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トンネル工事における掘削発破を震源とした切羽前方探査の適用
福崎昌博

キーワード:トンネル、切羽前方探査、断層、弾性波探査

1.はじめに

山岳トンネルでは、調査・設計段階で得られる地質情報は種々の制約から限定された情報とならざるを得ず、施工段階において設計や施工法を地山条件に合わせて合理的に修正することが工事の安全性と経済性を確保する上で求められている。
東九州道(県境~北川間)古江トンネル南新設工事は、全長2,417mの古江トンネルのうち南側1,347mに相当し、最大土被り約250m、内空断面が94m2と土被り・内空断面共に大きいことが特徴である。本トンネルの中間点付近には、四万十帯に属する中生代の諸塚層群が地質年代の若い古第三紀の北川層群に衝上し年代が上下で逆転する特異な地質構造(古江衝上断層)が分布し、この断層によって周辺地山が脆弱化していることが危惧されていた。しかしながら、本トンネルは土被りが大きく、地形的な制約から古江衝上断層に対する綿密な地質調査を行えずに施工段階に至った。
施工時の切羽前方探査技術1),2)としては、切羽からの水平ボーリング調査や坑内で実施する反射法弾性波探査などがあり、いずれも坑内を一定期間占有することから掘削サイクルに影響を与える手法であった。最近、掘削サイクルに影響を与えない新しい手法として掘削に用いる段発発破を震源に活用する前方探査技術が開発されている3)
本稿では、掘削発破を震源とする新しい探査手法を古江トンネル南新設工事に適用した事例について報告する。採用した探査手法は、トンネル浅層反射法(SSRT:NETIS登録KT-010159-A)の応用技術で「連続SSRT」と称しており、本トンネルで探査装置の更なる改良を実施している。

(1)工事概要

工事概要を以下に、工事位置図を図-1に示す。
  1. 工事名:東九州道(県境~北川間)古江トンネル南新設工事
  2. 工事場所:宮崎県延岡市熊野江地先
  3. 施工者:株式会社フジタ
  4. 工期:2008年2月5日~2010年11月30日
  5. 延長、道路幅員:古江トンネル全長2,417mのうち南側1,347m、車道幅員12m(全幅員14m)
  6. 構造形式(掘削方式):NATM工法(発破)
  7. 内空断面積:94m2(掘削断面積:108.9~127.2m2

(2)古江トンネル南新設工事における課題

古江トンネル南新設工事では、最大土被りが250mで地形的な制約から坑口周辺部を除きボーリング調査を実施していない。一方、弾性波屈折法探査が全線で実施されているが、本手法は土被り150m程度が探査限界とされている4)。さらに、本トンネル中間部付近には、特異な地質構造となる古江衝上断層の分布が想定されており、この断層の破砕程度や規模等によっては、工事工程の遅延や工事費の増大などをまねく可能性が危惧されていた。
図-2に、以上の古江トンネル南新設工事における課題をまとめて示す。本トンネルでは、事前調査で得られた地質情報が限定的であり、設計段階から施工時の調査によって地質情報を補完することが有益であると提案されていた。

3.切羽前方探査技術
(1)概 要

表-1に、施工時の切羽前方探査の一覧を示す。施工時調査は削孔・穿孔調査と物理探査に分類1),2)される。削孔・穿孔調査は、コアやスライムで直接前方地山を確認でき、水抜き効果も期待できることが利点となるが、削孔延長が長くなると工期が長く高額となる。物理探査は、弾性波や電気・電磁波等を用いて間接的に地山を調査する手法であり探査深度が数100mと深いことが利点である。
図-3に示す反射法弾性波探査に基づく切羽前方探査法としてはTSP、HSP等2)が普及しているが、震源が発破に限定されること(探査用に別途発破を準備)、探査時に探査装置が坑内を占有すること(掘削作業のない休日に探査)等が欠点である。

(2)従来法と掘削発破を震源とする手法の比較

トンネル浅層反射法探査(SSRT:Shallow Seismic Reflection Survey for Tunnels、以下SSRTと称す)は、様々な震源(発破、自走式の機械震源:バイブレータ、油圧インパクタ)を利用できることが特徴であり、例えば、発破使用許可申請を実施しない機械掘削のトンネルにおける地山急変に対する緊急的な探査要請にも対応できる。
一方、発破掘削のトンネルでは、日常的に用いる起爆力の大きな掘削発破の振動を切羽前方探査に活用できれば、特別な震源を必要とせず連続的に探査することが可能となる。掘削発破を探査用震源として活用する場合の課題としては、①10数段の段発発破で探査可能なこと、②発破の起爆信号を取得できること、③探査機器を坑内に常設可能なこと、④波形処理で切羽前方数100mまで探査可能なことなどを挙げることができる。
最近、これらの課題を克服したSSRTの応用技術が実用化され連続SSRTと称されている3)
表-2に、従来技術として通常のSSRT(TSP、HSPも併記)と掘削発破を震源とする連続SSRTの諸元を比較して示す。表より、通常のSSRTでは発震と受振点が同一箇所であり、探査用に受振器等を配置し探査用の震源(20発程度の発破等)を準備する必要がある。連続SSRTでは発震と受振点が異なり、受振器と記録装置を坑内作業で支障とならない箇所に常設し、掘削発破ごとに振動データを取得する。一方、通常のSSRTではデータ取得後1日程度で解析結果が得られ即時性が高いが、連続SSRTでは、掘削発破を1日に数回しか使用しないので20発破程度(1週間程度)の発破振動データを蓄積してから順次解析を行う。
以上より、本トンネルでは掘削サイクルに影響を与えない連続SSRTを採用した。

