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新長崎県庁舎における熱源・空調設備のコミッショニングについて
佐藤晃平

キーワード:コミッショニング、熱源設備、空調設備、省エネルギー

1.はじめに
現長崎県庁舎の建設から61 年。現庁舎が抱える、老朽化、狭隘化、分散化、耐震性不足などの諸課題を解決し、県民とともに新しい時代を切り拓く庁舎を実現すべく、長崎市尾上町に新庁舎を建設する。新庁舎の実施設計は平成26 年2月に完了し、行政棟、議会棟、駐車場棟、警察棟の4つの庁舎から成る、緑が一体的につながる「丘のような庁舎」は、「港」の風景と調和した長崎のまちにふさわしいデザインとなっている(図-1)。

新庁舎の整備にあたっては、基本方針の一つとして「県民サービス向上のための機能的で新時代環境共生型の庁舎」とすることを掲げている。これは、職員が効率的に業務ができ、新たな施策を創り出すことができる快適な執務環境を整備し、さらに省資源・省エネルギーなど環境に配慮した最先端の取組を行うということである。

新庁舎では「省エネルギーの実現」と「快適な執務環境の確保」の両立を図るため、両者に大きく関連する熱源・空調設備を主たる対象として、企画・設計段階から、コミッショニングを適用することが効果的であると判断した。本稿では公共施設において日本初となる、企画・設計段階から実施したコミッショニングの内容を紹介する。

2.コミッショニングとは
コミッショニング(性能検証)とは、性能検証管理チームが「環境・エネルギーならびに使いやすさの観点から使用者の求める対象システムの要求性能を取りまとめ、設計・施工・受渡しの過程を通して、その性能実現のための発注者や設計者、工事請負者等の判断・行為に対する助言・査閲・確認を行い、必要かつ十分なる文書化を行い、機能性能試験を実施して、受け渡されるシステムの適正な運転保守が可能な状態であることを検証すること」と定義される1)。一般的な建設プロセスは発注者と設計者もしくは工事請負者との双方向のやり取りの中で行われるが、コミッショニングを適用した場合、ここに建築設備に関する高度な技術と豊富な知識・経験を有し、かつ当該工事に関して利害関係のない第三者で構成された性能検証管理チームが加わる。これが従来のプロセスと大きく異なる点であり、これにより設計・施工、さらには運転の良し悪しが正しく評価・判断され、発注者の要求する品質の実現につながる。

3.コミッショニングの主要な作業
コミッショニングは企画・設計段階から、施工段階を経て、運転段階に亘って実施される継続的な活動である。各段階における主要な作業を以下に示す。
(1)目標性能を明確にする[企画段階]
従来の建設プロセスにおいては、目標とする要求性能が曖昧なままプロジェクトが進行してしまい、関係者間で完成物のイメージの齟齬が生じることにより、不必要な手戻り作業やトラブルが発生することがある。コミッショニングでは企画段階において、性能検証管理チームの助言を得て、発注者の求める目標性能を、具体的な数値目標として明確化することを第一ステップとしており、これにより設計・施工・運転の各段階を通して、関係者全員が共通認識を持ってプロジェクトを推進することが可能となる。
(2)目標性能の実現過程を共有し検証する [設計・施工段階]
発注者が設計者や工事請負者から性能やコストに関する説明を十分に受けないまま、仕様の決定がなされてしまい、運用後のトラブルにつながることが往々にしてある。これに対し、コミッショニングでは、計画的に設計・施工の過程・根拠を文書化し明示することを求め、関係者間で情報を共有した上で、内容を検証し決定するため、発注者も設計・施工の意図・内容を把握することが容易となる。また、性能検証管理チームによる客観的な評価を得た内容となるため、県民への分かり易い説明も可能となる。
(3)目標性能の達成可否を確認する[運転段階]
建物の供用開始後、運転段階の当初1年間において、最終的に目標性能が満たされているかどうかを確認する「機能性能試験」を実施する。本試験において、システム全体の運転性能をきめ細かく確認・判定を行い、試験結果に基づき調整作業や改善策などを具体化し、最適化に繋げることで、目標性能を確実に実現することが可能となる。

4.新長崎県庁舎のコミッショニング
4-1.実施体制および実施対象
新庁舎のコミッショニングの実施にあたり、性能検証管理チームとして、NPO 法人建築設備コミッショニング協会より推薦いただいた、3名の学識経験者に対して、アドバイザーを委託した。
本コミッショニングの実施対象は行政棟および議会棟とし、主対象となるシステムは、建物のエネルギー消費と執務環境に大きく関連する熱源・空調設備とした。熱源・空調設備は一般的に庁舎全体の40%以上のエネルギー消費を占めるといわれており(図-2)、これらの省エネルギー化は、建物全体の省エネルギーの実現に大きく影響する。

4-2.企画・設計段階のコミッショニング
「省エネルギーの実現」と「快適な執務環境の確保」の両立を図るために実施したコミッショニングの概要を、以下のとおり紹介する。
(1)省エネルギーの実現のための検証
 ①目標性能の設定
新庁舎は省資源・省エネルギーなど環境に配慮した庁舎を目指しながらも、庁舎の維持にかかるランニングコストの抑制を図らなければならない。ここでは、設定した具体的な目標性能の内、「エネルギー消費量」と「光熱水費」について示す。
図-3に九州地域の官公庁の年間一次エネルギー消費原単位を示す。年間一次エネルギー消費原単位とは建物の年間エネルギー消費量を延床面積で除した値である。

