CIMモデルを活用したダム管理の合理化について
国土交通省 九州地方整備局
九州技術事務所 品質調査課
品質調査課長
九州技術事務所 品質調査課
品質調査課長
橋 口 仁
キーワード:ダム管理、CIM、ななせダム、DX
1.はじめに
(1)前提条件
今回、ななせダムで構築したダム管理CIMシステムは“ 既存のCIMモデルを活用したもの” であり、ダム建設当時にダム管理システムの導入を見据えていたものではない。CIMモデルの活用はむしろ付加的な要素で、ダム管理における様々なデータを統合するための「ダム管理システム」であることを始めに申し上げておきたい。
(2)ななせダム(旧大分川ダム)
ななせダムは、大分市街地を貫流する大分川の支川七瀬川上流に建設されたロックフィルダム形式の多目的ダムである(図- 1、写真- 1)。
2.システム導入の背景
ダムは、土木構造物や機械・電気通信設備を備え、多くの観測・計測機器を用いて日常管理から定期検査、さらには緊急時の点検等を行い、その役割を担っている。
ななせダムは2020年4月より供用を開始し、現在試験湛水の段階(管理第Ⅰ期)であることから日常の点検頻度が多く、4名の職員が毎日約5hかけて点検を行っており、観測記録とりまとめを含め管理所職員への負担は大きい。
また、管理・点検の合理化を目的として導入した“5つのCIM” が存在するが、すべてが構築時期や目的が異なる独立したモデルであったこと、さらにダムコンや堤体自動観測装置等のシステムもそれぞれが独立したデータベースであったことから、モデルやデータの利活用の面で課題があった。
これら5つのCIMや各種データベースのアクセサビリティ向上を図るとともに、ダム計画~建設時の工事記録等の既存資料や今後蓄積していく多くの計測データや維持工事の補修履歴等を一元的に管理できるシステムを開発・導入することで、ダム管理の合理化、効率化に繋げるものとした(図- 2)。
また、これらのダム管理の合理化に向けた取組は、ななせダムに限らずCIMデータを保有していない既存管理ダムの課題解決にも繋がるものであることから、併せて既存管理ダムへの展開も視野に検討を進めることとした。
<5つの既存CIM>
1)用地CIM
civil3D1)ソフトを利用し、ダム管理用地境界及び地番名を航空写真データと重ね合わせることで、用地情報を把握することができるモデル(写真- 2)。
2)堆砂CIM
civil3Dソフトを利用し、堆砂測量結果(LP・multi データ)を取り込むことで3次元での堆砂分布の確認及び経年的な堆砂状況等を把握できるシステム(写真- 3)。
3)ボーリングコアCIM
civil3Dソフトを利用し、3次元モデル上でボーリング位置及び深度を確認することができ、各孔のボーリングコア等の情報へ容易にアクセスできるモデル(写真- 4)。
4)見守りCIM
civil3Dソフトを利用し、浸透量、堤体変位等の計測位置を3次元モデル上に表現することで計測値に異常があった場合の発生位置を容易に確認できるモデル(写真- 5)。
5)地すべりCIM
civil3Dソフトを利用し、3次元モデル上に地すべりブロックを重ね合わせ、観測データに異常があった場合にCIMモデルから地すべりカルテ等の情報にアクセスできるモデル(写真- 6)。
3.システム仕様
(1)現状・課題
①アクセス環境
ダムコン等のセキュリティ確保のため、現状では操作室に設置されているダムコンや堤体自動観測装置等へ執務室の職員自席PCからアクセスすることができないことから、職員が操作室へ移動し、手動で情報を入手し、執務室内の自席PCに持ち帰って保存して利用している。このようにダムの状況は操作室まで確認に行く必要があることから、リアルタイムでの情報取得ができず、早期の異常検知把握が困難であった(図―3)。
②既存CIMの利便性
前述した既存5つのCIMは、それぞれ独立したモデルであり構築された年度や作成者、作成手法が異なっていることから操作が煩雑化し、表現も分かりにくい他、CIMリテラシーを必要とすることから十分に活用されていない。
③データベース化
ダム管理で使用しているシステム(ダムコン、堤体自動観測装置、気象観測装置等)がそれぞれ独立しているため、日々の帳票作成の際は各々のシステムから情報を入手して入力し直している状況であり、非効率な作業となっている。
(2)対応方針
①アクセス環境
