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ダム技術に関する最近の動向

独立行政法人 土木研究所
 水工研究グループ長
吉 田  等

1 はじめに
公共事業は、かつて経験したことのない逆風にさらされている。国の公共事業関係費は、1998年度には補正予算も含め約15兆円あったが、10年後の2007年度には7兆円を割り込んだ。わずか10年のうちに予算が半減したため、公共事業の各分野において、事業の進め方、事業費の管理、構造物の設計・施工などの面で大きな変化が生じている。ダムもその例外ではない。
第一に、新たにダムを建設する代わりに、既設ダムを改造する再開発事業が増加した。我が国のダムは頑丈かつ丁寧につくられているので、放流設備の更新や堆積した土砂の排除などの維持管理を着実に行えば、寿命は半永久的である。ダムを未来へ引き継ぐ資産として、その時代のニーズに応じて改造し、活用していく必要がある。
第二に、コストの縮減がダム事業の至上命題となった。当初計上した事業費が、後年度になって大幅に増額することに対する批判も少なくない。このため、ダムの事業全般にわたり無駄な贅肉をそぎ落とす作業が進められている。技術基準の抜本的な見直しも進んでいる。
第三に、1997年に改正された河川法において、河川管理の目的に新たに河川環境の保全と整備が位置づけられた。従前、河川環境の保全と整備は治水事業を行う際の配慮事項であったが、今後は治水事業の本来目的として本腰を入れて取り組むべきテーマとなった。
これらの新たな動きに対応して、土木研究所のダムに関する研究も従前とは様変わりしている。ここでは、それらの中から最近の研究成果の一端を紹介する。

2 既設ダムの再開発技術
2.1 未来に引き継ぐ資産
我が国には、高さ15m以上のダムが約2700余りある。近年、新たにダムを建設する代わりに既設ダムを再開発する事例が増加している。
今から約1400年前7世紀初頭に作られた狭山池(写真-1)は、日本最古のダム形式のため池である。「古事記」や「日本書紀」にその名が登場し、古くから降水量の少ない大阪平野の農業用水源として使われてきた。

写真-1 狭山池(大阪府)

この1400年の間に、小規模な改修を繰り返してきたが、流域の市街化の進展により、新たに洪水調節の機能を付加する抜本的な「平成の大改修」が大阪府により行われ、2000年度末に完成した。池底を3m掘り下げるとともに堤体を1m嵩上げ、洪水調節容量として約100万m3を新たに確保した。堤体が増厚されたことにより、耐震性も向上した。狭山池は、21世紀にも引き続き地域の資産として活用されることとなった。
水道ダムとして、1900年に完成した布引五本松ダム(写真-2)は、わが国最古のコンクリートダムである。兵庫県南部地震にも耐えて、100年間神戸市の水道水源として利用されてきた。
最近、写真-2に示すように、堤体の上流側に腹付けする耐震補強と堆積した土砂の浚渫が行われ、21世紀にも引き続き神戸市民に飲み水を供給し続けることとなった。

写真-2 布引五本松ダム(神戸市)

これらの事例のように、ダムがその効用を発揮する期間は、適切な維持管理を行えば数世紀にも場合によっては十数世紀にもおよぶ。一方、経済社会活動の変化はめまぐるしく、既設ダムに求められる機能は時代とともに変化していく。ダムを未来に引き継ぐ地域の資産としてその時代の経済社会のニーズに柔軟に対応できるように改造し、有効に活用していく必要がある。

