建設工事における電子納品の現状(講座その1)
~主要なゼネコン数社に対する現況調査結果から~
~主要なゼネコン数社に対する現況調査結果から~
九州共立大学 工学部 教授
1 はじめに
国土交通省ではCALS/ECの推進,すなわちITを活用したデータの標準化と共有・有効利用を通じて,公共事業業務プロセスを革新するための取り組みが行われている。「CALS/ECアクションプログラム」(平成14年3月改訂)が策定され,計画,調査,設計,契約,施工,維持管理といった公共事業の一連の業務プロセスが強力にIT化されている。
建設工事においても,電子入札に続き,電子納品の試行が2001年度,大規模な工事から始まり,本2004年度からは全ての工事を対象としての実施が始まった(業務では2001年度より完全実施)。そうした中,建設現場においては,発注者受注者とも混乱がみられ,必ずしも順調に業務が進展しているとはいえないようだ。
本報告は,主要なゼネコン数社(九州支社)のご協力のもと,電子納品の実施における,現場の生の声を集め,現状を把握しようとしたものである。また,これをもとに現状の問題点および問題点に対して工夫した対策とその効果の事例について取りまとめたものである。
2 工事成果の電子納品
電子納品の定義は,「調査,設計,工事などの各業務段階の最終成果を電子データで納品すること」とされている。この電子データとは,各電子納品要領(案)に示されたファイルフォーマットに基づいて電子化された資料・情報を指している。
電子納品は,公共事業の各事業段階で利用している資料を電子化し,共有・再利用することにより,次のような効果が期待されている。
【電子納品に期待される効果】 (国土交通省)
・ペーパーレス,省スペース
資料授受を容易にするとともに保管場所の省スペース化を実現する。
・事業執行の効率化
資料の再利用性を向上させることで,効率的な事業執行を実現する。
・品質の向上
事業全体の情報を電子的に共有化・伝達が実現することによって,情報の伝達ミスや転記ミスなどを低減し,公共事業の品質向上を実現する。
【電子納品に関する主な基準,要領類】
・「電子納品運用ガイドライン(案) H16.3(国土交通省大臣官房技術調査課)」
・「現場における電子納品に関する事前協議ガイドライン(案)(土木工事編)H14.02(国土交通省)」
・「CAD製図基準(案)H16.06(国土交通省)」
・「CAD製図基準に関する運用ガイドライン(案)H16.10(国土交通省)」
・「電子納品に関する要領(案)・基準(案)(土木設計業務,工事完成図書,CAD等の12種類)」
・「電子納品実施のための当面の措置(案)第2回改訂版(H16.10 国土交通省九州地方整備局)」
※表ー1にその一部をまとめた。以下,「当面の措置」と略す。
3 実際の工事における電子納品の現状
(1)「現場の声」より抽出された問題点
主要なゼネコン数社に対する現況調査結果より,実際の工事における電子納品の現状および受注者サイドの「現場の声」として,電子納品の問題点をまとめたものが表ー2である。
以下にその問題点を整理し,検討を行った。
① 電子納品の過渡期であることなどから,運用上の混乱
・工事検査,会計検査などでの,紙,電子データの2重利用。
・カタログ等の電子データ化(要求)
・データファイル形式の無理な変換要求。(図面でDXF→SXFなど)
・発注者側担当者の認識に個人差がある。
・発注者受注者とも電子化実施体制不十分。
② 電子化技術面の課題
・発注者受注者とも習熟度の不足,十分な技術を持った担当者の不足。
・過去の図面などでは,CAD製図基準に合わないソフトが使われている。
・ペーパーレス,PC打合せは実際上難しい。
(色々なソフトや電子機器がある中で互換性など混乱しがち)
③受注者への業務・経費の負担増大,発注側担当者の業務増大
・大規模工事では,電子化すべき書類数が膨大。
・日常の業務においても,紙と電子データの併用で,業務も経費も増大。
・メールの高頻度化や複雑なデータ管理など業務量の増大。
・納品用の電子図面作成。
④電子納品した成果品データの有効利用方法
・多くの経費と労力を要しており,その後の管理のみでなく類似工事や供用後の補修等の計画や設計面にも一層の有効活用を工夫することが必要。
以上,現場は発注者受注者とも混乱している状況が伺われる。この状況では当然だが,2.に記した「電子納品に期待される効果」という状況には至っていない。
