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水環境に関する最近の研究課題

独立行政法人 土木研究所
 水環境研究グループ長
中 村 敏 一

1 はじめに
人間経済活動の規模拡大に伴い、水環境はこれまで様々な影響を受けてきた。人口集中や産業活動、土地利用の変化を通じて、都市流域は、急激に変貌を遂げ、流域の水・物質循環に変化をもたらしたし、治水・利水のための河川への働きかけにより私たちは、大きな恩恵を得る一方で、河川環境に様々な影響を及ぼしてきた。動植物の生息空間への直接的な影響だけでなく、河床形態等の物理的な変化や本川縦断方向や本支川の連続性の阻害、自然攪乱の減少等に伴い生態系は反応し、時には物理環境と相互に影響を及ぼしあいながら、スパイラル的に変化してきた。
河川の自然特性として、自然現象による攪乱(洪水、渇水)、縦断方向・横断方向の連続性(水・栄養塩・土砂・生物の移動、河川回廊)、河床形態の多様性(瀬と淵、中州、河岸)が重要であり1)、生命存立の基盤として健全な生態系を維持し、持続可能な社会を実現するためには、人間活動等のインパクトをいかにコントロールして、いかに自然環境と折り合いをつけるかが、重要なカギを握っている。
(独)土木研究所水環境研究グループでは、流域の水循環を踏まえながら、河川・湖沼生態系のメカニズムや人為による影響評価等の基礎的研究、河川環境の自然復元手法、河川・湖沼での水質汚濁機構の解明、環境ホルモン・微量化学物質を含む汚濁物質の水質分析・水質モニタリング方法の開発、流域における汚濁物質の発生・排出機構の解明と防止対策、河川水質や下水処理水が生態系に与える影響の評価、下水道での微量化学物質の挙動の解明等の研究を行っている。また、岐阜県各務原市にある自然共生研究センターでは、実大スケールの実験河川や実験池を有しており(図-1)、これらの施設を用いて各種の実験的研究を行っている。

図-1 自然共生研究センター実験河川全景

本稿では、土木研究所が進める重点プロジェクト研究「水生生態系の保全・再生技術の開発」(平成18~22年度)の研究課題を中心に、水環境研究グループが現在取り組んでいる研究課題の一端を紹介したいと思う。(重点プロジェクト研究「水生生態系の保全・再生技術の開発」については、水環境研究グループとともに、水災害研究グループ水文チーム、材料地盤研究グループリサイクルチームが分担して実施している。)

2 水生生態系の保全・再生技術の開発
我が国の淡水域や湿地帯の水生生物は、河川や湖沼における改修工事、ダム建設、河川周辺農地における営農形態の変化や流域の土地利用変化により大きな影響を受けている。このような水域環境の変化のなかで地域固有の生態系を持続的に維持するためには、河川・湖沼が本来有していた生態的機能を適正に評価しこれを保全・再生すること(自然再生)が必要であり、社会的要請も高い。
「水生生態系の保全・再生技術の開発」の重点プロジェクト研究では、河川・湖沼が有する生態的機能について、水域や水際域が持つ物理的類型景観、流量・水位変動特性、土砂・栄養塩類・有機物動態、河床材料などの要素が生物・生態系に影響する状況を種々の視点から抽出し、これらの生態的機能を定量的に評価するとともに、河川・湖沼などの水域環境を生物・生態系の視点から良好な状態に再生するための技術開発を行うことを研究の範囲とし、以下の達成目標を設定している。
達成目標1:新しい水生生物調査手法の確立
達成目標2:河川地形の生態的機能の解明
達成目標3:流域における物質動態特性の解明と流出モデルの開発
達成目標4:河川における物質動態と生物・生態系との関係性の解明
達成目標5:湖沼の植物群落再生による環境改善手法の開発

達成目標に関連して以下の9つの個別研究課題を設定している。
(1) 水生生物の生息環境の調査手法と生態的機能の解明に関する研究(平成18~22年度)
(2) 河川工事等が野生動物の行動に与える影響予測及びモニタリング手法に関する研究(平成18~22年度)
(3) 河川における植生管理手法の開発に関する研究(平成17~21年度)
(4) 多自然川づくりにおける河岸処理手法に関する研究(平成18~20年度)
(5) 河床の生態的健全性を維持するための流量設定手法に関する研究(平成18~21年度)
(6) 流域規模での水・物質循環管理支援モデルに関する研究(平成18~22年度)
(7) 河川を流下する栄養塩類と河川生態系の関係解明に関する研究(平成18~22年度)
(8) 土砂還元によるダム下流域の生態系修復に関する研究(平成18~21年度)
(9) 湖沼・湿地環境の修復技術に関する研究(平成18~22年度)

