井手口川ダムの設計と施工について
佐賀県 樋口憲幸
1. はじめに
井手口川ダムは、一級河川松浦川水系井手口川の佐賀県伊万里市大川町東田代地先に、多目的ダムとして建設するものであり、井手口川総合開発の一環をなすものである。
井手口川ダムは、平成20年3月にダム本体建設工事の施工業者を決定した。また、平成20年7月から基礎掘削工事に着手し、同年12月にはダム本体コンクリートの初打設を行い、平成21年5月10日には定礎式で礎石をそなえダムの永久堅固を願ったところである。
本稿は、井手口川ダムの設計と施工について報告するものである。
2. 事業の概要
2.1 井手口川ダムの必要性
佐賀県では、これまでに洪水や渇水による被害に見舞われてきた。洪水被害では家屋や農地の浸水被害が発生し、特に平成2年7月洪水の被害総額は約10億円に達した。また、平成6年の異常渇水では、井手口川の枯渇や農作物被害が発生するとともに、水不足による給水制限等、市民生活に大きな影響を与えた。
井手口川ダムは、こうした洪水や渇水被害を軽減し、佐賀県の安定した水環境を創造するために建設するものである。
2.2 井手口川ダムの目的
1) 洪水調節
ダム地点の計画高水量100m3/s(超過確率1/50年の洪水)のうち、75m3/sの洪水調節を行い、井手口川沿川流域の水害を防除する。
2) 流水の正常な機能の維持
ダム下流の井手口川沿川の既得用水の補給を行う等、流水の正常な機能の維持と増進を図る(非灌漑期0.021m3/s、灌漑期0.328m3/s)。
3) 水道用水の供給
伊万里市への水道用水として、ダム地点で4,000m3/日(0.046m3/s)を取水する。
2.3 事業経緯
昭和54年 ~ 昭和63年 予備調査
平成元年 ~ 平成8年 実施計画調査
平成9年 ~ 現在 建 設
H20.3 ダム本体建設工事契約
H20.7 ダム本体基礎掘削開始
H20.12 ダム本体コンクリート打設開始
H23.6 試験湛水開始(予定)
2.4 井手口川ダムの概要
ダムの型式は、重力式コンクリートダムで、堤高43.7m、堤頂長235m、堤体積117千m3、貯水池規模は、総貯水容量2,180,000m3、有効貯水容量2,030,000m3と中規模クラスのダムである。
3. ダムサイトの地形・地質
ダムサイトの地形は、左岸側は眉山(標高518m)から連続する尾根から伸びるやせ尾根形状を呈し、右岸側は厚さ約30mの火山泥流堆積物からなる山頂平坦面で、河川とほぼ並行したやせ尾根形状を呈す。
ダムサイトの地質は、下図に示すように新生代古第三紀漸新世に堆積した杵島層群と、これに貫入した新第三紀中新世の肥前粗粒玄武岩類からなり、右岸の中腹から山頂にかけて、低固結の火山泥流堆積物が分布する。
井手口川ダムサイトの地質上の課題として、以下に示す事項があげられた。
3.1 低角度シーム
杵島層(砂岩頁岩互層、頁岩層)には、層理面に沿って頁岩部の一部が泥弱化した低角度シーム(大半が1㎜以下)が分布しており、強度的な弱部となる。また、シームが分布する岩盤の定量的な強度評価が難しい。
3.2 火山泥流堆積物
固結度の低い火山泥流堆積物が分布し、ダムを直接アバットできない。これを避けてアバットさせると、アバット位置が上流となり、堤体規模が大きくなる。
3.3 粗粒玄武岩
冷却節理の発達により高透水を示す粗粒玄武岩が他流域やダム直下流に連続した浸透経路となり得る。粗粒玄武岩に対する止水処理(カーテングラウチング)が非常に大規模となる。
4. ダムの設計
4.1 堤体設計
井手口川ダムで採用した形式:重力式コンクリートダムは、貯水池の水圧や地震時の作用荷重に対し、堤体の自重で十分耐えうる形状として「①上流面に引張力を生じさせないこと(転倒条件)、②滑動しないこと」の2つの安定条件を満たす形状とする(ダム軸に直角に切り取った単位厚さの断面に対して二次元の設計を行う)。
