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地上デジタル放送を活用した河川防災情報の提供について
房前和朋

キーワード:地デジ、データ放送、防災情報、TVCML、ソフト対策

1.はじめに

テレビ放送は普及率が非常に高く、また操作が簡単なため、住民にとって最も有効な防災情報の入手方法と考えられてきました。
最近、この考えを裏付ける調査がシンクタンクの野村総合研究所によって行われています。東日本大震災について「情報入手にどのようなメディア(情報源)を重視したか」を調査1)したところ、「重視する情報源としてテレビの地位はとりわけ高い」結果となりました。1位が「NHKのテレビ放送を重視する(80.5%)」、2位が「民放を重視する(56.9%)」とテレビが上位を占めています。
また「震災関連の情報に接して信頼度が上昇した」メディアは1位がNHK(28.8%)、2位がポータルサイト注1)(17.5%)となっています。現在インターネットの発達は著しいものがありますが、防災情報についてはテレビ、とりわけNHKが住民に高く評価されていると言えるでしょう。
またこの調査は「インターネットを使用している人」を対象としています。インターネットをあまり使用しない高齢者が東日本大震災で多数被災していることを考えると、災害弱者への情報提供の観点から、更にテレビの重要性は高いことが明らかです。
平成23年7月24日には、いよいよ地上デジタル放送(以下「地デジ」)への完全移行注2)が行われます。総務省の調査2)では、「地デジ」の普及率は平成22年12月時点で94.5%となり、完全移行までにはアナログテレビの普及率99%とほぼ同等になると考えられます。
住民に強く信頼され、普及率も極めて高く、従来よりも高い性能を持つ「地デジ」は今後の住民の防災情報入手の最も有効な手段となると考えられます。このため九州地方整備局では、全国に先駆け地デジ用情報提供システムを開発し、NHKと協働して九州全域を対象に平成22年7月から「地デジ」の「データ放送」による防災情報提供を開始しました。

2.「地デジ」データ放送について

地デジは「データ放送」、「電子番組表」、「データの双方向サービス」、「多チャンネル化」等、従来のテレビにはない多くの機能を持っています。
新しい世界に漕ぎ出すには新しい船に乗らなければなりません。新しいテレビの時代には、新しい防災情報提供のあり方を検討する必要があります。
そこで着目したのは「データ放送」です。今までのテレビ放送では、自分の必要な防災情報が放送されるまで、テレビの前で待っていなければなりませんでした。しかしデータ放送を活用することで、いつでも好きな時に必要な情報を入手することができます。
インターネットによるアンケート調査結果3)4)でも、「地デジ」の「使用頻度の高い機能」及び「満足度が高い機能」は、両者ともに「データ放送」がトップであり回答者の過半数が評価しています。
最も災害時に重視され、最も普及率の高い情報機器である「地デジ」の、最も使用頻度・満足度が高い機能である「データ放送」を用いることが防災情報提供の手段として最良と考えました。
このため、九州地方整備局では「地デジ」の「データ放送」を用いた防災情報提供に向け、放送に用いる規格(定義書)の策定、システムの構築等、様々な取り組みを実施したところです。

3.「地デジ」向け河川防災情報提供システム

「地デジ」の「データ放送」の特性を生かした防災情報提供システムを作成する上で、以下の点について特に重要と考えました。

①正確であること
河川技術者と放送技術者では基礎となる知識・技術が大きく異なるため、情報の理解の仕方に差が生じ、思わぬミスが発生することも想定されました。このため情報を発信する側(整備局)と受信する側(放送局)で情報の解釈に曖昧な点がなく、確実に同じ理解をするデータのやり取りについての厳密なルールが必要です。
②迅速であること
九州地方整備局・九州各県が所管する雨量・水位観測所数は2千を超えます。これらの観測所は10分毎に観測を行っているため、情報提供システムで取り扱うデータは膨大な量になります。
防災情報は時間の経過と共にその価値が減少するため、膨大なデータを短時間で処理し、ほぼリアルタイムで情報提供する能力が必要となります。
③様々な用途に使用できること(汎用性)
河川の防災情報は雨量・水位観測値だけではなく、洪水予報・水位周知・水防警報等の各種予警報、ダム放流通知などのダム関連情報、CCTVカメラの画像・動画等、様々な情報を取り扱う必要があります。
また、防災情報は他の様々な情報と組み合わせることでより情報の価値が高まるため、他の情報システムや他の機関の情報と容易に組み合わせ様々な用途に使用できる能力が必要となります。

これらの条件を満たす情報提供手段として、地デジ用の防災情報の技術規格である「TVCML(TeleVision Common Markup Language)」を用いたシステムを作成することとしました。