達成目標毎にその概要を述べる。なお、本重点プロジェクト研究は、進捗中であり、研究成果は、土木研究所の研究者が順次学会等での発表を行っている。巻末に参考文献として掲げておいたので、適宜参照願いたい。

図-2 研究の達成目標

図-3 重点プロジェクト研究「水生生態系の保全・再生技術の開発」の概要

2.1 新しい水生生物調査手法の確立
  (達成目標1)
達成目標1に関連しては、個別課題(1) 水生生物の生息環境の調査手法と生態的機能の解明に関する研究と(2) 河川工事等が野生動物の行動に与える影響予測及びモニタリング手法に関する研究が対応している。
従来、河川物理環境がそこに棲む生物に与える影響を調べるために多くの現地調査が行われてきたが、その多くは局所的な調査にとどまり、河川生息場環境について空間的広がりと時間的変動を考慮し、一つの機能群として評価する視点が欠けている。また、従来型の人力に頼る生息場環境情報取得では、詳細情報取得のためには費用の面から限界があるため、容易に、面的に河川生息場物理環境情報を取得し、そこに棲む生物の情報を空間的に重ね合わせることによって水生生物の生息場環境について高次元の評価が可能になる手法の提案が必要である。個別課題(1)においては,時間的な変動を考慮したリーチスケールにおける河川物理環境特性をリモートセンシングや水理計算により時空間特性を持った指標として取得し、そこに棲む生物の情報と空間的に結びつけることによって、瀬淵等河川構造が有する生態的機能を、一つの機能群として評価する。具体的には、瀬淵等の河川構造が有する空間的物理情報の取得手法の開発することを目標としている。
河床地形と底生動物群集の対応関係を解明するため、長野県千曲川中流において調査を行った。調査では通常調査が困難である急流部において、重機を利用した簡易水制の作成による生物採集を試みた(図-4)。これまでの調査で、瀬のなかの場所ごとの増水時における流速や河床礫の動きやすさを検討することで、河床地形の観点から異なる場は異なる底生動物群集を持つこと、従来調査対象外であった深瀬は底生動物バイオマスを考える上で重要な場であること(図-5)、底生動物の分布には平水時の流速とともに増水時における河床安定性が影響していることが示唆されている2)。流速分布や河床の安定性といった河川の物理環境指標と生物分布とを関連づけることで、水生生物調査の高度化が進むと考えられる。

図-4 2つの瀬における平瀬、早瀬、深瀬の位置と生物採集ポイント

図-5 各景観における付着有機物量とクロロフィルa量の平均値

個別課題(2)では、河川改修事業やダム事業等の人為的インパクトが野生生物の行動に与える影響を把握するため、野生動物自動追跡システム(Advanced Telemetry System: 以下ATSと記す。)で収集した野生動物の行動追跡データと物理環境条件の因果関係を把握し、物理環境条件から野生動物の行動予測手法を開発することを目的としている。また、ATS を用いた野生動物行動の現地実測を通して行動予測手法の検証・改良を行い、実用性の向上とともにATS 及び行動予測手法を用いた土木事業の野生動物への影響低減にむけた応用手法を提言することを目的としている。
ATSは、土木研究所が開発した既存のテレメトリ手法(野生生物に電波発信機を装着し、行動を追跡する方法)をシステム化し、自動で動物の行動を追跡できる装置で、中型陸上哺乳類の自動追跡を実現してきた。
図-6は、ニゴイを供試魚としてATSで取得したデータをもとに、出水時の魚類行動と流速分布の関係を整理した解析例である 3)。本研究では、ATSをアユに適用することを目的に、アユ用電波発信機についての開発を進めており、すでにプロトタイプの開発に成功している。(図-7)。

図-6 出水時の魚類行動と流速分布の関係の解析例
(左:出水前期、右:ピ-ク流量時)

図-7 アユ用に開発した電波発信機

2.2 河川地形の生態的機能の解明
  (達成目標2)
達成目標2に関連しては、個別課題(1) ~(5)が関連している。ここでは、個別課題(3)~(5)について概要を紹介する。
個別課題(3)は、河川下流域にある河道内の氾濫原を対象に、その遷移機構を明らかにするとともに、植生から見た氾濫原の健全度に関する評価法、植生の適切な維持管理・復元手法の提案を行うことを目標としている。
これまでの研究で、利根川支川小貝川を対象に迅速図、空中写真からGISを用いて地被状態情報を抽出し、1つの空間座標系に統合し、土地利用を水域・自然裸地・人工裸地・耕作地・草地・樹林地の6項目に分類して100年間の地被状況の変化を調べるとともに、空中写真を立体視することにより表層高情報を取得し、河川の遷移機構の解明を進めている4)(図-8)。

