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グラウンドアンカー維持管理マニュアルについて
独立行政法人土木研究所 小橋秀俊
1.はじめに

グラウンドアンカー(以下、「アンカー」という。)は、我が国に導入されて以来50年近く経過している。施工実績は1990年代に入り急激に増加しており、1996年から10年間の仮設を除く永久アンカーの施工件数は約24,000件、施工延長は約15,000kmに上っている。これまで施工されたアンカーの約20~25%が既に10年を経過しており、なかでも、施工技術や防食技術が開発途上で導入初期に施工されたアンカーにおいては、アンカーが機能を失ってのり面に変状が生じたり、アンカーの部材が腐食等によって破断して頭部が飛び出すなどの問題も見られるようになってきた。
しかしながら、アンカーに対する健全性診断の手法、補修・補強技術は未だ体系的に整理されておらず、点検から健全性診断、補修に至る維持管理のしくみづくりが必要である。
土木研究所は2002年から社団法人日本アンカー協会の協力を得てアンカーの健全性診断と補修技術に関する研究をスタートし、2005年度には共同研究を実施した。その成果をもとに、既設アンカーの維持管理手法を示す「グラウンドアンカーの維持管理マニュアル」1) を2008年7月に発刊した。本稿では、マニュアルにおける点検、健全性評価、対策を通した既設アンカーの維持管理の考え方およびその手法を紹介する。

2.既設アンカーの変状、損傷形態

現場において観察される主な変状・損傷を以下に示す。
①アンカー頭部の浮き上がり
テンドンの破断やアンカー体の引き抜け等によるアンカーの飛び出しや受圧構造物の沈み込みが原因と考えられる(写真1)
②アンカー頭部の突出
緊張力が作用したテンドンの腐食や過度の引張り力によりアンカーが急激に破断したためにアンカー頭部が飛び出す(写真2)
③アンカー頭部の劣化・破損
頭部コンクリートの劣化、落石や機械の接触などの外力の作用が原因と考えられる。
④アンカー頭部の落下
外力の作用やテンドンの破断、コンクリートの劣化等により頭部のコンクリートが落下する。
⑤アンカー頭部からの遊離石灰の流出
アンカーが湧水等にさらされ、腐食環境下にある可能性が高い(写真3)
⑥アンカー頭部からの防錆油の流出
防錆油の漏出によりアンカー頭部が水や空気などの異物に接触し、腐食環下にある可能性がある(写真4)
⑦頭部背面のテンドンの腐食
頭部背面は、構造上、アンカーとは不連続となるため、防食が不十分な場合に鋼材が腐食しやすい部位である。
⑧反力構造物の劣化・変状
反力のり枠等の劣化や変状が生じている場合、のり面全体の機能低下を起こす場合がある。

3.アンカー維持管理の考え方

アンカーの維持管理は、予備調査を踏まえた点検、健全性調査、対策が基本となる。点検から対策までの維持管理のフロー(図1)に基づき、基本的な考え方を以下に示す。

3-1 予備調査

予備調査はアンカーの点検に先立って、維持管理に必要なデータ・情報を収集する文献調査であり、原則として全数を対象とする。アンカーならびに斜面・構造物等の設計図書、維持管理に関する記録、周辺地形に関する資料を収集対象とする。
昭和63年制定の土質工学会基準において二重防食が義務付けられる以前の旧タイプアンカーについては、アンカーの耐久性に問題が多い傾向がみられることから、対象となるアンカーが新旧いずれの基準に基づいて施工されているかは特に留意する必要がある。また、過去にアンカーやのり面に変状の履歴がある場合も同様である。

3-2 点検

予備調査の結果、健全性の問題が潜在化していると考えられるアンカーについては、日常の施設の維持管理の中で行われる日常点検(主として車上からの確認)、期間や時期を定めてより詳細な点検を行う定期点検(目視、打音など)へと進む。アンカー頭部の飛び出し、頭部コンクリートの浮き上がり、支圧板が人力で回転するなどの現象がみられる場合は、専門技術者を入れて個別に行う健全性調査へと進む必要がある。また、これ以外に豪雨や地震などの非常事態の発生後に行われる緊急点検があり、同様の対応をとる。

