が送られてきたとしても,その図から,あの集中豪雨の可能性を読みとることは難しく,誰も非難することはできなかったと思います。
「異常気象」と大きく報道されたため,裁判になることはなかったのですが,何年間も,被告席に立つのではないかという不安がありました。そして,「もし,その時に降水短時間予報を見ていたら,もし,その時に気象に関する知識があったら,自分は違う行動をとっていただろうか?」という疑問が沸き,無知を恥じる気持ちと,また同時に,亡くなられた多くの方々に対する罪の意識となって,いつまでも心の奥底に自責の念が残っていました。
災害復旧が一段落した8月末に,東京から取材に来たNHKの「クローズアップ現代」の記者から,「なぜ,事前に道路を通行止めしなかったのか?」と厳しく詰問されたことがありました。災害を直接体験した鹿児島の記者達からは,このような質問は無かったのですが,東京の人達からみると,天災も人災に見えたのかもしれません。カメラを向けられ,ライトの強い光を当てられ,声が震えていたのを覚えています。

気象予報士
1998年の夏に九州地方建設局の企画調査官から愛知県内の幹線国道を管理する名古屋国道工事事務所長に移り,再度,道路管理の責任者になったとき,本格的に気象の勉強を始めようと決心しました。鹿児島と同じ苦しみを味わいたくないという気持ちからです。近くの県立図書館の気象関係の本をかたっぱしから読み始めました。
勉強を始めると,防災体制の問題点などが気になり,特に,気象情報の収集に関して,職場内の態勢の強化を図りたかったのですが,私が何か言っても,テレビの天気予報の繰り返しぐらいの感覚でとらえられることが多く,そのため,局や事務所の職員に対して自分の気象の知識を示す必要性を感じました。気象予報士の資格を取ろうと思ったのは,そんな理由からです。
気象予報士の試験は年に2回,夏冬にあります。5択式で大学の教養課程程度の「一般」と,それよりもやや高度な「専門」があり,さらに,気象図等を読みとり設問に答える記述式の「実技」があります。
名古屋に赴任して2年目の夏に1回目の試験を受け,「一般」,「専門」は合格したのですが,「実技」は不合格でした。2回目は正月過ぎの人事関係の仕事が忙しい時期で,また,3回目は佐世保市に異動したばかりでしたので,勉強する時間が取れずに,不合格となりました。興味の対象が,気象よりも地球温暖化などの地球環境に移ってしまい,試験と関係ない本ばかり読んでいたのも原因かと思います。
4回目は,これまで失敗した原因を自分なりに分析して,基礎的な復習を行い,なんとか合格することができました。

インターネット
気象情報に関して,最近はホームページでいろいろな情報が提供されています。高価な機器や図書の整備ができない地方自治体にとっては,インターネットを利用した防災情報の提供・収集は非常に有効だと思います。また,自宅や出張先で情報を取ることもできますので,何かと便利です。
例えば,広島県防災情報システム http://www.bousai.pref.hiroshima.jp/hdis/index.
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では,日本気象協会からの情報や県内の河川等の出水情報をインターネットで各機関,市町村等に提供しています。広島県と同じシステムが各県に整備されたら,ずいぶん便利になると思います。なお,ここの雨量レーダーは「中国地方,四国」の他に「九州」があり,地図が見やすいので,良く利用しています。
有料のホームページで,予報業務に従事する人達が使う高層気象図のような専門的な天気図等も提供されていますが,無料のホームページでもかなり専門的な気象情報を提供しているものがあり,基礎的な知識があれば,自分なりの天気予報も可能です。
例えば,デレビ等では1週間の降雨予想を降水確率で発表していますが,降水量が気になる場合も多いと思います。気象庁は概ね2日先までの降水量が分かる天気図(FXFE502,504,507)を作成しており,これは民間の気象会社等のホームページ(例:北海道放送http://www.hbc.co.jp)で入手できます。

更に,米国環境予測センター http://grads.iges.org/pix/wx.html や,米海軍気象海洋センターhttp://152.80.49.205/PUBLIC/ のホームページを利用すると,1週間先までの降水域と降水量を把握することができ,災害発生時の対応等にも役立ちます。余談ですが,ゴルフや釣りに行く日の天気予報など,これらのホームページを活用すると,例えば次の日曜日の降雨確率が30%であっても「小雨は降るがたいしたことはない」とか「3日後に台風が発生し接近するおそれがある」とか,少し詳しい状況の把握ができます。

