建設機械の騒音,振動について
建設省九州技術事務所長
熊 谷 元 伸
建設省中国地方建設局機械課長補佐
(前)九州技術事務所機械課長
(前)九州技術事務所機械課長
村 上 輝 久
建設省九州技術事務所機械課
平 川 良 一
1 まえがき
昭和30年代に始まる高度経済成長は,各地に大気汚染,水質汚濁の被害をもたらしたが,昭和45年頃より改善の傾向を示しており,最近では公害全般の苦情の中で騒音,振動に対する苦情が最も多くなっている。
その中で建設工事に伴う騒音,振動は一般に限られた地域と期間に発生するものであり,工場や道路,鉄道等のように恒久的に周辺に影響を及ぼすものではない。しかし,特に最近では市街地における工事施工が多くなってきており生活環境に与える影響は大きいものとなっている。
さらに,近年の環境問題に対する住民意識の高まりにあわせて,建設騒音,振動問題に対する関心も大きくなっている。
また,騒音,振動公害というものは物的被害もみられるが,その割合はわずかであり,一般的には住民に対する心理的,感情的な影響が主体である。つまり,かなり主観的なものであり,このような特徴が騒音,振動公害の問題を複雑化させている要因の一つともなっている。
騒音,振動の規制としては昭和42年に公害対策基本法が公布され,昭和43年に騒音規制法,昭和51年に振動規制法が制定された。さらに昭和63年12月には約20年ぶりに騒音規制法の基準が改正,平成元年4月1日より施行され,規制の強化が行われている。
このような現状の中で,九州技術事務所においても昭和47年度から建設工事の騒音,振動対策について取り組んできたので,その概要について報告を行うものである。
2 騒音,振動問題の現状
公害の苦情件数の推移3)を図ー1に示す。
都道府県および市町村が受理した苦情件数は,昭和40年代前半に増加していき昭和47年度には最高件数となった。その後は減少していき,昭和55年度~昭和61年度まではほぼ横ばい状態であったが,昭和62年度からは再び増加の傾向を示している。
昭和63年度の調査結果によると典型7公害に関する苦情が全体の約7割,典型7公害以外の苦情が約3割となっており,典型7公害以外の苦情の割合は年々増加している。
騒音,振動に関する苦情件数を見ると,騒音の苦情は各種公害の中で占める割合が最も多く全体の27.7%となっている。
振動の苦情は全体の苦情に占める割合としては3.7%と横ばい状態であるが,苦情件数は増加の煩向にある。
このように騒音,振動に関する苦情を合わせると全体の苦情件数の約1/3となり非常に大きなウエートを占めていることになる。
図ー2に騒音,振動の発生源別による割合3)を示す。
騒音,振動に関する苦情は工場等,建設作業に起因するものが多く,建設作業に起因する割合は,騒音に関する苦情で19.8%を占めており,振動に関する苦情では振動公害の発生源の中で最も多く47.1%を占めている。
3 建設省における騒音,振動対策
建設省においては,建設工事が行われる周辺地域の生活環境を保全し,公共事業の円滑な実施を図る事を目的として,昭和51年に「建設工事に伴う騒音振動対策基準指針」を策定し,運用してきた。その後,低騒音型の普及,各種騒音振動対策型技術の研究開発の進展および近年の環境問題に対する国民の意識の向上等に対応するため昭和62年3月に大幅な改訂を行った。
さらに騒音,振動対策技術の開発として,昭和52~56年度に総合技術開発プロジェクト「建設工事環境改善技術の研究開発」を実施した。その中で,建設工事の環境対策技術の研究開発を行い,油圧式超高周波バイブロハンマ等の開発が行われ,現在では広く現場で使用されている。
また,民間においても,数多くの環境対策型建設機械が研究開発され建設現場において広く使用されている。建設省では,これら環境対策型建設機械の普及を促進し,建設省直轄事業に積極的に導入することによって,建設事業全体の環境改善を図ることを目的として,昭和52年度より騒音対策仕様で販売されていた建設機械のうち,騒音の程度がある限度以内におさまっているものを騒音対策型建設機械として,機械損料算定上の割増措置をとってきた。
さらに昭和58年6月にはこれを発展させ,「低騒音型・低振動型建設機械指定制度」を創設し,低騒音型建設機械としての定義,位置づけを明確にすると共に,研究開発の促進と低騒音型建設機械の普及を図っている。その後,騒音規制法の基準強化の動向等を考慮して昭和63年12月に指定基準,昭和64年1月1日に運用を改定し,騒音判定基準値の見直しを行った。この見直しにおいては,建設省土木研究所機械研究室が中心となり,各地建ごとに各機種についての調査を行った。九州地建においてはクローラクレーン,トラッククレーン,オールケーシング掘削機を担当し,その結果のとりまとめを行った。
