旧鉄道トンネルを拡幅しながらのトンネル掘削について
~国道204号唐房 トンネル~
~国道204号
佐賀県 県土整備部
道路課 主任主査
道路課 主任主査
大久保 聖
キーワード:トンネル拡幅、薄土被り部トンネル施工、支保工沈下対策
1.はじめに
一般国道204号は、佐賀県唐津市を起点に東松浦半島の玄界灘沿岸を周回し、長崎県佐世保市に至る延長162㎞の幹線道路であり、半島には玄海国定公園や名護屋城址などの自然景観や歴史的文化遺産、呼子の朝市やイカの活造りなどの観光資源が多く存在し、文化・観光・経済及び産業交流を図る重要な路線である(図- 1)。
今回事例を紹介する唐房トンネルは、地域交通の安全確保や渋滞解消を目的として整備を進めている延長2㎞の唐房バイパスの一部であり、ルート上にあった既存の鉄道トンネルの断面を拡幅して道路トンネルとして生まれ変わるものである。
本稿では、既存のトンネルの拡幅工事の概要と掘削実績などについて紹介する。
2.工事概要
工事名 :国道204号(唐房)道路整備交付金工事(トンネル工)
施工場所:佐賀県唐津市佐志浜町
工 期:令和2年7月1日~令和4年7月20日
施工者 :松尾・岸本・唐津土建特定建設共同企業体
工事内容:施工延長 L = 487m
トンネル幅員 W = 10.25m
内空断面積 A = 62.7m2
工 法:山岳トンネル工法(上半先進ベンチカット工法・機械掘削)
3.唐房トンネルの特徴
(1)地形概要
東松浦半島は、標高100 ~ 150m 前後で緩傾斜の丘陵状から台地状地形を特徴としている。
唐房トンネルは台地状地形の裾部に位置し、偏圧地形となる。また、延長の約6 割が2D 以下(トンネル径の2 倍以下)となり全体的に土被りが非常に小さい。
トンネル周辺には集落があり、起点側坑口の直上にはお寺がある。終点側坑口付近では、土被りが小さい区間で県道と交差し貫通するため、慎重に工事を進める必要がある。
(2)地質概要
一般部の地質は風化花崗岩が主に分布するが、風化が進み真砂化した区間や断層破砕帯もある。
弾性波速度とボーリングコアの状態から、すべての区間の地山等級はD 級岩盤となり、掘削部周辺の地山を改善する補助工法を併用しながらの施工となる。図- 2 にトンネルの地質縦断図を示す。
(3)旧鉄道トンネルについて
唐房バイパスのルートを選定するにあたり、周辺の住居環境に対する影響を少なくできること。
また、用地費の縮減等の理由から、旧国鉄呼子線の線路敷を利用することとなった。
また、トンネル部についても、旧鉄道トンネルに近接して道路トンネルを新設すると土被りが小さい地山の強度に対して好ましくない影響が及ぶことも考えられることから、旧鉄道トンネルを拡幅して道路トンネルを建設する計画となった。
旧国鉄呼子線は、唐津から呼子に至る16㎞について、昭和39 年から事業に着手し工事を進めていたが、国鉄の経営悪化に伴って、昭和57 年に工事中止となった。
中止区間にはトンネルが11 箇所あり、そのうちのひとつは、現在、食品貯蔵庫(ハム、ソーセージ)として当初の目的と異なった形で有効利用されている。
唐房バイパスの道路トンネルとして生まれ変わる旧トンネルは延長495m で当時の施工記録によると地質状況が悪く湧き水も多かったようである。昭和53 年に完成したこの鉄道トンネルは、一度も鉄道として利用されなかったが、道路トンネルとして地域を支える重要インフラに新たに生まれ変わることになる(図- 3)。
4.施工報告
(1)起点部の薄土被り部の施工について
起点部の坑口付近にはお寺の駐車場があり、トンネルの直上は、土被りが非常に薄くなっている。
明かり掘削でトンネル施工後に埋め戻す案も検討したが、掘削影響範囲が大きくなり、安定している山の斜面を掘削することや、建物への影響も懸念されることからAGF 工法による先受け工を行い、トンネル掘削することとした。
