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洪水予測の精度向上に向けた検討について
久保世紀

キーワード:貯留関数型洪水予測、分布型洪水予測、レーダ雨量

1.はじめに

九州地方における平成24 年の梅雨前線による豪雨は、九州北部地方を中心に記録的な大雨を降らせ、各地に大きな被害をもたらした。
特に7 月3 日から14 日に発生した豪雨では、多数の水位観測所にて過去最高水位を更新し、中でも、筑後川水系花月川及び矢部川水系矢部川(写真. 1.1)において堤防決壊、山国川水系、白川水系、菊池川水系では河川水のはん濫により各地で浸水被害を発生させた。気象庁においては、気象情報の中で、「これまでに経験したことのないような大雨」と表現し、7 月11 日から14 日の豪雨を「平成24 年7 月九州北部豪雨」と命名している。

国土交通大臣は、洪水の恐れがあると認められるときに、気象台と共同で、洪水予報を行う。洪水予報とは、あらかじめ指定した河川にて、気象等の観測結果の状況から、洪水によって災害が発生する恐れのある場合にその予測水位を、関係行政機関、都道府県や市町村へ伝達され水防活動等に利用されるほか、市町村や報道機関を通じて地域住民の方々へ伝えられ、行政機関における防災対策や住民の避難に用いられる。
予測水位の算出は、当該時刻までの観測水位・雨量、予測雨量(気象庁等から入手)より、九州地方整備局管内の直轄河川関係事務所にてそれぞれ構築している「洪水予測システム」にて実施している(図. 1.2)。
九州地方整備局では、筑後川水系を始めとして、過去から、各種の洪水予測システムを構築し、それぞれの水系で出水状況を踏まえて、予測水位の精度向上の検討を重ねている。
本稿は、九州地方整備局における洪水予測システムの概要、並びに、精度向上に関する各種取り組みを報告するものである。

2.洪水予測システムの概要
洪水予測システムとは、現在時刻までの観測水位、水系内の観測降雨、また、気象庁等にて予測計算がなされる予測雨量等を用いて、1時間後、2時間後、3時間後の河川水位の状況を予測するためのシステムである。
洪水予測手法は、過去より様々な手法が検討・提案されているが、一般的には統計的手法である「相関法」と、水系内の水分の物理的移動を解析する「流出計算モデル」による方法に分類されており(図. 2.1)、九州地方整備局管内では、「流出計算モデル」による方法、オンラインシステムの不具合等、非常時に活用するバックアップシステムとして、「相関法」が主に用いられている。
河川計画においても流出計算モデルが高水解析等に用いられるが、洪水予測に用いる場合には、河川計画とは異なる性能が要求される。洪水予測で必要とされる性能は、洪水予測は洪水に直面した限られた時間内で行う必要があるため、①できるだけ予測計算が簡便で高速な流出計算モデル(洪水予測の開始から、情報を伝達し、水防活動を終えるために必要な時間である「リードタイム」の確保)で、かつ②実用上十分な精度を確保でき、③非現実的な値を予測しないよう十分安定していることである。
九州地方整備局管内の流出計算型の洪水予測システムでは、貯留関数法を用いた「貯留関数型流出モデル」と「分布型流出計算モデル」の2 種類の構築がなされており、それぞれの河川で運用がなされている。

2.1.貯留関数型流出モデル(集中型流出モデル)
貯留関数法は、流出現象の非線形特性を表すために降雨から流出への変換過程に「流域貯留」の概念を導入し、これを媒介関数として貯留量と流出量の間に一義的な関数関係を表して貯留量の水収支計算を行い、流出ハイドログラフを求める手法である(図. 2.1.1)。なお、貯留関数法を用いた流出モデルは、後述する分布型洪水予測モデルと比較し、河川流域毎にパラメータを設定するためパラメータ数が少なく、チューニングが容易である。
九州地方整備局管内の各水系においては、当該流出計算モデルを活用している。

2.2.分布型流出計算モデル
分布型流出計算モデルは、流域を1㎞× 1㎞等の小さな区域(メッシュ)に細分化し、それぞれのメッシュ毎に表面流出や浸透流出等を地質・土地利用の状況に応じて設定し、洪水流出の物理的メカニズムを詳細に反映させることが可能なモデルである(図. 2.2.1、図. 2.2.2)。
近年頻発する豪雨災害は、局所的な偏りが大きく、広範囲に渡る地域を単流域とした貯留関数型流出モデルでは表現が困難であることに対して、分布型流出モデルでは細分化したメッシュそれぞれに流出機構の再現が可能であるため、より詳細な表現が可能であり、また、場所によって異なる流出特性を反映できるだけでなく、任意地点にお
ける流出量の算出を行うことも可能である。
現在、九州管内の各水系で構築がなされており、実洪水にて水位予測精度の確認を行いつつ、更なる精度向上に努めている。

