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第2ヤイラギダム嵩上げ工事の
計画および施工について

熊本県牛深市水道課長
古 田 末 一

西日本技術開発(株)
土木一部課長補佐
橋 口 清 文

1 はじめに
社会経済の高度化により水資源の安定確保や治水上の要請からダム建設が従来にも増して必要とされているが,その一方では社会環境と土木技術の両面からみてダム築造の適地は著しく少なくなってきている。このような背景から近年,ダムの再開発がにわかに脚光を浴びるようになり,既存のダムを嵩上げしてより有効な貯水池の利用を図る計画が増えてきている。
第2ヤイラギダムは,熊本県牛深市によって2級河川桜川の上流に,水道用水の供給を目的として昭和46年に建設された利水ダムである(図ー1)。牛深市の水道用水の需要はその後も伸び続け,慢性的な水不足を生じたため水道水源の確保が計画されたが,適当なダムサイトがないことから,これらの抜本的対策として既設第2ヤイラギダムの嵩上げが牛深市上水道第8期拡張事業の一環として計画・施工され,昭和59年11月に竣工をみている。
本報告は,当市における上水道事業の経緯と第2ヤイラギダム嵩上げ計画の概要を簡単に述べるとともに,嵩上げ工事を湛水した状態のままで実実施したという観点から見た設計・施工上の特徴をとりまとめたものである。

2 事業の概要
(1)上水道事業の経緯とダム嵩上げの必要性
牛深市上水道は,大正15年に牛深町内を給水区域として計画給水人口7,000人,1日最大給水量240m3をもって創設された。その後上水道事業は,生活水準の向上等に伴い昭和24年の第1期拡張事業着手以来,第4期では第1ヤイラギダムの建設,昭和42年には西日本大渇水を経験する等して昭和57年の第8期拡張事業まで実施されてきた。
その経緯を示せば表ー1のとおりである。

今回実施した第8期拡張事業は,牛深市の水需要の増大ならびに未給水区域の解消を図る目的で計画され,計画給水人口22,000人,計画1日最大給水量7,920m3として当市の水道用水の安定供給を図ったものである。
そこで水道水源としては,既得の河川水および既設の第1,第2ヤイラギダムの他に新規の水資源開発の必要を生じたが,当市においては,水源施設として他に適地がないことから,第2ヤイラギダムの嵩上げを計画したものである。
したがって,需要増に対処するための貯水池容量の増分275,000m3を確保するために,第2ヤイラギダムを7.3m嵩上げするものとした(写真一1,2)。

(2)第2ヤイラギダム嵩上げ計画の概要
事業の主体をなす貯水施設としての第2ヤイラギダム嵩上げ工事は,昭和56年に予備調査を行い,昭和57年から詳細設計に入り,昭和58年1月に本体嵩上げ工事に着工した。工事は昭和58年4月から基礎グラウチングを,7月から本体基礎掘削,旧堤体取りこわしおよび仮設工事に着工し,昭和58年11月8日より本体コンクリートの打設を開始し昭和59年5月末に最終コンクリート打設を完了した。第2ヤイラギダム嵩上げ工事の計画概要を示せば表ー2のとおりである(図ー2,3)。

3 ダムサイトの地形・地質
第2ヤイラギダムは牛深市魚貫町ヤイラギに位置しており,魚貫湾に流れ込む桜川の最上流域に当る。ダムサイトは両岸が急峻な地形をなす中で最も狭まった箇所に築造されているが,両岸尾根とも細尾根であり,ダム下流では段丘が発達した開けた地形となっている。特に右岸部は,昭和46年の旧ダムの建設工事にあたり尾根を切取った状態であるので,ダム軸をそのまま直線で延長すれば地山が薄くダムが不安定となる。したがって嵩上げに際しては,左右岸ともそれぞれダム軸を上流の尾根方向に30°折りまげて新堤体部をマッシブな地山に8m,12m取付ける計画とした。
ダムサイトの地質は新生代古第三紀の本渡層群からなっており,砂岩を中心とした基盤中に数10cm厚さの黒色頁岩層が狭まれており,これは層理面からはく離しやすい性質を有している。地層はダム軸にほぼ平行したN25°~40°E走行をもち,下流へ35°~40゜傾斜している。
旧ダムの基礎は,左岸の取付部を除き,30数mの重力式コンクリートダムの基礎としては十分支持力を有していると考えられるC級岩盤に着岩し,特に河床部付近はC級岩盤であるため,今回の7.3mの嵩上げに対しても何ら問題はないと判断された。
しかしながら基礎岩盤の透水性はかなり高く,右岸および河床部では20~50ルジオン,また左岸についても深部は比較的低い透水性ではあるものの浅部では30ルジオン以上を示しており,当嵩上げ工事においては十分なグラウチングによる改良が必要であった。
なお,設計に先立ち基盤調査として,調査ボーリング12孔,延長406m,調査横坑をダム堤趾部付近の右岸部に1坑,ℓ=15mを実施した。また調査横坑を利用して,岩盤せん断試験を4箇所,C~C級岩盤において実施し基盤の力学的定数を求めた。

