PI 手法(住民参加)による洪水時の防災情報の調査結果について
九州地方整備局 三浦錠二
1. はじめに
河川管理者から一般向けの防災情報(水位、雨量等)は、パソコンや携帯電話などの電子媒体を中心として提供している。しかし、これらの電子媒体は停電など利用面での課題もあり、洪水時には電子媒体以外の情報伝達も求められる。また、防災情報も、受け手側の一般利用者が、洪水時に必要としている情報や伝達媒体について十分な知見は得られていない。
本報告は、一般利用者が、洪水時に必要とする情報は何かについて、地区限定の防災マップ(以下、「マイ防災マップ」と略す)の作成の中で調査したので、その結果を紹介する。また、洪水時における情報伝達媒体として、事業所の協力の可能性について調査したので併せて紹介するものである。なお、調査は平成20年度下半期に実施した。
2. 一般向けの河川の防災情報の現状と課題
河川管理者である国土交通省より一般向けに発信している河川に関する防災情報の現状と課題は以下のとおりである。
1)各種予警報の発表基準となる水位は、外水はん濫を想定して設定している。
2)主な情報提供媒体はパソコンや携帯電話を利用したインターネットサイト等の電子媒体。
1)について、現在の河川の各種予警報の基準水位は、国土交通省や都道府県が管理する河川のはん濫(外水はん濫)の危険性から決定している。しかし、近年、堤防整備が進んだ地区では、河川で避難判断水位に達した時には、既に内水が発生して避難困難となっている場合もある。このような地区では、現状の防災情報のみで避難判断基準を設定するのが難しい。
2)について、河川に関する防災情報は、インターネットサイト「川の防災情報」を通して、リアルタイムの雨量、水位、各種予警報の発表状況を公開しているが、インターネットの普及率は、福岡県以外は50%にも達していない。(総務省九州通信局、平成20 年調査より算出)
以上より、1)については、浸水想定区域内の住民を対象に、洪水時に必要な防災情報は何かを、2)については電子媒体以外の伝達媒体の一つとして、事業所の協力の可能性について調査した。
3. 住民参加型による防災情報の調査
住民が洪水時に必要な情報を調査するには、調査対象となる住民に、洪水に対する正しい知識と危機意識があることが前提条件となる。このため、対象者である住民には、マーケティング消費行動のプロセスである「アイドマ(AIDMA)」の法則」を参考に、「マイ防災マップ」作成に取り組んでもらった。
3.1 アイドマ(AIDMA)の法則とは
広報原則の一つである。Attention(注意・認知)→ Interest(関心・興味)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶・理解)→ Action(行動)の頭文字をとったもので、認知から行動への心理段階を説明したものである。洪水時における住民の避難行動は、住民が情報を「認知」するだけでは行動は起こさないが、情報に「関心」を持ち、「理解」してもらうことで、「行動」即ち「避難」につながる。この心理段階を参考に、3回の検討会と防災訓練で、「行動」即ち「避難」に住民意識が到達することを目標にし、各段階で、防災情報に対する要求がどのように変化するかを調査した。
行政側からは、国土交通省、大分県、大分市の各職員が参加した。
3.2 調査対象地域
調査対象地域は、以下の条件を満足する大分市の自主防災組織の中の一地区(以後、「N地区」と略す)とした。
・洪水ハザードマップで浸水範囲内にある。
・洪水ハザードマップは各戸に配布済みである。
・過去の洪水時に避難を経験したことがある。
・浸水原因は内水による。
・居住形態が木造の戸建が主である。
・内水に対する対策が計画又は実施されている。
N 地区の世帯数は約60世帯である。住民の検討会への参加状況としては、各回、世帯の約3分の1にあたる23~25名の参加があり、最後の防災訓練では41名の参加があった。
3.3 調査結果
住民意識の変化は、4回(検討会3回+防災訓練)のアンケートと、議事録の中での単語の出現回数から考察した。以下にその結果を紹介する。
図3-1は、「今回の検討会など、防災について考える機会をもつことは、重要だと思いますか」という問に対する回答の推移である。検討会を重ねる毎にその重要性を認識する割合が高くなり、住民の防災意識の向上が伺える。防災訓練で比率が第1回検討会とほぼ同じ比率になったことは、始めて参加した人が38人注)中24人含まれていたことが影響したと推察する。なお、第3回検討会の出席者23人中18名は、過去の検討会に出席した経験があった。
