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耐震性を考慮した堤防に関する技術検討
一有明海沿岸に堆積する粘土地盤を対象として一

建設省九州地方建設局
 河川計画課長
光 成 政 和

建設省九州地方建設局
 河川工事課長
野 上 昭 治

建設省九州地方建設局
 河川工事課河川係長
岡 本 正 美

1 はじめに
平成7年1月17日の兵庫県南部地震により,淀川等の堤防で沈下等の被災が発生した。このような震災後の堤防の安全性の低下という事態に鑑みて,堤防が確保すべき耐震性やその耐震性の向上対策を行うために,「河川構造物地震対策技術検討委員会」が設置された。
同委員会では,堤防の確保すべき耐震性としては,当面は地震により壊れない堤防を目標とするのではなく,壊れても浸水による二次災害を招かないことを目標とする考えに立ち,甚大な二次被害を招く恐れのある地盤高の低い地域の堤防を対象に検討を進めることとしている。
堤防の地震による被災は,主として地盤の液状化が原因と考えられている。一方,有明海沿岸は軟弱粘土地盤により構成されており,従前より堤防自体の静的な安定にも苦慮している地域である。
このような地域においては,地震時の慣性力により堤防が崩壊するような事態も考えられるため粘土地盤の特性を考慮した耐震対策の検討が必要となった。
ここでは,有明海岸に堆積する粘土地盤の耐震性を考慮した堤防整備のあり方について述べる。

2 有明海沿岸地域の地形・地盤特性
(1)有明海沿岸の地形概要
有明海は平均幅約18km,長さ約100kmの南北に細長い形状を有している。この有明海には九州最大の筑後川をはじめ,六角川,白川等の河川が注いでおり,各河川が後背山地から運搬した土砂が有明海沿岸に堆積し,広大な沖積平野を形成している。
この平野の地盤高は,おおむねT.P+3m以下の低平地となっているために,有明海の朔望平均満潮位より低い地域が広範囲を占める。図ー1は有明海沿岸の直轄河川および海岸のうち今回耐震検討の対象とする「堤内地盤高が,朔望平均満潮位+1.0mより低い区域」を示したものである。この面積の合計は,約490km2あり九州全体の直轄河川・海岸の同対象面積の95%を占めている。また,その区域内には人口約34万人と10万戸に達する資産が存在しているから,堤防の耐震性を検討する場合には,特に慎重な考え方を必要とする地域であると考えられる。

有明海沿岸地域の平野部には,極めて軟弱な粘土層が厚く堆積している。この粘土層は「ガタ土」と呼ばれる暗青灰の粘土あるいはシルト質粘土からなり,層厚は15m~20m,深いところでは30m以上にも及んでいる。
有明海沿岸地域における粘土層の堆積状況は,地域ごとに若干その状況が異なっている。有明海の西部から北部にかけては,図ー2に示す六角川に代表されるように地表面より10~20mの厚さの粘土層がほぼ単一の地層で堆積しており混入物が少ない。これに対して,北部~東部の筑後川周辺にかけては深さ15~20mまで粘土層が続くが,表層付近に厚さ数m~10m程度の砂層を介在している。さらに緑川周辺まで下ると,全般的には深さ10m程度までは砂層が中心となっており,その中に粘土層を介在するような傾向が強い。ただし,砂層の下には粘土層が厚く堆積し,深さ30m以上にも及ぶ箇所も見られる。
このように有明海沿岸における粘土層の堆積状況は一様でなく,地域によって変化が見られ,この堆積状況の変化とともに各地域の粒度特性,強度特性も異なっている。
特に,六角川では筑後川,緑川と比較して全体的に低強度で,同一深度における強度のばらつきは少なく,強度増加傾向も顕著である。

(3)堤防のすべり破壊事例
有明海沿岸においては,過去において大規模な地震の例がないことから,堤防が地震時にどのような破壊形態を示すか明らかではないが,新潟,釧路沖地域で見られたように,粘土地盤上での堤防が円弧すべりに類する破壊形態を示していることから同様なすべり破壊が発生すると推定される。
当該地区では,これまで通常の河川改修における堤防嵩上げ等の施工時においても,地盤改良等を施していない場合においては,円弧すべり破壊が発生した事例が見られる。
この破壊事例を調査してみると,地層は特に層厚の厚い低強度の粘土地盤であり,破壊形態は堤防天端が沈下するといった現象にとどまらず高水敷あるいは堤内地盤高まで完全にすべり線に沿った破壊形態を示している(図ー3参照)。
このように,有明海沿岸の特に層厚の厚い低強度の粘土地盤における地震時の破壊形態は,常時と同様な円弧すべり破壊が予想される。

