平成28年度熊本地震における緑川震災対応の教訓
尾後大輔
鳥井謙太
鳥井謙太
キーワード:熊本地震、河川堤防、災害復旧
1.はじめに
平成28 年4 月14 日、21 時26 分頃熊本地方でマグニチュード6.5、最大震度7 の地震(前震)が発生し、4 月16 日1 時25 分頃には、マグニチュード7.3 最大震度7 を観測する地震(本震)が発生した。
この地震により、緑川水系の国直轄河川管理施設において、127 箇所にも及ぶ変状を確認し、地震発生翌日に着手した緊急復旧工事を平成28 年5 月、平成28 年8 月末に着手した本復旧工事を平成29年5 月末と梅雨期前に概成させた。本稿では、本復旧工事の概成に至るまでの現場で発生した様々な事象に対する課題を震災対応の教訓として報告するものである。
2.河川管理施設の被災概要
度の最大震度7 にて緑川水系における堤防等河川管理施設(国土交通省直轄管理区間)の被害としては、127 箇所にも及ぶ変状が確認された(図- 1)。
そのうち堤防としての機能が著しく低下した被災(写真- 1)が確認された11 地区については、緊急復旧工事にて対応するとともに、地震により沈下した堤防の嵩上げ(広域沈下量は除く)を含め、ほぼ管理区間全川にわたっての本復旧を実施した。
3.本復旧工事概成までの発生した現場事象
1)地震発生直後
地震発生後、「熊本河川国道事務所における災害時等応急対策に関する基本協定」を締結した業者(以下、「災害協定業者」という。)による河川管理施設等の点検で、被災状況を把握したが、災害協定業者の中には、甚大な被災を被った益城町を拠点としている業者もあり、そちらの復旧対応に追われ、担当する協定区間を点検できる状況でなかった。そのため、隣接の災害協定業者で対応した。その他の災害協定業者も被災者であり、中には避難所から作業に従事されるなど、絶対的な人員等が不足したことから、その後の応急補修、緊急復旧工事でも同様の調整が必要となった。
2)応急補修
緊急復旧までには至らないが、緑川水系では計116 箇所の亀裂等の応急補修を行った。この応急補修時点で、人員及び資材等の不足に直面した。まず人員としては、さきほど述べたように作業員も被災者であること、また、国だけでなく、県・市町村も復旧作業を実施していること、災害協定業者は緊急復旧工事の対応も行っていることなどから、限られた人員で対応せざるを得ない状況であった。さらに被災箇所も協定区間ごとにバラツキがあり、一災害協定業者だけでは対応がきびしい協定区間もあったことなどから、各災害協定業者より数名を応急作業員として指定し、災害協定業者の連合体として、24 時間体制による応急補修工事に対応していただいた(写真- 2)
次に資材としては、ブルーシートなどの備蓄資材が不足したことが挙げられる。不足分はすぐに購入による対応としたが、地震で多くの家屋も被災していたためブルーシートがすぐに確保できなかった。
3)緊急復旧工事
前震及び本震により緑川水系では、緊急復旧工事を11 地区13 工事(総延長約2.2㎞)実施した。そのうち緑川下流出張所管内は、9 地区11 工事の対応を行った。まず、緊急復旧工事の着手にあたり、当該協定区間を担当する協定業者に緊急復旧であることから24 時間の昼夜施工かつ出水期前までの完成を条件で事前調整を行ったが、協定区間によっては、複数箇所の緊急復旧作業が必要であったことから、一災害協定業者だけでは対応がきびしい状況であった。そのため全ての災害協定業者を集め、対応が可能かなど緊迫した状況下での調整を行ったことを記憶している。
緊急復旧工事の堤防復旧工法については、専門家の現地調査や技術的指導を受けて実施した。具体には、亀裂箇所を包括する範囲で切り返し工を行うとともに、川表法面側については洪水時に流水部となることから遮水シートと連接ブロックで保護、川裏側法面についても雨水等の浸食防止としてブルーシートにて保護した(図- 2)。復旧作業にあたっては、人員及びコンクリートブロック等の資材不足、余震による工事一時中止、そして、緑川の特徴として左右岸堤防が兼用道路として利用されているが、被災し通行止めとなったことにより一般道の慢性的な渋滞が発生し、資材運搬に時間を要したこと、また、例年に比べ4 月下旬の降雨が多かったことによる盛土工事の遅延など、当時は出水期前までの緊急復旧はかなりきびしい状況であったが、資材の緊急輸送や土質改良によるトラフィカビリティの確保などにより、出水期前までの仮復旧を完了することができた。
4)本復旧工事