4 九州技術事務所における測定状況
今まで述べてきたように,建設工事に伴う騒音,振動をとりまく現状は非常に厳しいものであり,建設省においても,様々な対策を行っている。
九州技術事務所においても,このような動向に対応するために建設工事に伴う騒音,振動調査を行っている。
調査の内容としては工事施工の円滑化を目的として,九州管内における建設工事の中から苦情が予想される工事の一部の騒音,振動の実態調査とその性状の解析を行い,人体および家屋等への影響,評価等を行っている。
調査は,苦情件数が多くなった昭和47年度から開始しその後継続的に実施している。
調査件数の推移を図ー3に示す。
調査件数は年度により変動が見られるものの最近は増加の領向にある。
九州技術事務所における騒音,振動調査は,九州管内全体の調査のうちの一部でしかないが,その傾向を簡単に述べる。
昭和47年度から平成2年度までの調査件数は騒音調査が約300件,振動調査が約400件であり,その約60%がPC杭,RC杭,鋼矢板打設等の工事の騒音,振動調査である。
調査の依頼を受けた建設機械の種類としては,昭和50年代前半頃まではディーゼルパイルハンマ,振動パイルドライバが半数以上を占めていたが,最近はこれらの機種の調査依頼は減少の傾向にあり,工事の多様化に伴い,様々な機種の調査依頼が増えている。その中には,超高周波杭打機,アースオーガ併用杭打機等の騒音,振動対策型の機種の調査も含まれている。
騒音,振動レベルは同じ機種を用いた工事だとしても現場条件(土質,地形等)により大きく異なり,簡単にはその傾向を述べることは難しい。
実際に,九州技術事務所で行った建設騒音,振動調査の測定データにおいても,同じ機種を用いても工事箇所により様々な値を示しているが,測定結果について一部紹介を行う。
図ー4(a),(b)はウォータジェットバイブロハンマを用いた工事の測定結果を示したものである。
図の横軸は音源,振源からの距離,縦軸はそれぞれ騒音,振動レベルを示している。
ウォータジェット工法は鋼矢板の先端に装着したノズルから噴射する水ジェットによって地盤をゆるめ鋼矢板の貫入抵抗を低減しようとするものである。
なお,この工事においては騒音の影響が考えられたので防音シートによる対策を施して施工を行っている。
次に測定結果について簡単に述べる。
騒音レベルは防音シートにより約13dBの低減効果が見られる。また,騒音の距離減衰は理論的には距離が倍になると6dB低下するといわれており,この測定結果においては理論減衰と同様の領向を示している。
振動レベルについては,工事のすぐ近傍においてはやや高い値を示している。また,振動の伝搬は地質や周波数などの要素によって異なるが,距離減衰は「幾何減衰+土質の内部減衰」で表され,一般的には距離の対数に比例して直線的に減衰するとされており,6dBの減衰傾向を示す事が多いとされている。この測定においては,土質等の影響により,11.3dBの減衰を示している。
また,ウォータジェットバイブロハンマの騒音,振動レベルはバイブロハンマに比べてそれ程低い値は示さないが,作業時間は短く,今回の工事においても鋼矢板1枚当たり3~4分程度の作業時間であった。
次に図ー5(a),(b)は同一工事におけるディーゼルパイルハンマおよび油圧ハンマの測定結果を示したものである。
ディーゼルパイルハンマは強力な打撃力,高い施工の能率,取扱いの簡便さ,高い経済性などの利点があるため基礎工事に広く使用されてきた。しかし,最近では騒音,振動,油の飛散および排煙などの環境問題から都市部では使用されなくなった。
油圧ハンマは,低騒音で既製杭の打込みができるように開発された機械で,杭の打撃時において,油の飛散や排煙を生じないのが特徴であり,従来のディーゼルパイルハンマに比べて15~25dB程度の騒音低減が可能であるとされている。
次に測定結果について簡単に述べる。
油圧ハンマの騒音レベルはディーゼルパイルハンマの騒音レベルに比べて約7~9dB小さい値となっている。この測定結果における距離減衰は理論減衰と同様の煩向を示し,約6dBの減衰となっている。
油圧ハンマの振動レベルとディーゼルパイルハンマの振動レベルについては著しい差は見られなかった。また,この測定結果における距離減衰は9.4dBを示している。
