考える余裕
九州大学 西部地区自然災害資料センター長 九州大学大学院 教授 善功企
最近時々相談を受けるのであるが、建設工事中の技術的事故が多くなったような気がする。盛土のすべり、基礎の沈下、アンカーの支持力不足、護岸のはらみだし等々、各種の予想外の事故である。土木の仕事は自然との闘いであるので、思う通りに行かないこともあるだろうが、人間サイドの問題も全くないとは言い切れないだろう。
地盤調査における調査地点の決定はなかなか難しい。特に、線状の構造物の調査ピッチの設定には注意を要する。標準的な調査ピッチがあるが、これに依存してピッチを設定したために軟弱層を見逃し施工中に事故に繋がったなどの例は結構ある。現地の地理・地形・地質等の形成履歴をきちっと調べてピッチを決定すべきであろう。標準的なピッチなどはないと思った方が良い。現地に立って自分の頭で考えて決めるといった姿勢が重要である。
有限要素法解析によりこういう結果が得られました、高度な解析プログラムを使って計算したので信頼性は高いですと言う。しかし、応力・ひずみ関係はどのように決めているのか、破壊規準は、入力定数の決め方は、など、詳しく訊くと答えられない。プログラムの中を良く理解しないまま使っているのである。設計がコンピュータゲーム化している、こんな恐ろしいことはない。また、地盤定数などの入力も試験に基づかない平均的な値を適当に用いている。これでは、解析プログラムがいくら高度でも結果が高度とは決して言えまい。
技術の普及とマニュアル化は表裏一体であり、マニュアル化によって技術は一般に普及する。一方、マニュアル化された途端に、それが金科玉条のごとく適用されるとすれば、それは技術の進展を縛ることにもなる。各種マニュアル作成に参画したが、そこに書かれていることは万能ではないのである。苦渋の結果、妥協の産物として書かれている点もないわけではない。自分の頭で考えて納得し、分からないところは原論文まで遡って理解することが必要だろう。
世の中は仕様規定から性能規定へ移りつつある。性能規定は設計者の自由度が大きくなるが、一方では各技術者の技術力が試される。仕様規定の時代にありがちなハンドブック・エンジニアやマニュアル人間からの脱却が求められる。本当のプロ、職人とよばれるような技術者たりうるには、自分で考えて判断し、分からないところは納得できるまで調べ考える余裕を持つことが肝要であろう。