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ツシマヤマネコの交通事故対策の現状と新たな試み
~史上初映像から見えた新たな対策の可能性~

長崎県土木部 道路建設課 係長
井 手 智 明

キーワード:ツシマヤマネコ、ロードキル、リブ付区画線

1.ツシマヤマネコに迫る危機

ツシマヤマネコ(以下、ヤマネコ)が生息する対馬島は長崎県に属し、九州と朝鮮半島との間に横たわる対馬海峡の真ん中に位置する「国境の島」である。手付かずの豊かな自然が残っており、また日本では対馬にしか生息していない大陸由来の希少な動植物が数多く生息している島でもある。
今回紹介するツシマヤマネコも他の動植物と同様に、対馬のみ生息する野生ネコである。推定生息頭数は100 頭弱で減少傾向にあり、環境省は絶滅の危険性が極めて高い種類に分類している。死亡原因は、好適生息環境の減少、交通事故、イエネコとの競合等とされる。野生生物の世界では、個体数が100 頭を下回ると奇形が生まれ易なり、感染症への抵抗力が弱まるなどして絶滅の危険性が極度に高くなると言われている1)。もし状況が変わらないと今後100 年間での絶滅の可能性は50% 近くと推定され2)、ヤマネコの保護対策は喫緊の課題である。
ヤマネコの交通事故対策として、平成18 年より「対馬野生動物交通事故対策連絡会議」が設置され、野生動物に配慮した道路・環境整備に関する情報交換が進められてきた。会議設置を契機に長崎県対馬振興局上県土木出張所では徐々にハード対策を進めており、写真- 1 に示すように既存横断暗渠に通路を設けて、ヤマネコが道路上を横断せずに済むような対策を行ってきたが、それでも事故が収束せず、平成27 年には過去2 番目の交通事故が発生した(表- 1)。

また、対馬振興局は管理延長約310㎞を有しており、全ての路線をハード対策でカバーすることは時間的・経済的に困難で、ヤマネコの絶滅の危険性が迫る中、即効性があり道路管理者でも対応可能なソフト対策も考える必要がある。

2.交通事故防止対策に関する課題
絶滅の危機が迫るヤマネコの交通事故対策に関する道路管理者の課題として以下の3 点が挙げられる。

2.1 後手に回る対策
まず、事故がどこで起こるか分からないため、対策箇所決定までに時間を要していることである。平成25 年発刊の「ツシマヤマネコに配慮した道路工事ハンドブック」では、交通事故の危険性の高い環境として、道路と隣接して餌となるカエルやネズミが生息する河川や田んぼが存在する場所を挙げている(図- 1)。

対馬は地形的に山が入り組んでおり、道路は比較的平坦な沢部つまり河川と並走する形で造られていることが多い。このような道路は見通しが良いとは言えず、路上にいるヤマネコを運転者が事前に視認することが難しい。島内に該当箇所は多数にあり、これら全てハード対策を行うことは時間的・経済的に難しく、優先順位を付ける必要がある。
また、生息数が100 頭弱しかいない野生生物相手では、ハード対策を施しても実際の利用が不確実である。よって、現在の交通事故対策は「過去に交通事故が起きた」、「最近も交通事故が起きた」という生息が確実な場所において、環境省からの情報提供・要望を受けて道路管理者が行う状況であり、対策的には後手に回っていると言わざるを得ない。

2.2 思うようにいかない対策
次に、過去に実施した対策においても、思うような効果が得られていないことである。例えば、平成25 年に行った主要地方道上対馬豊玉線の改良事業では、一部区間においてヤマネコの生息域である田んぼを分断する線形であったため、ヤマネコと自動車の動線の交錯を防ぐために、盛土区間において小動物用通路として横断暗渠を設置した(写真- 2)。
その後のモニタリングの結果、この横断暗渠を利用するヤマネコが確認されたが、道路に上がってしまっているヤマネコも確認されてしまい(写真- 3)、いつ事故が発生してもおかしくない状況となったため、新たな対策を早急に考える必要に迫られた。

2.3 手を出しにくいソフト対策
最後に、これまで道路管理者によるソフト対策が行われていないことである。これまでに道路管理者が関与したソフト対策は、工事現場のイメージアップの一環として各施工業者が自発的に交通事故防止を啓発する看板を設置した事例ぐらいである。背景には、ヤマネコ対策が交通安全に繋がるという理由付けや効果を評価することが難しいため、道路管理者が費用を掛けることができなかったと考えられ、費用の掛からないソフト対策を考える必要がある。

