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ヨーロッパと日本のインフラ整備の現状と将来

㈳国際建設技術協会 欧州事務所長
元 建設省九州地方建設局長
荒 牧 英 城

まえがき
1972年にフランス政府給費留学生として半年間フランスに滞在し,それからほぼ四半世紀の空白を経て1995年からパリに勤務しほぼ3年を経過した。「20数年の間にパリの街は変ったか?」とよく聞かれるが,この答えはなかなか難しい。ミッテラン大統領時代のルーブルのピラミッドや新凱旋門などの点的な建物を別にすれば,パリの街並みはほとんど変っていないようにも見えるが,よく見ると外壁は昔のままでも内側は近代的なオフィスやショッピングセンターなどに生まれ変っているところも多い。見た目よりも変化は激しいようだ。何を見ても感激し,日本食など全く欲しいと思わなかった25年前の自分に比べ,良く言えば客観的に見られるようになった反面,感受性は薄くなったり,重たいフランス料理は週1回で十分と思うようになっているので,本当に変ったのは自分自身なのかも知れない。
インフラに関して言えば,日本は明治維新以来ひたすら欧米の水準に追い付くことを目指してその整備に努めてきた。今やヨーロッパの人達も日本のインフラが立ち遅れているとは誰も思っていないし,確かに一定の水準に達していると言える。しかし,もともと道路や下水道などインフラのストックが大きかった欧米もこの間何もしていなかった訳ではない。ものによっては日本以上のスピードで整備が進んでおり,その差は相変わらず埋まっていない。そのような量的な問題に加えて,近年の環境問題は地球規模で取り組むべき共通の問題となっており,インフラヘの取り組みも世界的な共通の問題意識をもって対処する必要が出てきている。今後日本においては,量的なキャッチアップは勿論のこと質の高いインフラの整備が必要であるし,このためには環境問題に対処するための技術の開発,公共サービス分野での中央と地方の役割,公共と民間セクターの協力の在り方についての新しい方策の模索など,ハード,ソフト両面における取り組みを強める必要がある。
そのための指針となりうるかどうかは別として,ヨーロッパのインフラ整備への取り組みの現状およびその課題などについて交通インフラ,治山・治水,都市開発の視点から概観してみたい。

1 交通インフラ
(1) EU
1) インフラの現状と整備の課題
1989年のベルリンの壁の崩壊により,東西ヨーロッパの交流は拡大の一途をたどっている。
さらに,西ヨーロッパの15カ国からなる欧州連合(EU)では,1999年1月からの通貨統合(当面は11ヶ国でスタート)により経済的な一体化が進み,域内の交通需要はさらに増え続けることが予想される。このような背景から,ヨーロッパ全体の視点に立った交通ネットワークおよび交通体系の整備が急務になっている。
ヨーロッパにおいては,戦後数十年にわたって貨物,旅客輸送の面において道路交通への依存度が拡大し続け,表ー1のように日本に比べても相当大きなシェアーを占めている。このことが特に大都市およびその周辺での道路交通渋滞ひいては大気汚染の原因になっている。このような状況を踏まえ,ヨーロッパ連合(EU)では,ヨーロッパ全休の視点に立って,ボトルネックの解消,ミッシングリンクの連結のために必要となる交通インフラを整備するためトランス・ヨーロッパ交通網計画(TENs)を策定した。また,交通機関間の競争を促し,インフラにかかる費用を利用者に正当に負担してもらおうとする考えから,道路の料金制度(ユーロヴィネット)の導入が課題となっている。

