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ダム湖富栄養化対策技術の最近の動向

建設省土木研究所環境部環境計画研究室
 主任研究員
久 納  誠

1 はじめに
平成6年も6月になりいよいよダム湖の富栄養化現象の季節が近づきつつある。昨年は冷夏と長雨により農産物や林産物に大きな被害を受けたが,この異常気象の影響は広く生態系に及び,例年富栄養化現象により悩まされているダム湖や自然湖沼では低温,日照不足および大量出水が藍藻類の異常増殖を押さえ,アオコやカビ臭の発生が少なく,ダム湖や自然湖沼にとってまさに天恵の年であった。
近年,建設省土木研究所環境計画研究室では,どんな気象や流入負荷等の条件に対しても積極的にダム湖や遊水池等の水質環境を保全することを目標とした複数からなる効果的な対策手法の開発に取り組んでいる。
本報文では最近の富栄養化対策メニューを紹介するとともに,各対策技術の原理を説明し,さらに九州におけるダム群に対する適用の可能性を述べる。

2 新しい富栄養化対策メニュー
図ー1にダム湖や遊水池等の富栄養化対策の代表的なメニューを示す。これらのメニューは水質保全効果,施設整備費用,および維持管理費用などを総合的に検討して選んだものである。対策手法は大きく分けて4つのグループに分かれる。そのうちグループ①~③は実用段階のものから開発中のものを含む。グループ④は研究を開始した段階である。

グループ①は,流入河川からダム湖などへ流入して来るリンや窒素の栄養物質を湖内に入る直前で削除する対策手法である。『糸状藻類活用システム』は,糸状藻類が増殖できる環境を人為的にダム湖近傍に与えることにより,平常時の流入河川水の無機態のリンや窒素を糸状藻類により吸収除去する。『落葉回収システム』は,初期流出水に含まれている落葉を効率よく回収除去する。『流入水迂回システム』は,平常時における無機態のリンや窒素の多い流入支川或いは流入本川において,流入河川水そのものをダム湖に入らぬようにダム下流ヘバイパスさせる。阿木川ダムで実現している。『小洪水貯留システム』は,中小洪水の初期流出水に含まれる無機態のリンや窒素の除去を目的として,初期流出を一旦入江の沢に溜めてからリンや窒素を緑藻類や珪藻類に吸収させ,それらの浮遊藻類を除去した後にダム湖に放流する。
グループ②は,ダム湖内の流動や水温分布を制御して,藍藻類や鞭毛藻類が表層で安定した増殖をしにくい環境にする対策手法である。『流動制御システム』は,散気方式の曝気,選択流入および選択放流などを組合せて,ダム湖の表層に温水でしかも表層付近の水温分布が均一である循環混合層を水深15~20mまで厚く形成させ,表層に生息する藍藻類や鞭毛藻類への栄養物質と光を抑制する。さらに『水温分布制御システム』は,流動制御システムの機能をより補完するものであり,ヒートポンプにより循環混合層の水温を上昇させ,また流入河川水或いは深層の水温を低下させ,藍藻類や鞭毛藻類が異常増殖しにくい水温分布に制御する。
グループ③は,遊水池やダム湖で発生した藍藻類や鞭毛藻類が異常増殖してアオコや淡水赤潮になる前に浮遊藻類そのものを除去してしまう対策手法である。『軽石濾過システム』は,軽石を用いて浮遊藻類を濾過し,自動化した簡便な方法で軽石層を定期的に洗浄することにより,リンや窒素の溶出や目詰まりを生じることなく半永久的に使用するのが特徴である。『ヨシ原浄化システム』は,遊水池などにおいて浮遊藻類が異常増殖しかけた湖水をヨシ原に効率的に通水して浮遊藻類を除去する。渡良瀬遊水池や霞ケ浦などで部分的に行われている。
グループ④は,ダム湖や遊水池の生態系を制御して藍藻類や鞭毛藻類が異常増殖しにくい生態系環境にする対策手法である。『生態系制御システム』は,動物プランクトン,付着藻類,底生動物,および魚類などを活用して浮遊藻類の増殖を抑制する。

3 対策技術の原理について
対策技術の原理について各システム毎に説明する。ただし,紙面の都合上,ここで説明するシステムは九州の各ダムに既に関連しているシステムのみをとりあげる。
(1)糸状藻類活用システム
糸状藻類活用システムは,河川や浅い湖沼等の自然界で生息している糸状藻類が増殖できる環境を人為的にダム湖近傍に設けることにより,流入河川水およびダム湖表層水からPO4-Pを除去し,藍藻類や鞭毛藻類の異常増殖を抑制するシステムである。糸状藻類は図ー2に示すように河川,湖沼,水田および浄水場において,様々な流況環境のもとで生息している。糸状藻類はいずれの場合も無機態の栄養塩類を吸収して生息している。本システムは,自然界の生息環境を浄化設備の中に忠実に再現させ,次にその設備における流速,水深,基質,糸状藻類の回収,および設備の洗浄等の構造的な工夫を行ってPO4-Pを吸収除去する効率を高め,さらに回収した糸状藻類の有効利用を計るものである。そのような手順で考案された設備概要を図ー2および表ー1に示す。このように本システムは,自然河川等にてPO4-P固定に役立っている生態環境を図ー3に示すようにダム湖近傍やダム湖内に人為的に作り出し,最大限に活用するものである。

