軟弱な海成粘土地盤における高盛土の情報化施工
日本道路公団技術部
交通技術課課長
(前 日本道路公団福岡建設局
武雄工事事務所所長)
交通技術課課長
(前 日本道路公団福岡建設局
武雄工事事務所所長)
三 橋 吉 信
日本道路公団企画調査部
環境対策次長室副主幹
(前 日本道路公団福岡建設局
武雄工事事務所
北方工事区工事長)
環境対策次長室副主幹
(前 日本道路公団福岡建設局
武雄工事事務所
北方工事区工事長)
小 川 孝 雄
㈱大林組 横断道
別府工事事務所所長
(前 ㈱大林組 横断道
北方工事事務所所長)
別府工事事務所所長
(前 ㈱大林組 横断道
北方工事事務所所長)
井 芹 敬 吾
㈱大林組 札幌支店土木部
(前 ㈱大林組 横断道
北方工事事務所)
(前 ㈱大林組 横断道
北方工事事務所)
大 石 守 夫
1 まえがき
九州横断自動車道は,長崎市を起点に長崎,佐賀,福岡,大分の各県を横断して大分市に至る約250kmの高速道路である。このうち長崎多良見~大村間(17km)および武雄北方~鳥栖間(52km)が現在供用中である。ここで,武雄インターチェンジは長崎自動車道(九州横断自動車道は,供用後の道路名を,長崎~鳥栖間を長崎自動車道,鳥栖~大分間を大分自動車道と呼ぶ)のほぼ中心に位置し,昭和62年3月に供用されたものである1)。
当インターチェンジの位置する地域は,標高約4mの低地帯であり,俗に有明粘土と呼ばれる超鋭敏な海成粘土からなる軟弱地盤地帯である2)。このような場所に高盛土によりインターチェンジを建設するにあたっては,種々の軟弱地盤対策工について検討を重ね,圧密の促進によって盛土の安定を図るペーパードレーン工法を採用するとともに,多数の動態観測計器を用いた盛土の情報化施工管理を行ったのでここに紹介する。
2 有明粘土とその土性
地盤を構成する有明粘土は有明海沿岸に厚く堆積するものであり,当地の土性は次のとおりである。(図ー2参照)
① 自然含水比(Wn=120~180%)は,液性限界(Wℓ=80~100%)を大きく上まわり液性指数はIL≒2.0前後と極めて大きな値を示す。
② 鋭敏比が非常に大きく,撹乱による強度低下が極めて激しい。
③ 一軸圧縮強度はqu=0.05~0.5kgf/cm2と非常に小さい。
④ 地盤層相は均一な成層状態を呈し,強度,圧密特性に著しい異方性を示す。
3 設計
武雄北方インターチェンジは,土工量約70万m3の盛土によって施工されたが,河川,道路等の付替のための橋梁,カルバートボックス,擁壁など多くの構造物も施工した。設計に当っては,当地の粘性土の性状が超鋭敏であり,撹乱による強度低下を生じやすいため極力原地盤を乱さない工法を採用することとし,基本的には敷砂工,押え盛土工,およびペーパードレーン工による地盤処理工と,緩速盛土による情報化施工とした。
盛土の設計安全率は,プレロード盛土部,および低盛土部(ランプ部)ではFs≧1.10を,一般盛土部ではFs≧1.25を施工中の目標安全率とした。
ここでプレロード盛土の目的は,橋台などの基礎を場所打ち杭で設計しているため,橋台背面の盛土工による側方流動圧が杭に横方向荷重として働き,橋台全体に変状が起きないよう事前に基礎地盤(軟弱粘土層)の強度を増加させるためのものである。したがって,盛り立ても約1年間で行わなくてはならず,盛土高も最も高くなるため最も注意を要する盛土ヤードであった。
表ー1に盛土ヤード毎のペーパードレーン,盛土工条件を示す。
4 施 工
(1)地盤処理工
地盤処理工の概要を図ー3に示す。当地で実施した圧密促進工法の特徴は,ペーパードレーン工を主体としてサンドマット内に盲暗渠,釜場を設け,圧密排水された水の速やかな場外強制排水を行ったことである。これらの排水設備は,盛土による沈下量が最大Smax=2.0~3.0mにおよんでも,盛土内へ地下水位が上昇するのを防ぎ,盛土の荷重効果を高め,軟弱層内過剰間隙水圧の消散に効果的に作用したことが確認されている。特に施工中の地下水位を工事竣工後に回復するであろう地下水位(強制排水停止により盛土内へ上昇する)に比べ大きく低下させておくことは,この地下水位差がサーチャジとして作用し,残留沈下量の軽減に大きな効果があったと考えられる。
(2)盛土工事