2)トランス・ヨーロッパ交通網計画(TENs)
1992年のマーストリヒト条約においてTENs計画が策定され,交通網(鉄道,道路,水路,航空)については26のプロジェクトがピックアップされ,オーソライズされた。プロジェクトの構築に当たっては,道路の混雑解消と鉄道の有効活用を図るため,「複合交通」(combined transport―長距離貨物輸送の端末は道路,中間は鉄道または水路を利用)の考えが広く採用されている。さらに1994年12月のエッセン(ドイツ)でのヨーロッパ理事会(EUの最高意思決定機関)において,26の中から次のような14のプライオリティー・プロジェクトが選ばれ,各国は実施に向けて努力することを合意した。(図ー1参照)。
①ベルリン,ライプチッヒ,ニュルンベルグ,ミュンヘン,ブレナー峠(オーストリア~イタリア国境),ベローナ(イタリア)を結ぶ高速鉄道(貨客併用)
②パリ~ブリュッセル~ケルン~アムステルダム~ロンドンを結ぶ高速鉄道
③ダックス(フランス)~マドリッド,モンペリエ(フランス)~マドリッドを各々結ぶ高速鉄道
④パリ~ストラスブール~カールスルーエ(ドイツ)を結ぶ高速鉄道
⑤Betuwe Line/ロッテルダムとドイツのルールを結ぶ鉄道および複合交通
⑥リヨンとイタリアのトリノ,トリエステを結ぶ高速鉄道(貨客併用)
⑦PATHE/ギリシャ国内の高速道路
⑧リスボンとスペインのバラドリドを結ぶ高速道路
⑨アイルランドのコーク,ダブリンと北アイルランドのベルファストを結ぶ鉄道および複合交通
⑩ミラノのマルペンサ国際空港
⑪オレスンドリンク/デンマークのコペンハーゲン空港からFlinterenden海峡を横断しスウェーデンの都市Malmö に至る道路・鉄道プロジェクト
⑫ノルディック・トライアングル/スウェーデンのストックホルム,マルメおよびノルウェーのオスロを三角形に結ぶ鉄道と道路のプロジェクト
⑬ダブリンから英国を東西に横断しベネルックスに至る道路プロジェクト
⑭スコットランドのグラスゴーから西海岸を通ってロンドンに至る鉄道
これらの計画からも分かるように,ヨーロッパの中心部は鉄道の,またアイルランド,ポルトガル,ギリシャなど周辺国は道路のプロジェクトが中心になっている。プロジェクトの進捗度は,⑨⑩⑪は完成に近づいており,②③④⑤⑦⑭の6つは財政計画もほぼ固まり工事が開始されており2005年の完成が期待されている。しかし,アルプスにトンネルを建設する必要のあるTGV新線建設計画を含む①⑥⑧⑫⑬の5つはまだ財政計画が固まっていない。

3)ユーロビネット(Eurovignette)
1930年代から高速道路が建設されたドイツを筆頭にベネルックスや北ヨーロッパの国々では現在も高速道路は原則無料であるのに対し,フランスをはじめイタリア,スペインなど高速道路整備の後発国では遅れを取り戻すために有料道路制度が導入されている。物流の広域化およびその増加は,特に無料の道路が主体の国に負担の不公平感を生んでいる。すなわち,フランスの高速道路の建設・維持にはそこを通る外国の車も料金の形で負担しているが,ドイツの高速道路は全てドイツ国民が負担し,外国の車はただで使っていることになるからである。
こうした中,1993年6月にルクセンブルグで開催された交通担当大臣会議で,陸上輸送課税の導入等について合意された。この合意に基づき,1995年1月からベルギー,デンマーク,ドイツ,ルクセンブルグおよびオランダの5カ国の自動車道を利用する貨物自動車は,ヴィネット(大型貨物車両用料金支払証明書)を購入しなければならなくなった。この制度は,EU域内でも広く適用されるべきものであることの合意は得られているが,料金の設定次第では大型貨物車が大きく増える可能性のあるオーストリア,スイスとEU委員会との合意がまだ得られていないこと,現行のヴィネットは利用期間に応じた料金体系であるが,これを走行距離に応じた料金体系とするための非接触型料金徴収技術の開発が必要であることなど,重要な問題が残されている。

