一般国道205号 早岐瀬戸大橋の橋脚
耐震補強の設計と施工について
耐震補強の設計と施工について
建設省 長崎工事事務所
工務課長
工務課長
後 田 徹
1 はじめに
早岐瀬戸大橋は,一般国道205号針尾バイパスの起点部に位置する延長385.0mの橋梁である。(図-1)
本橋は,下り線と上り線のA1~P1間は既に供用されており,残り上り線P1~A2間の4車線化を平成10年度に着手し鋭意施工中である。
下部工は,上下線一体構造で昭和56年に完成しているが,耐震性が不足するため今回橋脚の耐震補強を行うものである。
本橋の橋脚7基のうち,P0橋脚以外のP1~P6橋脚は海上部に位置する。
これらの海上部に位置する橋脚に対して補強工事を行う場合は,通常,仮締切りを行い気中(ドライな状態)で行うことが考えられるが,本橋では,海面使用範囲の縮小や工期の短縮を図るため海中施工(一部気中)により,PC巻立て工法による耐震補強を行うものである。
ここでは,この橋脚耐震補強の設計と施工について報告する。
2 橋脚耐霙補強の設計
本橋下部工について,「道路橋示方書(H8.12)」および「既設道路橋の耐震補強に関する参考資料集(H9.8)」に基づき,地震時保有水平耐力法による照査を行った結果,耐震性が不足するためタイプⅠ,Ⅱの地震力に十分対応できるようにPC巻立て工法により耐震補強設計を行った。
本橋下部工形式は,橋軸直角方向の断面寸法aと橋軸方向の断面寸法bの比a/bが3を越える壁式橋脚であることから,軸方向鉄筋による曲げ耐力向上と,中間貫通鋼材を併用した横拘束鋼材の配置によりじん性の向上を図った。
(1)設計諸元
橋脚耐震補強の設計諸元を以下に示す。
① 補強工法 PC巻立て工法
② 施工方法 海中施工(一部気中)
③ 既設下部工 小判型壁式橋脚
④ 既設基礎工 鋼管矢板井筒基礎(P1~P5)
直接基礎(P6)
⑤ 重要区分 B種の橋
⑥ 既設橋脚
コンクリート σ ck=21N/mm2
鉄筋 SD295A
コンクリート σ ck=21N/mm2
鉄筋 SD295A
⑦ 橋脚補強
補強高 5.4~12.6m
コンクリート σ ck=30N/mm2
鉄筋 SD295A
横拘束PC鋼材 SWPR19φ17.8㎜
中間貫通鋼材 SEEE F100 SWPR7B 7×φ11.1㎜
⑧ 海象条件
水深 最大5.8m
潮位 朔望平均満潮 TP+1.60
潮流 1.0m/sec
波高 1.0m
(2)耐震性の照査
表-1に補強前および補強後の耐震性照査結果を示す。
(3)補強工法の選定
補強工法の選定にあたっては,海中に位置する橋脚の補強であることから,品質の確保,施工条件(海象,施工性,海面利用,工期)やコスト面について,以下の工法の比較検討を行った。
① 鋼板巻立て工法
② RC巻立て工法(気中・海中)
③ PC巻立て工法(気中・海中)
鋼板巻立て工法は橋脚の構造や耐候性の面で,また,海中でのRC巻立て工法は型枠作業をはじめ全てが潜水士による作業となり,品質管理の面で適しないと判断した。
気中施工の場合は2重締切りを,また,海中施工の場合は潜水士の安全性,作業効率の面から簡易締切りを計画して比較した。
比較検討の結果,最も適する工法として海中施工(一部気中)によるPC巻立て工法を選定した。
(4)設計上の配慮事項
本橋脚は海上部に位置することから塩害対策の必要があることや,作業条件が厳しい海中施工であることから以下の事項について配慮した。
① 塩害対策区分Ⅰであることから所定のかぶり7.0cmを確保出来ないPCパネル内の鉄筋は,エポキシ樹脂塗装鉄筋とした。
② 軸方向鉄筋は施工上2分割にし継手を用いて接続する必要がある。
このうち,下段鉄筋は一時的に海中に浸かるため,この部分のみ耐食性に優れた塗装鉄筋とした。
また,横拘束PC鋼材についても同様に,海中部は耐腐食性に優れた被覆PC鋼材とした。
③ 中間貫通鋼材は,半円形の鋼製コルゲー卜立坑内で削孔や取付け作業を行うことになるので,狭い空間内でも鋼材配置が容易で,かつ削孔のずれや曲がり等の誤差に対応可能なSEEEケーブルとした。
④ 既設橋脚とPCパネルの間に打設する一次コンクリートは,海中施工となることから海中不分離コンクリートとした。
なお,設計基準強度はPCパネルと同等のσ ck=30N/mm2とした。(水セメント比は55%以下であることから塩害対策上の問題はない。)
図-2に橋脚の補強構造を示す。
3 橋脚耐震補強の施工
(1)施工の概要
PC巻立て工法は,既設橋脚にPCパネルを建込み,横拘束PC鋼材を配置しカップラーを介して橋脚の下端から上端まで1本の横拘束鋼材を形成する状態でプレストレスを導入することにより既設橋脚との一体化が図れる工法である。
PCパネルを用いることにより,現地での工期短縮が図れることや,品質確保の面からも海中施工への適用性が高い。
なお,安全性や品質管理上の面から海中作業を最小限にするために,横拘束PC鋼材の緊張作業や中間貫通鋼材の施工は,一部気中ですることとした。
