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川内川激特事業・曽木の滝分水路における新たな取り組み
-グッドデザイン・サステナブルデザイン賞
(経済産業大臣賞)受賞-
足立辰夫

キーワード:激特事業、分水路、景観検討

1.はじめに

 

自然災害の多いわが国では、災害復旧事業が国土の景観形成に与える影響は非常に大きい。災害復旧を行う激特事業などでは、防災力の向上とともに、短期間での整備が求められるため、景観や環境、まちづくりなどにきめ細かく配慮することは困難を伴うことが多い。曽木の滝分水路は、地形そのものをつくりかえる土木的な大事業(写真ー1、2、3)であり、激特事業の一環で整備するに当たり、本格的な景観検討を導入した九州でも先駆的な取り組みである。今回その検討・整備プロセスについて、事例報告を行うものである。

 

   

 

2.激特事業の概要
(1)川内川河川激甚災害対策特別緊急事業の概要
平成18 年7 月18 日から23 日にかけて、鹿児島県の川内川流域で記録的な豪雨が発生した。その被害は、死者2 名、家屋全半壊・流失32 戸、床上浸水1,848 戸、床下浸水499 戸、浸水面積2,777ha という甚大なものとなった(写真ー4)。
その後、9 月8 日には激甚災害に指定され、10 月4 日には、直轄河川激甚災害対策特別緊急事業(通称:激特事業)が採択された。曽木の滝分水路事業は、当事業の一環として行われたものである。

 

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(2)景観検討の位置付け
平成17 年10 月より運用されている「激特事業及び災害助成事業等における多自然型川づくりアドバイザー制度(通称:多自然川づくりアドバイザー制度)」を活用し、平成18 年10 月に九州大学・国土技術政策総合研究所・土木研究所自然共生研究センターによる現地視察において、景観的な配慮を行うべきとの提言を受けている。また九州地方整備局景観委員会において「重点地区」として位置付けられ、専門家を現地派遣し、景観検討会による継続的な議論を行い、事業の進捗に応じて確認を行う取り組みを行ったものである。

 

3.曽木の滝分水路事業の概要
(1)曽木の滝の概要
大口盆地(伊佐市)は、中生代白亜紀の堆積岩の上に、第四紀更新世(約33 万年前)の加久藤火砕流堆積物などにおおわれたカルデラ湖が、浸食によって排水され形成されたものであり、その排水箇所が川内川の曽木の滝である。そのため、曽木の滝は大口盆地から渓谷へと変化する中間点となっており、奇岩奇石を伴った豊かな自然環境が広がっている。曽木の滝は年間30 万人の観光客が訪れる伊佐市を代表する観光地であり、川内川随一の景勝地である(写真ー5)。

 

 

(2)曽木の滝分水路事業の概要
曽木の滝周辺は治水面からみると、流下能力のネック箇所となっており、昭和50 年代には左岸分水路方式による整備の方向性が計画されていた。しかし一般的な工事では、観光的な価値を損なう恐れがあるとの声が強く、近年まで事業着手に至らなかった。本事業は、平成18 年7 月洪水を契機として、平成18 年7 月洪水流量3,900m3/s(曽木の滝地点)のうち、3,7003/s を現河道で負担し、不足する2003/s を分水路で分派する計画である。
(3)景観検討会の概要
分水路の掘削によって生じる長大法面は、曽木の滝公園から見える観光地(景勝地)としての滝の景観を損なうのではないかという課題が生じた。そのため、曽木の滝や周辺の景観と調和した分水路整備により、その課題を解消し、潜在的な魅力を維持・発展させることを目指し「曽木の滝分水路景観検討会」が設立された。本会は、学識経験者・市長・自治体・地元商工会・観光協会の関係者・地域住民の代表者から構成され、お互いに共通の認識に立ち、あたかも自然が創り出したかのような景観の創出を目指す分水路整備の方向性をとりまとめたものである。

 

4.設計の検討プロセス
(1)コンセプトの設定
観光地である曽木の滝公園から見えなければ良い、見える場合は緑で修景すれば良いという発想は、一般的な感覚として検討会の中でもみられた。その現状認識を踏まえ、「この場所をどう使い、どのように自らの暮らしの中に位置付けるのか、どのような場所としたいのか」に関する議論を進め、真に地域に根付く魅力ある社会資本となることを目指して議論を深めていった(写真ー6)。
コンセプト共有のために、滝と分水路を含めた周辺地形を把握する目的で、LP データ、施工用平面図、国土地理院発行の地形図などを用いて基盤データとしての3DCAD を作成し、3D モデリングマシンによって周辺模型(1/1000)(写真ー7)と3D ビューアソフト による激特計画案のVR を作成した。
とりまとめられたコンセプトを以下に示す。
①滝と分水路を一体として考える
 周辺地形との一体性を確保するために、見え方だけではなく、車・人の流れ(回遊性)を検討すること。
②水路線形を3 次元的に考える
 自然な川の形状となるように、景観性、機能性、経済性などを総合的に考慮し、3 次元的に検討すること。
③水路内のアメニティを確保する
 平時の居心地や利活用にも配慮し、分水路に対する地域住民の安心感の担保や、人が集える空間となること。

 

 

 

