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急峻な阿蘇の外輪山を貫く滝室坂トンネルの施工について
~脆弱な地質に対する施工と安全への取組~

国土交通省 九州地方整備局 
熊本河川国道事務所 建設監督官
永 松 寿 隆

キーワード:脆弱な地質への対応、水抜きボーリング、切羽前方探査、安全への取組

1.はじめに
滝室坂峠は、大分県と熊本県を結ぶ唯一の幹線道路である国道57号の県境部付近にあり、阿蘇外輪山の東側に位置する(図- 1)。古くは、九州を横断する豊後街道の一部で、参勤交代路として利用され、その行列は藩主の休息所である坂梨御茶屋で休憩をとり、豊後街道最大の難所を一気に登ったとされている。峠までは高低差約250mあり、「大阪に坂なし坂梨に坂あり」と天下に知られた峠道であり、畿内・瀬戸内、そして本州との文化・経済の交流ルートとなっていた。現代においても、物流・人流や観光を支える広域ネットワークの一部を形成している。
阿蘇地域は熊本県内でも降雨量が多く、滝室坂峠においては、平成2年、平成13年、平成24年と概ね10年に1回の割合で大規模な災害が発生しており、特に、平成24年7月九州北部豪雨では、滝室坂地区の国道57号の斜面崩壊等が11 箇所で発生し、40日間の全面通行止めが発生している(写真- 1)。
被災箇所の仮復旧と並行して、滝室坂峠全体の災害に対する抜本的な対策の検討を踏まえ、災害発生時の代替路の確保、走行性の向上等を目的に、平成25年度に滝室坂道路として事業化している。本稿は、この滝室坂道路で計画されている滝室坂トンネルにおける脆弱な地質に対する施工時の対応と安全対策の取組について、波野工区、坂梨工区に分けて紹介する。

図1 位置図

写真1 平成24年7月九州北部豪雨における被災状況

2.地質概要
阿蘇地域は、阿蘇山の約30万年前の最初の噴火より、約20万年間に4回の大爆発により形成された南北約25㎞、東西約18㎞、面積約320km2の巨大なカルデラである。
当該箇所は、この巨大なカルデラの東側に位置し、カルデラ壁と呼ばれる急峻な斜面で、噴火による火砕流によって形成され、表面の黒ぼく、赤ぼく、軽石混じりの砂礫層や溶岩、溶結凝灰岩が幾層にも重なり非常に脆弱な層を含んだ地質で構成され、浸透性が高く、水瓶のように地下水を溜め込んでいる特徴をもつ(図- 2)。
特に、Aso-1 火砕流堆積物とAso-2 火砕流堆積物の間のAso-2/1 間隙堆積物、及びAso-3 火砕流堆積物とAso-4 火砕流堆積物の間のAso-4/3 間隙堆積物の地層は、短い期間に滞積した降下火山灰層であり、非常に脆弱な地質かつ難透水層となっている。
これらの地層の掘削時には、突発湧水の懸念や不安定な切羽状況が想定されるため、施工に留意が必要である。

図2 地質縦断図

3.滝室坂トンネル波野工区の施工状況
(1)工事概要
滝室坂トンネル波野工区は、トンネルを大分県側(阿蘇外輪山外側)から4% の下り勾配で本坑2,155m、避難坑1,829m を施工する工事である。
地質は、非溶結~強溶結のAso-1 火砕流堆積物~Aso-4 火砕流堆積物及び、最上部のAc 火山灰質粘土がほぼ水平に成層構造をなしている。事前の地質調査結果から、Aso-4 火砕流堆積物及び、Aso-4/3間隙堆積物は溶結度が低く、軟弱地山の判定指標である地山強度比が最軟弱分類である1 を下回っており、標準的な掘削パターンが採用できなかった。そのため、解析的手法を用いた検討の結果、トンネル断面をリング状の剛な構造とする一次インバートによる早期閉合の採用、また地山崩落防止対策と変位抑制対策を兼ねた掘削補助工(長尺先受工、鏡ボルト)の採用と、支保剛性を高めた特殊掘削パターンであるEパターンが当初計画されていた(図- 3)。

図3 Eパターン区間の支保工図

本区間では、掘削の進行とともに、坑内トンネル変位量が管理基準値を超過し、特に天端沈下と脚部沈下が卓越する変形モードが確認された。本区間は、E パターンにて施工を進めたものの、変位に収束傾向がみられなかったため、追加の対策を実施することとした。変形モードを分析すると、トンネル片側だけの脚部沈下が卓越しており、原因としてトンネル脚部の地質の脆弱性が疑われた。そこで脚部補強工としてレッグパイルを追加施工した(図- 4)。

図4 レッグパイル工概要図

対策工実施後は、脚部沈下に収束傾向が見られ、掘削を無事安全に進めることができた。これらの早期閉合や補助工法の追加対策により、坑内トンネル変位は収束傾向が見られていたが、令和2年7月豪雨時(現場周辺は24 時間雨量223㎜を記録)にトンネル天端の再変位(最大15㎜)が発生した(図- 5)。