海中作業となるのは,軸方向鉄筋組立と海中不分離コンクリート打設作業に限られる。
海中作業は全て潜水士作業となるが,その安全対策と作業効率の向上を図るために,仮締切りを行い潮流の影響を軽減した。(図-3)
潜水士の作業内容は,軸方向鉄筋組立時のコンクリートコア削孔用ロッドの誘導,鉄筋アンカー樹脂注入作業の注入ホースの誘導,鉄筋挿入時の誘導等比較的簡易な作業のみである。
PCパネルの組立および沈設は,仮締切りと一体となって設置した作業構台および既設橋脚梁部に設置した横移動吊装置を利用して行う。
なお,海上部での施工にあたっては,作業区域を設定し海上交通の安全性を確保すると共に,汚濁防止フェンスを設置し環境対策を図った。
(2)施工手順
本工事の海上部における主な施工手順を示す。
① 汚濁防止工・仮締切工の設置
② 基礎上面の浚渫
③ 作業構台・足場の設置
④ コンクリート表面の清掃
⑤ 沈設装置の組立
⑥ 軸方向鉄筋の組立
⑦ 下段PCパネルの施工
a PCパネルの組立
b PC鋼材の挿入・ピットの取り付け
c 一括沈設
d PCパネルの固定(海中)
e 水中不分離コンクリートの打設
f ピット内のドライアップ
g 中間貫通鋼材の施工(ピット内)
h PC鋼材の緊張・グラウト(ピット内)
i ピット内への注水・ピット解体
⑧ 上段PCパネルの施工(気中での施工)
⑨ 仮設材の撤去
(3)PCパネルの一括沈設
海中部に位置する橋脚の補強を安全かつ合理的に行うには,極力海中での作業を軽減することが必要である。
一般的なPC巻立て工法では,運搬可能な大きさで製作されたPCパネルを個別に既設橋脚面に架設するが,本工事では海上に設置した作業構台等を利用して橋脚1周分のPCパネルを環状に接合し,これを橋脚上部に設置した沈設ジャッキで一括沈設する手法を用いた。これにより海中でのPCパネルの接合作業が大幅に軽減できる。
一括沈設するパネルは,厚さが18cmで環状に組み上げた形状が長手方向は最大23.4m,短手方向は2.8~3.7m,高さ5.0~6.0mと非常に薄く細長い形状である。このため沈設の際に有害な変形を生じないように,8台の特殊な油圧ジャッキを用い変位管理を行いながら沈設することとした。
図-4にPCパネル一括沈設装置の構造を示す。
(4)品質の確保
PC巻立て工法においてPC鋼材の緊張やグラウトは,補強上最も重要な工種の1つである。
潜水士による海中での一般的なPC鋼材緊張の実績はあるが,PC巻立て工法のように細系のPCストランドを多数緊張した実績はない。
このため適切に施工し品質を確保するには,気中での施行が必要不可欠である。
また,グラウトに関しても一般的に水中施工は,グラウトが不要なPC鋼材が用いられるが,PC巻立て工法の場合は,中間緊張を行うためアンボンド鋼材のようなノングラウトのPC鋼材は使用できない。このようなことから本工事では,鋼板厚4.5mmの半円形のコルートパイプを用いた作業用ピット(竪坑)をPCパネルに取り付け,この部分のみドライアップし気中状態にして,PC鋼材の緊張およびグラウト作業を行うこととした。
図-5に作業用ピットの構造を示す。
(5)海中施工のための確認試験
これまでほとんど気中で施工されていた耐震補強工事を海中で行うにあたり,施工性や品質に関し以下の事項について確認する必要がある。
① 軸方向鉄筋の基礎への定着性能
② 海中不分離コンクリートの打設性・充填性
気中での補強においては軸方向鉄筋は,エポキシ系の接着剤を用いて鉄筋径の20倍の深さまで基礎に埋め込まれる。
本工事では,軸方向鉄筋に塗装鉄筋を用いるため,塗装鉄筋とエポキシ樹脂接着材の付着性能や,水中で接着剤が充填されることによる削孔内面の水膜,削孔内での水と接着剤の置換性能が懸念される。
海中不分離コンクリートに関しては,施工実績は多いものの,設計基準強度30N/mm2の高強度コンクリートであることや,打設箇所が125㎜ピッチで配置されたD51の鉄筋が並び既設橋脚とPCパネル間が17cmと隙が狭いため充填性が懸念される。
このため実際の施工に先立ち,現地施工条件を反映した実験施工を行い,施工性,強度等の妥当性を吟味し確実な施工に努めることとした。
4 関係機関との協議
本工事は,海中部での工事であるので施工に際しては,交通管理者や地域住民はもとより,港湾管理者,海上保安部,漁協,海面利用者等とも適切な説明,協議,手続きを行い安全で効率的な施工に資する必要がある。
5 おわりに
本工事は,海中に位置する橋脚の補強を海中状態(一部気中)で施工するものであるが実績が少ない。このため,設計時点から各分野の各視点からの検討を行い,また,施工時点では事前に各種試験施工を義務付ける等,安全性や品質の確保に努めることとしている。
これから幾多の課題があると思料されるが,今後とも関係機関と密な連携を図り,また,必要な技術検討を行い,事故なく工事完成を目指す所存である。
現在,海上交通の安全に最大限の注意を払いながら仮設工事の最中である。夏には本体工であるPCパネルの設置を海中で行う予定である。