3-3 健全性調査
(1) 頭部詳細調査
アンカー頭部詳細調査はアンカー頭部の異常の有無を確認し、その他の健全性調査の必要性や実施の可能性を確認するために行うものである。テンドンの破損破断などの変状、定着具の腐食状態、腐食の要因である背面からの湧水状態、緊張力解除の可否判定のためのテンドンの余長、引張り材や定着具の腐食状態、背面からの湧水状態、防錆油の漏れ・変質状態などの確認を行う。
(2) リフトオフ試験
リフトオフ試験は残存引張り力を測定するために行う試験で、荷重-変位量特性からアンカーの見かけの自由長やアンカーの異常の有無も確認する。頭部背面調査、維持性能確認試験や再緊張の実施の適用性を判定するために行う。
(3) 頭部背面調査
頭部背面調査は緊張力を解除して頭部金具を取り外すことが可能なアンカーについて、テンドンの腐食状況、背面の防錆材の充填状況および変質の有無、防食構造の止水性や地下水の侵入状況などを調査して健全性評価の資料とするものである。
(4) 維持性能確認試験
維持性能確認試験は頭部背面調査を実施したアンカーに対して、残存引張り力を解除して行う多段階・多サイクルの引張り試験である。斜面などの外的要因で残存引張り力が減少してしまった場合などでは、アンカー自体に健全性の問題があると一概に言えない場合があり、アンカー自体が設計引張り力に対して今後も適用可能かどうかを、引張り荷重-変位量の関係の推移から推計するものである。
(5) 防錆油の試験
防錆油は主にテンドンの防錆を目的として使用されており、金属表面に基油と添加剤の効果によって強固な油膜を形成し、酸化を遅らせる効果がある。防錆油の試験は、頭部詳細調査や頭部背面調査の結果、色相の変化が確認された場合に、防錆油販売元等に持ち込みJISで定められた方法で物性試験を行うものである。
(6) 残存引張り力モニタリング
残存引張り力モニタリングは、アンカー体設置地盤やアンカー定着構造物のクリープ等の変状に起因する、残存引張り力の増加や低下状況を把握するため、荷重計(ロードセル)でモニタリングしたデータから残存引張り力の経時変化を解析するものである。
(7) 超音波探傷試験
超音波探傷試験は超音波を引張り材に発信し、その反射を検知して引張り材の損傷状態を探傷する試験である。

4.アンカーの機能維持・向上のための対策工

アンカーの対策工は、対策の目的と目標性能を設定し、現在の性能レベルから目標とする性能レベルに向上させるために必要な内容(耐久性向上、補修、補強、更新)を選定する。また性能を向上させるだけでなく、問題の原因を明らかにし、性能低下の原因を取り除く必要がある。表-1にアンカーに用いる主な対策工の概要を示す。また、その一例として写真5に頭部背面の補修・補強に背面保護管付き支圧板を利用した事例、写真6に防錆油を充填してオイルキャップを装着した事例を示す。

5.今後の課題

アンカーの維持管理に関する、今後の課題として以下が挙げられる。
  1. (1)アンカーの維持管理技術の向上のためには、管理者側が設計、施工、点検、健全性調査、対策といった全ての段階の情報を、一元的に管理するシステムを構築する必要がある。
  2. (2)点検や健全性調査は、具体的なアンカーの補修・補強技術があってはじめて意味をもつものである。補修・補強技術の具体的工法を数多くそろえていく必要がある。例えば、アンカー奥部の補修・補強技術、アンカー頭部背面周辺の簡便な補修・補強技術、アンカーの腐食の進行を止める技術(電気防食など)が挙げられる。
  3. (3)アンカーの変状の多くは支圧板の背面など地表面に近いところで発生している。ところが、このような部分の健全性調査や部品の交換であっても、アンカーの緊張力を解除しなければならないものが多く、一旦緊張力を解除すると再緊張できなくなる場合もある。このため、交換補修が容易な構造のアンカーを考案していく必要がある。
  4. (4)補修補強を繰り返しながら延命したとしても、いずれかの時点で既設アンカーは寿命を迎える。しかしながら、既設アンカーを引き抜いて同じ位置に更新施工することが困難であり、今のところ具体的対応法の見通しも立っていない。今後、既設アンカーに隣接しての増設や補強方法についての開発が必要である。

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