ネットワーク上のセキュリティを確保した上で自席PCから各種データへのアクセスを可能とする。また、これまで手動で入手していた計測データの自動取得を行うことでリアルタイムでの管理を実現する。リアルタイムでの状況確認を可能とすることで異常検知(管理基準値超過)時のアラートを設定(表- 1)し、維持管理の高度化を図る。
②既存CIMの利便性
独立している既存の5つのCIMモデルの統合の可能性について検討するとともに、各モデルが有する課題の改善を図ることで担当者が変わっても継続的に活用できるCIMモデルとする。
③データベース化
独立しているダムコン、堤体自動観測装置、気象観測装置等のデータベースの一元化を図るとともに、集約したデータを活用し日々整理が必要となる各種帳票の自動作成による省力化を目指す。
4.システム検討
(1)システム構成の検討
前述「3. システム仕様」において整理した現状や課題を踏まえ、システム構成の大きな方針を決めるため下記の3 案について検討した。
①オンプレミスサーバー案
操作室ネットワーク内に新たにデータサーバを設置し、これまで手動で取得していた観測機器(堤体自動観測装置並びに気象観測装置)からの計測データをシリアル通信(自動送信)により新設サーバーに保存。既存のCIMマシンと接続することによりCIMモデルと併せて集約したデータを活用する案(図- 4)。
②クラウドサーバー案
①と同様、操作室ネットワーク内に新たにデータ中継PCを設置。集約した各種データはインターネットを経由し、一度クラウドサーバーへ保存。それらのデータを既存のCIMマシン上に構築するシステムで変換・集約し、職員PCから利用する案(図- 5)。
③クラウドサーバー(AVD)案
①、②と同様、操作室ネットワーク内に新たにデータ中継PCを設置し、観測機器からのデータを自動取得し、ダムコンや外部システムからの情報を②と同様クラウドに保存する。ただし、②と違い、①、②で設置したデータ変換・集約するためのCIMマシンの代わりにクラウド上にWindows2)のOSを搭載したヴァーチャルデスクトップ(Azure Virtual Desktop2)<以下「AVD」>)を用いる案(図- 6)。
これら3つのシステム構成案について検討。
既存のCIMマシンを利用し、情報の集約を図った①並びに②案については省内関係各課と協議を進めたが、職員PCからのアクセスを行政LANにより接続(図- 4、図- 5 ★)するため、サーバ的役割を担うCIMマシンから外部へのアクセスはセキュリティ上問題があるため、困難と判断した。
また、②のクラウドサーバー案におけるクラウドサーバはストレージ機能のみ(図- 5 ★)であり、システムを搭載し、CIMモデルを計測データとリンクさせて活用するにはクラウドとCIMマシン両方が必要となる。
一方、クラウド上にデータサーバーとともにCIM用のヴァーチャルデスクトップ(OS搭載)を構築した③のクラウドサーバー(AVD)案であれば、行政LAN 上の自席PCからCIMマシンを経由することなくブラウザ接続によりAVDにアクセスしてCIMモデルや計測データを編集することができるため、外部へのアクセスに関するセキュリティ問題を解決でき、CIMマシンを必要としないことから機器の定期的な更新の必要が無い。
これらから、ななせダムで用いるシステム構成は③のクラウドサーバー(AVD)案とした。
(2)システムの実装
(1)のシステム構成の検討結果を踏まえ、システムを実装する。実装にあたり当初からの問題点であった“ ①アクセス環境” については手動での情報取得から自動取得としたことでリアルタイムでのダム管理を可能とし、異常検知(管理基準値超過)時のアラートも設定した(図- 7 ②⑤)。“ ②既存システムの利便性” については5つの既存CIMの統合モデルを検討したものの、モデルの目的や範囲の違いの他、5つのCIMデータを1つに統合した場合、膨大なデータ処理が必要となり動作環境によっては操作性に支障を及ぼす可能性が高いと判断し、統合モデルとはせず、新たなシステムのメニューから5つのシステムに容易にアクセスができる“ 入り口” の整備とした(図- 7 ①)。“ ③データベース化” については、自動取得した各種データを自動で観測記録簿にまとめることができるシステムの整備並びに設計及び施工時のデータの他、今後の維持補修履歴等を保存するデータベースを整備・集約を図ることで3つの課題を解決した(図- 7 ③④)
① 5つのCIMモデル
② リアルタイム監視
③ データ閲覧・帳簿作成
④ データベース
⑤ アラート表示(基準値超過時)