(3)掘削発破を震源とする連続SSRTの改良

表-2に示したように、連続SSRTでは探査精度の向上を目的として坑内と坑外で連続的に発破振動を記録することを特徴としており、坑内と坑外に設置する振動記録装置の内部時計の時刻校正が課題となる。通常、振動記録装置の時刻校正にはGPS信号を用いることから、従来の連続SSRTでは、GPS信号が受信できない坑内に、光ケーブルを用いて信号を伝送する装置を開発している3)。しかしながら、このGPS信号光伝送装置は光ケーブルが断線すると現場で容易には接続できないこと、関連周辺機器が多いこと等が課題であった。
そこで、図-4に示すように坑内に常設する振
動記録装置の時計校正装置として、原子時計に相当するルビジウム素子を用いた刻時装置と専用の振動記録装置を開発した。本装置は、坑外でGPS信号に同期させた高精度のルビジウム刻時装置を坑内に携行・常設する運用方式であり、光ケーブルを坑内に敷設する必要がなく周辺機器を簡素化することができ、本トンネルのように延長が長いトンネルでの適用に有効と考えられる。
図-5に坑内における探査装置の配置状況を示す。

4.連続SSRTの適用

図-2の地質縦断図に、古江トンネル南における探査目的とその探査位置を併記した。低土被り区間では大断面となる拡幅部が計画されており、この拡幅部を適切な地山に配置することを探査目的とした。古江衝上断層は、前述のように断層周辺で地山が脆弱化することが懸念されていた。
受振器は固有周波数100Hzのジオフォンを用い、振動記録装置の測定間隔は1ms(1/1,000秒)である。
図-6にSSRT探査結果の波形記録と切羽前方からの反射面をカラーバーで表示した例を示す。

(1)低土被り区間の探査結果

本探査は、掘削初期段階の探査であったため掘削実績と探査結果の比較(後方反射面と掘削実績の対比)がやや不十分であったが、切羽前方で弱い反射面が分布する箇所が切羽で弱破砕部として出現したことから、地山弾性波速度を3.5km/sとして前方を予測した。
図-7に予測結果を示す。探査結果から、良好な地山に拡幅部を配置するためには、約30m坑口側に移設することが適切と予測されたが、土被り2D以上を確保するために20m坑口側に移設した。その結果、地山劣化部が拡幅部後半に一部出現したが支保パターンを変更せず施工できた。

(2)古江衝上断層付近の探査結果

トンネル深部となる古江衝上断層に対しては、想定位置のかなり手前から連続的に探査を行った。
図-8に、古江衝上断層の想定位置から手前40mで既掘削実績と予測結果を対比し、切羽前方予測の見直しを実施した結果を示す。それまでの既掘削区間は、全体的に反射面コントラストが低く、単発的に反射面が集中するためこれらの反射面集中位置を古江衝上断層と想定して掘進してきたが、この位置は概ね湧水を伴う地山劣化部に相当し断層に伴う地山脆弱部ではなかった。
この時点において切羽前方約100mには、既掘削区間とやや異なり連続的に反射面が集中する区間が分布し、この位置を古江衝上断層と想定し注意を喚起しながら掘進した。
掘削結果からこの反射面が連続的に集中する区間では、切羽上段に砂岩優勢層、下段に泥質砂岩が分布し、この地層境界が破砕された状態で緩やかに傾斜し切羽から消失・出現を繰り返した。よって、SSRTで得られた連続的な反射面は、この地層境界の変化に相当し、古江衝上断層に起因する地山劣化部ではないことが明らかとなった。
この区間の切羽地質は全体として自立性が高く、設計時の支保パターンで施工可能と判断した。
工区境界までの連続探査結果と掘削実績から、本工区では古江衝上断層に相当する地山劣化部がトンネル路線に露出しないことが明らかとなった。

5.おわりに

古江トンネル南新設工事では、種々の制約から事前に十分な地質情報を得られなかったと共に、古江衝上断層と呼ばれる特異な地質構造の発達が想定されていた。このような背景から、施工時の切羽前方探査として掘削サイクルに影響を与えない掘削発破を震源とする連続SSRTを採用し、低土被り区間に計画されていた拡幅部の合理的な位置選定に寄与した。その後トンネル深部に対して、連続SSRTをほぼ全線に適用した結果、地山劣化部と推定されるいくつかの反射構造を捕らえ、切羽前方地山の変化に対して注意箇所を喚起しながら施工を進めたが、地山の脆弱化が最も危惧された古江衝上断層は本工区に露出しなかった。
山岳トンネルにおける事前地質調査は、地形条件や費用の観点ばかりでなく、用地問題から実施が制約されることも少なくない。本稿で述べたように、最近では施工時の切羽前方探査手法が充実し調査成果の報告もなされている。今後は、トンネル設計時の事前地質調査と施工時の切羽前方探査を併用し、合理的かつ安全なトンネル設計・施工を目指すことが肝要と考えられる。
なお、2010年10月現在、古江トンネル北新設工事においても古江衝上断層は露出していない。トンネル路線の選定において断層等の特異な地質構造を避けて計画することが困難な現状において、供用後に地山変状発生等の不安要素となる断層を古江トンネルで回避できたことは、偶然ではあるが幸いであったと考えている。

[参考文献]
  1. 1)土木学会:2006年制定トンネル標準示方書[山岳工法]・同解説、pp.23-25、平成18年7月
  2. 2)社団法人日本道路協会:道路トンネル観察・計測指針(平成21年改訂版)、pp.69-80、平成21年2月
  3. 3)村山秀幸・丹羽廣海・福田秀樹・黒田徹・東中基倫:トンネル掘削発破を震源とする連続的な切羽前方探査の適用、土木学会トンネル工学報告集、第19巻、pp.157-164、2009.11
  4. 4)物理探査学会:物理探査適用の手引き(とくに土木分野への利用)、pp.17~18、2003.3

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