(2)イギリス
公共サービスの分野に民間の資金や技術を活用するための方策として,1992年にPFI(Private Finance Initiative)が導入された。対象となる事業の分野は,交通インフラ(鉄道,道路),社会インフラ(病院,学校,刑務所),国防,文化・スポーツ施設など非常に幅広い。1998年3月現在の総契約額は87億ポンド(約1兆8,700億円)に上るが,中でも鉄道などの交通インフラが40%を占めている。最大のプロジェクトは,既に完成しているユーロトンネルとロンドンを結ぶ高速鉄道CTRLで,契約額は30億ポンド(約6,500億円)である。この路線が完成すると,パリ~ロンドン間のユーロスターの現在の所要時間3時間が2時間半に短縮される。
1997年5月に成立した労働党政権は,PFIの手法そのものは前保守党政権の考え方をほぼ踏襲したものの,プロジェクトのプライオリテーについては学校,病院などの社会インフラ,歴史的建造物などの文化施設,交通分野では地下鉄やバスなどの公共輸送機関に重点を置いている。また,労働党政権の交通政策の一環として,自動車交通を極力抑制するため,都市へ乗り入れる自動車,また企業が社員用として保有する駐車場に課税する制度を導入した。これと合わせて,幹線道路を担当するHighways Agencyは,新しい道路を建設するよりNetwork Operatorとして既存のネットワークの有効活用を図るという役割を重視する方針が打ち出されたため,民間資金を活用してDBFO(Design Build Finance Operate)で整備しようとしていた道路プロジェクトの多くが遅れる傾向にある。

(3)フランス
交通インフラの中で,現在大きい投資が行われているのは,高速鉄道(TGV)と高速道路である。TGVは,南フランスのリヨン~マルセーユ間約200km区間の工事が最盛期であり,2000年に開業されればパリ~マルセイユ間が3時間で結ばれることになる。また,パリからストラスブールに至るTGV東線も着工された。高速道路については,1998年1月現在都市間高速道路が7,926km(有料6,705km,無料1,221km),都市内高速道路(無料)が997km供用されており,さらに1998年だけでも476kmの都市間高速道路の供用が見込まれている。ヨーロッパの中では高速道路整備の後発国であり,日本とほぼ同じころから整備が始まったフランスであるが,すでに日本よりも大きい高速道路網を保有するに至っている。自動車保有台数,人口などのファクターを考え合わせると,日本は質的に大きな遅れをとっているといえよう。
そのフランスでも1997年6月ジョスパン社会党・左派連合政権の誕生により,交通政策の見直しが進められている。都市間交通におけるインターモーダル(複合交通などによる),都市交通における公共輸送機関(路面電車など)の重視がそれである。1950~60年代には多くの都市で厄介ものあつかいされ廃止された路面電車(トラムウェイ)は,装いを新たにして(専用軌道化,低床式車両など)今や都市交通の救世主扱いになっている。
政府では現在,国土整備,開発に関する基本法の改正作業を進めているが,交通インフラに関するマスタープランは従来の鉄道,道路といったモード別の計画ではなく,旅客,貨物輸送といったサービス別のマスタープランとして策定されることになっている。

(4)ドイツ
40年以上続いた分裂国家の時代に生じた東西間のギャップを埋めることなどを主たる目標として1992年全ドイツを包括する最初の「連邦交通路計画1992」(BVWP‘92)が決定された。計画の規模は,鉄道2,136億マルク,道路2,096億マルク,水路303億マルクからなり,2012年を目標に整備が進められている。このうち,ドイツ総面積の3分の1しかない旧東独地域に投資総額の約40%が投資される予定である。
道路については,1932年にケルン~ボン間に初めて高速道路が完成して以来整備が進み,現在11,000 kmの高速道路と4,200kmの連邦道路が供用されている。「連邦交通路計画1992」では,高速道路と連邦道路をあわせて約8,400kmの新設と4,170kmの拡幅を計画している。この意欲的な整備計画を実行するため,民間資金の活用策が試みられており,1994年には有料道路制度も導入されたが,現在のところ北海に面したロストック市のWarnow川横断卜ンネルの1例だけに止まっている。