2. 2 再開発の手法とメリット
ダムの再開発の手法としては、
①嵩上げ、放流設備増設により機能を増強させる方法
②ダムを補強することにより長寿命化させる方法
③弾力的に運用することにより、ダムの潜在的な能力を活用する方法
などがある。
先に紹介した狭山池の事例は①と②に、布引五本松ダムの事例は②に該当する。
既存ダムの再開発は、国土交通省直轄ダム事業のうち3割近くを占めるなど、増加傾向にある。これは、ダムを新設する場合に比べて次のようなメリットがあるからである。
第一に、短期間で効果が発現できること。ダムを新設する場合には、調査の開始から完成までに数十年を要するケースも見られるなど、事業期間が長期化しており、社会のニーズに迅速に対応することが次第に困難になりつつある。一方、ダムを再開発する場合は、地域社会の合意を得やすく、工事も短期間で済むなど工期面でメリットがある。
第二に、自然環境に及ぼす影響を最小限に抑えることができること。ダムを新設する場合には、ダム貯水池の新たな出現により周辺の自然環境に少なからぬ影響を及ぼす。一方、既設ダムを嵩上げする場合は、わずかな嵩上げだけで貯水容量を効率的に増やせる。しかも、貯水池面積の増加も少ないので、自然環境に及ぼす影響が小さい。
第三に、経済的に目的を達成できること。既設ダムを再開発すれば、新設する場合に比べてより少ないコストで所要の目的を達成できる。
このため、ダム再開発のニーズは今後さらに高まるものと見込まれる。
九州地方に限っても、長崎水害緊急ダム事業のうち本河内高部ダムの再開発が先頃完成し、現在本河内低部ダムの再開発が進められている。また、2006年7月の川内川水害を契機として、鶴田ダム再開発事業が2007年度に建設着手された。洪水調節機能を強化させるため、放流管増設と発電容量買取りによる治水容量の増大が計画されている。
ここでは、土木研究所で開発したダムの嵩上げと穴開けに関する新しい設計法を紹介する。

2. 3 新たな嵩上げ設計法の開発
九州地方における嵩上げの事例として、長崎県の萱瀬ダムの嵩上げ(写真-3)がある。

写真-3 萱瀬ダムの嵩上げ(長崎県)

2006年には、長崎県佐世保市水道局の下の原ダムが嵩上げされた。
これらの重力式コンクリートダムの嵩上げ設計には、梁理論を用いて垣谷が提案した「嵩上げ公式」が広く用いられてきた。
しかし、垣谷の嵩上げ公式から求められたダムの断面形状は、同じ高さの新規ダムを設計した場合に比べ、下流面の勾配が著しく緩くなる場合がある。
土木研究所では、嵩上げダムの増加に対応するため、垣谷の嵩上げ公式に代わる合理的な嵩上げ設計法を新たに開発した。
垣谷の嵩上げ公式では、上流端の鉛直応力が引張とならないように下流面勾配を決定している。図-1に示すように、垣谷の嵩上げ公式を用いた場合の荷重条件は、嵩上げ前の旧堤体に作用する荷重は静水圧のみとしている。さらに、嵩上げによって新たに加わる荷重は静水圧(嵩上げによる増分)、地震時動水圧、地震時慣性力、堤体自重および揚圧力としている。

図-1 垣谷公式の荷重条件

図-2 実際の荷重条件

     

しかし、実際の嵩上げ前の旧堤体には静水圧のほか自重や揚圧力が作用しており、垣谷の嵩上げ公式は実際の荷重条件(図-2参照)と異なる。垣谷の嵩上げ公式によって設計した場合に、同じ堤高の新規ダムを設計する場合に比べて、堤体の下流面の勾配が著しく緩くなる場合が生じるのは、荷重条件の与え方にその原因がある。
そこで、実際の荷重条件を考慮した嵩上げダムの合理的な設計法について検討した。その結果、垣谷の嵩上げ公式と比べ下流面勾配をより合理的に決定しうる新たな設計法を開発した。
新しい設計法を用いれば、たとえば堤高70mのダムを90mに嵩上げする場合、垣谷の嵩上げ公式を適用した場合に比べて嵩上げに必要な堤体積の増加量を1割以上削減することができる。
この新しい設計法を、今後の嵩上げダムの設計法として実用に供して行くこととしている。

2. 4 既設ダムの穴開け解析手法の開発
既設ダムの放流能力を増加させるために、堤体の穴開けが行われる(写真-4)。

写真-4 穴開けの例(五十里ダム)

施工は、まず貯水位を低下した状態で堤体下流側から削孔し、その中に放流管を設置する。放流管と空洞との間の狭い空隙に鉄筋を敷設し、コンクリートで充填した後、貯水位を通常の運用水位まで回復させるという手順を踏む。
堤体の穴開けにより、空洞部周辺に応力が集中して大きな引張応力が生じ、コンクリートに有害なひび割れが発生するのではないかという心配がある。また、そもそも鉄筋自体が必要なのかという疑問もある。
そこで、土木研究所では、既設堤体の穴開けの堤体設計・鉄筋配置の合理化を目的として、実際の施工手順を反映でき、コンクリートのひび割れおよび鉄筋を評価できる有限要素法による解析手法を開発した。

