牛深漁港連絡橋の計画について
(「くまもとアート・ポリス」参加事業)
(「くまもとアート・ポリス」参加事業)
熊本県林務水産部漁港課長
福 田 桂 介
熊本県林務水産部漁港課技師
丸 尾 昭
1 はじめに
九州技報第4号(1988.12)の中で,“くまもとアートポリス’92細川護煕”と題して,特別寄稿を行ったところであるが,今回はその参加プロジェクトの一つとして,“牛深漁港連絡橋(仮称)”の紹介をいたします。
まず,“くまもとアートポリス”とは熊本の豊かな自然環境と歴史ある街なみを生かし,魅力ある,熊本らしい,「田園文化圏の創道」を実現していく為の新しい施策の一つで,後世に文化的資産として残しうる質の高い建造物を,熊本県下全域に創造し,環境デザインの向上,ひいては,都市文化並びに建築文化の向上を図ろうという目的をもったものである。
1987年,西ベルリンで開催された,国際建築展(IBA)にヒントを得て,この構想が提唱されたわけだが,IBAが集合住宅を主にしたものであったのに対し,“くまもとアートポリス”の場合は,さらに広く,公営住宅,公共施設,公園,橋,さらには公衆トイレといったものまでを含めて,国際的に評価の高い建築家やデザイナーに設計を依頼し,あるいは,設計コンペを行い,国の内外を問わず前途有為な人材にも競ってもらって,質の高い建造物等を建設していこうとするものである。そして,この構想推進の為の一つのイベントとしては,92年までに建設されるアートポリスのプロジェクトの建築物等と,既存施設で本県を代表するような建物,橋等を合わせた『第一回国際建築展「くまもとアートポリス’92」』の開催を予定している。
尚,“くまもとアートポリス”構想の企画運営に当っては,IBAに参加され国際的に活躍されている建築家,磯崎新氏にコミッショナーとして全体的な指導を,また,熊本大学の堀内清治教授に地元の代表としての助言をそれぞれお願いしているところである。
現代は,文化を軸にした地域づくりの時代といわれ,この構想に沿って完成した作品群が,本県のもつ豊かな文化資産とも調和しながら,個性的で魅力ある文化情報発信源の形成に大いに役立つことと期待する。図ー1,表ー1に参加プロジェクトの建設予定地と,そのリストを示す。
なお,牛深漁港連絡橋は,第8次漁港整備計画の中で牛深漁港修築事業の臨港道路として,現在,橋梁詳細設計を施行中な為,ここで紹介できるのは橋梁本体の技術的内容ではなく,如何に本連絡橋を計画立案し,如何に第8次漁港整備計画の中に取り組めたのか,その経緯等の計画論の紹介に止めることを,何卒,御了承願いたい。
2 熊本県牛深市の位置,地勢状況
熊本県牛深市は,熊本県の最南端(北緯32度11分38秒,東経130度2分44秒)に位置し,熊本市からは,一般国道3号~57号~324号~266号を経て,車で3~4時間,距離にして約154kmの所にある。
牛深市の人口,世帯数は,昭和62年現在で,22,483人,7,454世帯で,人口は一貫して減少している。
牛深市の産業は,水産業を基軸にしており,第二次産業,第三次産業も水産業の影響を強く受けている。
産業就業人口ベースでは,昭和60年現在,第一次産業35.7%,第二次産業20.7%,第三次産業43.6%であり,水産業就業人口は約1/4(2,632人)を占めている。図ー2に産業就業人口の推移を示すが,人口が年々減少している牛深市にあって,水産業に携わる人口は,若干ではあるが,年々増加している。
3 牛深漁港における連絡橋の位置づけ
熊本県において,唯一の第三種漁港である牛深漁港は,深い入江と丘陵を有する天然の良港で,古くは江戸時代からカツオ漁の基地として栄えてきた。現在では,まき網漁業を中心に年間6万トンの陸揚量を誇る熊本県最大の漁業基地に発展している。
東には不知火海,西南には天草灘とそれぞれに恵まれた漁場をひかえており,まき網の他にも定置網,はえ縄漁,一本釣りのほか養殖業も盛んである。
牛深漁港は,須口,鬼塚,宮崎,後浜,春這,天附,元下須,崎町,台場,久玉の10地区に分かれており,昭和26年度からの第一次漁港整備事業計画より,修築事業としてその漁港の整備を行ってきた。
しかし,最近のまき網運搬船の大型化,いわし等多獲性漁の増大など,まき網をめぐる情勢の変化を考慮すると,牛深漁港全体を機能面から捉えた場合,製氷施設,冷凍冷蔵施設や,加工施設などの流通体制の整備等が立ち遅れている現状は否めない為,牛深を拠点とするまき網船団においては,鹿児島県の阿久根漁港をはじめとする他漁港に全水揚量の約半分程も水揚しており,水産業を基盤とする牛深市にとっては,地域経済低迷の大きな要因の一つになっている。