①の条件は、岩盤の強度に関係なく、堤体への作用荷重と堤体形状から決定され、荷重の合力が断面底部の中央1/3に入る最小断面として、下流面勾配を1:0.77とした。
②の条件は、水圧等の水平方向の力(滑動力)に対して、堤体の自重で抵抗できるかを検討するもので、滑動力に対して、抵抗力(堤体と岩盤の摩擦力と付着力)が4倍以上を有することが条件となる。
滑動安全率=抵抗力水平方向の滑動力/水平方向の滑動力≧4.0
この抵抗力は、岩盤のせん断強度が影響する。井手口川ダムの基礎岩盤のように、強度的な弱部となる低角度シームが分布するダムサイトは稀であり、低角度シームが分布する岩盤の強度評価手法は確立されてなく、定量的な強度評価が困難であった。
そのため、低角度シームの分布や性状に関する詳細な地質調査を行い、調査結果を元に、安定照査手法を検討し、定量的な強度評価を行った。この強度を用いて滑動安定計算を実施し、安全率4.0を確保できる形状として、上流側にフィレットを設けた。
4.2 止水計画
ダムはそれ自身、水密で水圧に耐えるものでなければならないが、それを支え、貯水池を形成する基礎地盤も同様の性質を持たなければならない。そのため、基礎地盤を改良して、目標とする性質とする必要がある。その手段として、ダムでは一般にグラウチングを行っている。
グラウチングとは、地盤にボーリング孔を掘削し、その孔を通して硬化後に止水性を発揮する流体(セメントミルクが一般的)を注入することをいう。また、グラウチングには種類があり、堤体敷全体を一体化・均一化し、あわせて面としての浅部の止水効果を期待するコンソリデーショングラウチングや、基礎地盤深くに広くカーテンのような止水膜を形成し、貯水池からの基礎地盤を通しての漏水を防止するカーテングラウチングなどがある。
井手口川ダムでもこのグラウチングを行っているが、先述したように、井手口川ダムサイトでは、他流域への浸透経路となる粗粒玄武岩が地盤深くに分布していることから、カーテングラウチング単独による止水処理では、施工規模が非常に大きくなることが課題として挙げられた。
そのため、詳細な地質調査を実施し、ダムサイトの浸透経路等を明らかにし、粗粒玄武岩の浸入口を塞ぐ表面遮水工を併用することで、カーテングラウチングの施工数量を減じることで、トータルコストを減じる計画とした。
4.3 造成アバットメント
右岸側には、固結度が低い火山泥流堆積物
が分布することから、ダムを直接アバットできない。そのため、コンクリートにより人工岩盤を造成し、その上に堤体を打設する「造成アバットメント工法」を採用している。
が分布することから、ダムを直接アバットできない。そのため、コンクリートにより人工岩盤を造成し、その上に堤体を打設する「造成アバットメント工法」を採用している。
5. ダムの施工
井手口川ダムの堤体コンクリートは、骨材を購入し、ダムサイトでコンクリートを製造している。製造したコンクリートは、ハイダンプトラックで運搬し、クローラクレーン300tにて打設を行っている。
打設工法:拡張レヤー工法(ELCM)
主打設設備:クローラクレーン300t
コンクリート製造設備:1.5m3×3台
セメントサイロ:400t
コンクリート運搬設備:ハイダンプトラック
骨材調達方式:購入(最大骨材寸法80㎜)
使用セメント:中庸熱フライアッシュセメント
6. おわりに
平成22年3月末現在で、ダム本体コンクリート打設が約90%に達したところであり、これからも安全な施工に万全を期し、平成23年度の完成をめざしていきたい。
今後は、平成23年6月の試験湛水開始に向け、事業の進捗を図ると共に、地元や伊万里市と連携を図りながら、地域活性化に向けた取り組みを行っていきたいと考えている。
また、本ダムの建設事業に際して、ご理解、ご協力をいただいている地権者や地元の方々、また、国土交通省をはじめ関係各位に心よりお礼を申し上げます。