図5 令和2年7月豪雨時の再変位状況

以下に、当工区で実施したトンネル天端の再変位に対する分析と水抜きボーリング対策、及びトンネル坑内の肌落ち災害防止対策の取組について述べる。

(2)水抜きボーリング
前述のとおり、令和2年7月豪雨時にトンネル天端の再変位(最大15㎜)が発生し、原因分析の結果、変状区間のトンネル周辺は、難透水層である溶結凝灰岩や降下火山灰層で構成されており、その難透水層上部の透水層の水位が降雨により上昇し、水圧が追加された鉛直荷重がトンネルに作用し変位が増大したと想定された。
そこで地下水位の上昇による鉛直荷重を低減させることを目的に、水抜きボーリングを実施し、難透水層上部の透水層からの水抜きを行った(図- 6)。実施した水抜きボーリングからは、降雨量に連動した湧水が確認され、水抜きボーリング実施前のトンネル近傍水位よりも実施後の水位が低く抑えられ、対策工実施以降、トンネルの再変位は確認されていない(図- 7)。施工より1年半が経過したが、現在も恒常的に約150㍑/minの湧水が観測され、水位低減に寄与している。
本区間は、難透水層区間において覆工に水圧が作用する可能性があり、対策区間の周辺地質状況に応じた、覆工構造の構築について議論がなされている。

図6 地質構成及び水抜きボーリング計画

図7 令和2年最大水位時の滞水層厚コンター図

(3)肌落ち災害防止対策の取組
一般的にトンネル工事は、落石の危険性を伴う掘削最先端部(切羽)での作業が多いというトンネル工事特有の特性を有する。切羽災害は、発生した場合の重篤度が高く、厚生労働省にて「山岳トンネル工事の切羽における肌落ち災害防止対策にかかるガイドライン」が策定されるなど、特に安全対策が重要となる。当工区では、ICTを活用した肌落ち災害防止対策に取り組んだ。
トンネル掘削サイクルは、掘削・ずり出し・支保工建込・吹付・ロックボルトという一連の作業を繰り返し行うもので、切羽へ労働者が近接する作業時に災害発生の危険性が高まる。当工区では、各掘削サイクルに応じた安全対策を行った(図- 8)。

図8 肌落ち災害防止対策状況

①掘削作業時:掘削断面確認システムの採用
従来のトンネル掘削作業は、掘削断面通りに施工できているかを作業員が切羽近傍で目視により確認を行っていたため、肌落ち災害のリスクがあった。そこで、ICT を活用し、掘削形状を定量的に把握できる技術を採用した。これにより、掘削重機オペレーターのみで掘削断面把握が可能となり、安全性の向上につながっている。
②吹付作業時:遠隔操作技術の試験運用
従来のトンネル吹付作業は、操作者が切羽近くに立ち、吹付状況を目視確認しながら吹付機をリモコン操作していたため、肌落ち災害のリスクがあった。そこで、遠隔操作技術を応用し開発した技術の試験導入を行った。これにより、遠隔操作技術の有効性を確認し、将来の安全性向上に向けた取り組みを行った。
③ロックボルト作業時:自動化機械の導入
従来のロックボルト作業は、機械にて地山を穿孔した後、人力でのモルタル充填、ボルト挿入を切羽近傍で行っていたため、肌落ち災害のリスクがあった。そこで、ロックボルトの自動打設機を導入した。これにより、安全性の向上に加え、体力的負担の大きい作業の軽減、自動化による作業人員の軽減(省力化)を図っている。

4.滝室坂トンネル坂梨工区の施工状況
(1)工事概要
滝室坂トンネル坂梨工区は、トンネルを熊本県側(阿蘇外輪山内側)から4% の上り勾配で本坑2,679m、避難坑3,069m を施工する工事である。
地質は、凝灰岩および凝灰角礫岩を主体とするPA先阿蘇火山岩類、Aso-1 火砕流堆積物、Aso-2/1 間隙堆積物(以下、Aso-2/1 という)がほぼ水平に成層構造をなしている。当初設計ではAso-2/1は非常に脆弱であり、かつ、Aso-2/1 が帯水層となって地層境界に地下水が存在しトンネル掘削時に最大12m3 / 分の大量湧水が発生することが想定されていた。そのため、当工区の避難坑は地質調査と水抜きの役割を担っており、トンネル施工時にAso-2/1 の位置を正確に把握し、適切なトンネル安定対策と水抜き工を施工することが課題であった。
以下に、当工区で実施した帯水層Aso-2/1 を探るための切羽前方探査と、トンネル坑内における重機接触災害防止対策の取組について述べる。

