水門および排水ポンプ設備の維持管理の簡素化について
建設省筑後川工事事務所
機械課長
機械課長
阿 部 秀 男
建設省筑後川工事事務所
機械課
機械課
川 野 晃
建設省九州技術事務所
機械課長
機械課長
篠 原 真
建設省九州技術事務所
機械課
機械課
平 川 良 一
1 まえがき
水門設備および排水ポンプ設備は,洪水等の出水時に,地域住民の生命,財産等を守るなど非常に重要な役割を果たしており,緊急時には確実に運転できることが不可欠である。
しかし,設備も年々老朽化する中で,新しい設備の増加もみられ,構造の違いや,取扱い,操作方法の違いなどにより維持管理が複雑化し,問題点も生じている。
一方,これらの設備を操作する操作人は高齢化や減少しているのが現状であり,今後その傾向はますます進んで行くものと考えられる。
そこで,設備の操作を含めた管理の複雑化および操作人の高齢化や減少という問題点に対処することが必要である。
簡素化の方法としては,新技術の導入,機器等の標準化,管理支援システムの設置等があり,多くの設備に導入されているが,技術的な検討についてはあまり行われていないのが現状である。
従って,水門設備および排水ポンプ設備の運転操作を含んだ維持管理の簡素化を図ることを目的として,技術的な調査,検討を行ったので紹介するものである。
2 水門設備に関する検討
水門設備の維持管理の簡素化については,機器等の標準化および操作時,故障時に速やかに対応するための管理支援システムの検討を行ったので以下にその概略を示す。
(1)機器等の標準化に関する検討
各メーカ間の設計製作における各機器の違いによる管理の複雑化を防止するために,機器等の標準化に関する検討を行った。
そのフローを図ー1に示す。
まず,主な水門設備製作メーカの設計仕様,製作技術の調査を行い,その結果をベースに設備全般に関する相違点の抽出および整理を行った。
次に,抽出した相違点について機器統一化に関する検討を行い,統一化の方向で進むべき項目については,技術的な詳細検討を行った。
さらに,検討結果の整理を行い,維持管理上,操作上の簡素化を目的とした水門設備設計要領(案)の作成を行った。
水門設備設計要領(案)の構成は以下のとおりである。
1.総則 2.扉体 3.戸当金物 4.付属設備 5.操作室上屋
6.開閉装置の動力伝達装置 7.制御フロー 8.操作盤 9.取扱説明書 10.標準図 11.参考資料
6.開閉装置の動力伝達装置 7.制御フロー 8.操作盤 9.取扱説明書 10.標準図 11.参考資料
水門設備設計要領(案)の一例としては,維持管理を容易にするため,主ローラ,同軸等の部品の取り外しが可能な構造,メンテナンスのためのスペースの確保,盤内配置の動力用と制御回路用の分離等を行った。
また,水門設備設計要領(案)と関連基準との関係を明らかにするため,設計要領(案)と河川用ゲート設計指針(案)およびダム・堰施設技術基準(1次案)との対比表の作成も併せて行った。
(2)管理支援システムに関する検討
1)管理支援システムの概要
操作人の減少や高齢化という現状を考えると,日常的に設備に携わる操作人を支援し,「身近に専門家が居るが如く対応する」ようなシステムの存在が必要であり,かつ,そのようなシステムが操作人の精神的負担軽減にもつながるものと判断される。
維持管理のための支援システムとしては表ー1に示す10項目が考えられる。
しかし,この10項目全てのシステムに代行させることは,システムが膨大となり,費用と効果の面からも現実的ではなく,また,現時点においては専門的知識を持つ技術者と同等のものを開発することは不可能に近いといわざるを得ない。従って,操作人を支援する管理支援システムとして効果的である下記の3項目の選定を行った。
① 運転状態の把握(モニタリングシステム)
② トラブル時の原因究明(故障診断システム)
③ 事前交換システム(故障予知システム)
管理支援システムの機器構成の概念を図ー2に示す。
管理支援システムは,各機器に取り付けたセンサおよび機側操作盤からのデータ信号が,データ収録装置に集められ,そこでデータの加工や変換が行われる。
次に,データ収録装置に収集されたデータはパソコンヘ送信され,画面表示や印刷することにより各機器の状態の把握を行うことができる。さらに,送信されたデータを利用し,故障診断,故障予知も行える。