       

     

図-3 堤体の有限要素法解析

この解析手法を用いることにより、嵩上げ施工の各段階ごとに空洞部周辺のコンクリートに発生する応力を精緻に検討することが可能となった。検討の結果、現行設計法において考慮している荷重の条件では、従来用いられてきた鉄筋の補強効果は小さく、鉄筋の有無による有意な差が生じないことがわかった。
一方、現行設計法で考慮している地震荷重よりも大規模な地震荷重を作用させた場合についても検討を行った。その場合は、堤体の安定性に最も影響が大きいと考えられる放流管周辺のひび割れに対して、鉄筋が大きな補強効果を有することが確認された。しかし、現行設計法で必要とされる鉄筋量をかなり削減できることがわかった。
土木研究所では、新たに開発した解析手法を用いて鶴田ダムの穴開けの解析検討を実施中である。鶴田ダム再開発事業は、穴開け標高が低いために非常に高水圧であること、かつて経験したことのない大口径放流管であることに大きな特徴がある。

3 コスト縮減技術
ダムの基礎岩盤におけるグラウチングに関するコスト縮減の取組みの成果について紹介する。
3. 1 グラウチング技術指針の改訂
ダム基礎グラウチングの基準として、1983年に制定された「グラウチング技術指針・同解説」(以下、「旧指針」という)の抜本的な改訂が行われ、2003年度から新指針が適用されている。旧指針は、当時の旧建設省所管ダムで一般的であった深部で透水性が小さくなる亀裂性の岩盤を対象に、そのようなダムの施工実績をもとに標準化したものである。
近年、基礎岩盤が多様化するに伴い、旧指針に基づくと、グラウチングの施工数量が当初の想定よりもかなり増加するケースも少なくなかった。改訂案は2001年度にまとめられ、2002年度には新たにグラウチングに着手する直轄ダム等において試行するとともに必要な見直しを行い、2003年度から本格運用されている。
改訂のねらいは、ダムの安全性を損なわないことを大前提に、グラウチングの合理化を図ることにある。改訂の主なポイントは次の3つ。
① 本来の施工目的、施工範囲の明確化
② 基礎地盤の特性に応じた施工
③ 施工中の計画の継続的な見直し
これらについて、少し詳しくみてみよう。

(1)本来の施工目的、施工範囲の明確化
コンソリデーショングラウチングの本来の施工目的は、着岩部付近でカーテングラウチングと相まって動水勾配が大きい部分の遮水性を改良する目的(遮水性の改良目的)と、堤体の安定性に影響をおよぼすおそれのある断層・破砕帯等の弱部を補強する目的(弱部の補強目的)の2つある。ところが、旧指針では、図-4に示すように、堤敷全域を施工範囲としていた。

図-4 施工範囲の比較

このため、基礎岩盤に亀裂がほとんどない場合などであっても堤敷全域を対象に施工されていた。
新指針では、コンソリデーショングラウチングの本来の施工目的を明確化し、その目的に応じて施工範囲を設定することとし、図-4のように施工範囲を大幅に見直した。