4 第2ヤイラギダムの嵩上げに対する検討
(1)旧堤体コンクリートの物性試験
旧ダムを嵩上げするにあたっては,新設ダム計画と同様なダムサイト,貯水池の地質調査の他に,旧ダムの形状やコンクリートの物性ならびにコンクリートの劣化状態等の実態調査を実施することが,設計・施工上の基礎資料として不可欠なものである。
試験は,配合推定,単位容積重量,強度,弾性特性,熱特性および中性化の各項目について行った。試験結果を示せば表ー3のとおりである。

(2)嵩上げダムの安定性について
我が国におけるコンクリートダムの嵩上げ例は,王泊ダム(中国電力),川上ダム(山口県),新中野ダム(北海道)等数ダムにすぎず,これらのダムは新コンクリートを旧堤体の下流面側にほぼ平行に打設することによって堤高を増している。
そしてこの設計には「垣谷理論」が応用され,以下の仮定を前提としている1)
(ⅰ) 新コンクリートの硬化収縮による容積変化を無視する。
(ⅱ) 新旧コンクリートの物理的性質の相違等を無視する。
(ⅲ) 新旧コンクリートが一体となればダムは剛体力学的に扱うことができる。
(ⅳ) 新コンクリートは自重の他には外力を受けずに硬化するものとする。
すなわち,当ダムのように工事中の貯水位を空虚にできない場合,嵩上げ前に作用している貯水圧は旧堤体のみで支持され,最終状態における堤体の応力は,この時の応力と嵩上げ後新たに付加される荷重を新旧一体となって支えるとした時の応力を重ね合わせることにより得られる。そしてこの最終的な応力が上流端で0もしくは圧縮側となるように下流面勾配が決定される(図ー4)。

この下流面勾配mは,施工時の貯水位と密接な関係にあり,施工時水位が低い程有利となり,その時のmとβ(施工時水位と旧ダムの高さとの比)との関係は図ー5のようになる2)。これによれば,βが小さくなれば,つまり施工時水位が低くなればmも小さくなり経済的な断面が得られるわけである。
したがって,工事中の貯水位はできるだけ低下させ,下流面勾配を抑えて嵩上げコンクリートの節減を図ることが望ましいと言える。

(3)工事中の制限水位の検討
ダムの嵩上げは,前述のように工事中の貯水位をできるだけ下げた方が設計上は有利である。しかしながら,牛深市のひっ迫した水需要に対し工事中の代替水源を確保できない状況においては,湛水した状態での施工は避けられず,工事中の制限水位を設定する必要が生じた。
したがって,当市における工事中の給水計画を十分に検討した結果,①工事中の水道用水の補給として,他流域からの導水(延長5,000m)非かんがい期ではあるが若干期待できる,②過去の実績から,満水位での有効容量350,000m3に対して,2000,000m3までの容量(EL82.000mでの容量)であれば無理な給水制限なしで供給可能である,として,当ダムでは旧ダム満水位から4m下げた工事中の制限水位(EL82.000m)保つという,湛水した状態での設計・施工に踏切ることにした。
(4)ダムの嵩上げによる熱応力の検討
ダムの嵩上げを行う場合の堤体の構造的な問題としては,新旧コンクリートの一体化と新コンクリートを下流面に打設するために生じる硬化熱による新旧堤体相互におよぼす影響とが考えられる。
このうち温度応力については,川上ダム3)のような既存ダムの嵩上げ設計例では,種々の温度応力の解析が試みられ,上流面に引張力が発生するという結果が得られている。そしてこの対策としては,新コンクリートの温度上昇を抑える方法として発熱量の少ない材料の使用,クーリングの実施,および打設速度の制限等が実施されている。
第2ヤイラギダムでは,これらを検討するために,有限要素法を用いた二次元の非定常熱伝導解析を行い堤体の熱応力の計算を実施した。この計算に用いた解析プログラムは電力中央研究所が開発したもので,打設コンクリートの水和発熱現象,外気温の変化による放熱現象,コンクリートの硬化過程,コンクリートのクリープ現象,コンクリートの打設日程等の諸要素を取り入れて,堤体の温度分布および熱応力を時間の関数として求めるようになっている4)
解析に必要な諸物性(熱特性,力学特性)は,旧コンクリートは実験により求めたが,新コンクリートについては示方配合により推定した。また水温,気温はダム地点における観測値を用いた。
計算ケースは,計画時に本工事の着工時期がほぼ確定しており,打設開始予定の11月を含む4ケース(残り3ケースは1月,3月,9月)とした。計算結果を示せば表ー4のとおりである。
表によれば,11月~1月に打設を開始すれば堤体内に発生する最大の引張応力は約15kgf/cm2程度であり,材令91日のコンクリート引張強度に対して安全(圧縮強度の1/10として安全率1.7)であることがわかった。また打継目に発生する引張応力,せん断応力も小さく,冬場(11月~1月)開始時においてそれぞれ2.5 kgf/cm2,3 kgf/cm2程度であった。
したがって以上の結果から,当ダムの嵩上げに伴う温度応力については打設時期を計画通り11月とし,かつ発熱量の少ないセメントを使用すればクーリングの必要はないと判断した。