3 耐震対策区間の抽出
一般的に,堤防の被害の簡易的な予測は主に地盤の液状化が原因と考えられる被災事例をもとにしたものであり,「河川堤防耐震点検マニュアル」(建設省河川局治水課,平成7年3月)により,被害の想定される区間については,円弧すべり計算を実施し崩壊の恐れのある区間を対策必要区間としている。一方,有明海北西部の強度が低く厚い粘土層を基礎地盤とする地域においては,「2-(3)堤防のすべり破壊事例」に示したように,すべり破壊を起こした場合の堤防高は周辺地盤高程度まで低下することが考えられ,地震時慣性力が作用した場合も同様なことが予想される。
よって,六角川をはじめとする強度が低く厚い粘土層を基礎地盤とする地域においては,別途すべり計算を実施し,安全率が1を下回る区間をすべて対策必要区間とした(図ー4参照)。

4 地震に対する安全性の評価
耐震点検では,想定される被害程度(沈下量)に基づいて対策工の必要な区間を抽出したが,今回新たに追加した有明海北西部の低強度で粘土層の厚い基礎地盤上の土構造物においては,耐震点検で推定したような沈下量に基づく安定性の評価は不可能である。そのため,堤防の安定性を検討するにあたっての評価手法は,想定される地震に対して堤防が崩壊しないことを前提とし,以下の要領で検討を行った。
(1)安定計算手法
土構造物の安定計算手法として最も一般的な手法であり,従来から採用されている「円弧すべり計算」を用いることとする。計算式は,原則的には地震時の水平震度を考慮した「震度法」とするが,対象地盤が粘土の場合と砂の場合とで以下のように区分した。
① 粘土
水平震度(Kh)のみを考慮した震度法の計算を行う。
② 砂
震度法の計算および液状化による層内の過剰間隙水圧を考慮した計算の両方を行う。
円弧すべりの計算式を図ー5に示す。水平震度を考慮する震度法では△u=0とし,液状化時の過剰間隙水圧を考慮する場合ではKh=0とする。

(2)円弧すべり計算における円弧の範囲
円弧すべり計算における円弧の範囲は,原則として堤防天端をとおり,堤防高の2倍までの深さとした。当面,すべり面の範囲は,過去のすべり破壊事例や模型実験の結果から2倍までと設定した。ただし,地盤条件や断面形状等により,この範囲の設定が適用し難いと判断される場合においては,別途検討することとした。
(3)水平震度
有明海沿岸地域では,そのほとんどが弱震帯地域Kh=0.12に含まれ,熊本県の一部が中震帯地域Kh=0.15となっている。河川ごとに見ると西は本明川,六角川から東は矢部川,菊池川および球磨川の下流域が弱震帯地域で白川,緑川が中震地域に属している。
(4)基準安全率
円弧すべり計算における基準安全率はFs≧1.0とし,これを満足できない場合には対策工を施してFs≧1.0を確保することとする。
(5)有明海沿岸に堆積する粘土の地震時のせん断強度
有明海沿岸に堆積する粘土の強度は,粘土の特性を考慮して,対象とする地層が粘土層の場合は一軸圧縮試験で,シルトが多い層あるいは砂を挟在する層の場合は三軸圧縮試験で得られた静的強度を用いることを基本とする。粘土の特性については,粒度分布の確認や必要に応じて原位置試験を実施して把握することとする(図ー6参照)。
粘土層において一軸圧縮試験結果を用いる際は,一軸圧縮試験は三軸圧縮試験に比べて乱れの影響が受けやすく強度が低く求められることが多いことに留意して,地震時においては大きめの強度を設定するものとする。また,適宜三軸圧縮試験を行って比較することが望ましい。
また,粘土の強度は盛土荷重による圧密によって時間とともに増加する性質を示すが,耐震検討上の地盤強度は設計時点での強度を適用することとする。ただし,押え盛土による緩速施工や数種の工法を組み合わせるなどの段階施工を行う場合は,先行して実施する工法による地盤の強度増加を考慮するものとする。

(6)粘土・砂の互層地盤における計算方法
対象とする地盤が粘土層のみからなるときは,破壊形態は慣性力によるすべり破壊のみを検討すればよいが,砂層の場合あるいは粘土と砂の互層の場合には慣性力による場合と砂地盤の液状化を考慮した場合の両方について評価する必要がある。
また,対策工の検討に関してもいずれか一方の安全率が確保できない場合はその被害形態のみに対して,両方の安全率が確保できない場合には両方の被害形態に対して安全率を満足するように対策工を検討する。