2 河川,防災
(1)ヨーロッパの水問題
ヨーロッパの地形的な特徴としては,アルプス,ピレネー山脈などはあるものの全体的には平坦であり,気候的には小雨である。それでも1995年にはライン川,1997年にはオーデル・ナイセ川(ドイツ・ポーランド国境)などの国際河川で大雨による洪水が起こり広い地域で氾濫しているが,事前に予警報が出されたこともあって人命への影響は少なくてすんでいる。このような日本との自然条件の違いが河川の利用,洪水制御に対する姿勢の違いにも出ている。勿論,オランダは国土と人命を守るため長い間水との戦いを繰り広げ,そこから治水技術も大きく発達した。日本は多くのオランダの治水技術者の指導を受けて治水事業に取り組んできた歴史を有しているが,このようなオランダの例はヨーロッパの中では極めて稀であると言える。
水資源の問題は,地球的規模で見れば来世紀の最も重要な問題になることが指摘されているが,ヨーロッパでは新規の水資源開発プロジェクトはあまり話題になっていないし,農業用水の開発プロジェクトがあっても民間環境団体の反対にあって進んでいないケースがある。フランスは,ローヌ川の水を水が不足しているスペインのカタロニア地方(バルセロナなど)ヘパイプラインで導水しようというプロジェクトがあるくらい水の豊かな国であるので,あまり深刻な話題になっていない。しかし,水質の問題についてはライン川,ドナウ川などの国際河川は勿論,フランス国内でも河川行政の中心課題になっている。また,環境対策の一環として,ドイツなどを中心に多自然型川造りへの取り組みが活発に行われている。
ヨーロッパの多くの河川は勾配も緩やかであるところから,紀元前の昔から陸路よりも安全で確実な交通手段として利用された。例えば,フランス内陸部のブルゴーニュ地方では英仏海峡に流れ込むセーヌ川と地中海に流れるソーヌ・ローヌ川が接近しているが,そこには古くから積み替えのためあるいは交易のための都市が発達している。また,スカンジナビアのヴァイキングもこのような河川を使って内陸深く船で侵攻している。現在交通手段としての主役は鉄道や道路交通に譲ったとは言いながら,近年の環境問題の深刻化にあわせて水路交通も見直されており,ヨーロッパ全体の運河網整備マスタープランに基づいて,新たな運河の建設プロジェクトも進められている。