注)防災訓練参加者は41名だが、内3名がアンケート前に帰宅したためである。
次に、「洪水の危険度が高まるにつれ、どのような情報を、どのような方法で得たいと思いますか」との問に対する回答を表3-2と表3-3に示す。これらの表で、第1回検討会と第3回検討会でそれぞれ最も多い回答を比較した。第3回検討会で、避難に関する情報が洪水の初期段階へと移行している。また、避難しなければならいないと感じたときは、近所の人などの声かけが最も多い回答結果となった。
アンケート以外にも、検討会の中で住民の会話の中で情報の入手先に関する単語の出現回数の推移を図3-2に示す。出現回数が多かった単語は「電話」と「警告ランプ」である。
第1回検討会の「電話」は、過去の避難時に電話で連絡をとりあった経験による。第3回検討会、防災訓練の「警告ランプ」は、地区の洪水特性を知り、避難行動の判断には、住宅地を流れる下水路に所定の水位に達したら点灯する「警告ランプ」を設置することが必要となったことによる。防災訓練で再び、「電話」の出現回数が多くなったのは、防災訓練時に避難時の電話連絡網の確認をしたことによる。
3.4 検討会における注目すべき住民意見
以下に検討会において、注目すべき住民意見と行政側の回答を紹介する。
①なぜ、内水で避難しなければならないのか。
検討会実施前の事前説明会で住民から、「内水では命を奪われることはないので、2階にあがって水が引くのを待つ方が安全であり、避難はかえって危険である」との意見があった。
このため、第1回検討会で国土交通省職員より、N地区は、本川の堤防が決壊すれば浸水深が2m以上なることを洪水ハザードマップで説明し、外水の破壊力について映像を見せた(この時、住民から喚声があがった)。そして、外水はん濫が発生する時期は河川管理者でも正確に予測できず、内水が発生してからでは避難困難となるため、内水発生前の早期に避難する必要性を説明した。
この結果、以降の検討会で避難の不必要性が話題になることはなく、避難判断時期の決定方法について話し合いが進んだ。
②洪水ハザードマップの見方がわからない。
「マイ防災マップ」は、洪水ハザードマップを基に作成したが、その見方について、住民にたびたび説明が必要であった。洪水ハザードマップの利用方法について住民は理解していない、または誤解して理解している内容も多いことがわかった。
③市が避難勧告を早期にだせばいい。
第1回検討会、及び第2回検討会で、「市が早期に避難勧告をだして、それで避難すればいい」と行政に避難判断を求める意見があった。このため、市職員より避難勧告等発令の判断が難しいこと、発令しても伝達には所定の時間は要することについて説明を行った。その後、過去にN 地区は他の校区より早く浸水している経験から、市の避難勧告を待つのではなく、自主避難を行う方向で話がまとまった。
④避難の必要性は理解したが、避難経験がないため避難することに不安がある。
第3回検討会で、N地区の自主避難判断基準が決まり、校区内の情報伝達系統も概略作成された段階で、住民より「これまで避難経験がないため、避難に不安がある。避難所での留意事項や心構えを教えて欲しい」、「自主避難する場合の避難所開設の手順がわからない」との声があった。このため、防災訓練時に、大分県社会福祉協議会の職員より避難所での留意事項の講演を行った。また、避難所開設の手順について、訓練時に確認した。
3.5 まとめ
N地区の検討会とアンケート調査結果から得られた防災情報に関する知見を以下にまとめる。
- ①内水経験のある住民に、洪水時の危険性について注意・認知(Attention)の意識をひきだすには、外水はん濫の危険性について説明が必要である。
- ②これより、洪水時にとるべき行動や情報に関心・興味(Interest)をもつことになる。その結果、避難判断に必要な情報を要求(Desire)するようになる。
- ③ただし、N地区のように、河川管理者からの防災情報のみで避難判断が難しい場合は、地区の洪水特性に応じた独自の避難判断基準の設定が必要となる。
- ④最終段階の避難行動(Action)には、行動後(避難完了後)の、避難生活に対する具体的な説明をすることにより、避難行動(Action)への不安を取り除くことが必要である。
4. 事業所の防災意識調査の実施
洪水時は、パソコン、携帯電話等の電子媒体による防災情報のみでは、アクセスオーバー、漏水、停電、機能を使いこなせないなど、その提供力には限界がある。このため、それらの電子媒体以外にも、洪水時は多様な防災情報の伝達手法が求められる。その一手法として地区の事業所を媒体として住民へ情報を伝達できないか、アンケート及び聞き取り調査を実施した。