盛土工事は,施工中の盛土体の安定を一義的に考えて行った。ここで,施工上安定性に最も大きな影響を与えるのが盛土速度である。そこで,当地では,動態観測結果の解析にもとづいて徹底した盛土速度の管理を行った。この管理を的確に行うために,盛土ヤード約12万m2を1ブロック当り約5,000~6,000m2の範囲で20ブロックに分割して施工した。これは,日々の施工ヤードを明確にするとともに,ブロック毎の地盤条件,地盤動態などの相違による影響を正確に把握する為であった。
5 情報化施工管理3)
(1)目的
軟弱地盤を対象とした工事においては,往々にして施工途中に当初予測と異なった挙動が認められ,設計変更を余儀なくされることがあるが,情報化施工法では,施工過程で初めて得られるこれらの新しい情報をうまく利用し,原設計をより合理的なものに変更する手法であり軟弱地盤を対象とした工事では不可欠の施工法といえる。
(2)管理計画
軟弱地盤上の盛土工事には沈下と安定という二つの大きな問題があるが,ここでは安定管理について述べる。このインターチェンジ工事は,当地のような有明粘土地盤上で初めて経験する大規模高盛土工事である。したがって,本来なら本工事に先だって試験盛土工事を行う事が望ましかったが,試験盛土工事は,工期,工費の点で困難であったという事情から,施工区域の一部を先行して盛土を行い,詳細な動態観測を行う先行盛土工法によって安定性を確認しながら施工を進める手法を採った。図ー4に先行盛土工法による盛土の安定管理フローを示す。
また,前述のように盛土の安定管理の上で最も重要なファクターが盛土速度の管理である。当工事での管理手法として,⊿δ/⊿t(栗原・一本)法3),S~δ(富永・橋本)法4),S~δ/s(松尾・川村)法などを主に適用した。(S:盛土中央部沈下量,δ:法尻部側方変位,⊿δ/⊿t :変位速度)
表ー2に施工区域内設置計器の一覧を図ー5,6に先行盛土ヤード計器配置観測データー処理システムを示す。これらの計器の観測,データー処理は請負側の専任観測班が行い速やかに公団へ報告するものとした。
6 盛土施工実績及び動態観測解析結果
6.1 盛土施工実績
表ー3に先行盛土区域での盛土施工実績を示す。当区域の盛土速度は設計時の安定解析結果から,2.5cm/dayを標準としていたが,実施工では施工各段階での動態観測結果に柔軟に対応し,最小1.1~最大7.8cm/dayの巾を持った値となった。
なお,実施工での盛土速度の管理は一層の施工厚さを約30cmとして行い,次の盛土施工を行うまでの放置期間の調整により行った。
施工中の盛土の安定性については表中に示すように,盛土工初期から完了までの間で大きく変動しているため,この安定性の変動に合せた盛土速度の調整が重要であった。当該工事では,動態観測結果から表に示すように第1期~第4期に大きく区分できたと考えられる。
この中で,第2期の押え盛土施工期間中に地盤の側方変位が非常に大きく,盛土安定上最も危険な状況にあったと考えられる。この期間内には,盛土施工回数が月に1~2層(厚さ30~60cm)であったにもかかわらす,沈下量が25~30cm/月にも及んだため,高さ1.2mの盛土を盛り立てるのに約4ヶ月もかかり,全体工程の再検討まで行う状況であった。
しかし,押え盛土完了後は,盛土形状,地盤状況等の好転により,観測結果を検討しながら盛土速度を増加させ,最終的にはほぼ当初工程で盛土工を完了した。
6.2 動態観測および解析結果
図ー7に盛土高一沈下量,間隙水圧,側方変位の関係を示す。ここで,沈下,間隙水圧は盛土中央部における,また,側方変位は押え盛土法尻部(左側)における値である。
表ー3の観測結果によると,当地の地盤は盛土載荷に対し敏感に反応し,沈下速度,間隙水圧,変位速度などどれをとっても盛土施工状況に良く対応している。
(1)観測結果
ⓐ 沈下
盛土荷重の増加に敏感に対応して沈下速度の増減が現われている。また,理論沈下曲線と実測沈下曲線は良好に一致し,約6ヶ月の放置期間の間に圧密もほぼ100%に進行し,予想される残留沈下量は非常に小さなものになったと思われる。
ⓑ 間隙水圧