本復旧は、地質調査や測量など詳細な調査結果等を踏まえ、熊本地震により被害を受けた堤防等の河川管理施設の変状原因の究明を行い、被災状況に応じた堤防復旧工法等について、「緑川・白川堤防調査委員会」(写真- 3)にて議論のうえ、本復旧工事に着手した。本復旧の概要としては、土堤、特殊堤等それぞれについて、変状の程度に応じ、堤体全体の切り返し・部分的な切り返しや堤防・特殊堤の嵩上げをほぼ全川にわたる総延長約28㎞の復旧を実施した(図- 3、図- 4)。
①沿川住民への工事説明
本復旧工事の施工範囲がほぼ兼用道路となっているため、工事着手にあたり、沿川の全自治会長へ工事説明を行うとともに、全戸チラシ配布(図- 5)や施工中も施工業者のきめ細やかな対応などにより、不通に対する苦情等もほぼなかった。
②人材及び資材不足
施工延長が約28㎞にも及ぶことから、施工業者によっては、堤防再構築3 箇所や施工箇所が8箇所にも点在し、複数の施工班を投入しなければならないが、自治体等の復旧工事等も実施されていることから、人材不足にて県内外含め業者が確保できない状況が続いた。施工の工夫なども行いつつ、継続的に業者の確保に努めた結果、ぎりぎりの状態でなんとか人員の確保が間に合った。
資材関係では、購入土砂等で工程に影響を与えた。土取場の人員等含め搬出能力の限界により全工事で必要な土砂等の搬入に支障をきたし、工程に影響を与えた。また、ダンプトラックも不足したことから県外よりダンプトラックや、運転手を呼ぶことで対応された。
工事終盤の張り芝では、全工事が同時の施工タイミングとなり芝業者不足も顕著化した。
③堤防の築造履歴等による課題解消
緑川は、清正堤に代表されるように古くから治水事業が行われてきたことから、復旧工法検討において苦労した。特に緑川は堤防が急勾配・寺勾配の箇所が多く、今回の災害復旧工事にて是正も行うことで検討されたが、堤外民地の関係などの用地問題から急勾配の是正にまでは至らなかった。
また、堤体材料について古くからの築堤履歴を物語るように、そのまま再利用するには厳しく、土質改良を行うなどにより対応した。
④事業マネジメント
本復旧工事は概算発注工事であったため、詳細設計も同時並行で進めていく状況であった。そのため、平面図は航空写真測量等により作成された既存図面を拡大し、縦横断測量は着工前測量データを使用するなど、発注者(監督員)、施工業者、設計コンサルタントの密な連携・調整を行った。
また、工事発注当初は、兼用道路は全て通行止めで実施する考えであったが、緑川右岸堤防は、国道3 号と九州縦断道路御船インターチェンジをつなぐ主要県道のため、現道の渋滞状況や地域からの声等に鑑み、当初の二重締め切りによる堤防開削から河川敷への付替道路を設置した(写真- 4)。この付替道路整備にあたっては、河川敷が採草地として利用されているほか、堤外民地が密集している箇所等は用地境界が確定していないなど、付替道路の施工にあたり、関係者や地権者に事前説明と協力依頼をお願いしてまわった。
このように、ほぼ全管理区間にわたる本復旧工事は、何もかもがスタートライン、全て手探りでの事業管理であった。特に現場の施工段階においても、「堤防天端の試掘で想定外のクラック発見」、「堤防開削で突如軟弱層の出現」、「資材・労働者不足による工程への影響」、「樋管部開削時には可とう継手のゴム断裂」等々挙げればきりが無い程、日々の現場からあがってる課題・問題への対応は、正に“Mission Impossible” とは「この事か!」と思い知らされる日々であった。
これらの課題等について、関係機関・地元関係者との調整などは非常に激務であったが、地域からの感謝の声と「さすが国土交通省」、とある自治体若手技術者の「やっぱり国の仕事はすごいですね。」といった発言などは、疲れ切った心と身体に活力を与えてくれた。
4.監督体制
1)地震発生直後から緊急復旧工事完了
地震発生直後から現場監督員も24 時間体制での対応となったが出張所・事務所職員だけでは対応できないため、九州地整内の各事務所より監督員を応援(以下、「TEC 監督支援」という)として派遣していただき、第1陣は4 月18日に到着し、当日の夜間より監督していただいた(写真- 5)。
2)本復旧工事
本復旧工事にあたっても、平成28 年7 月に熊本地震災害対策推進室熊本分室が設置され、地整内の各事務所より監督職員として、従事して頂いた。
このような大規模災害発生時において、監督支援体制が構築できていなければ、このような短期間に工事が完了できなかったと思われる。職員数が絶対的に少ない現状においては、災害発生事務所に支援できる職員は大変貴重であることから、今後も災害発生時を見据えた職員の技術力向上は大変重要であることを痛感した。
5.おわりに
H 28 熊本地震からの堤防復旧を完了できたのも、ご尽力頂いた各地域の自治会長や関係機関の理解と協力もさることながら、昼夜を問わず休日返上で施工に従事して頂いた施工業者各位の努力によるものであり、この場をお借りして御礼を申し上げる。