松原ダム・下筌ダム 完成から50年の歴史を振り返る
国土交通省 九州地方整備局
筑後川ダム統合管理事務所
技術副所長
筑後川ダム統合管理事務所
技術副所長
髙 山 善 光
キーワード:ダム再開発事業、樹林帯整備、弾力的管理試験、緊急放流
1.はじめに
松原ダム・下筌ダムは、昭和28年6月の筑後大水害を契機として、大分県日田市と熊本県小国町の県境付近に建設され、昭和48年4月に管理を開始した。ダム建設では、水没する483 世帯もの多くの方が移転を迫られ、蜂の巣城の闘争として語り継がれる、激しいダム建設反対運動が行われ、和解成立までに13年もの紛争が続いた。この反対運動は公共事業の在り方に大きな影響を与え、昭和49年4月には水源地域対策特別措置法(水特法)が施行された(図- 1)。
2.ダムの統合管理
筑後川水系は、北部九州の社会経済発展に伴う水需要の増大に対処し、広域的な水資源開発を行う「筑後川水系水資源開発基本計画」(通称:フルプラン)が昭和41年2月に決定され、その後数回の変更が行われた。
ダムの統合管理は、筑後川の河川環境保全、既得利水、水産業等を維持するため、筑後川水系のダム群を有機的に運用して、不特定用水補給や渇水調整を効率的に行い、瀬ノ下流量を確保する。
また、松原ダム・下筌ダムに加え、大山ダム、小石川ダム等のダム群にて、ダムに流れ込む流入量の一部を洪水調節によりダムに貯留するダムの防災操作により、下流域の洪水被害軽減を図る。
3.松原ダム・下筌ダムの高水管理
松原ダム地点において、計画高水流量2,770m3/s を1,100m3/s に洪水調節を行い、下流沿線の洪水被害軽減を図る(図- 2)(図- 3)。
下筌ダム地点において、計画高水流量1,700m3/s を350m3/s に洪水調節を行い、下流沿線の洪水被害軽減を図る(図- 4)(図- 5)。
4.低水管理
低水管理は、筑後川の河川環境保全、既得利水等を維持するために、気象及び筑後川水系全体の流水の利用状況を正確且つ迅速に収集して、筑後川の流水の状況(流況)を日々確認・予測する。その流況を総合的に考慮し、松原ダム・下筌ダムを含むダム群の操作(特定用水、不特定用水の放流)を有効、適切に行い円滑な水利用を図る。
5.筑後川の渇水
筑後川の水は、農業用水、水道用水、工業用水、発電等として利用される中、筑後川流域では近年も大きな渇水に見舞われた(図- 6)。
昭和53年及び平成6年の大渇水、近年では、平成17年においても渇水状況となった。また、農業用水の取水が集中する6月中旬(代掻き期)において、たびたび河川流量が不足する(写真- 1)(写真- 2)
6.管理開始から50年を振り返る
6.1 ダム再開発事業
松原・下筌ダムは、当初洪水調節と発電を目的として建設した。その後、筑後川流域住民の生活環境の急激な変化や生態系に配慮した河川環境づくりなど、川に対する地域社会の要請などにより、不特定用水と利水(河川維持用水と水道)を取得し、昭和52年より「松原・下筌ダム再開発事業」に着手した。
この事業により水質保全として「松原ダム選択取水設備」、河川維持及び水道用水用として「松原ダム新規放流設備」を設置した。さらに、河川維持用水を利用した「松原ダム小水力発電設備」等を設置し、昭和59年度に事業を完了した(写真- 3)(写真- 4)。
6.2 貯水池水質保全事業(樹林帯整備)
松原ダム・下筌ダム周辺は平成3年の台風19号で膨大な風倒木被害に遇い、その後平成5年出水で貯水池内に大量の風倒木が流れ込んで甚大な被害が生じた(写真- 5)。
貯水池への土砂流出及び濁水を抑制するために、樹林帯整備(平成5 ~ 25年度)を実施した。
整備後は、整備箇所の維持管理(下草刈り、捕植など)を継続実施し、貯水池への土砂流出及び濁水の軽減を図っている。その他には、動植物の居住空間及び生育環境、より良い景観の構成要素としても重要な役割を果たしている(写真- 6)。
6.3 水環境改善事業
ダム下流河川の流量増等水辺環境の改善に対する地域社会の要請により、松原発電所・柳又発電所の水利権更新を期に「三隈川・大山川河川環境協議会」を設立、流量改善の方向が打ち出された。
このため、水環境改善事業により平成13年度に「大山川ダム放流設備(1.5m3/s → 4.5m3/s の施設に改造)」を、平成14年度に「松原ダム放流設備(0.5m3/s → 1.5m3/s の施設に改造 この内、小水力発電0.5m3/s)」の改造工事を実施した(写真- 7)(写真- 8)。
6.4 貯水池保全事業(貯砂ダム)
松原ダム・下筌ダムでは、土砂や流木が急速に貯水池に流れ込んでくることを防止・軽減することを目的として平成7年度から貯砂ダムを5 箇所整備した。貯砂ダムに貯まった土砂や流木は適宜掘削・撤去し、適切な維持管理を図る(写真- 9)。
6.5 弾力的管理試験
松原ダムでは、ダム下流域の河川環境の保全に資することを目的として、洪水を貯めるために必要な容量の一部約600 万m3の放流を6月20日まで遅らせる弾力的管理試験を平成13年度より実施(図- 7)。
これにより下流の流況改善や河川環境の保全を図る(図- 8)。
6.6 下筌ダム緊急放流
梅雨前線に伴う令和2年7月豪雨により、ダム上流域において、628.1mm(7月6日5 時~ 8日8 時)の累加雨量を観測した。
下筌ダムでは、ダム運用開始以来、初めて、異常洪水時防災操作、下流に位置する松原ダムではダム運用開始以来、初めて、計画最大放流量1,100m3/s を放流する防災操作となった。
この松原・下筌ダムの防災操作により、約8,200万m3の洪水を貯留し、小渕水位観測所地点において、ピークの水位を約0.89m 低減させた(写真- 10)(写真- 11)(写真- 12)(図- 9)。
6.7 松原・下筌・大山ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会
水害の激甚化を背景に、ダムから緊急放流する場合、課題となる地域住民の迅速な避難行動等の対策について、様々な視点から意見交換を行い、地域防災力の向上を図ることを目的として、令和4年3月に「松原・下筌・大山ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会」を設立した。
委員は、住民代表者・学識者・河川管理者・ダム管理者で構成し、継続的に実施する(写真- 13)。
7.管理開始50周年記念式典
松原ダム・下筌ダムが管理を開始し今年で50年の節目の年を迎え、あらためて先祖伝来の大切な土地を提供していただいた方々をはじめ、事業促進にご尽力いただいた方々、適切な管理にご協力いただいた方々へ、感謝を伝えるとともに、「松原ダムと下筌ダムの歴史が後世に引き継がれ、今後も、国として適切な管理に努め、筑後川流域住民の安全・安心な暮らしが続くことを祈念した、「松原ダム・下筌ダム管理50 周年記念式典」を5月28日(日)に蜂の巣公園にて開催した(写真- 14)。
8.おわりに
近年の気象状況は線状降水帯の発生など想定以上の降雨により、全国各地で多くの災害が発生している。当ダムでも発生する可能性が高まっており、防災情報発信や防災教育は、特に重要である。
これからも引き続き、適切なダムの統合管理(高水管理・低水管理)に尽力し、地域住民のくらしを守るとともに、地域と密接に関わりながら、歩み続ける。