(2)切羽前方探査
当工区の避難坑では帯水層Aso-2/1 を探るために、複数の切羽前方探査を組み合わせて行った。
初めに、概査として坑内反射弾性波探査(TSP303、ブレーカ探査)を実施して、帯水層の大まかな位置を確認した。坑内反射弾性波探査は、坑内で発破やブレーカにより弾性波を起振させ地質の不連続面で反射する反射波を受振し解析することで地質の変化を探るもので、通常切羽前方に解析領域を設定する。しかし、当該地質は水平な成層構造であることを考慮して、解析領域を切羽上方に設定した。
次に、精査として概査で確認された帯水層が切羽上方20m 程度に近づいた時点で、切羽から上方に穿孔探査(最大36m)を実施して帯水層の正確な位置、湧水の有無を確認した。穿孔探査は、油圧式削岩機の穿孔速度、回転圧等より穿孔エネルギーを算出することで地山の軟硬を把握するもので、穿孔時のくり粉の確認と合わせて地質を判断することが可能である。なお、地質の詳細な性状はトンネル全線で実施した先進ボーリングにより確認した。
トンネルと帯水層が交差する付近の切羽前方探査結果を図- 9 に示す。図中の緑の破線で示されるR1 とR2 は坑内反射弾性波探査で確認された弾性波の反射面である。また、トンネル上方に伸びる①~⑫の黒、青、赤の線は穿孔探査の結果で、図- 10 の既存調査ボーリング付近の探査例に示すように青線の箇所は著しく穿孔エネルギーが小さいことから、脆弱なAso-2/1 と想定された。

図9 切羽前方探査よりAso-2/1 を想定した地質縦断図

図10 既存調査ボーリング付近の穿孔探査結果

したがって、図- 9 の青斜線の範囲がAso-2/1であり、当初想定位置(水色の着色部)より低い位置に分布しNo.145 付近で急激に下がってくることがわかった。湧水に関しては穿孔探査孔から確認されたものの、合計40L /分程度であった。
切羽前方探査でAso-2/1 の正確な位置を把握できたことで、トンネル安定対策工である補助工法や早期インバート閉合を遅延なく施工できた。また、当初想定されていた大量湧水がないことが確認されたので、水抜き工を適切なものに変更し合理的な施工ができた。
切羽はTD2800 付近でAso-2/1 を抜け溶結度の高いAso-2 に入ったため、切羽が安定し坑内変位も減少した。しかしながら、TD2840 付近からAso-1 の風化部が、さらにTD2920 付近ではAso-2/1 が天端から出現し、地層の不整合が確認された(図- 11)。
これは、アバット不整合もしくは断層による不整合であると考えられ、本坑切羽にも出現することが想定されるため、避難坑の地質情報を本坑施工に展開してトンネル安定対策を準備している。

図11 Aso-2/1 の地層の不整合状況

(3)重機接触災害防止対策の取組
近年、機械安全の分野において、ICTを駆使して人・モノ(機械)・環境が情報を共有し、人と重機が協調して安全性と生産性を確保する「Safety2.0」という安全の考え方がある。当工区では、このSafety2.0 の考え方に基づいた重機接触災害防止対策に取り組んだ。
トンネル作業で最も重機接触災害のリスクが高いずり出し作業に、最新のICT 技術を取り入れたシステムを構築した。本システムは、人検知カメラによりずり出し作業箇所への侵入経路および重機の死角を監視し、人の侵入を検知すると警告照明、警告音により重機運転手や周辺作業員に危険を知らせ、ずり出し作業中の全重機が自動停止(システムによる強制停止)する(図- 12)。また、重機から運転手が降車した際には着座センサが降車を検知し、人の侵入時と同様に警告照明、警告音、全重機の自動停止が行われる。これにより、ずり出し作業箇所へ人(重機オペも含む)が立入った場合に、警告のみならず全重機が自動停止するため、人と重機が接触するリスクを大きく低減できた。更に、本システムは例外なく人の立入りを警告できるので、ずり出し作業箇所への人の立入りが危険であるということを作業員が再認識し、システム導入当初は1日当り5 ~ 6回あった警告回数(不安全行動の回数)が半年後にはほぼ0回に激減した。

図12 システム概念図

5.おわりに
本トンネルは、阿蘇山の4回の噴火により形成された非常に脆弱な地質で構成され、大量湧水等の懸念もあったことから、地質、トンネル構造、施工計画、防災・管理面等に関する技術的な検討を行う「滝室坂道路トンネル技術検討委員会」を設立し、平成25年7月よりこれまで合計13回の委員会を開催してきた(写真- 2)。滝室坂トンネル避難坑が、令和4年9月4日に無事貫通(写真- 3)を迎えることができたのは、各委員からのご提案やご助言等の結果であり、ここに感謝の意を表す。

写真2 滝室坂道路トンネル技術検討委員会

写真3 滝室坂トンネル避難坑実貫通の瞬間(R4. 9. 4) (写真左:坂梨工区、写真右:波野工区)

また、安全施工を第一に考え、施工に関する様々なご提案を頂いた、大成・杉本特定建設共同企業体並びに清水・東急・森特定建設共同企業体の工事関係者には、この場を借りて、深く感謝申し上げたい。
近年、災害が激甚化・頻発化する中、滝室坂道路の完成は、強靱かつ信頼性の高い道路ネットワークの構築、及び平常時・災害時にも機能する安全・円滑な人流・物流を支える道路ネットワークの確保につながることが期待されている。一日も早いトンネルの完成に向けて、安全第一で施工を進めて参りたい。

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