図-3によると、延床面積が大きくなれば原単位も大きくなる傾向があり、近似直線で補正すれば、新庁舎(行政棟・議会棟)の計画延床面積である約55,500㎡相当の標準的な庁舎の年間一次エネルギー消費原単位は約1,341MJ/㎡・年と推定できる。新庁舎は先導的に環境対策に取組むことを掲げており、標準的な庁舎に対して、40%の削減を求めることとした。よって、年間一次エネルギー消費原単位の目標値を1,341 × 0.6 = 805MJ/㎡・年とした。なお、現庁舎(38,576㎡)の年間一次エネルギー消費原単位の実績値約1,442MJ/㎡・年(過去5 年間の平均値)と比較しても大幅に省エネルギーな目標となる。
光熱水費については、現庁舎の年間光熱水費137,832 千円/ 年(過去5 年間の平均値)に対し、新庁舎は現庁舎の延床面積の約1.44 倍になり、さらに展示交流スペースや展望施設等、新たに休日開放のスペースが追加され、光熱水費の増加要因が増えるが、現庁舎を超えない光熱水費とすることを目標とした。
 ②目標性能達成のための新庁舎設計
前述の目標性能を達成するため、基本設計開始から実施設計完了までの期間に、性能検証管理チームと設計者と発注者の3者による性能検証会議を15 回に亘り実施した。
熱源の方式については、省エネルギー性やコストに加え、災害時対応などを総合的に検討し、電気とガスを併用した熱源方式とし、さらに季節や時間帯に応じた効率的な運転を可能とするため、複数の設備構成とし、能力も細分化することとした。当初実施した庁内の各課に対するヒアリングでは、使い勝手は良いが効率の劣る個別空調を望む声が多かったが、コミッショニングにより具体化した、新庁舎が目指す省エネルギーとコスト縮減の方向性と、その検証過程を示すことにより、各課の職員からも一定の理解が得られ、個別空調を極力減らしながらも、使用上の自由度の高い空調を可能とする熱源構成となった(表-1)。

熱源方式の決定後、時刻別の運転状況を再現した年間シミュレーションを実施し、エネルギー消費量を算出した。新庁舎のように、複数の熱源設備と蓄熱槽で構成される中央熱源を採用する場合は、複数のシステムの運転状況に応じた制御の適否が全体のエネルギー性能に大きく影響するため、採用する制御方法についても検証を行い、シミュレーションに反映させた。空調・換気、その他の設備については、採用する省エネルギー技術ごとにエネルギー削減の効果量を算出した。図-4に新庁舎に採用する省エネルギー技術の一例を示す。

最終的な新庁舎の年間一次エネルギー消費原単位の試算値は771.9MJ/㎡・年であり、標準的な庁舎に対して42.4%削減となり、性能目標である40%削減を上回る結果となった(図-5)。

新庁舎の一次エネルギー消費原単位の大幅な削減結果を踏まえて、新庁舎で想定される光熱水費を、電力、都市ガス、上下水道等の契約内容および料金体系を使用して試算した結果、新庁舎の光熱水費は、129,933 千円/ 年となり、現庁舎の光熱水費である137,832 千円/ 年を下回る結果となった。
(2)快適な執務環境の確保のための検証
執務環境の検証について、執務室の温度環境の解析結果を紹介する。新庁舎は部署間に間仕切りのないオープンフロアとなるため、冷暖房時において、居住域の室内温度のばらつきが懸念される。設計した風量や吹出口の配置等で問題がないことを確認するため図-6のモデルを使用して、シミュレーションを実施した結果、職員が執務する居住域が設定温度である26 ~ 28℃になることを確認した(図-7)。

(3)機能性能試験の実施
運転段階の当初1年間に実施する機能性能試験について、設計段階において試験項目と測定時期や方法等の詳細な仕様を決定した。これに基づき、庁舎管理者や試験実施者などを含めた新たな実施体制によるコミッショニングを予定している。

5.おわりに
他県に先駆けた最先端の取組みとして、企画・設計段階からコミッショニングを実施したことにより、新庁舎の建築設備の最適運用と目標性能達成の可能性が高まった。新庁舎のコミッショニングはまだ設計が完了した段階に過ぎず、今後施工、運転段階と継続していく。工事請負者や庁舎管理者など、これから新たにプロジェクトに加わるメンバーに対しても本取組みの重要性を伝え、目標性能の確実な実現を目指したい。
最後に、日本の公共施設において初の事例となる企画・設計段階からのコミッショニングを実施するにあたり、多大なるご尽力を頂いた、性能検証管理チームである東京大学大学院 赤司泰義教授、九州大学大学院 住吉大輔准教授、北海道大学大学院 葛隆生准教授、ならびに設計者である日建・松林・池田特定建設関連業務委託共同企業体に深く感謝申し上げる。

【参考文献】
1)空気調和・衛生工学会:「建築設備の性能検証過程指針」2004 年
2)省エネルギーセンター:「オフィスビルの省エネルギー」2009 年
3)非住宅建築物の環境関連データベース(DECC)2006 年~ 2008 年実績値 

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