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「管理所の洪水調節図」=鶴田ダムのこと=
国土交通省 九州地方整備局長 吉崎収

 最近、川内川中流域に位置する鶴田ダムに立ち寄った際、平成18年7月下旬の豪雨に際して、同ダム管理所内で作成された洪水調節図を見た(具体的な洪水調節の様子は、九州技報第41号を参照)。後日きれいに整理された図ではなく、現場で洪水調節をしているまさにその時、その場所で作成された図であればこそ、当時の管理所職員が経験したであろう動揺、驚愕、プレッシャーが、6年の月日を超えて直接伝わってくるような気がした。そんな状況下で、彼らは考えられる最適なダム操作を行った。「管理所の洪水調節図」は、実に雄弁だ。
洪水調節図は、横軸には時刻が、縦軸には流量(ダム上流からの流入量と、下流への放流量。両者の差が、洪水調節量)がとられる。22日午前には、50ミリの時間雨量を記録するなど、ダムへの流入量が急速に増大した結果、A1サイズのグラフ用紙の目盛りでは流量をプロットできなくなり(グラフの上部にはみ出してしまうため)、急きょ別のグラフ用紙を上側に継ぎたして作業が続けられている。未経験の流量、急速に上昇するダムの水位は、職員に恐怖を与えただろう。と同時に、今後行うことになる強い緊張を伴うダム操作を思えば、大きなプレッシャーを感じただろう。午後2時40分から、いわゆる「但し書き操作」が開始され、流入曲線を追うように放流曲線も急上昇を始める。
幸いにも、「但し書き操作」開始後1時間ほどして流入量がピークを過ぎ、低下傾向を示す。放流量のピークは、流入ピークに比較すると、時間にして4時間後、流量にして5百トン/秒ほど低い値を示す。要するに鶴田ダムは、下流の洪水ピークについて4時間の時間差を稼ぎし、ピーク流量も1割以上引き下げるという大仕事を果たしたことになる。放流量がピークを迎えたあたりから、ダムが満水状態に近づいたため、放流量=流入量となるように作が行われている。「イコール」とはいえ、洪水調節図では放流量がほんの少し流入量を下回るように操作されているように見える。満水に近いという未経験領域にいながら、放流量をギリギリのところで常に流入量以下にするというオペレーションは、何か職人芸的な繊細さを感じさせる。
この洪水調節図は、現実のダム操作の記録として貴重だ。そこにプロットされたデータ群が貴重なのは言うまでもないが、グラフ用紙の継ぎたし跡などが示唆する、スタッフの動揺、冷静、割切り、粘りなどをうかがい知るための資料としても、大変貴重だと思う。
劣化しないように厳重に保管しておきたいという思いと、新たに鶴田ダムに勤務することになる職員が自らのミッションの重さを直接感じ取れるように、今のまま、操作室の簡易テーブルの上にさりげなく置いておきたいという思いが相半ばする。
鶴田ダムは現在、洪水調節機能をパワーアップ(洪水調節容量の拡大)させるための再開発事業を進めている。現役のダムをそのまま機能させつつ、その本体に5本の穴を穿つという超難度の工事であり、あまり聞いたことのない(目にしたこともない)工事風景が展開されている。読者の皆様も機会があるようなら、この最新技術を総動員しての再開発事業と、「管理所の洪水調節図」をご覧になられることをお勧めしたい。

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