この為,第7次漁港整備計画(昭和57~昭和62)により,まき網の水揚増大を軸とした牛深漁港発展の方向付けを行い,ひいては牛深市の地域経済活性化を図る為,後浜地区に大規模な流通加工拠点基地を整備した。
この,流通加工拠点基地としての後浜地区が,牛深漁港でになう役割を十分に発揮し,牛深漁港全体の機能アップを図る為には,牛深漁港内各々の拠点漁港施設を結ぶ道路整備が非常に重要になってくる。当然,この道路には生産交通と生活環境の適正な調整機能が不可欠である。そこで今回,第8次漁港整備計画(昭和63~平成5)の中で,臨港道路としての牛深漁港連絡橋を整備することになった。
4 臨港道路のルート検討
臨港道路のルート決定にあたっては,流通加工拠点としての後浜地区を中心とした,下須鳥地区,台場,崎町地区,久玉地区の有機的な連絡を漁村整備を含んだ上で次の如く比較検討を行った。
4-1 現道改修案
牛深市街地は,丘陵に阻まれた僅かな平地に,住家等の密集を余儀なくさせている地形条件で,その中の既設道路は,何れもそのような住家密集地を通過する生活道路である。その為,現道改修案には,これらの移転補償問題解決が前提条件となる。
しかし,現地の土地利用状況は宅地や商業用地として既に飽和状態となっており,移転補償問題を解決するのに必要な移転代替地を新たに確保することは至難とみられる。
従って,既設道路の拡幅改修案は現実的には計画不可能な案である。
4-2 陸路バイパス案
後浜から,鯖山トンネル付近の土取場を通り市街地北側丘陵部を経て,一般国道266号に至る路線(バイパス)の整備が考えられるが,このルートは,整備延長が長く,さらには,各漁港区と結ぶ取合道路改修が必要となるなど,漁港施設としての臨港道路整備としては,漁港整備には馴染まない案である。
4-3 海上バイパス案(連絡橋主体)
牛深漁港区のような地形では,海上の道路橋を主体としたバイパスルートの新設は,船舶の航行に支障を与えないように橋脚を配置する為,長径間の橋梁にならざるを得ないとか,航路の上空クリアランスを確保する為高架橋となり,既設道路との取付工法を如何にするかなど,また,架橋地点が雲仙天草国立公園内であることにより,景観を損なわない橋梁形式をとる必要があるなど,技術的,行政的課題は残るが,しかし,道路用地の買収問題が回避でき,さらには,近隣交通と通過交通の分離による地域全体の交通改善が期待できる案として有利である。
現在,後浜地区に,第7次漁港整備計画により流通加工拠点基地が整備されているが,沖合,沿岸漁業漁獲物の陸揚がこの地区に集約されるようになり,これに伴い,今後,物の流れは大きく変化してゆくものと考えられるが,そうした将来の海陸両面の利用形態予測結果に基づき,海陸の均衡ある整備に積極的に取り組む意味で,このルートを整備することは,漁港整備固有の計画としても,最も適応性が高い計画といえる。
以上の検討結果より,本臨港適路のルートとしては,この海上バイパス案の採択を決定した。
5 橋梁詳細設計時の留意事項
5-1 設計条件
(1) 橋 長 L=880m
(2) 車線数 2車線(3.0m×2)
(3) 道路規格 第3種3級
(4) 橋 格 1等橋(TL=20)
(5) 設計速度 50km
(6) 桁下空間 瀬戸脇海峡
航路幅 30m
桁下高 HHWL+17.4
牛深港
航路幅 100m
桁下高 HHWL+18.5
5-2 デザインコンセプト
本橋梁は,国立公園区域内において景観を重視した構造を持つ橋梁として,また,熊本県が進めている「くまもとアートポリス」の参加事業としてレンゾ・ピアノ・ビルデイング・ワークショップと前田設計㈱の共同企業体で現在詳細設計を進めている。主な業務分担はデザインをレンゾ・ピアノが,構造詳細設計を前田設計㈱がそれぞれ担当している。
なお,本橋梁のデザインコンセプトは,「牛深の小さな町のスケール感に調和するものは,静的で単純なイメージであり,それは,一つの線をその風景に落とすようなイメージである。また,橋は多角的な視点を有し,特に山からの眺望は,この橋のカーブラインをよりいっそう強調する。」というものである。それは,ランド・マークとなるべく橋梁そのものを強調するのではなく,牛深の周辺環境や町なみに溶け込ませるようなデザイン手法をとっており,アクセサリーデザインについても細心の配慮を心がけている。
