九州技報 第15号 巻頭言
九州大学教授
樗 木 武
バブル経済崩壊後の景気低迷期にあっても,土木関連事業そのものは景気てこ入れ策ということから比較的順調に推移してきた。このことは学生の就職状況にも表れ,本年4月も事務系社員や情報系技術者などで軒並採用が手控えられる中で,土木系技術者はさほど大きな落込みもなく,前年度並みの採用状況が続いている。そうした中で,最近では景気の底入れ感や先行き見通しの明るさが見えてきており,景気低迷からの脱却かと期待されるところである。
とはいえ建設業を取り巻く今後の環境は必ずしもバラ色とはいえない。地方自治体に始まった昨年来の汚職事件は中央政界に及び,建設業界から多くの逮捕者があったことは周知のとおりである。その結果,戦後長く続いた指名競争入札を中心とする我が国の入札制度は大幅な改善を求められ,一般競争入札制度の導入による新たな展開をみせようとしている。また,これにともない外国企業の参入が活発化し,その半面で円高による我が国建設企業の海外進出が困難になってきている。
加えて,市民ニーズの大きな変化がある。価値観の多様化から,これまでの経済性,効率性が強調される社会資本の整備から,人々がもつ感覚や感性を重視した多様な社会資本,生活関連資本の充実が求められている。言い換えれば,公共性,経済性を強調した画一的,効率的な社会資本の形成から,無駄はあっても個々人が主体的に感じ,触れ,知覚する感性型社会の実現を目指した建設事業の推進である。この意味では,これまでなおざりにされがちであった文化や芸術性,ゆとり,質的充実,自然との調和等が重要視され,経済性,合理性,公平性の上で無駄としてきた価値観の復権であるといえる。
こうした建設業を取り巻く環境変化に対処する上で求められるものは,一言でいえば一層の技術革新と着実な本来型建設事業の推進である。技術革新ということでは,多様な社会的ニーズに応える技術の開発,厳しい競合の中で耐え得る技術と生産性の向上,スケールメリットにとらわれない建設技術の展開,環境創造に貢献する技術の開発などが目指すべき方向であろう。また,着実な本来型建設事業の推進とは,単なる景気刺激策や内需拡大策としての建設事業ではなく,長期を志向した建設事業の本格的展開である。高齢社会への対応,国際交流の推進,豊かな市民生活への貢献をたゆまざる目標とした建設事業のあり方を模索し,実現することである。
これらのことは,これまでの建設業に体質変化を求めるものであり,難しい課題である。しかしながら,建設事業と技術の先進地域ともいえ,しかも豊かな自然環境の中で地域発展を願う九州こそこうした課題に積極的に取り組む必要があろう。