その理由としては,まず,広範多岐な各種の基準類や「当面の措置」が現場に十分には浸透していないことがあげられる。これは単に新しい基準類だから現場まで十分に浸透していない,という面もあるが,それだけではない。
これらの基準類は方向や方法を示すだけでなく,高い電子化技術がなければ理解できない内容が含まれ,さらに,何よりも自らのパソコンなどで使いこなさなければならない。データを電子化する際も,電子化されたデータを管理などに活用する際も同様である。発注者受注者とも現場担当者にとって容易ではない。九州地方整備局では説明会を開催するなど,周知や普及に努めておられるが,そうした技術水準に至るにはもう少し時間がかかるということだろう。
結果として,工事検査・会計検査での紙媒体と電子媒体の二重提出など,非効率的な事態に陥っている場合が多いようだ。
次に,電子化の業務改善効果,そのものである。電子納品によって,多くの知識や高い技能を要求され,さらに業務量そのものも大幅に増大する。これでは発注者受注者ともに現場担当者はたまらないだろう。
その結果として,業務全般の電子化・合理化という方向よりも,逆に業務過程における電子化を減らす,すなわち,紙ベースで業務を行い,納品時にまとめて電子化し納品する,という方法を選択するケースが多いのではなかろうか。
(2)問題点に対する対策と効果
(1)に挙げた問題点に対し,表ー3に示すように,一部の工事では電子納品を機会に業務が効率化され,大きな成果を上げたといってよい事例もある。その工夫の一部を次に解説した。
①一元管理ソフトの使用1)
・アプリケーションの一元化により紙文書と同様,文書の取り扱いが容易になった。
・ビューワーとして使用可能な一元管理ソフト上で「土木工事施工管理の手引」に従ったフォルダ構成を行い,日々の施工管理データを整理するだけで検査への対応が可能となった。
(図ー1に一元管理ソフトの使用および施工管理データの流れの一例を示す。)
②検査方法の工夫
・3台のPCを使用することで視覚的かつスムーズな検査となった。
→ 受検者2台:主書類,写真資料等のプロジェクタ投影用として使用。
→ 検査官1台:検査官専用として使用。
(図ー2に工事検査時システム構成例を示す。)
③発注者との協議による取り決め
・発注者受注者間の工事打合せ簿等のやりとりには電子メールの使用を徹底。
→打合せのための移動時間の短縮(図ー1を参照)
4 おわりに
以上,電子納品の問題点と成功事例を,あわせて検討した。以下に今後の方向をまとめる。
①問題点について
まず,発注者受注者とも電子納品のみでなく,業務の電子化への取り組み姿勢を新たにすべきであろう。その上で担当者の電子化技術力の向上や,電子機器類各種ソフトの整備,場合によっては標準化など,齟齬をきたさない方策が急がれる。
業務量の増については,それに見合う電子化の効果,業務量軽滅効果が望まれる。電子メールによる移動時間の短縮といった程度では十分ではないだろう。電子化を進めると共に,工事過程における業務の簡素合理化,すなわち協議検査報告その作成資料等についての合理化が必要ではないだろうか。業務の質を高めつつ,現場の業務量を増やさないようなしくみや方法が求められる。
②効果のあった事例について
これらの工夫や効果にはその理由がある。
・発注者,受注者とも電子技術水準の高い現場担当者が配置されている
・双方が業務の電子化に積極的,前向き
・双方が業務の成功に向けて,協力し創意工夫し,努力を重ねた
ということである。その結果得られた成果である。これをすぐにどこの現場にも求めることは難しいと思われるが,電子化,電子納品システムの方向や可能性を示しているといえよう。
③まとめと謝辞
工事関係業務の電子化,電子納品技術は,今後,一層の改善が進むだろう。しかし,現段階ではいろいろな課題があるといって間違いない。
特に,現場レベルでの発注者,受注者双方の電子化技術水準の早急な向上,各種基準や当面の措置の主旨の徹底と運用の統一,さらに現場関係者の円滑な意思疎通と協力等である。
この難しい過渡期,関係の皆様の安全で円滑な現場運営をお祈りすると共に,本稿に協力して頂いた企業の皆様に心から感謝する次第である。
参考文献
1 )高尾聴秀:作業所におけるべーパーレス検査と電子納品の実施報告,第59回土木学会年次学術講演概要集6ー301 , 2004.9