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佐賀江川ショートカット工事に伴う用水対策
(淡水取水への影響と対応策)

佐賀地区河川改修事務所
 工務課長
古 賀 紀四郎

佐賀地区河川改修事務所
 工務係長
遠 田 勝 美

1 まえがき
治水事業を行う上で利水処理は,避けて通られない問題である。各河川においても様々な取水方法があり,色々な用水施設が点在しているが,特に当事務所で改修に当っている佐賀江川は,有明海の干満差を利用して,逆流してくる淡水を取水するアオ(以下淡水という)取水という全国でも稀な用水方法がとられている。将来は筑後川(筑後大堰)からの用水に取って変り,少なくなるものと考えられる。
一方,当地域は低平地域で,しかも有明海の高潮位の影響を受け,県都佐賀市をはじめとする流域は過去15年間に,1,000戸以上の家屋浸水8回を数える水害常襲地域でもある。特に昭和55年8月の災害は,佐賀市街地の大半が水浸しとなり,激甚災害対策特別緊急事業の採択となり,佐賀江川下流部のショートカット及び河道拡幅を行うこととなった。
これら改修が淡水取水という特殊な利水形態に影響を及ぼすことが懸念され,その対応策について検討を加えたので調査・解析例を紹介する。

2 淡水取水の概況
淡水取水の行われている所は,当然感潮区域であることは言うまでもないが,本県の利用地区の限界は三根町,千代田町,佐賀市となり,かなり広範囲の水田をこの淡水で潤している。なかでも水源地(山地)を持たない有明海沿いの諸富町,川副町等はこの淡水の依存度が高く,歴史的にみても用水に対しても苦労してきたことが文献等から窺える。
佐賀江川沿いの淡水取水は,樋門・樋管によるものが5ケ所あり,ポンプによるものが4ケ所ある。なかでも西土井(大堂)の補水ポンプは昭和32年に設置され0.5m3/sと最も大きい。取水の方法としては干潮時(塩分濃度が満潮時より低い)にポンプで取水する方法と,満潮時の水位差により樋門・樋管で取水する方法の2通りがあり,単独又は併設され取水を行っている。

3 ショートカットによる影響予測
今回の改修工事に当って問題となったのは,河道のショートカット及び拡幅により水位の変化,塩分濃度の変化,さらには淡水の逆流量の変化が取水へどう影署を及ぼすか,対応策をどう行うかであった。調査解析手順を下記に示す。

(1)現況調査
観測は昭和56年より行い比較的に塩分濃度の高い大潮,小潮について図ー2に示す11ケ所で,水位,流速及び塩分濃度について同時観測を行った。

観測地点の最高水位,最高塩分濃度は下記の通りであった。

この結果,ショートカット区間である蒲田津橋~犬尾橋間でみると,水位については小潮時においては水位の逓減はほとんどなく,大潮時は約60cmの低下であった。塩分濃度についてみると,小潮時は各地点とも差異はほとんどなく,大潮時においては塩分濃度が高いほど低下率は大きく犬尾橋では約85~90%低下している。

又,水深方向の塩分濃度変化は図ー4に示すように塩分クサビの分布ではなく強混合型となっている。この分布の形成は,上流からの流下量にも左右されるが,有明海の様な干満差が大きく,遡上速度の早い河川においては強混合型に成り易い。さらに塩分濃度の変化は水位変化より幾分遅れて現われ,どちらかといえば,流速の変化に追従しているようである。このことは,塩分濃度の上昇がある区間内の流速に左右されながら,押し上げられていることを示している。

蒲田津地点において大,中,小の潮について測定した最高水位及び最高塩分濃度を図ー5に示すが,これから言えることは大潮時が小潮時に比べ塩分濃度が高く,又当然のことであるが多量の降雨があれば大潮に対しても長期に亘って塩分濃度が高くなることはなく,少量であっても適当な間隔で降雨があれば同様なことがいえる。

(2)解析モデル及び検証
前述の現況調査でも分かるように淡水の問題はいろんな要素が絡み合っていると言える。水位の上昇,流速の増減,塩分の混合型,塩分濃度の増減,上流からの流下量,降雨量,取水の方法等,数々の要因が相互に関係している。これらを全て解析モデルとして組込み,基準渇水年に対する影響を算出すべきであるが,ここでは数理モデルとして次の2つについて考えた。
 ①,潮位(水位)を表現できるモデル
 ②,塩分濃度の変化を表現できるモデル
潮位については不定流計算によるものとした。
a.基本式

b.計算におけるメッシュ間隔⊿x及び⊿t演算格子間隔⊿xと⊿tの間の解の安定条件

c.境界条件
下流端(佐賀江川始点):若津の水位記録
上流端(佐賀江川終点):江上の水位記録
   (城原川終点及び中地江川終点):境界条件となる測定値がない為,流量境界とし流量は0とした。
佐賀江川,城原川及び中地江川の3河道について,佐賀江川河口(筑後川合流点)から潮位が伝播するものとして計算を行った。図ー6に計算模式図を示す。