また、各所からAVDを遠隔で編集・操作を行うことは可能であるものの、編集を行う人間は限られており、多くの利用者はデータの閲覧のみであることから、今回は幅広い情報共有及び今後のななせダム管理CIM電子データのマップ上での共有を目的として、2D、3D データ等、様々なデータを地球儀上のマップで一元化・共有することが可能なLand Log Viewer 3)(以下、「LLV」)を利用することとした(図- 8)。
5.今後の展開
(1)既存ダムへの展開
前述した目的の一つである、ダム管理CIMシステムの既存ダムへの展開の可能性について検討した。
まずは、ななせダム同様に九州の既存直轄8ダムにヒアリングを行い、課題の整理を行ったところ下記の共有課題が浮き彫りとなった。
<課題>
1)活用可能なCIMデータが無い(一部ダムを除く)。
2)ダムコンと各種計器が接続していないことからデータの自動取得ができていない。さらに操作室と執務室のネットワーク接続ができていない。
3)手動入力のためデータ入力に労力を要す。
4)維持、補修履歴の整理がされていない。
<展開(案)>
三次元モデルは全てのダムで構築することは可能であり、将来的には有益なものであると考えるものの、今回の大きな目的である“ ダム管理の一元化” にとっては必ずしも必要なものではないことから、現在CIMモデルを保有していないダムは3D モデルを新たに構築はせず、上記の課題として挙げた2)~ 4)の課題解決を目指す。
既存ダムが抱える、これら2)~ 4)の課題は、ななせダムが抱えていた課題と同じ内容であったことから、同じく今回ななせダムで採用した「③クラウドサーバー(AVD)案」を導入することで各ダムの問題解決に繋がることがわかった。
(2)建設ダムへの展開
今後新たに建設するダムについては、将来的なダム管理CIMシステムの導入を見据えた上でダムコンや各種計器並びに装置等の仕様を決定・設計していくことになるが、その際ダムコンからのデータや操作室内の自動計測データを操作室外のPCに取り込める仕様とすることで、今回ななせダムで取り入れたクラウド案だけではなく、行政LAN上のサーバー等で構築することも可能となる。
今回のななせダムでは様々な用途に応じて個別で作成していたCIMモデルを統合する検討を行ったが、全てを同一のCIMモデルで表現した場合は、データ容量も大きくなり動作に支障を来す恐れがある。さらに必ずしも同一のCIMモデルとする必要は無く、用途によっては別がよい場合もあることを念頭にシステム検討を行った方が良いと考える。
(3)問題点・改善点
いくつのライセンスで運営するかにもよるが、イニシャルコストの他、ダム管理CIMシステムを運営していくためのランニングコストがAVDでは年間約160万円/1アカウント、LLV が年間約70万円/50アカウントで年間総額約230 万円の維持経費が必要となる。(R5.11月末時点)
また、今後利用環境やマシンスペックの向上も図れるとは思われるが、ダム管理CIMシステムを導入してもネットワーク環境が充実していなければ編集や操作等に支障をきたしてしまうため、ハード整備と併せてネットワーク環境の強化を図る必要がある。
6.最後に
個人的な話ではあるが、以前私も竜門ダム管理支所に勤務していたことがある。比較的新しいダムではあったものの、やはりデータの収集、特に地震時の早急な点検・資料作成は大きな労力を要したことを覚えている。業務が多様化していく中、限りある人数で日々の業務、特に緊急時の対応においては苦労やプレッシャーは計り知れない。今回の検討では、日常業務で負荷が大きい「手動計測機器の自動計測切り替え」や「地震時の臨時点検を自動点検で実施」など未だ効率化に向けた作業は残っている。
今後も様々なDX 技術を活用しながら、これらの課題を一つ一つクリアしていくとともに、今回の検討結果がダム管理の効率化に向けた取組の一助になることを期待したい。
最後に、今回の執筆にあたり、貴重な資料や情報提供を頂いた、大分河川国道事務所ダム管理課(ななせダム)の皆様、株式会社建設技術研究所の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。
参考文献
1)「civil3D」はAutodesk, Inc, の米国およびその他の国における登録商標です。
2)「Windows」、「Microsoft Azure」は米国Microsoft Corporation の米国およびその他の国における登録商標です。
3)「Land Log Viewer」は株式会社EARTHBRAINLandlog カンパニーの商標または登録商標です。