(2)基礎地盤の特性に応じた施工
旧指針では、カーテングラウチングの改良目標値を、コンクリートダムで1~2Lu、フィルダムで2~5Luと、基礎岩盤の性状に係わらずダムタイプ別に一律に設定していた。カーテングラウチングの施工範囲は、改良目標値に達する範囲まで、または経験式による範囲までとしていたため、基礎岩盤の深部にしか透水性の低い岩盤が存在しない場合は、そのゾーンに達するかなり深い範囲まで施工されていた。
また、グラウチングによる透水性の改良が進みにくい岩盤では、改良目標値に達するまで限りなく孔間隔を詰めた密な施工が行われるなど、杓子定規的に指針が適用された。
新指針では、カーテングラウチングの施工目的を明確にし、基礎岩盤の動水勾配の大きい部分と、貯水池外への水みちのおそれのある大きな割れ目などの高透水部を対象に行うこととした。
さらに、基礎地盤に適したグラウチングを行うため、高透水部の成因により基礎岩盤を区分して、成因によってはカーテングラウチングの改良目標値を深度方向に緩和している。これにより、深度方向の施工範囲も大幅に削減された。
(3)施工中の計画の継続的な見直し
新指針では、計画段階で作成したグラウチング計画の妥当性を検証するため、施工の初期段階において試験施工を行うこととした。本施工の途中段階でも施工データを常に分析し、必要に応じて施工計画を見直す、いわゆる情報化施工を行うこととした。日々得られるデータをもとに常に最適な施工を目指すことが、結果的にコストの縮減につながる。
(4)コスト縮減実績
ダムが竣工し試験湛水を行う段階で、事業者により工事全般のコスト縮減結果が取り纏められる。それらのデータに基づき、新指針適用によるコスト縮減効果を分析した。旧指針による当初計画に対して、新指針に切り替えることによりどの程度コストが縮減されたか、直接工事費ベースの実績を図-5に示す。

図-5 新指針適用によるコスト削減実績

ダムの規模によりコスト縮減額は異なるが、新指針適用により堤高100mクラスの大規模ダムでは10億円近く、堤高50mクラスの中規模ダムで数億円程度、堤高30mクラスの小規模ダムでも1億円程度の縮減額となっている。また、図-5には、当初のグラウチング工事費に対する縮減率もあわせて示しているが、20%~60%程度、平均的に見て40%程度の大きな削減率となっている。
(5)新指針適用上の留意点
ダム基礎グラウチングは、堤体と一体となって貯水機能を果たすもので、ダムの安全上きわめて重要な工事である。堤体という”地上のダム”とともに、ダム基礎グラウチングは”地下のダム”をつくる工事ともいえる。地上のダムは、一般的なダムと同様の堤体材料と施工法を用いて、しかも施工状況を直接目視で確認しながら施工できる。一方、地下のダム工事は地質がダムごとに異なるうえに、施工状況も直接この目でみることができない。そこに、グラウチング特有の難しさがある。
新指針の適用により、グラウチングの施工数量が削減され大きなコスト縮減効果をあげているが、新指針は決して安易な”手抜き”を奨励しているものではない。指針改訂の目的は、ダムの安全性を損なわないことを前提に、グラウチングの合理化を図ることにあり、無駄な施工を排除することにある。
新指針は、基礎岩盤を観察した上で施工範囲を決定することなど、現場技術者に適切な技術力があることを前提としている。コスト縮減は、的確な技術判断の結果として生まれることを忘れてはならない。

4 河川環境を保全する技術
土木研究所では、河川環境を保全するダム技術の開発に精力的に取り組んでいる。ここでは、その一環として開発を進めている台形CSGダムとシート排砂方式について紹介する。

4. 1 台形CSGダム
(1)概 要
CSG(Cemented Sand and Gravel)工法とは、河床砂礫や掘削ズリなど、工事現場付近で容易に調達できる材料を用いて、簡易な施工設備によりセメントと混合した盛立材料(CSG)を用いて構造物を築造する工法である。材料の合理化と施工の合理化を目指して、中部地方整備局・長島ダム仮締切で開発された施工法である。
堤体の断面形状が台形であるダムは、一般的なコンクリートダムの直角三角形の場合と比べると、堤体内に発生する応力がかなり小さくなる。したがって堤体材料の所要強度も小さくてすむ。
台形CSGダムは、これら台形ダムとCSG工法の双方の特徴を利用したダムである(図-6)。
貯水池内から堤体材料を調達できれば、貯水池周辺の地形改変が小さくなり、環境保全上の効果が大きいばかりか、貯水容量の増加も期待できる。しかも、施工設備が簡易であるので、工事コスト縮減の効果も大きい。

図-6 台形CSGダムの特徴

図-7に、台形CSG ダムの概略の断面を示す。台形CSGダムでは、堤体材料としてCSG を用い、その上流面には貯水に対する水密性、および耐久性を確保する目的で遮水コンクリートを、天端および下流面には、耐久性の確保を目的とした保護コンクリートを配置する。堤敷上流部には浸透路長を確保する目的で止水コンクリートを施工し、堤体と基礎地盤の接合部には、基礎からの浸透流に対する耐久性を確保するため単位セメント量の多い富配合CSGを施工する。また、止水コンクリートの下には、カーテングラウチングおよび補助カーテングラウチングを施工する。
台形CSGダムの技術開発を、九州地方整備局の本明川ダムと嘉瀬川ダム副ダムのほか、億首ダム(沖縄総合事務局)、当別ダム(北海道)など全国のダムで進めている。