(2)フランスの水問題
1)水管理体制
フランスの河川行政は,環境省を水資源管理,水質保全,洪水対策にかかる計画,規制などの主務官庁とし,設備・運輸省(水運),農業省(灌漑等),工業省(水力発電),保健・衛生省(水質,健康),地方自治休(上・下水道)など多くの機関が関わっている。前にも述べたように,河川は交通路としての役割が非常に大きいことから,約6,000kmの航行可能な河川・運河は設備・運輸省管理下のフランス水運公団(Voies Navigables de France)が管理している。特別な例としては,ロワール川のように水運のない河川は,環境省が直接管理している。また,ローヌ川などいくつかの河川には特別の国策会社があって,水運や電力利用料を財源として水路整備を行っている。
このような施設管理の権限とは別に,水資源の計画的な確保・管理,水質の保全,洪水対策を行うため1992年1月の新「水法」の制定により,6つの流域単位に水資源開発と管理のマスタープラン(SDAGE)が策定され,このプランに基づいて事業が行われている。マスタープランの策定には,水利用者,学識経験者,国・地方の公共機関,民間団体等の代表からなる「流域委員会」(水議会とも呼ばれる)で討議,決定され,環境省,財務省監督下の「水管理庁」(Agence de I’eau)で執行されている。「水管理庁」の活動財源は,「利用者・汚染者負担の原則」にのっとり取水者や汚水排水者に課徴金を課し,その財源を処理施設の整備や監視業務などに充当している。
2)洪水対策
フランスでは,氾濫原に住むのは総人口の3~5%であり,日本の条件とは基本的に異なっている。フランスの洪水対策も以前はダムや堤防の構築が中心であったが,1992年のローヌ川の大洪水,93年,94年のロワール川などの水害を契機として,水害をコントロールし得るという従来の考え方から被害の発生予防に重点を置く考え方に変わった。1994年1月に新しい法律が制定され,水管理に関する10ヵ年計画(Plan de prevention aux risques)が策定された。この計画では洪水対策のほか水質管理にも重点が置かれ,全体計画は110億フラン(1フランは約22円)で,内訳は水質管理に40億フラン,洪水対策に40億フラン,洪水予警報システムに30億フランが充てられることになっている。
洪水対策については,以下の3つの方針で取り組んでいる。
①洪水被害が発生する恐れのある地域は都市化を防止することとし,危険度に応じて建築の禁止または建築条件を付ける。また,積極的に氾濫原(自然遊水地)を確保する。さらに1995年2月に制定された法律により,洪水,土砂崩れ,雪崩の危険がある地域では,国が強制収用できることになった。
②洪水予警報システムの充実。レーダー雨量計を全国で15カ所設置の予定。96年の夏,フランス国境に近いスペインのキャンプ場で大雨による濁流で80名の死者が出た事故があり,予警報システムの重要性が指摘された。
③治水施設の建設・改良。ロワール川流域は河床が上がり舟運もなくなっているので,洪水対策としてオルレアンやツールなどで堤防の建設が行われている。また,セーヌ川では1910年,24年に大洪水があったが,現在4つのダム(貯水量計8億トン)により洪水調整容量を確保しており,他にも3つのダム計画がある。

3 都市開発
(1)概 説
「日本には都市計画がない」とよく言われる。確かに京都や奈良などの一部の都市を除くとどこの都市を見ても規模の大小は別にして同じような街並が並んでおり,これといった特徴を挙げるのは難しい。個人の家屋などは良く吟味され個性的なものが多いが,これが集団としての街並になるととたんに特徴がなくなってしまう。これに対して,ヨーロッパの多くの都市では,一軒一軒は同じような形,色の建物が多いが,長い歴史の中で蓄積された街並は非常に個性的な味わいがある。花の都パリ,水の都ヴェニス,百塔の町プラハなどなど・・・・・・・・・
この違いはどこから来るものであろうか? 確かにヨーロッパの家屋は表面は石造りが多く200~300年も経過した家でも現役の家として十分活用されているのに対し,日本の家屋は常に新しい材料で全国的なハウスメーカーの同じようなデザインで新陳代謝を繰り返していることの差にもよるのであろう。しかし,忘れてはならないこととして,都市計画の分野における日本の強大な私権と欧州における規制の多さを指摘することが出来るのではないだろうか。日本では一般的に街並を揃えるために個人の住宅あるいはマンションなどのデザインに規制がかかることはほとんどないが,欧州では建物の形は勿論のこと屋根や壁の色まで規制がかかることがある。
パリのバルコニー付の7~8階建ての建物,ロンドンの煉瓦色の4~5階建ての建物は,それぞれパリらしさ,ロンドンらしさを生み出しているが,この調和のある美しい街並は,裏を返せば私権の大きな制限の成果であるとも言える。