2.4 人にもヤマネコにも効果がある対策
これは全ての課題にも言えることだが、我々は税金を使う以上は人間の交通安全にも繋がるものであることが、道路管理者がヤマネコ対策に手を出せる絶対条件である。

3.課題を解決するヒント
3.1 先進地との意見交換会
平成27 年8 月に、沖縄県環境部のイリオモテヤマネコ保全担当の方々がツシマヤマネコの保全活動の視察に来島され、長崎県の環境・道路部局との意見交換会があった。その際にいくつか私達の課題を解決するヒントを頂いた。
①イリオモテヤマネコに音で車接近を訴えるためにゼブラ舗装を施工したが、振動により「卵が割れた」、「車が故障した」などの苦情も寄せられた。
②イリオモテヤマネコの飛び出し対策で簡易フェンスを設置しているが、沖縄県は紫外線が強いためプラスティック製の網の劣化が激しく、また風も強いため傷んでしまった。

3.2 ハザードとリスク
事故発生のリスクを低減させる上で、労働災害対策からヒントを得ることにした。労働災害対策を所管する厚生労働省によると、「ハザード」及び「リスク」とは以下のように定義している。

つまり、ハザードとリスクの違いは下図のように表される(図- 2)。

「リスク」とは人間とライオンの位置関係に左右されることが分かる。厚生労働省も「ハザード」と「人」が接触した時に労働災害が発生すると定義している(図- 3)。

この「接触」という言葉に着目すると、リスク低減とは「ハザード」と「人」との離隔をなるだけ取ることだと考えた。すなわち、ヤマネコの交通事故に置き換えると、「ハザード」=自動車、「人」=ヤマネコであり、両者の離隔をなるだけ取る方策、つまり両者の存在を事前に知らせ、回避する時間を確保することが事故発生のリスク低減に繋がるものと考えた。そのためには、ヤマネコの五感の中で一番敏感な感覚、すなわち聴覚に訴える対策を考える必要がある。

3.3 NPO法人ツシマヤマネコ応援団
ソフト対策としては、島内にあるNPO 法人ツシマヤマネコ応援団が、交通事故防止を目的とした積極的なボランティア活動をしており、彼らとの連携によりコストが掛からない保護活動ができないかを考えた。

4.新たなヤマネコ交通事故防止対策
そこで、私は今までの課題を整理した上で下記の3 つの対策を試行した。

4.1 外側線消滅箇所へのリブ付区画線設置
対馬の道路は前述のとおり見通しが悪い箇所が多いものの、速度を出す車が多いためカーブの箇所では外側線が消えていることが多い。それは概ね左カーブで見られ、速度を出す多くの車が遠心力を抑える目的で内側にショートカットしようとして左外側線を踏んでいるため白線が消えているものと考えられた(写真- 4)。よって、そこにリブ付(凸凹)区画線を設置すれば速度を出す車が走行音を増幅しながら踏んで行くと考え、車だけでなくヤマネコにも注意を促すなど様々な効果が期待できると考えた。そこで今回2 箇所設置し、期待される効果に対して以下のような評価を行った(表- 2)。

結果は概ね期待通りとなった。特に4 台に1 台がリブを踏んでいた箇所があったことは驚きであり、また音圧が約10dB も向上していたことから効果も期待できる。ゼブラ舗装は交通管理者等との協議が必要で時間を要しコストも高い、一方、リブ付区画線は道路管理者の判断のみで設置でき、ゼブラ舗装よりかなり安価である(約1/20)。よってカーブ白線消滅箇所を優先してリブ付区画線を設置することで、早期かつ経済的に、人にもヤマネコにも有効な交通安全対策が可能である。

4.2 ワンウェイゲート付転落防止柵の設置
小動物用通路の設置箇所は隣地との高低差があったので今回転落防止柵を設置したが、急ハンドルを切る事故に繋がりかねないヤマネコの飛び出しについても配慮を行った。一般的な転落防止柵は縦格子型だが、今回は金網型を採用した。また環境省から、道路上にいるヤマネコが道路外に逃げられるワンウェイゲート(OG)を他事例4)を参考に設置要望が寄せられ、構造面の検討の結果、以下の配慮を行った。
◎ヤマネコが脱出しすいように路面とフェンス下部の隙間を通常5㎝→ 10㎝とし、軽くて安価なプラスティック製網をゲートとして採用した。紫外線を吸収しにくく周囲の景観に調和する白色を用いた。
◎ネコは弱視なので網の向こうを視認できるよう、また風の通り抜けを良くするように網目の大きいネットを採用した(写真- 5)