3.精度の高いレーダ(XRAIN・C バンドMPレーダ)を活用した洪水予測の検討
洪水予測の精度を高めるためには、水位予測に用いる雨量観測のデータの精度を向上させる必要がある。
レーダ雨量計は、回転するアンテナから指向性を持ったパルス状の電波を発射し、雨滴にあたり散乱して返ってくる電波を再び同じアンテナで受信し、雨量強度と空間分布を測定する設備である(図. 3.1)。なお、レーダ雨量観測では次に示す手法で雨量の観測を行っている。
①電波の往復する時間から距離を測定
②アンテナの向きから方位を測定
③受信電力から雨量強度を測定

3.1.XRAIN(エックスレイン)
近年、気候変化による豪雨や台風の強度の増大などが指摘される中、平成20 年度には局地的な大雨や集中豪雨が多発し、それらに起因する浸水被害や水難事故(神戸市の都賀川7 月28 日等)が発生している。
これらの事象に対応するために、国土交通省では平成21 年度から小規模な流域や雨域の状況を精密に観測するためのX バンドMP(マルチパラメータ)レーダネットワーク(平成24 年7 月に「XRAIN」と名称設定)の整備を進め、九州地方整備局では平成22 年度より、人口・資産が集中する福岡・北九州都市圏を重点監視区域として整備に着手し、平成23 年3 月に整備を完了している。また、平成23 年7 月よりホームページにて一般公開を行っている。
従来のC バンドレーダ(定量観測範囲120㎞)は広域的な降雨観測に適するのに対し、XRAINは 観測可能エリアは小さいものの局地的な大雨についても詳細かつリアルタイムでの観測が可能(図ー3.1.1)であることから、従来のレーダと連携し、分布型流出計算モデルを用いた洪水予測システムに適用することにより、洪水予測精度向上が期待できると考えられる。

4.粗度係数逆算による水位予測の精度向上
遠賀川水系、筑後川水系では、高密度水位計システムを設置し、危険箇所の監視等水害リスクの軽減に向けて水位監視体制の強化が図られている(図. 4.1.1、図ー4.1.2)。一方で、高密度水位計の観測データは、洪水予測の精度向上に向けても貴重なデータになりうると考えられるが、現時点では洪水予測への有効な適用手法は確立されていないため、有効策を模索すべく検討を行っている。
流出計算モデルを用いた洪水予測システムの計算アウトプットは流量であるため、水位予測を行うためにはH.Q 式を用いた流量から水位への換算が必要である。しかし、実際には河床変動やH.Q ループ(洪水時、河床勾配の緩やかな河川で、水位上昇期と下降期の同じ水位の流量を比較した場合、水面勾配の影響を受け、洪水上昇期の流量の方が多くなる現象)等の影響により、水位.流量関係には誤差が含まれる場合があり、洪水予測における精度上の課題となっている。
上述の課題を解消するため、高密度水位計システムによる実測水位データの活用の検討を行った。不定流解析による縦断水位のキャリブレーションにより河道の粗度係数を逆算することで、時々刻々と変化する洪水時の水位.流量関係を用いる(図. 4.1.3)ことで、通常のH.Q 式に含まれる誤差に影響されず、水位予測の精度向上が可能となると考えられる。また、高密度水位計システムを活用した予測水位算出手順を図. 4.1.4に示す。

4.2.粗度逆算手法を用いた計算予測精度の検証
荒瀬地点(筑後川)、中間地点(遠賀川)において、平成24 年7 月14 日洪水を対象として、高密度水位計システムを用いた洪水予測の精度検証を行った。精度向上の実施手順として、初めに各時刻から1 時間前までの水位データで粗度逆算を行い、次に逆算した粗度で3 時間までの予測を行うものとした。
1 時間後予測(表. 4.2.1)については、荒瀬地点・中間地点ともに高い精度であり、中間地点ではピーク時間差以外の全ての誤差指標で通常予測よりも精度向上が見られた。荒瀬地点では通常計算に比べ誤差指標が低下しているが、これは豪雨当時、XRAIN の電波消散の影響により、元の計算水位が実測と乖離していたため、逆算粗度が過大となりモデルの適用範囲外となったためと考えられる。3 時間後予測については、荒瀬地点・中間地点ともに精度向上が見られていない。これら現時点での結果によると、リアルタイムH.Q 式の適用限界は1 時間程度と考えられる。
今回の検討にて高密度水位計システムの洪水予測への有効性について一定の効果が確認された。今後、高密度水位観測データの蓄積を待ち、また、ANN(ニューラルネットワーク:ArtificialNeural Networks)と併用した手法の開発等、更なる技術開発の必要があると考えられる。

 

5.おわりに
近年、短時間に集中的に豪雨が多発しており、住民の適切な避難誘導、並びに、防災活動に資する洪水予測の精度向上は急務であり、益々重要性が高まっている。本稿にて報告した洪水予測精度向上の取り組み以外にも、九州地方整備局管内では様々な取り組みがなされている。今後は、整備局管内のみならず、国土技術政策総合研究所、国土交通本省等と更なる連携を図り、体系的、効率的な取り組みが必要と考えられる。
参考文献
中小河川における洪水予測の手引き((財)河川情報センター2002.9)
災害時気象速報 平成24 年7 月九州北部豪雨(気象庁福岡管区気象台2012.7.31)

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