4.TVCMLについて

日常目にしている多くのホームページはHTMLという技術(コンピュータ言語)を使用して作成されています。このHTMLは世界中で用いられており、これを用いることでインターネットを通じて誰もが世界中のどことでも、また同時に極めて多数への情報発信が可能となります。
今日のインターネットの発達はこのような、「誰もが共通して使用する優れた情報のやり取りの技術」の発明によるところが大きいと考えられます。
TVCMLはいわば「地デジ」におけるHTMLです。この技術を使用することで、正確且つ迅速に大量且つ多様な情報をやり取りすることが可能です。
元々TVCMLは2005年に愛知県で開催された国際博覧会(愛・地球博)において、博覧会協会と放送事業者6社が博覧会情報の配信規則として策定したものです。博覧会で実際に使用した結果、情報の確実性、速報性、汎用性に優れた技術であることが明らかとなりました。
その優れた特性を災害情報に活用するため、国、県、公共機関、法人、企業、放送局等で「デジタル放送地域情報共通XML研究会」(通称:TVCML研究会)を発足し、地デジ用防災情報提供の規格として2007年にTVCML(Ver2.0)を策定しました。
当初は九州地方整備局でも、このTVCML(Ver2.0)を用いて防災情報提供を行おうと考えていました。しかし、NHKと放送に向けた協議を重ねる中で、情報を発信する側(整備局)と受信する側(NHK)のTVCMLのわずかな解釈の差によっても、情報が適切に伝達できないことがわかってきました。このため、TVCML(Ver2.0)をベースに、NHKに技術的アドバイスをいただきながら新たな「九州地方整備局版TVCML」を作成することにしました。

5.九州地方整備局版TVCMLの作成

例えば同じ雨量観測所でも、使用する機械によってデータの形式が変わります。また各県毎に防災システムを作成しているため情報が届くタイミングもバラバラです。
これらの不揃いのデータを同一の規格にそろえ、正確且つ迅速に伝達することが必要となります。
このため、TVCMLシステムが取り扱う様々なデータについて、「どのような情報が、どのようなタイミングで、どのような形式で」伝達するかをあらかじめ厳密に決定しておく必要があります。
九州地方整備局では、システムで取り扱う非常に大量且つ多様な防災情報を、情報を発信する側(整備局)と受信する側(NHK)で、正しい情報が正しいタイミングで正しい形式にて間違いなく伝達されるルールを厳密に定めた「TVCML定義書」を作成しました。
またこうしたルールは策定後時間の経過と共に正しく運用されなくなり、思わぬミスが生じる可能性も否定できません。このため永続的に高い精度が保てるように、将来の定義書の変更ルールも定め、ミスの発生するリスクが最小となるように努めました。
変更ルールは、①細かいルールの修正等についても必ず変更箇所・履歴をTVCML定義書に明記する、②システムを修正・変更する際には必ず先にTVCML定義書を変更する、等です。

6.「TVCMLシステム」について

九州地方整備局版TVCML定義書のルールに従って、「地デジ用防災情報提供システム(以下TVCMLシステム)」を作成しました。
「TVCMLシステム」は、国土交通省、各県の防災情報を、厳密に「TVCML定義書」で定められた形式に変換、リアルタイムで報道機関に伝達するシステムです。また、更に情報の精度や汎用性等を高める機能も装備しています。
このTVCMLシステムは前述のとおり、九州地方整備局で作成したシステムです。しかし国土交通省の河川防災情報だけではなく、九州各県と調整を行い河川・砂防等の防災情報についても同様な形式に変換し、リアルタイムで報道機関に伝達しています。これは以下の理由によるものです。
  1. 住民の立場で考えると、国と県の防災情報を同時にテレビで入手できるメリットが大きいため。また国と県の情報を組み合わせることで、より価値の高い情報提供が可能となるため。
  2. 公共の電波を用いることを鑑みると、国の管理する河川流域と県の管理する河川流域で防災情報提供に格差が生じることは望ましくないため。
  3. 福岡市・北九州市の2政令市等、国の管理する河川流域外に人口・資産が集中している区域が多くあるため。
しかし、国土交通省と九州各県では、使用する観測機器や防災情報システム、水位危険度レベルや基準となる高さ(0点)の設定状況、観測所の管理水準、観測値の精度、障害の発生頻度等が大きく異なる状況にありました。
このように精度や諸条件が大きく異なる情報をひとまとめにすると、情報の受け取り側でミス等が生じ、情報全体の価値を損なう結果となります。
このため各県と調整を行い、できうる限り精度や諸条件を合わせる努力を継続しておこなっています。
この結果、地デジに用いる防災情報については、重要性や水防法における基準観測所の指定注3)状況、管理水準、過去の障害発生状況、障害対応の難易度等の観点から評価を行い、国・県の所管の違いにかかわらず一定水準以上のクオリティを確保することができました。
また、防災情報は他の様々な情報と組み合わせることでより情報の価値が高まります。よって防災情報提供システムを作成する際には、あらかじめ他の情報システムや他の機関の情報と容易に組み合わせることが可能となるように設計することが重要と考えました。例えば、市町村コードと呼ばれる全国の市町村を表すコードは、総務省・JIS・ISO等多くの組織・基準で相互利用を図るために同一のコードを用いています。しかし残念なことに、国土交通省の防災情報システムでは独自の市町村コードを用いているため、他のシステムでは「市町村の判別ができない」「全く違う市町村として判別される」等の障害が発生し、せっかくの貴重な防災情報が活用できない状況でした。
このため、九州地方整備局の「地デジ用防災情報提供システム(以下TVCMLシステム)」では、取り扱う情報(コード)を、だれもが理解可能な汎用性の高い情報に変換することで、他のシステム等において容易に他の情報との関連付けが可能となるように工夫しました。また、情報を変換するにあたっては速報性、正確性が失われないよう十分配慮しています。
こうして作成した「TVCMLシステム」は、NHKとの協働で約半年間のテストを実施したところ、実際の放送に十分使用できる能力が確認できました。その結果平成22年7月20日から、TVCMLシステムの河川防災情報をNHK総合の「データ放送」に採用いただき、九州全県にて放送されています。