盛土中央部における深さ方向2点の値を示したものであるが,盛土工に対して最も敏感に反応していたのが間隙水圧の値と言える。観測結果によると,盛土工と盛土工の間の放置期間10日を境として,放置期間が短い場合には残留水圧は蓄積傾向に,10日より長い場合には消散傾向が認められた。
ⓒ 側方変位
盛土法尻部の側方変位は変位杭,地すべり計による地表面変位と,地中変位計による深さ方向の側方変位観測を行った。
図に示すように盛土工当初から地表面変位に比べ地中変位に明確に変位状況が認められた。特に盛土工初期段階において地表面変位は,鉛直方向は沈下 ,水平方向は引き込み ,とすべて安定側の指標であったのに対し,地中の変位は,押し出し ,と不安定側にあることを初期より示していた。なお,図に示した地中変位の値は,深さ方向に最大の変位を示していた地表面下3m付近の値であり,地表面の側方変位が最終的に10cm程度であったのに比べ,地中では約40cmの変位があったことを示している。
(2)安定管理
当工事で実施した盛土の安定管理は,盛土中央の沈下量と盛土法尻の側方変位量を使う3種の手法による管理図表を主として,これに間隙水圧値の動きと,盛土各段階で実施したチェックボーリング結果などを考慮して行った。このうち,盛土法尻の側方変位は,前述のように地表面に比べ地中に明確に早期に現われることから,地中変位の値を主に検討対象とした。
なお,これらの管理図使用に当って,当地地盤に対する管理基準値は,その特殊性から類似地盤での工事観測例が無く,設定困難であったが暫定的な管理基準を設定して,管理目標とした。
図ー8,9,10に各々の管理図を,表ー3に解析結果をまとめて示す。
ⓐ ⊿δ/⊿t(栗原・一本)法
暫定基準:⊿δ/⊿t < 2cm/day
暫定基準を上まわることは無かったが,盛土工の度に外側への変位が観測された。
ⓑ S~δ(富永・橋本)法
暫定基準:α ≦ 0.1,∑δ = 20cm
α=0.1~0.4,∑δ=40cmと大きく暫定基準を上まわったが,他の管理図との総合的な評価で盛土工は継続した。管理図の中では,地盤の相対的な安定状況を最も明確に表すものとして,盛土速度の調整の大きな指標とした。
また,一般盛土部の管理基準としてここでは,α≦0.4を採用した。
ⓒ S~δ/s(松尾・川村)法
変位杭のデーターでは,Q/QF≒0.8付近にあってやや不安定な状況を示していたにすぎないが,地中変位のデーターではQ/QF≒0.95と非常に危険な状況と判断された。これからも,盛土の安定管理に用いるべき変位量として地中変位が重要であることが理解されよう。
ⓓ 残留間隙水圧管理
暫定基準:蓄積残留間隙水圧 ⊿u ≦ 0
他の管理指標に余裕が有る場合には,一時的な残留間隙水圧の蓄積は許容されると思われる。
一方,他の管理指標に危険を示すものがあっても,間隙水圧の消散が順調ならば,盛土工継続の目安になると思われる。
ⓔ 地盤強度の変化(図ー11)
図に示したのは,盛土工各段階でのチェックボーリング結果であるが,この強度の変化は動態観測結果と良く一致している。すなわち,ペーパードレーン打設による強度低下が無かったこと,第2期終了までは,沈下は大きいが依然自然含水比は液性限界以上にあり,強度増加が少なく慎重な盛土施工が必要であったこと,その後,自然含水比が液性限界以下になると沈下量は少ないが,急速に強度増加すること等である。
7 あとがき
当工事で,情報化施工による盛土工事が成功したのは,当地盤に対するペーパードレーン工法の選定が的確であったこと,そして,設計盛土速度を考慮しつつ,実施工では,動態観測結果を最優先の施工管理指標とし迅速なデーター処理,解析を行う体制を作って,観測結果に柔軟に対応し,徹底した盛土速度の管理を行えた成果と考える。
参考文献
1)三橋吉信・小川孝雄・水田富久:九州横断自動車道武雄インターチェンジ軟弱地盤対策,基礎工,1985.8
2)鬼塚克忠:有明粘土「九州沖縄における特殊土」土質工学会九州支部 昭和57年5月
3)栗原則夫:軟弱地盤における道路盛土の情報化施工 土と基礎,Vol,30,No.7,1982
4)富永真生・高橋明和:側方変位の現地計測による盛土の施工管理について、土と基礎,Vol22,No.11,1974
5)松尾稔・川村国夫:軟弱地盤上の盛土施工に関する施工管理図 土と基礎,VoI26,No.7,1978