気象情報の知識
慣れない人が陥りやすいのは,気象情報を過信してしまうことです。特に最近は機器が整備され,また,ビジュアルな情報が多くなったため,その傾向が強くなっているように感じます。
例えば,雨量レーダーを例にとると,「強い雨が降っているのに表示が小さい」場合があります。逆に「雨は弱いのに表示は大きい」といった現象が起きる場合もあります。ちなみに1982年の長崎豪雨は強雨帯の停滞により187mm/hを記録していますが,福岡市の南にある背振山レーダーの電波は途中の降雨域を100km近く縦断して長崎付近の豪雨を観測していたため,減衰して強度4mm/h程度の雨としか観測しなかったと言われています。
気象情報の収集方法や加工方法が分かれば,気象情報の信頼性が分かり,判断を誤ることが少なくなると思います。佐世保市では,職場の人達のレベルに合わせたマニュアルを作成し,気象情報の入手方法や取り扱い上の留意点等などを学ぶ勉強会も開いています。

猿も木から落ちる
咋年の6月23日に佐世保市の中心部の狭い範囲に活発な雷雲(積乱雲)が発生し,18:40~19:40の60分間に102.5ミリという降雨があり,中心部の商店街が浸水する被害が出ました。
その日は,台湾北部にある台風からの暖湿な気流の流入が強まっており,また,梅雨前線が朝鮮半島まで北上しつつあるという危険な状態だったのですが,お昼の予報では,「午後に梅雨前線が通過し,翌日は晴れ。18時以降の降雨確率は20%」と回復基調の予想をしていました。遊び心が先に立ち,気象庁の予報を良い方に解釈し,夕方雨が止むのをまって,近くの島に夜釣りに行きました。次の日,新聞を見て,びっくり!。
数値予報は,物理学の基本的な法則を表現する方程式をコンピュータを用いて解くことにより,風や気温等の大気の状態の時間変化を予測する方法で,具体的には,1)地表から数万mの高度まで地球全体を3次元の規則的な格子点網で履い,2)世界各国で観測した種々のデータをもとに格子点上の気圧,気温,風等の値を求め,3)各格子点の気温,風向・風速,水蒸気量等の気象要素の値が時間とともに変化する様子を予想し,4)それらの値をもとに過去の相関から降水量等を予測する,という方法です。数値予報モデルの平面方向の格子点間隔は10kmと荒いため,規模の小さな気象現象は表現できず,雷雲や小低気圧の発生や動向は予測できません。また,解析に用いる地形データも格子点間隔に応じた荒いものであるため,局所的な地形的要因による大雨も予測できません。
積乱雲が発生し強い雨を降らせても,すぐに衰弱するか移動してしまえば,降水量は小さな値で留まるため,大雨になることは少ないのですが,気象条件によっては,複数の積乱雲が組織化して発達したり,停滞したりして,大雨になることがあります。この積乱雲の組織化や停滞を予想することは,非常に難しいようです。
そんな訳で,気象庁予想が大きくはずれたのですが,その日から,職場における私の予報も信頼をなくしてしまいました。

降雨特性
日本の年間や月間降水量は世界の極値よりも小さいものの,1時間から1日の降水量は世界の極値に匹敵しています。これは,梅雨期に高温多湿の空気がベンガル湾,南シナ海,西太平洋熱帯海域などからやってくることと,台風の進路上に位置するため,温帯にもかかわらず,熱帯的な激しい降水となっているからです。このため,日雨量1000ミリ,1時間雨量100ミリ程度の豪雨が起こる可能性を有していると言われています。
ちなみに,世界の最大日降水量はインド洋の島で観測された1870ミリ,日本の年間降水量に匹敵します。短い時間ではアメリカのミズーリ州で42分間に305ミリの降雨が観測されています。また,ドイツで8分間に126ミリ,カリブ海の島で1分間に38ミリの記録もあります。こんな記録を見てしまうと,長崎災害の際に長与で観測された日本の最大時間降水量187ミリが小さく見えてくるのは不思議です。
雨の元は水蒸気なのですから,大気中に蓄えられる量にも限界があり,地上から上層まで水蒸気で満たされ,それらがすべて雨になったとしても,50ミリ程度にしかなりません。この値以上の降雨が観測されるのは,風に乗って高湿度の空気が次々に補給されているからなのですが,感覚的には理解しがたいものがあります。

さいごに
気象災害は,地震や津波のような突発的な災害と異なり,正しい知識と適切な対応があれば,最小限の被害で押さえることができます。防災担当者としては,日頃から,過去の災害発生状況や気象特性を調べ,身の回りの様々な情報から,気象災害発生の可能性を,敏感に感じ取り,先手,先手で行動することが必要だと思います。
気象に興味を持たれた方に,以下図書を推薦します。

「お天気の科学一気象災害から身を守るために」
 小倉義光 森北出版
  高校程度。数式を用いずに気象現象を解説した入門書

「一般気象学【第2版】」
 小倉義光 東京大学出版会
  大学の教養課程程度。気象学全般を網羅した良書

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