糸状藻類は浮遊藻類やホテイアオイ等の高等な水生植物に比べて,流入河川水や湖水からPO4-Pを除去するのに適した多くの利点を有しており,代表的な利点を以下に示す。
① 糸状藻類は富栄養化に起因する現象(アオコ,淡水赤潮,カビ臭等)の原因とならない。
② 糸状藻類は増殖速度が早く,その分無機態の栄養塩類の吸収能力が高い。糸状藻類とホテイアオイ等の水生植物とのPO4-P吸収能力の比較をすると,糸状藻類のPO4-P吸収能力は水生植物の10倍程度を期待できる。
③ 糸状藻類は水生植物に比べ低い無機態の栄養塩類濃度でも生息が可能である。かなり低い濃度となっても,糸状藻類のまわりの水が次々と入れ替わるような流況であれば栄養塩類を吸収することができる。
④ 糸状藻類が生息する適応温度は,低い水温でも可能であるため,冬季も生息が可能である。従ってアオコが発生する季節よりも先に糸状藻類を生息させて栄養塩類を取り続けることができる。
⑤ 浮遊藻類と異なり,糸状藻類は水からの分離除去がスクリーン等で容易にできる。
(2)落葉回収システム
ダム湖の流域の植生状況や地形条件によっては,流域の森林から発生した落葉がダム湖に流入し,ダム湖の富栄養化現象の原因になる場合がある。秋季や冬季の中小洪水により多量の未分解の落葉が湖沼に流入して,堆積し短期間で分解することにより無機態の栄養塩類をダム湖へ溶出していることがある。そのようなダム湖では,洪水時の初期流出水がダム湖へ流入する前に河川水に含まれている落葉を除去することが必要である。
落葉回収システムは落葉が多量に含まれる洪水の初期流出水から落葉を効率よく連続的にかつ無動力で回収し除去することにより,落葉という形態でダム湖へ流入する栄養物質を削減するシステムである。
(3)小洪水貯留システム
中小洪水における初期流出水には高濃度のPO4-Pが含まれていることが多い。この初期流出水のみを小容量の貯留ダムにより貯留し,PO4-Pを除去した後に入江水域に放流するシステムである。
小洪水貯留システムの模式図を図ー4に示す。PO4-Pを除去する手法としては,貯留池で浮遊藻類を増殖させ,それにPO4-Pを吸収させて軽石濾過で浮遊藻類を除去する手法が考えられる。貯留池で浮遊藻類を増殖させる際,散気方式の曝気を行い優占種を緑藻類や珪藻類に制御するのが望ましい。軽石濾過では洗浄しないで年に1度程度の頻度で軽石層を交換するのが維持管理上望ましい。また糸状藻類活用システムを稼働させている場合は,貯留水のPO4-Pを糸状藻類に吸収させる手法も有効である。

(4)流動制御システム
流動制御システムは,平常時においてダム湖の表層に温水でしかも表層付近の水温分布が均一である循環混合層を,水深概ね15~20mまで厚く形成させ,中小洪水時にもこの層を温存させることにより,表層に生息する藍藻類や鞭毛藻類への栄養塩類と光を抑制することになり,それによって藍藻類等の異常増殖を抑制するシステムである。図ー5に流動制御システムの模式図を示す。

一般に自然状態における夏季の水温分布は,図ー6に示すように水面で最も高く,水深が深くなるにつれて低くなるいわゆる水温成層が形成される。水温成層が形成されると,表層の水は一次躍層を越えて上下に移動し難い安定した水塊となる。このような表層では光が良く得られ,また栄養塩類を多く含む流入河川水が一般に水面下数メートルの水深に侵入して来て栄養塩類の供給も受けられるため,藍藻類や鞭毛藻類が異常増殖するのに適した環境となる。
散気方式の曝気を行うと,循環混合層の中では図ー5に示すように第2循環流の表層水が曝気に向かって引き寄せられ,何日か後(例えば8日後)には光が届かない中層部へ循環させられる。よって表層部で増殖しかけた浮遊藻類は暫くの間(例えば8日間の2倍程度)光が届かない暗い中層部に追いやられ,光合成に必要な光が制限されることになる。さらに表層水が曝気に引き寄せられている間においても,循環混合層の表層部では水温鉛直分布がほぼ均一であるため,気温の急低下に伴う表層水温の低下等により,表層部の数メートルでは上下の混合がしばしば生じ易い状態にあり浮避藻類は安定した増殖ができない。
散気方式の曝気により循環混合層が形成されるが,平常時の流入河川水は図ー6に示すように常に水温躍層に導かれるとは限らず,循環混合層の下層部に侵入する場合が多い。一方,循環混合層の下層部で生息する緑藻類や珪藻類はガス泡を持たないために藍藻類と異なり深層へ向かって沈降しやすい。流動システムにおいては,循環混合層の下層部に侵入して来た平常時の流入河川水は,循環混合層の下層部において下流方向へ1km程度も進行する間に流入河川水に含まれていた無機態の栄養塩類がこれらの緑藻類や珪藻類に吸収され,それらはやがて深層へ沈降するため,栄養塩類の底泥への固定が期待できる。結果的に表層で生息する藍藻類に供給される栄養塩類を減少させることになり,藍藻類の異常増殖を抑制できる。
さらに循環混合層が図ー6に示すように温水でしかもその厚さが15~20mあれば,栄養塩類を多く含んでいる中小洪水時の流入水は平常時の流入河川水よりさらに低温であるため水温躍層へ導かれる。よって,藍藻類が生息している表層への栄養塩類の混入を減少させることになり,藍藻類の異常増殖防止に役立つ。
以上のような流動制御機能を満足する循環混合層における水温鉛直分布の理想的な形状を図ー6に示す。水深約10m以浅は温水でしかも均一な水温鉛直分布を持ち,上下の混合が生じやすい層とする,水深10mから約20mの層の水温は約10m以浅より常時低く保つ必要がある。その理由は,第2循環流を定常的に循環させるには,第2循環流の表層水と下層水との水温差が常時必要なためである。水深20m付近の水温躍層は中小洪水を選択放流設備へ導くためのものである。