観測資料について検証を行った結果,図ー7,図ー8に示すように大方の整合が得られたのでモデル及び係数を決定した。

次に,塩分濃度の変化を現わす数理計算は,次の塩分拡散方程式によった。
a.基本式

b.計算条件
① 各時刻の各地点の流速
流速は,不定流計算で求めた値を用いた。各地点の流速は,一定時間間隔で入力し,差分時間間隔毎の値は補間した。
② 計算開始時刻の各地点の塩分濃度
計算開始時刻の設定が問題となるが,ここでは塩分濃度が最も低い干潮時とし,始点と終点の塩分濃度による距離配分とした。
③ 始点及び終点の各時刻の塩分濃度
始点及び終点の塩分濃度は,実測値又は推定値を用い,差分時間間隔毎の値は補間した。
④ 塩分の水平拡散係数
拡散係数は実測値により推定した。推定した値を下記に示す。
これは,有明海の潮位により押上げられる淡水の流速及び水深が大きいほど,河川水に含まれる塩分の混流拡散が助長されるためと考えられる。

⑤ 計算時間間隔及び区間長
不定流計算と同様,⊿x=200m,⊿t=15秒とした。
塩分濃度について,観測資料の検証を行った結果を図ー9に示す。

(3)計画河道(改修後)における水位及び塩分濃度の推算
以上2点の数理モデルにより,水位及び塩分濃度が表現できることが知られたので,この検証結果の定数を基にして計画河道における水位及び塩分濃度の推算を行った。
計算は次の仮定を基に計算した。
① 佐賀江川改修後も筑後川の水位及び塩分濃度分布は現在と同じと考える。即ち,佐賀江川河口(筑後川合流点)地点の時刻~水位及び塩分濃度の分布は現況河道と同じ状態と考える。
② 塩分濃度の拡散係数は河川改修後も変化しないと仮定する。
a.計画河道における水位の推算
計算結果を表ー1,図ー10,図ー11に示す。
この結果,各地点の最高水位を見ると改修(ショートカット)区間の蒲田津橋~犬尾橋間でみると改修前は大潮時約50cm程度,中,小潮時約30~10cm程度水位差がみられるが,改修後は蒲田津地点の水位がほとんど逓減することなく上流まで及ぶことが予想される。
又,ピーク水位の到達時刻は改修後において,新川分流点附近で約1時間早まることが予想される。これらは従来の感潮区域が更に拡がることを示している。

b.計画河道における塩分濃度の推算
塩分濃度計算結果を表ー2,図ー12に示す。
現況河道の塩分濃度に対し,河川改修後は蒲田津地点では濃度の上昇はあまりみられない。しかし,ショートカットした他の上流地点では全て濃度が上昇している。河道の短縮と塩分濃度の上昇割合を比較すると,濃度は距離1kmの短縮に対し従来の塩分濃度より5割程度増加することが予想される。

(4) 河川改修により影響を受ける取水施設
河川改修により塩分濃度が上昇し,淡水取水に影響を与える範囲を筑後川の淡水分布と上げ潮時に蒲田津橋地点を通過する塩分濃度に着目して考えた。
淡水を取水し,農業用水に利用する許容塩分濃度を1,000ppmとすると,蒲田津地点を通過する最高塩分濃度が1,000ppm以下であれば,これより上流で取水する淡水は改修後も従来通り取水可能である。これまでの観測によると,蒲田津地点の最高塩分濃度が約5,000ppm以上となれば,佐賀江川へ流入(逆流)する淡水がほとんどないことが確認されている。言いかえれば蒲田津地点が,5,000ppm以下の場合に佐賀江川に淡水が流入する。
従って,この場合流入した1,000ppm濃度が到達する地点までが河川改修による影響範囲と考えられる。この関係を改修後の塩分遡上推算で求めた蒲田津橋地点最高塩分濃度~1,000ppm濃度到達距離関係図(図ー13)より淡水取水に影響を与える区間は下記区間が予想される。
佐賀江川:2.4km~4.8km
中地江川:0.2km~2.0km
即ち,河川改修により上記区間に淡水取水施設を設置する場合は,塩分濃度の上昇を考慮した対策が必要となる。