5 対策工法
(1)耐震対策と治水対策の整合性
洪水防御としての既往の河川改修は,越水,洗掘,浸透に対する防御機能を持つ工法(嵩上げ,拡幅,緩傾斜,高水敷造成,矢板工,護岸根固工)が実施されている。これらの工法のいくつかは耐震性を向上させる,ある程度の機能を持っている。
また,有明海沿岸の粘土地盤上での築堤は,地盤が軟弱さゆえに過去に様々な安定対策が施されている。このことによって,堤防の静的な安定性が確保され,併せて地震時の安全度も向上してきている。このように,現在静的対策工として施工している各工法が堤防の耐震性向上の機能を有しているならば積極的にその工法を取り入れていくことが有効な手段である。
したがって,堤防の確保すべき耐震性を考えるうえでは,まず従来の治水安全度の向上のための改修事業を基本として,この改修事業と合わせて行う耐震対策を優先的に実施することが必要である。
(2)耐震性を考慮した堤防の対策工法
粘土地盤上の堤防のすべり破壊を防止する工法を抽出すると表ー1に示す工法が挙げられる。これらの工法の中で特に有明海沿岸の粘土地盤においては,「緩傾斜・押え盛土工法」,「地盤改良工法」,「矢板工法」などの効果が確認されている。これらの工法について,施工概要および適用上の留意事項について以下に示す。
① 緩傾斜・押え盛土工法
広い用地を必要とするが,堤防の幅を広くとることにより治水機能面からは有利となり,さらに環境面からも将来的に有効なスペースを得ることができる。ただし,押え盛土自体の安定を図れることが条件となる。
② 地盤改良工法
六角川流域等で最も採用されている静的対策工である。地盤強度を高めることによって耐震機能を十分兼ね備えている。改良体と未改良体部の造成状況や造成後の強度の増加についても今後検討する必要がある。
③ 矢板工法
築堤による周辺地盤の沈下防止対策として用いられる場合が多い。施工実績は多いが耐震性をどう評価するかなど解析手法が確立されていない。そのため矢板工法を採用する場合は,地震時の安定性や周辺の状況に留意して検討する必要がある。
これらの各工法の形式や詳細な工法については,地下水に影響を与える恐れのある地盤改良(格子式改良),矢板工法等の適用性等も十分検討し工法を決定する必要がある。

6 今後の地質調査
耐震点検により「要対策区間」と判定された堤防に対しては,詳細な調査を実施し,地震時の安定検討を効率的に行う必要がある。特に有明海沿岸地方の地質状況は,粘土層が卓越する地域や粘土と砂が互層を呈している地域など変化に富んでいるために,今後の調査の基本的な考え方として以下の3項目に着目点を置いた。
 ① 地層の不連続性への対応
 ② ボーリング調査等の規模
 ③ 土質状況と土質試験項目
①の地層の不連続性はボーリング地点間の弱線部を見逃すこととなるため,既往の地質調査資料や治水地形分類図,航空写真等を用いて連続性を確認することとした。
②については,ボーリング位置,本数および試験項目を示しているが,従来,堤防天端のみを調査している地域については,堤内・外での調査が必要である。調査間隔ついては,地層の連続性が確認できる場合においては200m程度を,地層の連続性が確認できない場合は三成分コーン試験等の原位置試験を併用するなどして100m程度を原則として考えることとした。
また,③の土質試験は,粘土分が卓越する均一な地層と,シルト分や砂分が混入する地層では,強度特性が異なるため,粘土については一軸圧縮試験を主体として三軸圧縮試験を適宜併用し,シルト・砂については三軸圧縮試験を適用することとした。

7 おわりに
従来,堤防は一般に耐震性を考慮した設計・施工がなされておらず,また土構造物という構造上の特殊性からも地震時の挙動が十分解明されていない。今回はこれまで得られている見知を踏まえて有明海沿岸に堆積する粘土地盤上の堤防の耐震性について検討しており,当面はこの検討結果に基づいて堤防整備を進めていくこととする。
今後は,より合理的な設計手法を確立していくことが課題となってくる。具体的には次のような研究課題が挙げられる。
① 地震時の粘土地盤の強度の評価方法について動的強度も含めて検討すること。
② 地震時の震度は地盤の深さ方向に変化しているとの考えによる修正震度法を検討すること。
③ 粘土の堆積環境の違いによる強度特性に配慮した設計・施工法とすること。

参考文献
河川堤防耐震点検マニュアル(H7.3 河川局治水課)
河川堤防の液状化対策工法設計施工マニュアル(案)(H7.8 建設省土木研究所 動土質研究室)

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