しかし、土被りが薄い中での先受け工は難しく、削孔の上振れにより地表面に露出する懸念や、注入材による周辺への影響も考えられた。
そこで、先受け工の孔口の手前に削孔のガイドとなる支保を建込み、削孔角度の精度を高める工夫を行った(写真- 1)。
注入に関しては、まず奇数孔から充填し、注入圧力に注意しながら偶数孔を充填した。その結果、周辺の地山や建物に影響無く、お寺の駐車場にリークを確認できたことから、十分な先受け工ができたと判断でき、トンネル掘削に進むことができた。
(2)掘削状況について
掘削については、上半先行ベンチカット、機械掘削工法で実施している。
現在、487m のうち約半分の掘削が完了している状況である。
地質状況は全体的に風化花崗岩ではあるが、風化が進み真砂化したものや亀裂が多い区間があり、全線においてフォアポーリングやロックボルトの補助工法を併用して掘削を進めている(図- 4)。
坑口から進度44m に達した時点で、花崗岩の風化に加え、粘土が亀裂面に介している状態となった。先受け補助工であるAGF 工法の効果があり、鏡面(トンネル正面の掘削面)の大きな崩落も無かった。
ここで有利に働いたのは、既設トンネルの存在である。内空断面積62m2のうち約半分が既設トンネルの断面であり、掘削する鏡面が少ないこと。また、既設トンネルが大きな鏡ボルトの役割を果たしていることである。
また、既設トンネルの当時の記録も役立った。進度44m 地点での地質の変化について、当時の記録によると支保工の規格がこの地点でH-150からH-200 に変化している(図- 5)。
当初は、既設トンネルがあるために、複雑な設計や積算になっており、私にとっては邪魔な存在と感じていたが、施工を進めるにつれ、既設トンネルの記録があることで、地質の予測がつき非常に役立っている。
坑口から進度97m に達した時点で、上半掘削後に建て込んだ支保工の沈下がこれまでにない大きな値(10㎝以上)となった(図- 6)。
これについては、切羽判定委員会のアドバイザーで学識者の中川先生の助言を頂いて施工を進めた。
まず、上半支保の脚部にウイングリブをつけ地山との接地面積を多くとること。
次に、上半支保の脚部の地耐力を高めるためにシリカレジンを注入し強化すること。
さらに、ロックボルトの本数を増やすこと。
(@ 1200 ピッチを@ 600 ピッチ)(図- 7)
これらの対策で変状を抑えて下半支保工を施工後に、インバートストラットを追加設置して早期閉合することで安定を図ることとした。
これにより、地山の崩壊を防ぐことができ、現在は比較的地質の良好な箇所の掘削を進めている。
今後は既設トンネルの記録にもある粘土混じり真砂土の層や、破砕帯の層もあり、より慎重に掘削を進めていくことになるが、過大な対策とならないように施工者、設計者、発注者で十分に協議しながら進めていきたい。
5.おわりに
他県に比べてトンネル施工の実績が少ない本県において、この既設トンネルの拡幅という特殊な工事に携わることができ大変嬉しく思います。
既設の鉄道トンネルは、一度も利用されることはありませんでしたが、新たに道路トンネルとして地域の物流や観光を支える重要なインフラとして生まれ変わります(写真- 2)。
今後も、この鉄道トンネルに携わった技術者の想いを引き継ぎ、安全な施工に努めてまいります。
今回の執筆にあたり、切羽判定委員会の中川先生はじめ、貴重な資料や情報の提供をいただいた施工者である松尾・岸本・唐津土建特定建設共同企業体や設計者の第一復建株式会社の皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。