図-7 台形CSGダム概略断面

4. 2 シート排砂技術
ダムは、完成直後から砂が貯まり始める。日本の多くの貯水池では、100年間に堆積する土砂量を予測して、貯水池の目的に利用する有効容量の他に、あらかじめ計画堆砂容量を確保している。しかし、貯水池によっては予想以上のスピードで土砂の堆積が進んだり貯水池の上流に堆積したりして、有効容量が減少する問題がある。
一方、貯水池下流の河川ではダムで土砂がせき止められるため、川底の小さい粒径の土砂が少なくなる、土砂が移動しなくなり新しい土砂と入れ替わらないなどの問題が指摘されている。
そこで、貯水池に堆積した土砂を下流の河川に供給することにより、河川環境の保全とダムの容量回復を目指す排砂技術の開発が求められている。水道用水などの水源となっているダムでは、貯水したままの状態で排砂できる技術を開発する必要がある。
土木研究所では、①貯水したまま、②貯水池と下流の水位差を利用して、③排砂量を制御でき、④設備規模が小さく経済的で、⑤堆砂が進行したダムにも適用できることを条件として、民間企業と共同でシート排砂技術の開発を進めている。

写真-5 シート排砂技術

シート排砂技術は、底面を切り欠いたパイプにシートを取り付けて、堆積した土砂の上に置き、水位差のエネルギーで土砂を吸引する方法である。ダムからの放流水を利用して土砂を吸引し、堤体内の放流管を通過させて排砂する。吸引による堆砂面の低下に追随できるように、排砂管はフレキシブルな材料で製作する。写真-5の右側の壁がダムの堤体、排砂管を堤体に接続している穴が既設放流管に相当する。
堆砂の吸引部の構造がポイントとなる。排砂管だけを設置すると、排砂管の下流端付近だけから吸引が生じるため、排砂管と堆砂面を覆うシートを設置する。シートを設置することにより、土砂吸引時にはシート下方の圧力が低下して、シートと排砂管は堆砂面に押し付けられる。

写真-6 排砂状況

写真-6の実験は、粘着性を持たない砂を対象としたものであるが、吸引口が堆砂面の低下に追随して広い範囲の砂が”すり鉢状”に吸引されていることが分かる。
シート排砂技術では、一式の施設で数十万m3といった大量の土砂を排出することは困難である。しかし、日本の貯水池では年平均堆砂量が数万m3以下の貯水池も数多く存在しており、このような堆砂量の大きくない貯水池において、適用可能性があると考えている。ダムに堆積した土砂を下流河川に排出することにより、河川環境の保全に役立つものと期待している。
これまでの実験で、排砂管の土砂輸送量と抵抗の間に高い相関関係が認められ、この装置の土砂吸引能力が把握できた。
これらの技術は、現在のところ砂を用いた実験室規模での検証を行った段階である。実用化に向けて、実物大での動作の検証、粘土やシルトといった粘着性土砂への対応等の課題について研究開発を続けつつ、具体のダムへの導入に向けて検討を進めている。
図-8にシート排砂技術の運用イメージを示す。

図-8 シート排砂技術の運用イメージ

5 おわりに
公共事業が負のスパイラルに入り込んでしまった状況の中で、土木の世界には閉塞感が重くのしかかっている。将来に夢が持てないという話ばかりを耳にする。はたしてそうだろうか。
時代は、今や大量生産の時代から一品生産の時代へと転換した。従来のマニュアルどおりの金太郎飴のような構造物づくりと訣別し、1つ1つの構造物を自らの創意工夫を生かして丹念に作ることができる絶好のチャンスが到来した。
土木構造物の調査、設計、施工、管理のそれぞれの段階で知恵を発揮しつつ、後世の人達から優れた土木遺産と呼ばれる構造物を是非この手で造りたいものだ。

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