7.地デジの「情報監視システム」について

テレビの防災情報は住民から強く信頼されており、また非常に多くの住民が利用するため、情報を提供する国・県は特にデータの誤りや欠測が生じないように注意する必要があります。
しかし「地デジのデータ放送」の内容は各県ごとに異なっており、その県にあるテレビでしかその県の情報は見ることができません。このため、障害発生の情報をいただいても、例えば九州地方整備局では福岡県内の情報しか確認することができません。
また情報は10分毎に更新されますが、過去の情報を蓄積する機能が無いため、障害が生じた場合には即テレビにて確認する必要があります。
このため、障害発生状況を確認すること自体困難であり、原因の究明、障害の解消、再発防止を行うのに非常に労力・時間がかかる状況でした。
こうした事態を鑑み、九州内の任意の県、任意の時間の地デジ放送画面を再現し、自動的に障害原因を分類し、関係機関に通知する「地デジ用情報監視システム(以下監視システム)」を開発しました。
また監視システムはパソコンやスマートフォンで、障害に関する情報や再現した地デジ画面をインターネット等により遠隔地から確認できる機能を有しています。このシステムによって、障害時の対応を、迅速かつ効率的に実施できるようになりました。

8.NHKによる「地デジのデータ放送」の実例

NHKによる地デジのデータ放送内容について、放送画面の説明を以下に示します(図-2)。
  1. データ放送画面は観測所位置図、観測所一覧表、観測所詳細情報から構成されている。
  2. 観測所位置図は県ごとに数枚(福岡放送局では4枚)で構成されており、リモコンの上下ボタンで位置図の切り替えを行う。また、位置図に表示されている観測所は画面下の観測所一覧表に表示される。
  3. 観測所の詳細情報については、観測所一覧表で選択されている観測所の詳細情報が表示される。観測所はリモコンの左右ボタンで選択する。
  4. データ放送の放送対象水位観測所は洪水予報・水位周知の基準観測所が基本となっている。
  5. 雨量観測所は観測所位置図上に青色の丸にて表示され、雨量強度を青色の濃淡により表現する。
  6. データ放送は県毎に放送エリアが定められており、内容が各県毎に異なる。例えば、福岡放送局の放送を受信している場合には、福岡県以外の県で提供されているデータ放送画面を見ることはできない。

9.今後の展望と課題

TVCMLシステムは、九州全域という非常に広範囲を対象とし、約1,300万人に対して河川の防災情報をほぼリアルタイムで提供する画期的なシステムです。平成23年6月には沖縄地域を防災情報提供エリアに加え、現在防災情報提供エリアを日本全域とするための整備を行っています。
今後は全国のTVCMLシステムの構築・運用をサポートし、将来的には日本全国1億3千万人へ防災情報を提供するシステムにしたいと考えます。
また、より正確で迅速なシステムにするための改良を行い、提供する情報の拡充(洪水の予警報や市町村の避難情報、ダムの放流等の情報など)を行いたいと考えます。
更に、TVCMLシステムは、防災情報提供システムとして優れた特性を有しているため、河川以外(火山等)の分野での活用やデータ放送以外の活用を推進したいと考えています。すでにTVCMLシステムを活用した防災情報メールシステムを運用し、住民やケーブルテレビに防災情報を提供していますが、今後も様々な活用を検討したいと考えています。

【参考文献】
  1. 1)株式会社野村総合研究所「震災に伴うメディア接触動向に関する調査 記者発表資料」2011.3.29
  2. 2)総務省、社団法人デジタル放送推進協会『地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査』2011.3.10
  3. 3)japan.internet.com:gooリサーチ『地上デジタルテレビ放送に関する定期調査(第14回目)』2010.5.21
  4. 4)japan.internet.com:goo リサーチ『地上デジタルテレビ放送に関する定期調査(第7回目)』2009.4.17
  1. 注1)グーグル、YAHOO等の「インターネットの入り口」となるウェブサイトのこと
  2. 注2)東日本大震災の被害が大きかった岩手、宮城、福島の3県では地上デジタル放送の移行が延期されました
  3. 注3)水防法により、情報提供を行うよう定められている水位観測所のこと

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