また,橋長が比較的長いことや架橋地点が航路上であることなどより技術的困難さを伴うことが予想されることから,予備設計の段階で九州大学の太田教授を委員長とする学識経験者からなる技術検討委員会を設置し,橋梁比較案4案からレンゾ・ピアノ案である7径間連続鋼床版箱桁橋を委員会で検討した結果,採用を決定した。また,これと平行し,㈳西部海難防止協会に牛深漁港連絡橋に関する海上交通の安全性について諮問を行い,第10管区海上保安本部,地元漁協,フェリー会社をメンバーとする「牛深漁港連絡橋架橋計画に伴う海上交通安全調査専門委員会」を開いて,審議を行い,架橋工事安全対策委員会を設置することを条件に,工事にあたっては,県の原案どおり航路幅,桁下空間,橋脚位置について了承された。
5-3 上部工の耐風設計
上部工断面の提案がなされた段階で,技術検討委員会により,支間150mで,橋面幅に比し桁高が高く,風による振動が懸念される為,詳細設計を行う前に風洞実験により桁の断面の検証を行い,その結果によっては,何等かの対策を講じるようとの答申があった。そこで,2次元剛体モデルによる風洞実験を九州産業大学の吉村先生(技術検討委員会の委員)の実験室で行った。
模型は,1/60スケールの部分模型で,一様気流中での実験である。固有値解析の結果,ねじれ1次モードの固有振動数が非常に高く,ねじれフラッターと,ねじれモードの渦励振に関する検討は不要であると判断され,風洞実験では,ギャロッピングと曲げモードの渦励振について検討を行った。
実験で,ギャロッピングと曲げモードの渦励振が発生するか否かを調べた結果,ギャロッピングは発生しないが,風速15~20m/sの範囲内で,最大倍振幅60~80cm(実橋スケール)の渦励振が推定される結果となった。従って実橋の構造減衰を増し,耐風安定性を確保するよう計画した。構造減衰を増す方法として,種々検討した結果,箱桁内の空間を利用し制振装置を収納することとし,制振装置としては,調整マスダンパー(TMD)の使用を検討している。
5-4 上部工架設計画
上部工架設は現地の地形上,桁組立ヤード,送り出しヤード等の確保が難しく,基本的にはフローチングクレーン(FC)による大ブロックの一括架設で計画する。本橋梁の橋種(鋼床版箱桁)であれば通常,桁側面および下面にボルト頭部が露出し景観上好ましくない。従って,製作工場付近の積出し岸壁に地組立てヤードを設けて,全溶接にて大ブロックに組立て浜出しし,台船により橋位置へ運送する。さらにFCにより順次一括架設し,ブロック間の接合を溶接により行う工法を計画している。
架設計画上の留意点としては,
a 現場溶接継ぎ手で計画しているため,ボルト継ぎ手と違い桁と桁の突き合わせ部の間隔微調整用桁送り出し装置に工夫を要する。また,キャンバー調整についても,ブロック長,架設順序等,十分な検討が必要である。
b 海上部の大ブロックによる一括架設には,1,500t級のFCを用いる計画をしており,桁架設時には航路閉鎖が必要となる。地元漁協,フェリー会社等にあらかじめ了解を得ること等スケジュールの調整を要する。従って,架設計画は慎重にかつ十分な検討を加えて行う必要がある。
c 後浜方1径間(A1橋台~P1橋脚)の架設は大型FCの寄りつきに問題があり,ベント併用の架設工法とし,小ブロックによる海上からの桁搬入で計画するが,FCの選定,タイムスケジュール等に十分な検討を要する。
5-5 地質概要
牛深一帯の地質は,古代三紀始新世の教良木層が基盤岩として広く分布している。
この基盤岩は,主に頁岩を主体としており,まれに砂岩優性互層や厚層砂岩を挟んでいる。教良木層の一般構造は,N10~30°Eを示し,北東側へ40~60°傾斜しているが,地質構造が乱れ,スランプ摺曲による影響がうかがえるところも存在する。
下部工支持層についての調査は,現在施行中であるが,現在報告されたボーリング調査結果によると,非常に軟弱な海底堆積物が10m前後の厚さで分布していることが判明した。
海底堆積物直下の基盤岩は,表層3~5m程度は風化を受けてD級岩盤となっており,それ以深は概ねCM~CH級の支持層として期待できる岩盤となっている。しかしながら,断層破砕帯の影響を受けたD~CL級の脆弱な岩盤がCM~CH級岩盤の中に深く入り込み,複雑な地質構造を呈している。従って,下部工基礎の支持層選定や許容支持力の決定については慎重な工学的判断が必要である。
一方,基礎形式については,航路上の制約および軟弱な海底堆積物が厚く分布していることから,ケーソン基礎あるいは鋼管矢板基礎等が考えられるが,今後現場条件,施工性,経済性について比較検討を行い,最適工法を決定する予定である。
6 おわりに
今回は事業計画についてのみ終始したが,今後機会があれば,施工事例としての紹介をしたい。