4.1 アンケート調査対象事業所の選定
今回調査の対象とした事業所は、九州で最も想定はん濫区域内人口密度が高い大分川が流れる大分市内の事業所とした。調査対象236事象所を以下の手順で決定した。
- ①所在地が大分川又は大野川の想定はん濫区域内にある。
- ②情報伝達媒体の機能が期待できる従業員規模20 名以上の事業所を抽出。2,046事業所。
- ③その中から市民との接触が多い業種や情報伝達能力の高い業種を選定、電話帳から無作為抽出した。なお、洪水予報連絡会の委員となっている事業所は情報連絡体制が既に構築されているため対象外とした。144事業所
- ④さらに業種によらず、可能性を模索するため、「事業所・企業統計調査」から無作為抽出した。92事業所。
4.2 アンケート調査結果
236事業所の内、回答数は116で回収率は49%であった。結果の概要を以下に紹介する。
- ①今回アンケート対象とした事業所は想定はん濫区域内に所在しているが、54%の事業所が、水害を受けると思っていない。(図4-1)
- ②洪水に対する情報の認知度については、大分市洪水ハザードマップが最も高く、72%の事業所が認知していた。ついで国土交通省大分河川国道事務所のホームページが66%であった。(図4-2)
- ③洪水が発生する恐れが高い場合の、情報の収集実績は気象情報が46%と最も高かった。(図4-3)
- ④はん濫の危険性が高まった際、顧客や従業員などの被害を防ぐため情報発信が可能だと思われるものは、従業員へ避難の呼びかけが91%と高く、地域住民への情報提供にも11%の回答があった。
- ⑤洪水時に情報を得る手段としては、インターネットが最も多い結果となった。その他としてはテレビ、ラジオとなっていた。
4.3 聞き取り調査
アンケート調査の中から、今後引き続き問合せすることについて了承があったのは116事業所中51事業所で、そのうち13 事業所に聞き取り調査を行った。その中から、共通的又は特徴的な意見を以下に紹介する。
- ①洪水時の情報伝達媒体としての協力には、全事業所で肯定的な意見が得られた。浸水経験のある事業所の中からは、洪水時に自社の屋外用スピーカを用いて地域住民へ防災情報の伝達が可能であるとの提案もあった。
- ②情報の入手方法としては、大分市の洪水は台風に伴うものが多いため、台風情報を確認できる気象台やアメリカ軍のインターネットサイトを利用している事業所が多かった。
- ③台風の進路や事業所周辺の低地の浸水状況から事業所の休業などは判断していた。
- ④河川の危険度レベルは、その存在を知らなかった。
- ⑤過去に河川の水位を情報として入手していた事業所は、大分河川国道事務所のホームページで閲覧できる河川のライブ映像について、関心が高かった。
- ⑥大分市は大分県の中心事業所(本店)が多く、大分市の事業所(本店)へ情報を提供すれば、大分県内の各支店等へ情報が伝達される系統となっていた。
4.4 まとめ
想定はん濫区域内の事業所は、従業員や顧客への洪水時の情報伝達媒体となることには概ね肯定的で、今後防災面での連携について可能性を見出せた。
5. 今後の展開
「マイ防災マップ」作成に取組んだN 地区の調査から、避難を意識した住民は、地区で洪水の危険性を判断できる、より局所的な情報を求めることがわかった。これより、今後、防災情報として水門に設置されている内水位の情報や水門のゲート閉鎖情報を提供することも考えられる。しかし、これらの情報は一般向けに公表する法的根拠がなく、利用者や目的も限定されるため、公表にあたっては地元自治体の防災計画、水防計画の中で調整が必要であり、地区の防災力向上に向け、河川管理者と水防管理者の更なる連携が求められる。ただし、以上は、住民がその必要性について認識・要求した上で有効的な情報となるため、河川管理者と水防管理者は、住民の洪水に対する意識段階を正しく「注意・認知(Attention)」しなければならない。
最後に蛇足となるが、N地区では下水路に所定の水位に達したら点灯する警告ランプと、水門にゲート閉鎖時に点灯する警告ランプを設置し、地区住民による警告ランプの監視体制を整えた。これらの情報の有効性については、今後検証する予定である。図5-1に、参考までに今後のN地区での望ましい防災提供方法についてとりまとめた。
事業所の情報伝達媒体の可能性については、平成21年11月現在、洪水時に自社の屋外用スピーカを用いて地域住民へ防災情報の伝達が可能であるとの提案のあった事業所と現在その実施に向けて協議中である。