設置前後の小動物用通路の利用頻度の比較を表- 3 に示す。

設置後の利用頻度は今の所横ばいである。ヤマネコの活動量は季節によって変動し、特に秋~冬にかけて最も多くなるため、設置後1 年経っていないOG 付転落防止柵の評価をするには今後もモニタリングを続けサンプルを増やす必要がある。

4.3 NPO法人とのボランティア共同作業
今回、ツシマヤマネコ応援団と共同で様々なソフト対策を行った。代表的なものとして、上県土木設置の仮設落石防止柵にイラストを描いたことである。この柵は上り下り方向から見通しが効く位置にあり、ドライバーの視線を惑わす危険性もなかった。このため、壁面にイラストを描いてもらうことで事故防止の啓発活動に役立ててもらおうと考え(写真- 6)、私もイラスト作成作業を手伝った。この他、ヤマネコが利用する暗渠が大雨で土砂に埋まりかけたため、私も一緒に清掃活動を行った。これにより道路管理者が側溝清掃をする必要が無くなり、道路維持費の軽減にも繋がった。

5.本質をつかむための更なる追求
5.1 ヤマネコの道路横断状況の確認
これまで約100 件のヤマネコの交通事故の内、加害者からの通報はわずかに1 件のみ、つまり、事故発生状況が全く不明である。ヤマネコの交通事故対策を考えるのであれば、道路上の状況を把握することが本質である。そこで、地元の人でも見たことないヤマネコを目撃するために、毎晩島内を巡回して走行中の動画記録を開始し、3 カ月後に上対馬町舟志地区においてヤマネコの道路横断状況をついに捉えることに成功した(写真- 7)。

翌朝、環境省の鑑定の結果、ヤマネコであるということが分かり、ヤマネコが道路上にいる動画も今までにない貴重な物ということだった。
後日、この動画は対馬市CATV を通じて交通事故防止啓発CM として島内に流され、また対馬振興局Facebook を通じて島内外の方々に発信し、その結果、TV 局の取材を受け、また土木学会のページにもシェアされる等、様々な反響を受けることになった。
この動画で分かったことが二つある。
①夜行性のヤマネコは光に敏感だと思われたが、ヘッドライトを浴びても動じていない。つまり反射板などを使った対策の効果は極めて薄い可能性がある。
②山に逃げるヤマネコに対し道路に近付くと危ないことを印象付けるため、追い打ちを掛けるようにクラクションを鳴らしたが、ヤマネコはかなり敏感に反応していた。よって、車の走行音を増幅することにより、ヤマネコに車接近の注意を促すリブ付き区画線は有効な対策となりうることが分かった。

5.2 動物を使った実証実験
上記動画により、リブ付き区画線の有効性は高まったが、さらに精度を上げるため、環境省に協力依頼し現地での動物実験を行った。ネコは高音を聞き取りやすいと言われるが、低音である走行音も聞き取れるか確認のためである。環境省が保護しているヤマネコの持ち出しはできないので、借用したイエネコ6 頭を各々道路脇に配置し、制限速度で走る車がリブを踏む・踏まない各3 回ずつの反応を記録することにした。その結果を表- 4 に示す。

実験の結果、リブを踏んだ時の顔を動かす反応が、リブを踏まないときに比べて約2 ~ 6 秒程向上していた。よって音圧向上に伴い、車がより遠く位置にいる時からでも、低音の走行音をイエネコが聞き取れていることが分かった。イエネコを見知らぬ土地に置くので、緊張を和らげるために環境に順化させる必要があったが、周りの虫・鳥・風の音などイエネコに取ってストレスが有る環境下においてでも明確な違いが表れたので、そのような環境に慣れた野生下のヤマネコならもっと明確な差が出ると考えられる。

6.まとめ
今回、道路管理者でもできるツシマヤマネコの交通事故対策として3 つの手法を試行し、中でもリブ付区画線は人にもヤマネコにも交通安全対策として有効かつ先手を打つことが可能であることを示した。対馬が有する道路線形の悪さという、人やヤマネコにとっての「短所」を「長所」に変える対策となりえると考えている。これからも「人にもヤマネコにも優しい道路づくり」を目指して職務を全うしていきたい。

参考文献
1)環境省対馬野生生物保護センターHP
2)ツシマヤマネコPVA 実行委員会:ツシマヤマネコ保全計画づくり国際ワークショップ 2006.1
3)厚生労働省・中央労働災害防止協議会:自動車整備業におけるリスクアセスメント 2009.10
4)仲松徳修 金城基樹:北部国道事務所におけるヤンバルクイナロードキル対策について 2014

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