(5)軽石濾過システム
軽石濾過システムは,軽石層に湖水を通水して異常増殖した藍藻類や鞭毛藻類等の浮遊藻類そのものを除去する対策手法であり,軽石層を自動化した簡便な方法で定期的に洗浄することによってリンや窒素の溶出や目詰まりすることなく,半永久的に使用するのが特徴である。
湖水において浮遊藻類の濃度が高くなり過ぎるとアオコ,淡水赤潮および異臭味障害等が発生する。浮遊藻類が増殖する速度に打ち勝つ除去率で浮遊藻類を除去できれば異常増殖は阻止できる。本システムにて軽石を用いる理由は,①比重(1.2程度)が小さいため気泡と水流により洗浄できる,②多孔質であるため洗浄直後にも生物膜が適度に残り易い,③洗浄時の摩耗に耐える強度があり長期間使用できる,④安価で大量に入手可能である,があげられる。
図ー7に軽石濾過システムの設備例を示す。取水方法は浮遊藻類が発生する水面に浮上式の取水設備を設けて浮遊藻類を多く含む湖水を取水する。軽石層は粒径3mm前後の細粒で30cm程度の層厚とする。浮遊藻類は,軽石の表面に生成された生物膜によって捕捉付着され原水より除去できる。目詰まりやPO4-P等の過度の溶出が生じないように軽石層を定期的に洗浄する。PO4-P等の溶出は,藍藻類や鞭毛藻類の栄養源となり異常増殖の原因となるため,極力押さえる必要がある。軽石層の洗浄は,週1回程度の頻度で軽石層上部に設けた走行式の洗浄管からの気泡混じりの水流によって軽石を舞い上らせて洗浄する。洗浄によって生じた高濁水は,沈殿槽に入れておくと翌日には沈殿物と上澄水とが分離する。上澄水はPO4-P濃度が低いため湖沼に放流でき,沈殿した汚泥はメタンガスや肥料等の有効利用が考えられる。

4 おわりに
最後になったが,ここでは今までに説明した対策技術が,九州のダム群に対してどのような適用の可能性があるかについて述べる。
(1)九州は気温が高く日射量も多いため,糸状藻類の活性が年間を通して高く糸状藻類活用システムは,流入負荷削減対策として大きな効果が期待できる。
(2)耶馬渓ダムを始め流域が落葉樹の多いダム湖では落葉回収システムが有力な対策手法となる。
(3)寺内ダムのように,たまたま流入支川の地形の条件が良ければ,小洪水貯留システムが支川の流入負荷削減の一手法となりうる。
(4)平成5年に耶馬渓ダムにおいて流動制御システムの現地実験を行ったが,この手法は寺内ダム,竜門ダム等でも十分検討に値する手法であると考えられる。
(5)軽石濾過はアオコ予防対策として進められているが,今後,淡水赤潮や濁質の除去としても可能な対策となれば竜門ダムや川辺川ダム等への適用が十分に考えられる。また九州では軽石を多く産出し,その有効利用としても期待できる。

参考文献
1) 丹羽薫・久納誠;糸状藻類活用システムの原理と設備例,ダム技術,No.93,1994
2) 丹羽薫・久納誠・久保徳彦・山下芳浩;流動制御によるダム湖の水質保全技術の開発,土木技術資料,第35巻第11号,1993
3) 丹羽薫・久納誠;流動制御システムの原理と設備例,ダム技術,No.91,1994
4) 丹羽薫・久納誠・久保徳彦・古里栄一;ヒートポンプと流動制御を用いたダム湖水質保全システム,土木学会水理委員会水工学論文集,第38巻,1994

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