(2)線形の検討
地形の起伏が激しく入り組んでいる対象地の地形を丁寧に読み取り、その起伏を最大限に保存することを基本として、図上で川床ラインの複数案を作成した。その案をベースにVR を作成し、水理解析による検証を行った。その結果、曽木の滝公園からの法面の見え方が一番小さく、空間的なメリハリもあり、かつ水理的にも安定的に水が流せる案を抽出し、検討のベースとして深めていくことになった。その後、図上検討、3DCAD、VR、水理解析をやり取りすることによって、検討をバージョンアップさせ、自然な形状を実現する最終案として具体化を図った。
(3)空間の検討
 空間検討のポイントを以下に示す。
a)法面の形状
  断面模型によって、基準通りの小段の設置は、不自然で人工的な印象を与えることが把握できたため、できる限り小段を撤去し、緩やかなラウンディングを施すことが望ましいとの見解で合意した。
b)川床仕上げの考え方
  川床の仕上げ方は、分水路のアメニティ(利活用)に大きく影響する。当初、ギザギザで不規則な岩場掘削の粗度係数を想定していたが、検証の結果、同様の岩場である川内川轟狭窄部の平成18 年7 月出水時の検証粗度を採用することとした。この方針により、計算上の水の流れをスムーズにする検討や掘削面積を減少させ線形の自由度を高める検討が可能となり、より自然な形状を見出す方向写真-6 第2回検討会の様子 性で計画の具体化を図った(写真ー8)。

 

 

 

5.施工時のデザイン検討
(1)施工業者とのイメージ共有
1 次掘削においては、設計で考えたことを再確認すること、1 次掘削で得たさまざまなデータ(実際の地質の状況やさまざまな仕上げによって変わる岩盤の表情など)を以降の掘削や最終仕上げの参考にすること、すなわち、つくりながらも考え続けることを、関係者間で共有することが大切であった。熊本大学が作成した模型などを用いて、設計の概要を説明する会議を開催し、設計の意図や趣旨を直接、施工業者に伝えることで、施工段階での現場仕上げが的確に行われることにつながった(写真ー9)。

 

 

 

(2)法面保護(法面安定化):潜在自然植生理論に基づくポット苗植樹
あたかも川が自然に地形を削り出し、創り出したかのような渓谷的な景観となることを目指していたため、岩盤上に残る土砂法面の安定化は非常に重要な取り組みであった。法面保護は種子吹付が一般的だが、しらすのガリ侵食防止に長期安定性を確保できないため、恒久的な法面保護と渓谷的自然景観の創出を目指し、潜在自然植生理論に基づくポット苗植樹工法(通称:宮脇工法)を実施した。在来樹木を基本とした自然景観(多層群落の森)を早期に形成し、景観・環境・防災等に配慮した法面(斜面)保全を行う工法であり、主役の木となるシイやカシ類を中心に、ツバキ、サザンカ、ツツジなどの中低木を「混植・密植」し、早期法面保護、地形改変の復元を目指したものである(写真ー10)。

 

   

 

(3)川床や動線など利活用からの検討
最終段階である3 次掘削においては、動線や川床のアメニティなど、人が使う部分についての仕上げ方の詳細を決定する必要があった。具体的には、あたかも川が自然に地形を削り出し、創り出したかのような川床をイメージして、上流部、中流部、下流部を緩やかにゾーニングし、上流部の比較的滑らかな川床が、下流に行くに従って徐々にゴツゴツ、凸凹していく計画を作り上げた。また分水路内には、利活用の動線をループさせることを念頭に、石積み階段を左右岸2箇所ずつに設置した(写真ー11)。

 

 

6.グッドデザイン賞
事業完成後、平成24 年5 月熊本大学を通じて2012 年度グッドデザイン賞に応募することとなった。厳正な審査を経て、10 月1 日グッドデザイン賞を受賞し、グッドデザイン・ベスト100 に選出された。その後、星野裕司熊本大学准教授が11 月2 ~ 4 日グッドデザイン・ベスト100 デザイナー
ズプレゼンテーション(写真ー12)に参加し、11月25 日グッドデザイン・サステナブルデザイン賞(経済産業大臣賞)を受賞した(写真ー13)。
本賞は、2012 年度に選ばれた全てのグッドデザイン賞受賞対象の中で、持続可能な社会の実現を目指している特に優れたデザインに贈られる特別賞である。公共事業によって、より良い景観資源を生み出す取り組みが実を結んだ結果であり、国の激特事業として初めての受賞となったことは、本事業の検討・整備プロセスを評価されての快挙だと考えている。関係者のご努力に、厚く感謝申し上げたい。

 

   

 

7.終わりに
平成18 年7 月の洪水を契機に、激特事業などを通じて川内川も大きく生まれ変わりつつある。今後、流域のさらなる魅力の発信に向けて、平成23 年3 月発足の「曽木の滝周辺活性化検討会」などを通じて関係者の議論を深め、地域住民・NPO・企業・行政が一体となり、より一層この場所に愛着を感じられる取り組みを進め、魅力あふれる川内川を次世代へ引き継いでいきたいと考えている。具体的な取り組みとして、地域住民・NPO・企業・行政(国・県・市)・熊本大学の協力のもと、曽木の滝周辺地区を周遊し、普段では見落としがちな地域資源や自然を“ はっけん” する取り組みである「曽木はっけんウォーキング」
を平成23 年12 月、同24 年7 月に開催している(写真. 14)。
今後も、さらなる利活用に向けた取り組みのプロセスとして、各種支援を続けていきたいと考えている。

 

   

 

謝辞
この報告のとりまとめは、これまで本事業に携わった学識者、地域住民・NPO、行政関係者(国・県・市)、コンサルタント、施工業者の方々、また地権者の方々の多大なご協力に基づいて行い得たものである。これらの方々に、厚く謝意を表する。
【参考文献】
1)星野裕司,小林一郎:曽木の滝分水路の整備,景観・デザイン研究講演集,No.7,pp.307-316、2010.12

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