図-8 小貝川調査対象区間の地被状態の経年変化

個別課題(4) は、河川中流域おいて水際域を保全する際の留意点を取りまとめることを目的として、様々な水際タイプの生態的機能に関して実験河川を利用して調査を行っている。水際の植物及び石(礫)の機能ついて植生被度や礫サイズ、流量を変化させることにより、水生生物の生息場所としての機能の評価を進めてきている5)(図-9)。

図-9 自然共生研究センター実験河川での実験の様子

個別課題(5)は、生物の摂食効果により河床の健全性が維持される機能に着目し、これを加味した河川流量管理の考え方を提示することを目的としている。ダム下流区間を対象とした現地調査及び実験河川での実験により、流量と河床付着物の状態、底生動物、魚類の摂食圧に関する基礎データを取得してきている(図-10)。生物の摂食を加味した付着藻類現存量推定モデルを構築し、適切な流量管理についての提案を行うこととしている。

図-10 アユの有無による河床状況の対比
(アユを投入した実験区では、アユの摂食により糸状緑藻やシルトが多く
付着する状況が改善され、景観の向上が図られることが確認された。)

2.3 流域における物質動態特性の解明と流出モデルの開発
  (達成目標3)
達成目標3については、主に個別課題(6) 流域規模での水・物質循環管理支援モデルに関する研究が対応している。
閉鎖性水域や河川において,種々の対策が行われているにも関わらず栄養塩濃度は横ばい傾向にある。水質改善のために河川管理者によるマスタープラン策定が行われているが、発生源ごとの水域への栄養塩類の流出機構が明確でなく、また、発生源毎の寄与度と対策効果を総合的に評価できる流域規模の水質評価モデルが存在しないという問題点があるため、目標の実現に不確実性が残る。 水質改善計画を確実なものにするためには、発生源ごとに窒素・リン等の栄養塩類の流出過程を追跡する手法と、土地利用や営農形態の変化等の定量的影響やそれらの相互関係を含めて総合的に把握・分析できるツールを開発する必要がある。
一方で、近年、流域での開発によりシリカやフミン鉄といった必須元素の河川への供給が減少して、河川や海の生態系が悪化しているとの報告が見られる。都市化した流域では、都市雨水・排水が必須元素の挙動に大きな影響を与えている可能性があるため、その影響を明らかにすることが求められている。
本研究では、土木研究所で開発を進めている流域水・物質循環モデル(Water and Energy transfer Process Model 以下WEPモデルと記す。)を基盤としつつ、栄養塩類の発生源ごとに水域への流出機構を明らかにし、窒素流出・輸送モデルを改良するとともに新たにリン流出・輸送モデルを追加することで、表流水と地下水の流域規模での総合的な水・物質循環モデルとして実用的なものとすることを目的としている。
現在、WEPモデルに新たに窒素およびリンの循環計算モジュールを組み込み、谷田川流域における現地観測データを利用した検証を進めている。また、流域で発生する栄養塩類の閉鎖性水域への流出機構を明らかにするために、生活系の汚濁物質発生特性(トレーサー物質及び溶解性栄養塩類の実態)の解明を行い、流域における生活系汚濁排出量とその他の汚濁排出量の割合が異なる複数の流域を対象として、晴天時、雨天時におけるこれらの物質の流達特性の把握を進めている。
必須元素(溶解性鉄、溶解性ケイ素)に関しては、関東地方の都市影響河川および都市排水について調査を実施し、都市雨水・排水由来の負荷量の解明、河川への影響把握と対策の可能性の検討を進めている。