(5)湛水した状態で施工を行う場合の安全性の検討
当ダムの嵩上げは,湛水した状態(制限水位EL82.000m)で施工を行うとしたが,この場合,嵩上げ工事完了後に貯水位が最低水位まで低下することがあれば新堤体着岩部に亀裂が生じたり,逆に新旧堤体継面が離れたりすることが考えられる(図ー6)。

そこでダム嵩上げ工事中の貯水位をEL82.000mに維持したケースを設定し,しかも嵩上げ工事完了後に,この水位が急速に最低水位(EL69.500m)まで下がることを想定した応力解析を実施した。解析に用いた物性値,解析領域および解析結果を示せば表ー5,図ー7,8のとおりである。
解析の結果,水位低下による打継面の応力は,着岩部付近で引張側に移行するが着岩部の最大値でも0.46kgf/cm2と非常に小さく,この部分で引裂かれるような応力は発生しない。したがって,施工時水位とその後の水位の履歴の堤体への影響はほとんど問題にならないと判断した。

5 第2ヤイラギダムの嵩上げ工事の施工
(1)工事中の河流処理
旧堤体には,上水取水を目的とした利水放流管(φ300mm)1本がEL69.500mの位置に設置されているのみで,工事中の出水に対する放流設備として,この放流管の利用だけでは危ぶまれるところである。
そこで当ダムでは,昭和25年から昭和55年までの31年間の雨量資料をもとに,旧堤体に有する利水放流管による洪水調節計算を実施し,貯留効果の検証を行ってみた(表ー6)。
ちなみに貯水池の工事中の制限水位EL82.000mから,同じく工事中の最低のクレスト天端となるEL85.000mまでの容量V=107,500m3は,流域面がA=0.53k2と非常に小さい当ダムサイトにおいては,流域相当雨量R=203mmに匹敵する。
検討の結果,20年に1回の割合で発生が予想される洪水に対しては,最高上昇水位がEL84.910mとクレスト天端EL85.000mを下回るため,当ダム工事中の河流処理は,制限水位EL82.000mを維持すれば十分な貯留効果が期待できるものとして仮排水路は別に設けない計画とした。
昭和58年7月に着工した基礎掘削工事から,昭和59年5月のコンクリート打設終了までの期間は特に貯水池水位を把握し,かつ工事工程,気象予報等を勘案しながら対処した結果,嵩上げ工事に支障をきたす事態は発生せず予定通りの工程を消化することができた。

(2)基礎掘削
ダム嵩上げにおける基礎掘削は,旧堤体直下,つまり身近な岩盤を掘削する作業となる。
当ダムの掘削は,旧堤体天端より実施したカーテングラウチングの終了を待った後貯水池水位をEL82.000mまで下げ,既設利水管(露出)の保護を実施してから左岸より開始した。作業はスペースが狭いため1班で行い,引続き右岸から河床部掘削へと順次移行した。
当ダム掘削において留意した事項は次の2点であった。
① 当初岩掘削時には大型ブレーカーと火薬類との併用を考えていたが,旧堤体や掘削法面への影響を考慮して全て大型ブレーカーのみの施工とした(写真一3)。
② 左岸中腹部付近では,新堤体基礎部が旧堤体基盤より5~7m下位になり,いわゆる下流下がりの掘削形状となるため,掘削面のせん断すべりを防ぐ目的でロックボルト(ℓ=6.2m,D=25mm,総本数41本)を施工しながら掘削を行った。
なお掘削土は河床部に集めたのち,数回に分けてショベルでダンプトラックに積み込みダム上流の土捨場に運搬捨土した。