次に,図ー6(a),(b)は同一工事におけるバイブロハンマおよび超高周波杭打機の測定結果を示したものである。
バイブロハンマは,杭や鋼矢板に上下方向に連続的な強制振動を加えて打込みや引抜きを行う機械である。しかし,従来型のバイブロハンマでは振動が大きいため市街地ではその使用はほとんど困難となっている。そこで,そのような問題に対処するために開発されたのが超高周波杭打機である。
従来のバイブロハンマが偏心体を回転させることで起振力を得ているのに対し,超高周波杭打機は油圧シリンダの往復運動により起振力を得るので,従来のバイブロハンマの周波数が,20Hzであったのに対し,超高周波杭打機では最高60Hzまでの非常に高い周波数の起振力を発生できるのが特徴である。
これは周波数の高い振動ほど地盤を伝搬しにくく,また,人体にも感じにくいという原理を応用している。
なお,超高周波杭打機は任意に周波数の設定ができるが,土質の違いにより適合する周波数が違うので使用するにあたっては最適な周波数に設定する必要がある。
次に測定結果について簡単に述べる。
超高周波杭打機の騒音レベルとバイブロハンマの騒音レベルについては著しい差は見られなかった。
超高周波杭打機の騒音レベルについては,設定周波数により違い30Hzの場合が最も小さい値となっている。また,この測定結果による距離減衰は理論減衰(倍距離で6dB減衰する)より大きな減衰煩向を示している。
超高周波杭打機の振動レベルとバイブロハンマの振動レベルについては,大きな差が見られ,超高周波杭打機の設定した周波数が20Hz,30Hzでバイブロハンマより10dB程度小さく,40Hz,60Hzでは20dB程度小さい値となっている。
また,この測定結果による距離減衰は様々な減衰領向を示しているが,ほとんど6dBの減衰より大きい傾向を示している。
以上述べたように超高周波杭打機は設定周波数により騒音,振動レベルに差が生じると共に,起振力についても差があるので最適な周波数を設定することが非常に重要である。
5 測定データの活用
今までも述べてきたように,九州技術事務所において昭和47年度より建設騒音,振動調査を行っており,その測定データは莫大なものとなっている。そこで,そのデータを有効に利用するために様々な検討を行っている。
昭和63年度には現場技術者の手助けになるように「騒音,振動マニュアル(案)」の作成を行った。
このマニュアル(案)は九州技報第6号において紹介しているが,その内容を簡単に説明すると,建設騒音,振動についての要点を分かりやすくまとめると共に九州管内で施工された建設工事の騒音,振動の実測データを基に各機種ごとの距離減衰図の作成等も行っている。
平成元年度には騒音,振動に関する問い合わせ等に即座に対応するために,また将来的にはパソコン等との接続を行い,建設工事における機種選定等のための参考資料としてのデータ等のオンラィン化を目的として,光ディスクにより測定データのファイリングを行った。
ファイリングを行った資料は騒音,振動,機種,規格,杭種,工種,N値等により分類を行っており,迅速に資料の検索,取り出しができるようになっている。
また,平成2年度には建設騒音,振動調査要領(案)の作成を行った。この調査要領(案)は,JIS規格に基づき,いつ,どこで,誰が調査を行ったとしても同様の精度と同様の結果が得られるように,測定方法および測定結果のとりまとめ方法についてまとめたものである。なお,建設騒音,振動調査の積算を行う場合の資料を,この調査要領(案)に基づいて併せて作成を行った。
6 あとがき
建設機械の騒音,振動について述べてきたが,今後も建設工事に伴う騒音,振動に対する苦情件数は増加煩向をたどるものと考えられる。
もし,工事施工中に苦情が発生すると工法の大幅な変更や工事の中断などに発展し,大きな損害を生じる事になることもある。
このように,騒音,振動は非常に重要であり,現場においてはその状態をしっかり把握しておくと共に,きちんとした測定およびデータの整理を行っておく必要がある。
九州技術においては今後も建設工事に伴う騒音,振動の測定を行うと共に,データの蓄積も行って一層の内容の充実を図っていき,現場の手助けになればと考えている。
参考文献
1 日本建設機械化協会:建設工事に伴う騒音振動対策ハンドブック,1977(1987改定)
2 建設省九州技術事務所:建設騒音振動調査報告書,1972~1990
3 環境庁:環境白書 平成2年版
4 藤原要,石川裕一:建設工事における騒音,振動対策技術の現状,基礎工,1988,10