図-11 水・熱輸送過程とWEPモデルの鉛直構造

2.4 河川における物質動態と生物・生態系との関係性の解明
  (達成目標4)
達成目標4に関しては、個別課題(7) および(8)が対応している。
河川生態系を規定するものは、物理場の環境と物質動態であるが、河川生態系と物理場の関係に比して、河川生態系と物質動態の関係は理解が進んでいない。このため、河川生態系の保全といった観点から河川水質管理はいかにあるべきかが問われている。
個別課題(7)は、現地において河川の物理環境と流況が物質動態に与える影響の定量化を行うとともに、全国レベルのデータを収集し、物理環境と物質動態の関係性を検討することとしている。さらに、健全な河川生態系を維持できる水質許容値を明らかにするために、全国レベルでデータを収集、解析した上で、現地調査を行い、河道特性に応じた生態系保全のための水質許容値を設定するための基礎データを作成する。また、流域レベルでは、河川生態系を支える栄養塩の由来について、安定同位体調査を用いて明らかにし、河川生態系を保全するための流域対策計画に資する知見を得る。
個別課題(8)土砂還元によるダム下流域の生態系修復に関する研究は、ダム下流域では供給土砂量が減少し、底質が粗粒化(粒度が粗くなること)するため下流域に生息する底生動物、魚類への影響が懸念されている。土砂還元はこの影響緩和を目的として多くのダムで実施されている修復手法である。しかし、ダム下流域における生態系の劣化の状況が未解明であり、問題の所在が不明なままとなっている。結果、土砂還元の生態系修復効果の評価も不十分であり、効果的な土砂還元手法が未確立な状況にある。ダム下流域の生態系の劣化状況を集中的に調査することにより、どのような生物がどのような要因により減少・増加しているかを現地調査により明らかする。このプロセスから得られた仮説を実験河川において詳細に検討し仮説の検証を行うとともに、土砂供給量の減少を適切に反映する種及び客観的に計測できる物理環境要因(例えば,河床材料に占める細粒土砂量)を抽出し、土砂還元を行う場合の評価手法として提案する。ただし、下流域の生態系劣化の現状把握とその要因分析は難しい課題であるため、本研究により提案する指標手法は研究期間中もしくは終了後も順応的に改善していく必要がある。

2.5 湖沼の植物群落再生による環境改善手法の開発
  (達成目標5)
達成目標5については、個別課題(9) 湖沼・湿地環境の修復技術に関する研究が対応している。
生物多様性の保全にとって重要である湖沼・湿地の環境は、流域の開発に伴う水質悪化や治水利水を目的とした水位管理によって損なわれてきた。そのため損なわれた環境の自然再生が急務となっている。下水道整備等、近年の流入水質改善や各地で湖沼沿岸帯の復元が進められてきたが、その過程で、水質改善や生態系にとって重要な沈水植物の復元が困難なことや水位管理が湖沼・湿地環境にとって極めて重要であることがわかってきた。 そのため、本研究では、沈水植物群落の復元手法として、埋土種子に着目し、その分布を環境水理学的な手法を用いて推定し、植物生理学的な知見を加えながら効率的な復元手法を開発すること、および水位変動が湖沼環境に与える影響を明らかにすることを目的としている6)
植生の有無等と湖沼環境との関係性を評価できるシミュレーションモデルの開発を進めている。図-12は水生植物の有無が底泥の巻上がり量に及ぼす影響等について霞ヶ浦における水生植物群落の分布変遷をもとに検討した結果である。水生生物の有無が底泥の巻上がり量の減少に著しく寄与することを示している。

図-12 霞ヶ浦における水生植物群落の有無による底泥巻き上げ量の違い
(高浜入り、風向:南東、風速:25.0m/s)

3 おわりに
以上「水生生態系の保全・再生技術の開発」の重点プロジェクト研究について概要を紹介してきた。重点プロジェクト研究は、土木研究所が実施中の研究のなかでも、重点的集中的に進めている研究の柱である。全部で17の重点プロジェクト研究が進行中であるが、水環境に関係するものとしては、本稿で紹介した「水生生態系の保全・再生技術の開発」のほかに「生活における環境リスクを軽減するための技術」、「自然環境を保全するダム技術の開発」がある。前者については、医薬品等の生理活性物質や病原微生物の分析方法、リスク評価手法・対策技術の開発を目指している。後者については、ダム構造を自然環境保全型の新形式のダム設計法や貯水池及び下流河川の土砂制御技術の開発等を目指している。土木研究所における研究課題は、重点プロジェクト研究ほか戦略研究、一般研究、萌芽研究、受託研究、競争的資金による研究で構成されている。研究チーム毎に研究概要等をホームページで紹介しているので、是非一度見ていただきたい。

土木研究所のホームページ:http://www.pwri.go.jp

参考文献
1)玉井信行編,河川計画論,東京大学出版会,pp9-17,2004
2)天野,時岡,傳田,小林,対馬:瀬淵構造を持つ河川区間における物理環境類型と水生昆虫分布との比較,河川技術論文集第14巻,pp.431-436, 2008
3)傳田,天野,辻本:魚道自動追跡システムの現地実証実験と魚類行動特性把握,土木学会論文集投稿中
4)大石,天野:人的利用が河川高水敷の地被状態変化に及ぼす影響の定量的把握方法とその考察,水工学論文集,vol.52,pp.685-690
5)佐川,矢崎,秋野,萱場:石の隙間スケールにおける河川性魚類の生息場利用,第55回日本生態学会福岡大会,2008
6)天野,時岡:沈水植物群落の再生による湖沼環境改善手法の提案,土木技術資料,vol.49-6,2007

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