以下,3システムについて基本検討を行った結果の概略を示す。
2)モニタリングシステムに関する検討
モニタリングシステムは,水門設備の初期状態とその後の変化と異常を把握することにより,操作の確実性と管理の容易化を図るものである。
また,モニタリングシステムは,3システムの中で最も基本かつ重要なシステムであり,モニタリングを行う項目等については充分な技術的検討を行う必要がある。
モニタリングシステムの機能は以下のとおりである。
① ゲート運転時の機器状態の定量的把握,監視
② データの経年的蓄積
③ 故障診断時の判断情報提供
④ 故障予知の判断情報提供
しかし,水門設備を構成する全ての機器についてモニタリングを行うとすると,必要なセンサの数は膨大なものとなり,システムの肥大化,複雑化を招いて経済性,操作性に支障をきたすこととなる。従って,監視項目はその有効性を充分に吟味し,必要最小限に絞り込む必要がある。
項目の絞り込みに当たっては,モニタリング効果が大きくなると考えられる次の判断基準で行う必要がある。
① 過去において故障頻度,故障事例の多い機器
② 故障した場合,重,致命故障に至るもの
③ 運転中にのみ現象の現れるもの
④ 既存のセンサが利用できるもの
⑤ 故障診断,故障予知に役立つもの
上記判断基準により決定されたモニタリング項目のデータは,パゾコンにより管理され,データをパソコンの画面等に表示することにより機器等の状態の把握を行うことができる。以上の検討結果を基に,実際の水門設備においてモニタリングを行った計測データの例を図ー3に示す。
3)故障診断システムに関する検討
故障診断システムは,水門設備が故障した場合に,管理人が故障箇所の発見や緊急時の対応を容易に行えるように支援するものである。
故障診断システムの機能は以下のとおりである。
① 運転状況の再現
② 故障時の原因および該当機器の特定
③ 故障に対する対処,修復要領のガイダンス表示
次に,故障診断手法に関する検討を行った。代表的な故障診断手法は以下のとおりである。
① FTA(Fault Tree Analysis)
② 経験,知識の蓄積による知識工学的診断
③ 故障診断辞書法
④ モデル比較法
以上の各手法のうち水門設備に適する手法としては,水門設備は稼動する割合が一般産業機械と比較すると非常にまれであり,プラントのようにプロセスをあまり重要視しない特殊な設備であることを考えると,故障の絞り込みが理論的にできるFTAを用いるのが望ましいと考えられる。
図ー4にFTAの例を示す。
FTAは,全体の好ましくない故障や不安全を,一番基本とする故障モードまで論理的に分解するTop-down法である。
従って,FTAを用いるためには,水門設備の故障の事象とその原因の因果関係を充分に分類,整理する必要がある。
4)故障予知システムに関する検討
故障予知システムは,モニタリングおよび保守点検,メンテナンスで蓄積されたデータを解析して得た予測値と危険値を対比することにより,寿命の予測,故障の予知を行うものである。
故障予知システムの機能は,以下のとおりである。
① 部品,装置の劣化度の把握と故障予知
② メンテナンス計画書の作成
③ 部品,装置の設備更新計画書の作成
④ 故障診断時の判断情報の提供
次に,故障予知手法についての検討を行った。
代表的な故障予知手法は以下のとおりである。
① トレンド分析(傾向チェック法)
② 故障モード影響解析法
③ モデル比較法
④ バランスチェック法
以上の故障予知手法のうち適用する手法としては,現時点では比較的開発が容易で,かつ経済的である蓄積したデータを分析し予知するトレンド分析によるシステムの開発が良いと思われる。
図ー5にトレンド分析のイメージ例を示す。
図中の実線が測定データを示しており,点線は蓄積されたデータを演算処理等を行うことにより得られた予測値である。
この予測値と注意ラインや要注意ラインの値と比較することにより今後の故障の予知および部品等の交換の目安が可能となる。
3 排水ポンプ設備に関する検討
排水ポンプ設備の維持管理の簡素化を図るため,新技術等について検討し,江見排水機場にその一部の導入を行った。