(3)旧提体コンクリートの取りこわしとはつり・・・
旧堤体はできるだけ利用することが原則とされているが,基礎掘削の障害となる範囲や新堤体との関係上必要となる部分および打継目に応力集中を生じ易い部分は取りこわすこととした。すなわち,取りこわし箇所は,天端コンクリート,高欄,左右岸取付部,下流フィレット,下流面堤体導流壁部および減勢工(水叩き部を含む)の全部とした。
取りこわし作業は,天端・左右岸取付部についてはジャックハンマーやレッグドリル等で削孔し静的破砕剤を使用し,クラック発生後ピックハンマーやブレーカー等により人力で取りこわした。またフィレットや減勢工部は,基礎掘削と並行して大型ブレーカーにより取りこわし火薬類は一切使用しなかった。
次に,旧堤体と新堤体は一体構造として外力に抵抗しなければならないので,旧堤体コンクリートの打継面は入念なはつり作業を実施した(写真ー4)。
はつりの厚さについてはコンクリートの風化等による損傷の状態を考慮して決めることになるが,当ダムのコンクリートは事前の劣化度試験結果からみても良好であると判断されたため,粗骨材をゆるめないで露出させる程度,すなわち5cm程度はつることとした。
はつり作業はピックハンマーでコンクリート打設と並行して1リフト(1.5m)ごとに行い,表面のはつりによるゆるみはテストハンマーにより十分点検した。

(4)コンクリート打設
嵩上げに要するコンクリート量は,嵩上げ部。左右岸新設部・エプロン部を含めて約13,000m3である。打設は昭和58年10月に基礎掘削の大半を終了し,打設設備の準備を終えて予定通り11月8日に初打設となり,昭和59年6月半ばにおいて全コンクリートの打設を終了した。
セメントの種類は,水和熱の低減をねらいフライアッシュを30%混入したフライアッシュセメントC種とし,バラセメントのまま現地の100tセメントサイロに貯蔵して使用した。
コンクリート用骨材は全て購入とし,細骨材をはじめ粗骨材は供給能力より最大骨材寸法を80mmとした上で大・中・小砂利と区分した。ダムコンクリートの配合表を示せば表ー7のとおりである。
バッチャプラントは0.75m3(28切)×2基を減勢工下流に設け,堤体まで単線のバンカ一線を敷設して1.5m3バケット2台積の台車で運搬した。
ダムコンクリートの打設設備は,地形条件および経済性よりタワークレーンを左右岸それぞれ1基設けるものとし,作業半径より水平ジブタワークレーン180t級とした(写真一5)。

(5)基礎処理工
ダム嵩上げ工事における基礎グラウチングは,上げによって新たに増す水圧に対して必要とされる。
当ダムの基礎グラウチングは,湛水した状態での嵩上げ工事であるという特殊性を考慮し,堤体・地山の安定性や掘削中の湧水等に対処するためにカーテングラウチングを基礎掘削工事に先立ち実施するものとした。当ダム嵩上げ工事で実施したグラウチングの施工実績を示せば表ー8のとおりである。
施工は,旧堤体天端上で実施したグラウトテストをもとにグラウチング施工基準を設け注入を行った。グラウチング効果の判定は,チェック孔によりルジオン値およびセメント注入量の低減状況をもって行うものとし,最終的には全て満足する結果が得られた。

6 おわりに
第2ヤイラギダムは昭和59年9月4日に一部湛水を開始して以来,貯水池は順調に運用されている。
この第2ヤイラギダム嵩上げ工事に関して,嵩上げを中心とする調査,設計,施工の概略を述べたが,ダム嵩上げによる貯水池有効利用の牛深市上水道事業への適応性ならびに工事中の上水機能の維持という点も記載することに留意した。
最後に,第2ヤイラギダムの嵩上げ工事の計画施工のあり方については建設省土木研究所をはじめとする方々に,また工事中の現場技術管理に対しては(財)ダム技術センターの方々に,さらには日夜施工にご努力をいただいた株式会社間組の方々に,深く謝意を表するものである。

参考文献
1)垣谷正道:ダムの嵩上げに関する資料(その1),電力技術研究所業務資料(土木55006),1955.9
2)建設省土木研究所ダム構造研究室:コンクリートダムの嵩上げに関する研究,土木研究所資料,昭和56年2月
3)谷口尚:川上ダム嵩上げ工事の計画および施工について,ダム日本No.410,1978.12
4)原口晃,田辺忠顕:ダム嵩上げ工事におけるマスコンクリートの温度応力検討手法,電力中央研究所報告,No.381040

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