4 取水施設の対応策
ショートカット,河道拡幅により水位及び塩分濃度が変化することを知ることができた。これらを基に改修区間内で最大の淡水取水を行っていた大堂(西土井)地点の取水を例に対応策を考えてみる。
水位及び塩分濃度は降雨量,旱天日数等により日々変化する為,厳密にはかんがい期間中全てについて時系列に算定する必要があるが,ここでは大堂地点で取水可能であった(ピーク1,000ppm)昭和56年9月13日の大潮,昭和56年7月9日の小潮を代表と考えてみる。(ほぼ現有淡水取水施設機能に対する流況と考えられる。)
現施設は大潮時堤内水位と堤外水位(潮位)の水位差によってクリークに淡水を取り入れる樋門樋管,及び自然取水が不可能な小潮時に強制取水する補水ボンプ(呑口高T.P 0.5m)がある。
図ー14,及び図ー15より改修前は,大潮時において樋管からはクリーク水位がT.P+1.9m程度となっており,この水位以上にならないと取水できない。このため取水可能時間は2.5時間程度と考えられる。小潮時は自然取水は不可能である。
改修後は大潮時においてこれまで樋管により自然取水できていた時刻には,塩分濃度が上昇し取水不可能となる。このため塩分濃度が低い(即ち水位が低い)時間にポンプ取水することとなる。
取水時間はポンプ運転可能時間(ポンプ運転可能水位T.P-0.5mから取水可能)9時間から,1,000ppm以上の取水不可能時間の3時間を差し引いた6時間が大潮時の取水可能時間となる。
又,小潮時は塩分濃度の制約を受けない(改修後も1,000ppm以下)ので,ポンプ運転可能時間の8時間が取水できることになる。
潮汐は大潮,小潮共,約15日で変化し,また1日に2回の潮がくる。この間大潮を10日,小潮を5日とし,大潮については断続運転になるので1潮のみを取水するものとすると,取水可能時間の計は,下記の様になる。

従って,15日間に必要な用水量(取水していた量)を15日間で約140時間運転するに必要なポンプ容量が確保できれば,ショートカット及び河道拡幅による用水対応はできるものと考えられる。(現取水体系も堤内地のクリークを利用し,15日周期で水利用を行っている。)

従来まで,大潮によって取水していた施設を小潮でも取水可能な様にポンプ取水に切替えれば,従来施設の取水を行うことができることが分かった。単純に考えれば,従来取水していた量に見合う量のポンプを設置すればよいのであるが,この従来の取水が何を指しているか項目毎にのべ,問題点を拾い上げてみる。
① 取水量の評価
取水施設の年間総水量の変化は大きく開いていないと考えられるが,代掻期,端境期の特別な時期と,その他日々の取水期における取水量とは大きな開きがあると考えられる。このため,どの期間を対象にポンプを決めるかは,かなりの量の違いがでる。(当河川においては,代掻期等は降雨の後に行われているものと考え,その他日々の期間を対象とした。)
② ショートカットによる影響範囲の設定
蒲田津地点の塩分濃度と淡水の関係より影響範囲を算出したが,その上流でも従来の濃度変化は零ではない。数%でも影響を受ける全てを対象に考えると広範となる。営農に影響ある範囲は何%までであるかを決めて対応する必要がある。
③ かんばつ及び筑後川の流下量の評価
蒲田津の濃度測定結果からも分かる様に降雨量によって,濃度の増減が変化していることが知られる。過去35年,39年,42年,52年とかなりかんばつがあったにもかかわらず,稲作が皆無とか減収があったとかは余り聞かないところをみると,筑後川の流下量が比較的大きかったためとも考えられるが,一般的には本川の水量も渇水状態となっていることが多いはずである。つまり,実際には水管理を厳しく行い稲作の許容の保水範囲であれば,かなりの水が節約可能であったことを示している。
この様に,従来の施設が水文確率に対して,どの程度耐えうる施設であったかによって,対応は異なる。

5 あとがき
佐賀江川の大きな蛇行形状は,舟運,用水確保を容易にするため,もともと蛇行していた河川に,さらに人工的な蛇行を加えたもので激特事業を完了させる上で,用水対策については1つの大きな課題でもあった。
一般の用水施設も河川工事に伴ない,位置の変更,自動堰,ポンプヘの変更等みられるが,今回の様な淡水取水という特殊な用水取水の補償の考え方は県下では始めての事例でもあり,この様な調査・検討を生じたものである。
ここに紹介したのは淡水という一つの問題に対する手順や考え方についてのべてみたが,今後多くなると予想される間接的な代替施設の手引きともなれば幸いである。
昭和61年11月,激特事業によるショートカット河道拡幅工事及び淡水用水代替施設は,無事完了することができた。
ショートカット後の調査(水位,塩分濃度等)については現在も継続調査中である。

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