まず,新技術の導入に当たって,既存の設備で最もトラブルの多い箇所の調査を行った。その結果によると最もトラブルが多いのは冷却水系統であった。
従って,その対応として,エンジン冷却に管内クーラ方式,減速機に空冷式,また,主ポンプ軸受にはセラミック軸受を採用するなど,補助機器設備の簡素化を図ったり,更に,従来操作員の負担に負うところが多かった部分を軽減させ,正確で迅速な管理が行えるよう運転状態監視,運転操作,故障対応,メンテナンス機能を有した運転管理装置の導入を行った。
管理装置の導入に当たっては,運転管理の現状を調査すると共に,故障の因果関係について詳細な検討を行った。
運転管理装置の概要を以下に示す。
管理装置は,日常の運転状態を正確に把握して記録(トレンド管理)することによりポンプ性能の低下予測や故障発生予測に役立てるほか,運転状況監視,運転操作方法,故障対応,メンテナンス方法等の情報を操作員に提供したり,出水時における運転データを迅速かつ正確に記録する日報,月報作成までの機能を有している。
各ガイダンスの概要を以下に示す。
(1)運転監視ガイダンス
1)ポンプ運転状態監視グラフィック
CRT画面に機場設備を系統図化してグラフィック表示し,各系統(冷却水系,油系,空気系)毎に運転動作タイミングに合わせて,それぞれの系統を色別表示することにより,各機器および系統の運転状態が,一目で監視できる。
監視グラフィックを図ー6に示す。
2)ポンプ運転特性表示
CRT画面にポンプ特性曲線(Q-Hカーブ,システム曲線,軸動力特性)を表示し,更に画面選択した時点での排水量,全揚程および軸動力をデジタルで表示する。
ポンプ運転特性表示を図ー7に示す。
(2)運転前準備ガイダンス
ポンプ始動前の各種準備(機場全体の共通設備,立上げ,各機器の運転前点検)項目をリスト表示したり,ポンプの運転モード毎(「連動」,「単独」,「管理負荷運転」,「管理無負荷運転」)の始動条件を○,×の表形式で画面表示する。
(3)操作ガイダンス
「主ポンプ盤」からの連動操作による各モード別(「排水運転」,「管理負荷運転」,「管理無負荷運転」)の始動,停止の操作方法を,主ポンプ盤面の操作スイッチ配列画面と操作メッセージを同時表示する。
(4)故障対応ガイダンス
故障信号をオンラインで取り込み,故障箇所を機場配置図(画面上)に表示し,一定時間経過(この間に故障箇所を確認する)後,故障対応画面に切り替わる。なお,故障要因がオンラインで取り込まれる情報,または,オペレータが故障現場を目視で確認し,故障対応画面の故障要因項目の該当番号をキー入力することで無駄のない確度の高い故障対応ができる。
(5)メンテナンスガイダンス
主要機器(主ポンプ,エンジン,減速機および主要補助機器)について各々,点検項目,点検内容に対する定期点検の方法および定期整備のインターバルとその方法を表形式で作成する。
(6)トレンド管理
主ポンプの軸振動およびエンジンの冷却水温度,潤滑油温度,潤滑油圧力,排気温度について,それぞれ「リアルタイムトレンド」,「ヒストリカルトレンド」の2種類で管理を行う。
「リアルタイムトレンド」は,トレンド管理幅を1時間とし,その間を10分間隔で管理する。なお,画面表示は表示選択した時刻から1時間前までを表示する。
「ヒストリカルトレンド」は,トレンド管理幅を1月間とし,その間を1日間隔で管理する。
リアルタイムおよびヒストリカルのいずれのトレンドも各種データの許容範囲値(線)を同時に表示する。
トレンド管理表示を図ー8に示す。
(7)帳票作成
ポンプ排水運転時の監視,管理,保守に必要なデータおよび故障情報等を編集して画面表示並びにプリントアウトする。
(8)機場説明ガイダンス
機場全体の仕様,特徴,機器構成等を案内するため,機場レイアウト図,機器配置図,ポンプ構造図等を画面表示させる。
4 まとめ
水門設備および排水ポンプ設備の維持管理の簡素化を目的として様々な検討を行い,その一部の導入を行った。
今後は,新技術の開発と導入の調和について検討を進めていくと共に,今回の検討に基づいたデータの蓄積を行い,システムの有効性の評価,データの活用方法を検討し,更に,センサの信頼性の向上を図るとともに,ソフトの標準化も行っていく予定である。