(2)パリの都市開発
現在のパリ市は,面積が105㎢,東京23区の5分の1弱で,周囲35kmの環状高速道路の内側にすっぽり納まるこじんまりした都市で,そこに約200万人が住んでいる。現在のような都市の原型は,19世紀後半ナポレオン3世の時代のセーヌ県知事オスマン男爵の大規模な都市計画によって出来上がった。オスマン男爵は,古い街区を整理して広幅員の道路を建設し,公園・広場,水道・ガス管,下水道などの都市施設を整備し,建物と街路の関係を規制して都市形態の統一を図るという手法を基本とした。現在の街並の基本となっている7~8階建てのバルコニー付の建物はこの時代の計画に基づいている。
第2次大戦後都市開発の分野で目だった動きが出てきたのは1960年代に入ってからである。1960~70年代にかけて中央市場の郊外への移転(跡地のレアル地区は商業センター),郊外での職住接近型のニュータウンの建設(パリ郊外で5都市),市内での再開発による高層化,ラ・デファンス地区の再開発(高層ビルによるオフィス需要への対応)などの再開発事業が展開され,交通インフラとしては都市高速環状道路やセーヌ河岸(右岸)道路が建設された。
80年代から90年代にかけては,ヨーロッパの中でのパリの文化的中心性を強化する必要性が叫ばれ,それまで都市施設が比較的少なかったパリ北部,東部でも経済的・文化的ポテンシャルのアップを目指したプロジェクトが進められた。有名なのはミッテラン大統領が音頭をとったルーブルの改造計画(ピラミッドなど),大蔵省庁舎,新国立図書館,新凱旋門(グランド・アルシュ)などのグラン・プロジェがそれである。ルーブルのピラミッドなどは,歴史的遺産の真ん中に建設されたものであり,一時はそのデザインに賛否両論があったようであるが,フランスの歴史的遺産はそれ自体が幾世代にわたってその時の新しい発想,デザイン,材料,技術で積み重ねられてきた伝統を持っているだけに,結局は多くの市民,国民に受け入れられているようである。
最近パリ市の中心部では通りに面した建物のファサード(壁面)を残しながら,内部は近代的なオフィス,商店街,駐車場などを整備する再開発事業が進められている。ファサードを残すことによって街並を保存することが可能になることから,行政側ではこの場合600%という大きな容積率(壁面を壊すと300%となる)を与えている。このような経済的なインセンティブを与えることによって,パリらしい街並を保存しつつ近代的な都市への成長が可能になっていると言える。

あとがき
九州技報編集者からは「欧米諸国と我が国の社会資本の現状について」という大きな課題を戴いたが,結局はヨーロッパの,しかも現在私が滞在しているフランスを中心として極めて限られた情報を並べた報告になってしまった。編集者の意図に沿えなかったのではないかと危惧している。
日本では,ダムや道路などが公共事業の代表選手として一部では目の敵にされ,「もうこれ以上の投資は要らない」といった極端な議論がまかり通っているように見受けられる。ヨーロッパにおいても,都市内の交通渋滞それにともなう大気汚染など交通公害の問題が大きくなり,自動車による個別交通から公共輸送機関への転換を図るための政策が活発に行われている。政策の重点をどこに置くかは各々の国の情勢,時代の要請によって変ってくるものであるが,ここでは少なくともオールオアナッシングという極端な議論はどこを探してもないし,各々の国が国力に応じて常に社会基盤(インフラ)の拡充,更新,維持保全の努力を怠ってはいない。公共の分野で資金が不足してきたとなるとBOT,DBFO,PFI,PPP,コンセッションなどと民間の資金と知恵を活用するための方策を考えてまでインフラの整備を続けていこうと努力している。
イギリスのPFIも最近オーストリアで導入された一般道路を有料にする試みも,まずやってみてまずいところはそこで改めるという姿勢で新しいことに取り組んでいる。日本では法律で読める読めないの議論が先行しすぎる嫌いがあり,将来に向って新しい発想が生まれにくい。もともと質の高いインフラのストックの少ない日本で「もうこれ以上の投資は必要ない」ことはありえないし,整備の取り組みに当たってはもう少しヨーロッパのトライアンドエラーの精神を学ぶ必要があるように思う

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